172 チョイス
僕の豪華な闇鍋計画は早速暗礁に乗り上げた。
ガークさんが肩を震わせ、ここ最近見なかった勢いで机を叩く。カイナさんの苦笑いだけが癒やしだ。
「クライ、会談までの護衛だぞッ! 真面目に選定しろッ! いいか、絶対に事件を起こすんじゃない。お前の仕事次第でハンターのゼブルディアでの今後の立ち位置に関わってくるんだ」
「あ、はい」
「俺は、もうハンターを辞めたんだッ! マナ・マテリアルも吸ってない。お前は俺に気を使ったのかもしれねえが、冷静に考えろ。そんな俺が、相応しいか?」
気を使ってなんかいないよ。ただ、巻き込もうと思っただけだ。だが、この手はガークさん的にはなしだったらしい。
だが、そんな事言ったら、僕だって相応しくない。
しばらく腕を組み考える振りをしていたが、ガークさんは肩で息をしていて落ち着く気配はない。
僕はそこで指を鳴らした。
「そうだ、カイナさん、君に決めたッ! 一緒に護衛に参加してくださいッ!」
「え!?」
ナイスアイディアだ。護衛にも癒しが必要だし、僕は常々カイナさんは只者ではないと思っていた。
「こ、こ、こ……皇帝でッ! 遊ぶなッ! お前にブレーキはないのかッ!」
ガークさんが、震える声で怒鳴りつけてくる。そして、僕は支部長室をあっさりと追い出された。
§
酷い。いつも僕に(僕がやるかどうかは別として)仕事を押し付けてくるくせに、僕の要求を断るなんて……見損なった。
後ろからついてきたカイナさんが、申し訳なさそうななんとも言えない微笑みを浮かべ僕にリストを渡してくれる。
「ごめんなさい、クライ君。支部長も悪気はないんです。これは、帝都支部でレベルの高いハンターのリストです。メンバー選定の参考になるかと」
「ああ、ありがとう。まったく、僕は真面目に考えているのに……」
「必要ならばこちらからも声をかけるので、言ってくださいね」
少し調子を取り戻す。
確かにカイナさんを入れるのはちょっと今ひとつだったかもしれない。それに、その怒りをカイナさんにぶつけるのも良くない。
ガークさんの枠が一枠空いてしまった。その分を埋めなくては……。
リストを確認するが、そこに並んでいたのは顔見知りばかりだった。《嘆きの亡霊》のメンバーの名前も全員載っている。
帝都ってけっこう高レベルのハンターいるんだなあ。
と、僕はそこで一人の名前に目をつけた。レベル6のハンターらしい、特徴的な名前の男だ。もちろん、見覚えもないし、知り合いでもない。
…………まー残りの枠は四つあるわけだし、一人目はこいつでいいか。こういうのは勢いが大切なのだ。
「カイナさん、このケチャチャッカって人、声掛けてもらっていい?」
「…………はぁ」
即断したのが予想外だったのか、カイナさんが大きく目を見開いた。
§
護衛に於いて、大切なのは大軍を相手取れる範囲火力である。
特に、全方位から魔物が襲いかかってくる事を考慮すると、強力な魔導師は必要不可欠だ。
気が乗らない話ではあるが、ルシアを除いた強力な魔導師というのは大体相場が決まっている。
僕が次に訪れたのは魔導師クラン、《魔杖》の本拠地だった。
今回の任務は皇帝の護衛である。そして、そのメンバーの選定が僕に任せられたという情報は出回るだろう。
となると、僕の立場の弱さを考えて《深淵火滅》に声を掛けないというのは考えられない。
あの婆さんは機嫌を損ねると何をしでかすかわからない。今回の依頼がただの依頼だったならばともかく、ないがしろにしたことがバレたら燃やされてしまうかもしれないのである。まぁ、それを置いても、あの婆さんはレベル8だし、戦闘能力に不足はない。
《魔杖》の本拠地は先鋭的なクランハウスを持つ《足跡》とは違い、古びた屋敷だった。
クランが設立した当時から使っているらしい由緒正しい屋敷は、改修工事を繰り返し、今ではとても趣のある見た目と実用性を併せ持ったものになっている。
玄関の前まで来て、二の足を踏んでいると、中から見覚えのある青年が出てきた。
冷たい眼差しに、藍色のローブを着た魔導師だ。
「あ、クライさん。珍しい、何か御用ですか?」
「あーるん、ハロー! 元気だった?」
「…………あの、その呼び方はマリーだけが呼んでいるあだ名でして……その……アルトと呼んでいただけると」
印象を良くするためにあえてフレンドリーに声をかけると、珍しいことに恥ずかしそうにあーるんが身を縮める。
