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嘆きの亡霊は引退したい 〜最弱ハンターは英雄の夢を見る〜【Web版】  作者: 槻影
第四部

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130 プライド

 僕の存在なんてそれだけでかき消されそうな、凄まじい威圧感だった。

 視界いっぱいに光が輝き、なだらかな弧を描いた金色の刃が僕の頭蓋に振り下ろされる。もしもこれが最初だったら怯えのあまり選択肢を誤っていたかもしれない。


 だが、僕が絶体絶命の危機に陥るのは初めてではなかった。なので、僕は一切抵抗することなく、腕の中のティノをしっかりと抱きしめ、二個目の結界指(セーフ・リング)を任意起動した。


 自慢じゃないが、僕は結界指(セーフ・リング)の扱いだけは誰にも負けていない自信があった。というか、強力なハンターが跋扈するこの時代でも、この緊急事態用の回避手段を僕ほど酷使した者はいないだろう。


 これまでの経験上、レベル3ハンター辺りから、僕はその攻撃に全く対応できなくなる。一対一で相手が僕のみを狙っている場合、横に飛ぼうが後ろに飛ぼうが前に進もうがどうあがこうが僕にはその攻撃を回避できないし、反撃など夢のまた夢だ。


 だから、僕はその攻撃をそのままに受ける。回避する事を迷う時間で結界指を起動する。


 刃が、電撃が、僕の身体すれすれにはられた結界に強く弾かれる。どうやらアーノルドの戦闘手法は手数ではなく一撃の重さで戦うタイプらしいが、それでも僕には一秒で何回刃が振り下ろされたのか全く把握できなかった。


 それでいいのだ。ハンターとは、そういう物なのだ。だがしかし、何撃放たれようが、その刃が結界指の性能を知り尽くした僕を傷つける事はない。


 やがて、怒りのままに振り下ろされた攻撃が止まりアーノルドが一歩距離を取った。その研がれた刃のように細められた双眸には先程までとは異なり、怒りだけではなく強い警戒が見える。


 地面――僕の背後に巨大な穴が空いていた。恐らくアーノルドの攻撃の余波によるものだろう。腕の中で縮こまっていたティノを解放すると、ティノは青ざめたまま油断なく一歩後ろに下がった。


 ようやく『交渉』に入れそうだ。近くにリィズやシトリーがいるおかげでいつもよりは強気に出られる。

 僕にはアーノルドがそこまで怒っている理由がわからない。きっといつもの勘違いだろう。


「気が済んだ?」


「……何故……立って、いられる? ありえん」


 僕は結界指を信頼している。

 一般的に『結界指(セーフ・リング)』は致命的な攻撃に対して自動で無敵の結界を張る宝具だと考えられているが、それは少しだけ違う。

 『結界指』には幾つかの機能がある。そして、それを使いこなすだけで僕の生存時間を少しだけ延ばす事ができるのだ。


 その内の一つが、本来自動で発動する結界指を自分の意思で起動する『任意起動』だ。この起動方法だと普通はコントロールできない結界の広さを少しだけ変更できる。

 そして僕の場合、正面から振り下ろされた攻撃に対してならば、あ、やばいと思った瞬間に起動すればだいたいちょうどよく結界が張れたりするのである(ちなみに、もしも万が一間に合わなかった場合、他の結界指が自動で起動する)。


 思わず自慢してしまう。

 アーノルドは怖い顔をしているが、僕は今まで怖い顔をした連中に数えきれない程襲われてきたのだ。自慢できるような事ではないが、僕のような凡人が地獄を生き延びてきたのだから、ささやかな誇りを抱いてもいいだろう。


「アーノルドさん、落ち着いて。これは……経験の差だ。僕はこれまで散々襲われてきたが――今まで僕を傷つけられた者はいない」


「ッ!」


 小さく何かが消える音と共に、アーノルドの巨体が消える。状況が把握できるその前に、後頭部から大きな音が響いた。


「マスターッ!?」


 ティノの悲鳴があがる。

 結界指が一つ、自動起動する。どうやら正面からは突破できない事を察し、死角からの攻撃に切り替えたらしい。その身の丈からは考えられない凄まじい速さだ。

 だが無駄だ。無駄なのだ。アーノルドはわかっていないようだが、彼が戦っているのは、突破しようとしているのは僕ではない。


 彼が突破しようとしているのは――『結界指(セーフ・リング)』の歴史なのだ!


