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嘆きの亡霊は引退したい 〜最弱ハンターは英雄の夢を見る〜【Web版】  作者: 槻影
第四部

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133 にこにこバカンス

 高レベル認定された宝物殿は見てわかるくらい危険な雰囲気を持っていることが多い。


 【万魔の城】もその例に漏れず、何も知らずに見ても理解できるくらい異質な雰囲気を持っていた。ハンターたちが外から確認しただけで、軒並み攻略を諦めたという情報はどうやら眉唾ではないようだ。


 【万魔の城】は崖の上の高台に存在していた。突き出た無数の尖塔には分厚い雲が渦巻き、絶えず雷光が輝いている。城を囲む城壁は巨大で、内部を窺い知ることはできない。暗い雰囲気に反して外には魔物の姿などは全く見えず、その事実がその宝物殿の脅威度を示している。


 宝物殿の源であるマナ・マテリアルは魔物にとっても魅力的なものだ。だから、宝物殿の付近は強力な魔物の縄張りになっていることが多い。レベル8の宝物殿が出来上がるような場所ならばドラゴンなどの強力な幻獣が縄張りにしてもおかしくはないはずだが、【万魔の城】にはそういった傾向が見られない。


 滅ぼされた、と見るのが自然だろう。【万魔の城】に巣食う幻影達に。

 そして、それでいてあそこまで静けさを保っているということは、あの宝物殿には高度に統率された幻影がいると考えるべきである。


 知性を持つ幻影(ファントム)は恐ろしい存在だ。滅多に出現する事はないが、もしも幻影が宝物殿の外でも力を保つ事ができたのならば、世界はとっくに過去の幻影に食らい尽くされているだろうという説もある。


 つまり、僕のような認定レベルだけ高いペテン師が立ち入るべき場所ではないという事だ。


 馬も逃げたくて仕方がなかったのか、凄まじい勢いで宝物殿が遠ざかっていく。風雨が強いが、馬車を操るクロさん達も必死であった。

 高レベルの宝物殿を見慣れていないティノが馬車の窓から頭を出し、ぐったりしている。今にも吐きそうな表情だ。


 威圧にやられたのだろう。僕は昔散々色々な宝物殿に行ったし、ゲロ吐きそうになるのは慣れているのでまだなんとかなっているが、その気持ちはよくわかる。それが、正常なハンターの反応だ。


 その時、まるで捨てられた子犬のような眼で遠ざかっていく宝物殿を見ていた正常じゃないリィズが振り返った。


「クライちゃん、ところで、バカンスの目的は達成できたの?」


「うーん……半分くらいかな」


「!? ま、まだはんぶ――す、すいません……うっ……」


 ティノが声をあげかけ、吐き気を催したのか慌てて黙り込む。ある程度離れたら馬車を止めて少し休んだほうがいいかもしれない。


 今回のバカンスの目的は大きく分けて三つ存在していた。

 一つ目は、ルーク達を迎えに行くこと。これはもう無理だ。まぁ、努力目標だったので入れ違いになってしまったのは仕方ないだろう。

 二つ目は、温泉に行ってゆっくり休むこと。これはこれから行く。


 そして三つ目は――帝都で行われる『白剣の集い』に帰還を間に合わせない事である。

 言うまでもなくこれが一番重要だ。つまり、今回のバカンスに目的なんてあってないようなものなのであった。


 僕は、白剣の集いに、何があっても、でたくないのだ! ここにくるまで一週間弱かかっている。帰りもそれくらいかかるとして、つまり一週間はどこかで時間を潰さなくてはならない。

 たとえルーク達と合流できて、温泉にも行けて、ゆっくり休めて、リィズやティノ達を労えたとしてもまだ時間が余っていたのならば僕は帰るつもりはない。


 化け物たちの集いに巻き込まれるくらいならアーノルド達とキャンプファイヤーを囲んでダンスしていた方がまだマシである。パーティやクランがなければ一人で国外逃亡しているところだ。