いいあだ名だと思うよ、あーるん。枠が余っていたら闇鍋につっこむところだ。
「《深淵火滅》に用があるんだ。今いる? いないなら伝言を頼みたいんだけど……」
《深淵火滅》もなんだかんだ多忙なはずだ。
不在だったらいいんだけどな……一度やってきて留守だったからという理由があれば、伝言で参加依頼をしてもきっと燃やされないだろう。
そんな僕の願い虚しく、あーるんは目を瞬かせると、快く扉を開けてくれた。
「ああ、タイミングがいい。先程、話していたところだったんです。どうぞ」
§
《魔杖》のクランマスター室はまるで貴族の屋敷の応接室のようだった。
分厚い絨毯に古びたランプ。壁際にはズラッと本棚が並んでいて、その上には歴代クランマスターの肖像画が掛けられている。
《深淵火滅》は相変わらず御伽噺の魔女のような姿だった。それも、悪い方の魔女だ。
痩身だが、背は高いため相対すると凄まじい圧力を感じる。
《深淵火滅》。ローゼマリー・ピュロボスは、僕の言葉を聞き、目を細めて言った。
「くくく…………気を使って頂き、光栄だよ、《千変万化》」
「…………」
「だが、あんたも知っての通り――私は国から謹慎を食らっていてねえ。帝都を出るわけには行かない。この間の『アカシャの塔』との抗争の処理が厄介だ。全員燃やしちまったからねえ」
「なるほど……そ、それは、知らなかったな」
今すぐにでも逃げ出したい気分で、眉を顰める。
謹慎中なのはまあ自業自得だとして、まさかこの魔女が謹慎など気にする人間だとは思っていなかった。
僕の言葉に《深淵火滅》は爛々と目を輝かせていった。
「くっくっく……あんただったらもっとうまくやったって? それは……向き不向きと言うやつだ。私は、破壊しかできないんだよ」
そんな事言ってないじゃん。燃やさないでください……。
結界指を擦り大きく深呼吸をする。結界指で魔法自体は防げるが、炎の魔法は周りの影響も大きい。
酸素がなくなれば僕は死ぬ。だから、今の僕は酸素指を装備している。熱が伝わっても死ぬ。だから今の僕は冷気指を装備している。
だが、そこまでしても……炎は結界で防いでも別に消えるわけではないので延焼して焼けてしまうかもしれないのであった。
しかし、どうしたものか……二つ目の枠も空いてしまった。
そこで、同席していたあーるんが声をあげる。どうやらあーるんは《深淵火滅》を怖れていないようだ。自分のクランマスターなのだからそりゃそうなんだろうけど、その度胸がとても羨ましい。
「マスター、本題に入りましょう。マスターの参加は不可能でも、《魔杖》には、栄誉ある任務に相応しい、強力な魔導師が、何人もいるかと」
「ふむ……それは《千変万化》が決める事だが……そうだねえ、アルトバラン、言い出したお前が行ってみるかい? マリーもつければ、何とかなるだろう」
マリー、マリーか。以前、喫茶店であーるんと一緒にアーノルドに啖呵を切っていた娘だな。
あーるんといい、随分若いように思えるが、《深淵火滅》が決めたメンバーだ、間違いはないだろう。僕個人の感情としては《深淵火滅》よりも印象がいい。
予想外の言葉だったのか、あーるんが目を丸くしている。
「確かに、僕とマリーならば大抵の事には対応できましょう。しかし、マスターを誘いに来たのですから、枠は……一つなのでは?」
「…………そうなのかい?」
《深淵火滅》が僕を見る。それだけで僕の背筋に冷たいものが通り過ぎる。
そりゃ枠は一つのつもりだったが、そういう事ならば二人いれても問題はない。僕は快く受け入れた。
もっともらしく頷きながら、ついでに貸しも作っておく。
「ああ、何とかするよ。二人いれば何とかなるなら、あーるんとマリーで一つの枠という事にすればいいんだ。どうだろう?」
「…………」
《深淵火滅》が黙り、あーるんが目を見開く。
押し通せるだろうか? 無理かな? まぁ、どちらにせよ他の枠もまだ全部埋まっているわけではないし、問題ないのだが。
そこで、《深淵火滅》が高笑いを上げた。部屋の家具ががたがたと震え、思わずびくりと身を震わせる。
「ひーっひっひっ!! 言うじゃ、ないか、うちのアルトバランとマリーが、半人前だって?」
「いや、そんな事は――」
「だが、そうだねえ。確かに事が事だ、アルトバランを出すのは……やめておこう」
勝手に話が進んでいる。あーるんは割と良い人っぽそうだし、僕はそっちで問題ないのだが、《深淵火滅》は話を聞かないタイプであった。