 古今東西、あらゆる防御手段の中で最強の一つとされている『結界指(セーフ・リング)』の歴史そのものなのだ!


 僕はちっぽけな存在だが、目が飛び出るような値段で取引される『結界指(セーフ・リング)』を十七個も装備している。


 往生際が悪いことに、アーノルドは攻撃の手を止めずそのまま連続で僕の背中を切りつけた。


「あり、えんッ!」


「落ち着いて。そろそろやめておいたほうがいい」


 死ぬよ、僕が。


 クランメンバーを酷使して補充した『結界指(セーフ・リング)』の残数ががりがり削られていた。

 結界指は発動時間とトレードオフで強度を維持している。つまり、十七撃は確実に防げるがそれ以降は一撃も防げない。

 普通の戦士ならば、一撃防げればそこから反撃の糸口を見出すだろうが、僕にできるのは防ぐことだけだ。


 僕は少しでも時間を稼ぐべく、振り返り大きく右腕を振った。右腕と渾身の力が込められた金色の刃がぶつかりあい停止する。


 結界指の結界は一定以上の衝撃、光、音も通さない。だから、数を揃えれば僕でも一時的に英雄と拮抗できる。


 手甲をつけているわけでもない僕の細腕が巨大な刃と拮抗している姿は明らかに不自然だ。アーノルドの眼が驚愕に見開かれる。

 やたらめったら振り下ろされていた刃が止まる。説得のチャンスだ。アーノルドは僕を殺そうとしているが、僕に戦意はない。


 僕は平静を装い、笑いかけた。せっかくのバカンスだったのに、ゲロ吐きそうだ。


「悪いけど、僕に戦うつもりはない。もともと喧嘩は嫌いなんだ。そんな事をしても無意味だしね」


 死ぬし。強いんだから喧嘩は強い奴とやれよ。だいたい、一発目の奇襲もそれ以外の攻撃もまともにあたってたら僕、死んでたから。

 これだから加減を知らないハンターって怖い。相手はこっちをレベル8だと思っているので大体全力で来るのだ。


「大体、何しにきたの? 偶然、じゃないよね? 僕、バカンス中なんだけど……」


「ッ……!」


 至極もっともだと思われる僕の問いに、アーノルドは射殺さんと言わんばかりの表情で僕を睨みつけた。

 隙でも狙っているのか、剣を構えたまま、体勢を低くし荒く呼吸をする。隙なんて狙わなくてもいつだって僕は隙だらけだ。


 だが、膠着状態になるのはいい感じだ。僕の武器は舌だけなのだ。


「もしもリィズがからかったのが原因なら、その件については謝るよ。ごめんよ」


「…………」


 なんか言えよ。土下座でもしたほうがいいかい?


 だが、突然襲撃を受けた身としても、言いたいことくらいある。こっちはあれで死んでいてもおかしくなかったのだ。特に結界指を持たないティノについては重傷を負っていた可能性だってある。

 僕は隣に油断なく控えるティノを引っ張り、頭を撫でてやった。ちゃんと結界指の範囲拡張が間に合ったのでダメージはないようだ。よかったよかった。


 頭を回転させながらぺらぺらと舌を回す。


「でも、正直、なんというか……僕、君たちにそんなに興味ない――あ、ごめん。今のなし!」


 言った瞬間、しまったと思った。

 思わず本音が出てしまったのだ。だって、リィズがからかったのだってちょっとしたお茶目であって、ハンターならば珍しいことではない。だから、僕の中では彼らが追いかけてまでこちらを襲う正当性はないのである。