「まぁ、クライちゃんのバカンスだし、クライちゃんの好きにしていいんだけど――さすがに【万魔の城】はティノにはまだきついと思ってたし……」


「……もともと入るつもりはなかったけどね」 


 ルーク達がまだいるようだったら。出てくるまで外で待っているつもりだった。さすがにレベル8の宝物殿になんか入ったら僕が死んでしまう。そのくらいの常識はあるつもりだ。


 青い顔で涙を浮かべるティノを見て言う。


「もう危ないことはないよ。まぁ、もともと危ない事なんてする予定ないんだけどさ……あはははは」


「わ、わらえません。ますたぁ……」


 僕のジョークにティノが小さな声で反論してくる。


 僕も笑えない。だが、思い返すに全ての責任はアーノルドにあるのではないだろうか。

 今回の旅行ではニアミスは幾つかあったが、直接的にやばいことがあったとするのならばそれは、山越えである。だが、そもそもアーノルドがいなければ、山越えを強行することはなかったのだ。


「全てアーノルドさんのせいだな」


「始末しますか?」


「…………しないよ」


 始末って何さ……。


 後は温泉でゆっくり休暇を取るだけだ。一週間くらい時間をとるのもいいかもしれない。

 アーノルドの追跡だけが怖いが、さすがにノーヒントで追ってくる事はないだろう。偶然は二度も三度も続かないはずだし、雨が轍を消してくれる。

 温泉でばったり会ったらその時はもう命運尽きたと思うしかない。温泉の中まで持ち込める宝具なんてあまりないしね。


「次の目的地は温泉だ。あ、グラディス領にだけ入らないように注意しよう」


 現在位置にかなり近いからな。うっかり忘れないようにしなくては。


「? ねぇ、クライちゃん。グラディス領に何かあるの?」


 リィズが不思議そうな表情をする。

 確かに勘だけで押し通すのも既に限界か……リィズやシトリーの事は信頼している。そしてティノの事も同じくらい信頼しているつもりだ。


「実は……指名依頼貰ってるんだよね」


「ええ? あのハンター嫌いのグラディスから? クライちゃん、すごーい! どんな依頼なの?」


 それは――わからない。


 依頼票も受け取っていないし、そもそもまだ依頼を受けると決めていないのだ。むしろ受けないと決めている。

 絶対に受けない。絶対に受けないぞ、僕は。ルーダには悪いけど、さっさと帰るといい。武闘派貴族の指名依頼なんてどうせろくでもないことに決まっているのだ。


 キラキラ目を輝かせるリィズとは逆に、シトリーはすんなりと納得したように話を進めてくれた。


「わかりました。ではグラディス領は避けましょう。近くに小さな町ですが、温泉で有名な所があったはずです。グラディスの管轄地すれすれになってしまいますが――」


 地図を広げ、シトリーが指をさす。その言葉の通り、シトリーが指した場所はグラディス領に入ってこそいないものの、かなりギリギリだった。

 あまり心配しすぎても何もできない、か。中に入っていないのだから受け入れるべきだろう。


 もしも見つかっても依頼は受けないとはっきり言ってしまえばいいのだ。


「そこって混浴?」


「もー、お姉ちゃん! 今日日、混浴の温泉なんてあるわけないでしょ!」


「ふーん、まーいいけど」


 ルーク達には申し訳ないが、いいところだったら今度はルークやクランメンバーを連れてまた行けばいいのだ。

 そうだ、クロさん達の解放も、温泉に入ってゆっくり休んでもらった後にやることにしよう。


 ばちゃばちゃと飛沫をあげる音を立てながら馬車が進んでいく。外の天気とは逆に、僕はどこか晴れやかな気分だった。




§ § §




 絨毯の敷かれた廊下を全力で駆ける。メイドにぶつかりかけ、若い騎士に苦い顔をされ、しかし今だけは作法も忘れ息を乱しながら走った。

 たどり着いたのは屋敷の奥、グラディス家現当主、ヴァン・グラディスの書斎だ。扉を体当たりするような勢いで開け、飛び込んできた娘の姿に、ヴァン・グラディスが眉を顰める。


