171 責任と威光
僕はあらゆる意味でハンターに向いていない人間だが、最も向いていない仕事を一つだけ挙げるとするのならば、護衛になるだろう。
理由は簡単だ。僕が……とても運が悪いからである。
昔から護衛依頼には余りにもいい思い出がない。
護衛というのは本来保険だ。まぁ、護衛を雇うくらいだから危険な場所を歩くのだが、大抵の場合はさしたる障害なく依頼は終わる……と聞いている。
よく考えてみれば、そもそも強力な魔物など滅多に存在しないし、盗賊の類だって護衛のついている者をあえて狙おうなどとは思わないだろう。
だが、僕は今まで護衛依頼のほぼ全てで何らかの障害にぶち当たってきた。
障害は幻影の時もあるし魔物の時もあるし盗賊団や犯罪組織の時もある。自然災害の事もあった。まぁ護衛じゃないバカンスとかでもひどい目には遭うのだが、護衛の時の確率はその比ではない。
僕は自分の欠点を理解している人間だ。だからこそ、護衛依頼は絶対に受けたくないし、実際に受けないようにしていたのだ。
僕は! 依頼主の事を考えて! そう言っているのだ!
そして、僕は死にそうな目に遭い慣れているが、大抵の人は慣れていない。
依頼票を見たエヴァは一瞬目を見開き、どこか困惑したように僕を見た。
「これは……とても名誉な話だと思います」
「うんうん、そうだね……」
「けど、どうしてクライさんに白羽の矢が……」
「うんうん、そうだねッ!」
本当にそうだねッ!
エヴァの執務室……副クランマスター室はクランマスター室と違って酷く雑然としていた。
本棚には無数のファイルが収まり、文房具が積み上げられている。整頓自体はちゃんとされているようだが、余りにも物が多い。仕事をする人の部屋という感じだ。
使い込まれた金属製の机の上には幾つもの仕切りがある金属の箱が置かれていた。中にはそれぞれ黒い石が並べられている。
それは、『共音石』と呼ばれる宝具だった。二つの石が対になっている宝具で、片方の石を鳴らすともう片方の石から音がなる。通信用に使われるものだが使い勝手がとてもいいため、需要が多く、滅多に市場には出回らない。うちのパーティでも持っていない。
それが……十六個もある。恐らく箱をひっくり返したらどの石がどこに繋がっているのかわからなくなるだろう。
エヴァが僕の視線に気づき、箱を隠す。
「…………駄目ですよ。これは、預かり物です」
「…………わかってるよ」
ちなみに、片方失くすと使い物にならなくなる宝具でもあった。
僕も昔一度、幸運にも手に入れたことがあるのだが、片方を失くしてしまいどうにもならなくなっている。几帳面な人にしか使えない宝具だ。
エヴァの仕事場に来るのは久しぶりである。大体、クランマスター室にいるとエヴァの方から来てくれるからだ。
依頼票の中身を隈無く確認し、エヴァが少し思案げな表情をする。
「…………こういうのは本来、実力よりも信頼を重視して発注される依頼なはずで…………《嘆きの亡霊》は、悪評の方が強いですし――――」
速攻でパーティメンバーでもないのに泣きついてきた僕に対して、エヴァは嫌な顔一つしなかった。
さすが、僕の右腕だ。もしかしたら右腕というより、本体と呼ぶべきかもしれない。
「エヴァさ……ついてきてくれない?」
「……はい? …………いやです。私はハンターじゃないんですよ?」
エヴァもハンターになればいいのに。そうすればもっと色々振れるのに。
僕でもなれるんだから、エヴァならすぐにレベルを上げられることだろう。
ルシアは訓練が終わり自分が必要なくなったと見るや否や、どこかに行ってしまった。
僕は実力はないが体面上はリーダーなので、方針は決めなくてはならない。いつもならば適当にティノ辺りにぶん投げるのだが、皇帝の護衛となるとさすがにまずい。
怜悧そうなエヴァの横顔を見ながら、誰にぶん投げるか考えていると、エヴァが小さな声で言った。
「……これは厄介ですね。恐らく、内通者を警戒しているのでしょう。クライさんだけは『真実の涙』で無実が証明されていますから……」
「……適当に振ったら駄目かな?」
「一応確認しますが、それは適切という意味の適当ですよね?」
絨毯と引き換えに出された依頼は僕にとって最低最悪(シトリーの二つ名ではない)な内容だった。
ゼブルディアは年に一度、同盟国と会談を行うらしい。
僕に出された依頼はそれについていき皇帝を始めとした参列者の身を守ってほしいという物だった。
場所はゼブルディア…………ではなく、山を越え草原を越え川を越えた先にある、国土の大半が砂漠である砂の国、『トアイザント』。
何分遠いので行ったことはないが、依頼票によるとゼブルディアからはあらゆる交通手段を使って二週間以上かかるようだ。