強く床を杖で叩き、《深淵火滅》が怒鳴るような声で言う。
「こっちがゴタゴタしているのはこっちの事情だしねえ。うちの副マスターのテルム・アポクリスに行ってもらう。あんたも知っているだろう、レベル7の魔導師だ、問題はないね?」
「あ、はい」
名前は知っているが交流はないな。顔も知らない。
だが、反論などできるわけがない。僕はただ人形のようにこくこく頷いた。
§
ガークさんと《深淵火滅》、二つの精神を消耗させるイベントを終えてクランハウスに戻る。
ラウンジの窓際の席で屯していた見知った顔――ライルに話しかけ、僕は目を見開いた。
「え? アークいないの?」
「知らなかったのか? なんでも極秘の任務でしばらく戻らないらしい」
あのイケメン、本当に使えないな。欲しい時を狙ったようにいないんだから、こっちとしては堪ったものではない。
テルムとケチャチャッカという、良く知りもしないメンバーに挟まれた状態で僕が平穏に過ごすにはアークという強い味方が必要不可欠なのだ。だが、コンタクトを取れないのではどうしようもない。
アークの穴を埋める人材などそうそうにいない。強さはともかく、精神的安定剤としてアークはとても優秀だったのだ。
僕は椅子にどさりと腰を下ろし、腕を組んだ。とんとんと指で腕を叩きながら考える。
二人見つけ、枠は後三人……三人か。三という数字、しっくりくるな。
「旧闇鍋パーティか……だが、そうなるとティノが仲間外れになってしまう。さすがに心が痛むな」
「な、何考えてんだ、マスター……」
なんか疲れてきた。二箇所回った所で僕が一日に使える体力を使い切ってしまった感がある。
もうどうでもいいかな……どうせ僕達は保険なんだし、もしかしたら奇跡が起こって何も起こらないかもしれない。
僕は前に座るライルに伺いを立てた。
「ライル、来ない? 皇帝の護衛だけど」
「ぶッ………ゴホゴホッ、い、行かねえよッ!! 絶対、行かねえッ! 飯食いに行く? みたいなノリで誘うんじゃねえッ!」
もしかして皇帝の護衛って栄誉ある話じゃなかったりするの?
ラウンジを見回してみるが、皆が首をぶんぶん横に振っている。これはもしや、僕の人望なさすぎかな?
しかし困った。誰かしら集めないと僕が怒られてしまう。五人集めろと言われたのに、足りていないは流石にない。
もうなんでもいいから埋めなくては……もちろん、レベルは高ければ高い程いい。
帝都にはレベル8がもう一人いるが、残念ながら面識がない。
スヴェンか? これは一枠はスヴェンかな? 《黒金十字》はパーティとしての安定性が評価されているが、個人としての戦闘能力も別に低いわけではない。何よりアークに次いで面倒見のいい男だ。
他に適切な人材も思いつかないしなぁ……そんな事を考えていると、ふと窓の外、クランハウスに入ってくる二人の姿が目に入った。
「!!」
このクランには特大の問題児パーティが二つある。
一つは僕の所属するパーティである《嘆きの亡霊》、もう一つは、全メンバーが、人族をナチュラルに下に見ている『精霊人』で構成されたパーティ、問題になるべくしてなっている、《星の聖雷》だ。
その性質上、《星の聖雷》は滅多にクランハウスに来ることはなく、なかなか顔を合わせる機会がないのだが、たった今、クランハウスに入ってきたのはその《星の聖雷》のリーダーと、メンバーだった。
神が連れて行けと言ってるとしか思えない。
『精霊人』は一部の例外を除いて、皆が凄腕の魔導師である。
《星の聖雷》も魔導師パーティとしてはこの帝都でトップクラスを誇っている。その実力は折り紙付きだ。
種族が種族なので性格はあれだが、決して悪人ではないしプライドのない僕にとっては割ととっつきやすい相手である。
ついでに、『精霊人』は唯一、魔導に深く通じる人間に対してだけは尊敬しており、僕はルシアの兄としてかなり甘めに対応して貰えるのであった。
まぁ、皇帝陛下とうまくやれるかどうかはかなり怪しいが、『精霊人』の性格はよく知られているので、ああ、『精霊人』だからしょうがないね、で済ませられると思う。
それに、何かと目立つ者たちなので、彼女たちを入れれば全ての注目はそちらに行くだろう。
これは……二枠が想定外だったので少し不安だったのだが、いい感じにまとまりそうだな。
今週のストグリ通信を投稿しました。SDクライ君を見られます。よろしければご確認ください!