 だが、エクレールはそれを気にする余裕もなく、高い声で叫んだ。


「お父様、あの《千変万化》に、指名依頼を上げたというのは本当ですか!?」


「エクレール……グラディス家の娘ならば慎みを持て」


「答えてくださいッ! 何故、《千変万化》に?」


「答える義理はない……が、貴族たるもの、一ハンターに借りを作ったままにしておくことはできん」


 その鋭い視線は、エクレールにお前の責任だと言っているかのようだった。視線を受け、思わず唇を噛む。


 貴族からの指名依頼は一流の証であり、貴族とコネを持っている証である。それがハンター嫌いで有名な貴族からの依頼ともなれば、その意味は大きく広がる。ハンターにとっては貴族から指名依頼を貰ったという事実だけで強い意味があるのだ。


 名声。貴族が払えるハンターにとって最も価値あるものがそれだ。

 金は大規模な商会の依頼を受けることでも稼げるが、誰から見てもわかる名声は簡単には手に入らない。


 ヴァン・グラディスはしばらく黙っていたが、唇を噛み沈黙する娘に続ける。


「だが、そうだな……かの男に興味がないわけではない。ロダン家を差し置いてレベル8に至った男だ。その実力を見極めるいい機会でもある」


 グラディス家はハンター嫌いという評判が立っているが、決してただハンターを毛嫌いしているわけではない。

 ただ、自らの武に、所有している騎士団に絶対の自信と誇りを持っているだけだ。だから、ハンターでも敬意を表するに値する存在ならば重用するし、実際にロダン家のハンターとは懇意にしている。ただ、貴族であるが故に『敬意を表する値』が高くなってしまっている事は否めないが。


「それで、あのバレルの討伐をあの男に?」


「…………誰から聞いた?」


「モントールが教えてくれました」


「…………お前に甘いことだけが、あの男の欠点だな」


 腹心の家令の姿を思い起こし、ヴァン・グラディスが嘆息する。


 おそらく、自分の不始末がどういう結果に繋がったのか理解させるつもりなのだろう。あるいは単純に、エクレール好みの話題だと考えていたのか。


 グラディス領は、昨今、とある一つの盗賊団に悩まされていた。


 バレル盗賊団。


 残虐かつ果敢。武力と狡猾さを併せ持った百人規模の大規模な盗賊団だ。

 所有する高名な騎士団によって、あらゆる犯罪者から恐れられ忌避されてきたグラディス領を荒らし回り、各地の村や町を襲った。

 何度も騎士団による討伐隊を送ったが、その全てが空振りに終わった。フットワークの差だ。大人数で襲えば逃げ、少人数で襲えば返り討ちにされる。武勇で知られたグラディスにとって屈辱極まりない話だ。


 相手はその卑劣な手口に見合わず精強だ。元高レベルハンターの団員すら返り討ちにあっている。高額な懸賞金を掛けたが、それも効果がない。


 貴族の責務としてオークションのイベントには参加しなくてはならなかったが、このままでは今までグラディス領を避けてきた犯罪者までなだれ込んで来る可能性がある。気の抜けない状況だった。


 近く、グラディスの全力をもって叩き潰す予定だった。

 その際にはアーク・ロダンに協力を求めるつもりだったが、今回のはある意味いい機会だと言える。


 騎士団との合同作戦。それを通せば《千変万化》の実力や懐の深さも測れることだろう。

 そして、もしもその実力が本物だったら、ハンターをあまり好いていない騎士団の面々もその力を認めるに違いない。


 ロダンは良かれ悪かれ、ゼブルディアでは高名なハンターだ。やはり、色眼鏡で見ている団員は多い。だが《千変万化》は違う。

 その力を認める事。ひいては、ハンター軽視の土壌があるグラディスに変化を齎すことだろう。


 目を細めるヴァンに、エクレールが恐る恐る尋ねる。


「それで、お父様。《千変万化》はいつ来るのでしょう?」


「帝都を出たという連絡があった。間もなくたどり着くだろう。お前も過去の確執は一時忘れ、歓待の用意をしておけ」


「……わかりました」


 過去の確執など、とうにない。エクレールがあの男に抱いているのは恐れだけだ。

 身体を縮めるようにして頭を下げる娘に、ヴァン・グラディスは初めて少し心配そうに眉を顰めた。

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