まさしく最低である。ゼブルディア国内で開かれる会談の護衛でも危険なのに、外に出る皇帝一行の身を守るとか、とても責任を取れない。
依頼票によると、僕達はあくまで保険である。皇帝直属の近衛――第零騎士団から、護衛の兵をつけるらしい。軍を動かすわけではなく、少数精鋭の護衛のようだ。
だが、僕はそれらの護衛をとても信用できなかった。だって、つい先日皇城で薬が混入する事件が起こったばかりだ。いくらお気楽な僕でも思う所くらいある。アーククラスをつけてくれるのならばまだ安心できるのだが、さすがにそれはありえないだろう。そもそもそんな人材滅多にいないし。
エヴァは僕よりも真剣な表情で依頼票を指差す。
「五人という人数制限も厄介かと。直属の騎士団との兼ね合いもありますから余り大勢のハンターを雇えないというのもわかりますが……今年はあんな事件があったばかりなのに――恐らく、強い姿勢を見せるためなんでしょうけど」
「……僕さ、会談とか詳しくないんだけど、去年はどうだったの?」
「去年は会場がゼブルディアでした。会談の会場は概ね国力の高い国になります。大体二回に一回はゼブルディアで、トアイザントでの開催はここ十年はなかったはずです。特に何事もなく終わったはずです」
「……毎回貧乏くじを引くんだ。やってられないよ」
言っとくけど、僕を連れて行くとやべえのが出るよ? それも重要な行事であればあるほどやべえのが出る。
理屈はわからないし何が出るのかもわからないが、経験則から出ることだけはわかるのだ。
僕の泣き言を、エヴァが華麗にスルーして言う。
「まぁ、国にも威信がありますから、クライさん側の負担はそこまで大きくならないとは思います。……何か心当たりでも?」
「あるよ。向こうもあるみたいだ。でも僕はその根拠を理論立てて説明できない」
「…………勘、ですか」
勘じゃない。優れたハンターは研ぎ澄まされた第六感を持つと言うが、僕はそんな物持っていない。
これはただの……経験則だ。今までひどい目に遭ってきたのだから次もひどい目に遭うだろうという、それだけの話なのである。説明などできるわけがない。
まぁ、要員がたった五人なのはそれが相手の条件なのだから、仕方ないとしよう。一番の問題は、この依頼に《嘆きの亡霊》を入れるわけにはいかないという点にある。
うちのパーティの協調性はマイナスだ。貴族と合わせればそりゃもうやばいことになる。アンセムとルシアとシトリーなら何とかやってくれるかもしれないが、その三人を入れると他のメンバーもついてきてしまうだろう。とてもリィズやルークの蛮行を制止しきる自信はないし、エリザもあれはあれで自由人だ。皇帝陛下にその辺で狩ったトカゲとか勧めそう。
僕は深く考えた結果、大きく頷き、言った。
「五人か……うちのパーティだと僕とエリザがあぶれるけど、アークのパーティならぴったりだな」
「!? ……もしかしてクライさん、自分は行かないつもりじゃありませんよね?」
「…………駄目かな?」
「…………」
「……説得できない?」
「無理です。さすがにどうしようもありません。わがまま言わないでください。大体、いつもやってるでしょう」
エヴァの一言一言がぐさぐさと心に刺さる。
いつもやってるって、やってないよ。僕がクランマスター室でぐーたらしてるのは見てるだろッ! だが、そんな事言ってエヴァに捨てられてしまったら事だ。
依頼票には、枠は五人まであるとは書いてあるが、自分のパーティメンバーを連れてこいとは書かれていない。
僕に選択権があるということだろう。それも含めてこちらを信用しているという事なのか。うーん、五人、五人……ね。
そこで、僕は天啓を得た。思わず笑みを浮かべる。
《始まりの足跡》は大規模なクランだ。自然と横のつながりも広い。
そして、僕はへっぽこだが一応若手最強クラスと名高いパーティを率いている。敵も多いが、味方も多い。特にハンターの知り合いはかなりいる。
そう……強くてレベルが高くて有名で頼みやすそうな方から五人集めればいいのだ。
ハンターはプライドが高いし、皇帝からの依頼ならば誰も断るまい。
そして、万が一、億が一、皇帝が暗殺されたとしてもきっと責任が分散されるだろう。
ドリームパーティができるぞ。名付けて豪華な闇鍋作戦だ。もちろんその内の一人がアークなのは言うまでもない。
今日の僕は…………冴えてる。なんか楽しくなってきた。
「な、なんですか、その笑みは……」
そうだ、ハンターではないが、ガークさんも入れてやろう。この要項にはハンターなどという条件はない。
あのいつも厄介な依頼を押し付けてくる男にいつも僕がどれだけひどい目に遭っているのか、わからせてやるのだ。
どうせひどい目から逃れられないのならば、全員道連れだ。連中が噂している僕の神算鬼謀を見せてやろうじゃないか。