 だが、そんな説明だけで納得するのならばそもそもこんな山奥くんだりまで追いかけてこないだろう。

 慌てて撤回するがもう遅いようだった。アーノルドの眼が一瞬大きく見開き、言われた事の意味を理解したのか悪鬼のように歪む。完全に火に油を注いでいた。


「き、さま、この期に及んで――ッ!?」


 その横っ面を、リィズが奇襲気味に蹴りつけた。アーノルドはほぼ反射のように刃を上げるが、それをまるで魔法のようにすり抜け顎を強打する。巨体が大きく吹き飛び、しかし途中で体勢を整える。


 リィズは完全にキレていた。雷撃の余波を受けたのか、その衣装からはぷすぷす黒煙が立ち上り、しかしその佇まいからダメージのような物は見えない。僕がリィズではなくティノを庇ったのは別にティノを優先したわけではなく、リィズならダメージを受けても大丈夫かなーという極めて正当な判断によるものである。


 リィズはアーノルドに負けず劣らず鬼のような形相だった。


「話は、終わった? ったま、き、た。この、ゴミクズにも劣る、存在で、リィズちゃんの、邪魔しやがってッ――」


 どうやらあーんを邪魔されたのが癇に障ったらしい。完全に語彙力を失っている。


 チンピラみたいな口調で、リィズがアーノルドに飛びかかる。盗賊なのに自分より認定レベルの高い剣士に飛びかかるとは、戦意強すぎであった。


 神速の蹴りに対して、アーノルドは大剣をうまく取り回して立ち向かった。

 電撃を纏った刃に対し、リィズは躊躇いなく蹴りを当てる。間違いなく電撃は通っているはずだが、その速度は微塵も落ちることはない。


「このッ! いいところでッ! 馬に蹴られて、死ねぇッ! 死んで償えッ!」


「ッ!!」


 罵詈雑言を吐きながら飛びかかってくるリィズに、アーノルドは防戦一方だった。

 速さに特化したリィズの攻撃は大体の剣士にとって未知の世界となる。それでも無防備に攻撃を受けることなく耐え抜いているのは、アーノルドが卓越した剣士である証明とも言えた。


 ティノが唖然としてその光景を見ている。それは天上の英雄の戦いだった。


 流れるような連撃を出していたリィズの動きが一瞬、急加速する。防戦のため上げていた大剣の下をくぐり後ろに回り、膝の裏に一撃が入る。

 体勢を崩したアーノルドの後頭部に大きく脚が振り抜かれる。その瞬間――アーノルドの肉体が光り輝いた。


 『雷』だ。火花が散り、光がリィズを焼く。弾かれたように宙を飛んだリィズは二回転程して、両足で地面に着地した。


 アーノルドがゆっくり立ち上がり、荒く呼吸をしながらリィズを睨みつける。

 あれがアーノルドの『切り札』か。剣から身体に雷を流したのか?

 雷を受けて平然としているのは、耐性を持っているせいかあるいはまた別の術理によるものか。


「うろちょろ、鬱陶しい、小娘だ――」


「雷なんて、ついこの間耐性強化したばっかりだし」


 リィズが肉食獣のような瞳で言う。だが、僕は完全に予想外だった。


 というのも、僕はアーノルドとリィズだとリィズの方が強いと思っていたのだ。

 そりゃレベル7なのだから弱くないというのは知っていたが、奇襲で勝負がつかないのは予想外にも程がある。


 僕はそこで、もしかしたら褒めれば機嫌がよくなるのではないかと思い当たり、おべんちゃらを言った。


「リィズと互角とか、アーノルドさん、強いなあ」


「ッ…………」


「その剣って、もしかして雷竜の素材で出来てるの? 骨かな? 惜しい事したな……僕も作ればよかった。全く思い当たらなかったよ。まったく、大したものだね、うん」


 動揺しながらもなんとか持ち上げようとする僕に、後ろから声がかかった。馬車の用意をしていたシトリーちゃんだ。

 どうやらタイミングを見計らっていたらしい。穏やかな声で言う。


「骨はスープの出汁をとって捨てちゃいましたもんね。邪魔だからって」


「あ……あー……そうだっけ? …………お、美味しかったっけ?」


「チキンの方が美味しいと……」


「あ、あはははは……全然覚えてないな……ほら、僕、忘れっぽいから。でも、チキンの骨では剣作れないし、ある意味役割分担ができているというか――」


「作れないこともないですけど……この間作りましたし」


 自分自身、何を言っているのかわかってない僕に、シトリーがずれた返答をする。

 やばい。アーノルドが青筋を立て今にも飛びかかってきそうな顔をしている。リィズがいなければ間違いなく襲ってきていただろう。完全に裏目に出ている。


 そこで、シトリーが背中から手を回し、耳元で囁いた。


「逃げます? 準備はできています」


「!!」


 さすがシトリー、僕の事をよくわかっている。逃げるよ、もちろん逃げる。そもそも、山肌で雷が見えた瞬間に逃げていればこんな目には合わなかったのだ。

 問題は、アーノルドの足は十中八九馬車よりも速いという事だ。彼をなんとかしなければ逃走はうまくいかない。


「あー、アーノルドさん。実は僕、忙しいんだけど……」


「ッ……女と、乳繰り合って、忙しい、だと?」


 誤解だ。だが、そうだな……冷静に考えてみれば、あの状況を脱せたのだからアーノルドが来たことにも意味があるのかもしれない。ないわ。


 アーノルドから逃げたいのに、そのためにはアーノルドをなんとかしなくてはならない。八方塞がりだった。

 リィズとアーノルドのにらみ合いは続いていた。高レベルの剣士の耐久力は馬鹿げている。リィズの実力は信用しているが、どちらが優位なのか見る目のない僕ではわからなかった。


 その時、傍らのティノが意を決したように声をあげる。


「ますたぁ……私も戦います!」


「え……?」


 一番ありえない選択肢である。いくら優秀なティノだって、リィズと互角なアーノルド相手に善戦できるとは思えない。

 だが、ティノは胸を張ると、まっすぐと純粋な瞳で僕を見た。


「守られてばかりでは、いられません。今ならわかります――ますたぁが私に、雷に打たれる特訓を課してくださったのは、この時のためだったのですね!」


「え……」


「ッ!?」


 その特訓課したの、そもそも僕じゃないんだけど……。

 アーノルドが化物でも見るような表情で僕を見ている。いや、違うから。僕じゃないから。


「私でも、お姉さまと二対一なら――隙くらいなら――きっと」


 なんで本当にハンターって死にたがりなのだろうか。

 今回は訓練じゃないのだ、あの巨大な剣の一撃をまともに浴びれば、ティノの身体なんて真っ二つだ。実際に僕はルークが人を真っ二つにしたのを見たことがある。ありうる話なのだ。

 まぁさすがに剣はリィズが牽制するだろうから大丈夫かもしれないが、次に問題になるのは纏っている雷である。いくら耐性をつけたと言っても、あれを浴びて無事でいられるとは思えない。雷は剣と違って避けづらい。ただでさえ今のパーティにはアンセムがいないのに、無謀だ。


 だが、僕に同意する者はいないようだった。シトリーもリィズも、ティノを止める気配はない。彼女たちは子を千尋の谷に突き落とす系女子なのであった。


 と、僕はそこでふといい事を思い出した。懐を探り、ヌチャヌチャしたものを取り出す。ティノの顔色が変わる。アーノルドの顔色も変わる。


 念の為に持ってきてよかった。丸められたそれを大きく引き伸ばす。

 無理やりポケットに詰め込まれていた『進化する鬼面(オーバー・グリード)』がうんざりしたような声で言った。


『酷い目にあった――我が出番か……?』


「ます、たぁ? それは――」


 『進化する鬼面(オーバー・グリード)』は被った者の潜在能力を引き出す宝具だ。

 実際に前回ティノが被った時はリィズとシトリーの二人組を相手に食い下がる程の力を発揮した。持ってくるか正直迷ったが、強力な宝具には間違いないので持ってきたのだ。


 ただのティノならばともかく、あの時のティノならばアーノルド相手にも戦えるに違いない。



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