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128 とあるバカンス⑦

「うおおおおおおおおおおおおッ!」


 凄まじい咆哮と共に、大きな金色の刃から強い電撃が周辺に放たれる。電撃は木々をなぎ倒し、所狭しと伏す魔物たちの死骸を吹き飛ばし、周囲一帯を更地にする。


 それが素材由来の能力である事は道中の会話で聞いていたが、魔導師の攻撃魔法に負けず劣らない凄まじい威力だ。竜殺しだという話も納得できる。

 しかし、その光景を見てもルーダは全く安心出来なかった。


 先頭に立ち剣を振り下ろしたアーノルドが荒く呼吸をする。

 周囲には過剰に壊された魔物の死骸や臓物が散乱し凄まじい悪臭が漂っていた。ルーダ達が倒したものではなく、最初から散乱していたものだ。


 魔物は人間のみを襲っているわけではない。魔物同士の間で縄張り争いも発生するし、外部から強力な魔物がやってきた森などで、生態系がガラッと変わったというのもよくある話だ。

 だが、必要以上に壊されたその死骸の様子からは強い悪意が伝わってきた。


 そしてまた、おそらくそれを成したであろう魔物とも既に接触していた。


「くそっ、また逃げられたッ! 何だあの魔物は?」


 エイが瞬き一つせず、集中して周囲の音を探っている。しかし、辺りに生き物の気配はなく、虫の鳴く音一つしない。


 最初の襲撃が起きたのは、死骸の転がる道を上っていき、ちょうど山頂を通り過ぎた辺りでの事だった。

 件の魔物は立ち並ぶ樹木の隙間を縫うよう襲撃をかけてきた。偶然そちらを見ていた仲間の警戒の声とほぼ同時に、《霧の雷竜》の一人が大きく宙を舞った。


 異常に長い手足を持った全身が濃い緑色をした鬼だ。

 その細腕から繰り出された一撃は風のように速く、マナ・マテリアルで強化され、頑丈で重い鎧を着た大柄なハンターの身体を軽々と吹き飛ばした。とっさに放たれた剣や魔法による反撃を軽々と回避し、そのまま滑るような速度で木々の向こうに消えていった。

 何より恐ろしいのはその動作がほとんど無音のままに行われた点と、迎撃態勢を取った瞬間に姿を消したという点である。その自然な動作からは鬼がそういう習性を持っているのは明らかだった。


 幸い、一撃を受けたメンバーは無事だったが、その一撃は確かに首元を狙っていた。

 もしも仲間の一人が襲撃を察知できていなかったら、危なかっただろう。


 そしてしかし、それは襲撃の始まりに過ぎなかった。


 既に馬車は二台とも失われていた。二度目の襲撃で馬が狙われたのだ。

 もともと、狭い山道を馬車二台で通るのは無理があったし、特に《霧の雷竜》の馬車は大きく、それだけで道を完全に塞いでしまい、一度進めば後退する事もできない。狙いを定め襲いかかってくる鬼から馬を守るのは不可能で、無理をしてパーティメンバーを危険に晒すわけにはいかなかった。


 ルーダもまた、エイに倣い、精神を集中して周囲の状況を探る。

 あの鬼の隠密性はかなり高く、日が落ちた中では視認し辛い。だが、襲撃の瞬間に全く気配がないわけではない。


 風のざわめきに似た音。それが襲撃の前触れだ。ただの風の音と聞き分けづらいが、こちらには幾つもの目がある。全員で警戒をすれば奇襲を受ける可能性は低い。


「知らない……あんな魔物、見たことがないわ!」


「ただの……魔物じゃねえな。執念深さ、知性に力。残虐性。アーノルドさんを見て襲いかかってくるとは……」


 エイが汗を流しながらも、にやりと笑みを浮かべる。


 一番憔悴してるのはギルベルトのパーティメンバーだった。リーダーのカーマインはさすがリーダーらしくまだ余裕がありそうだが、歴戦のパーティである《霧の雷竜》や、ソロで探索を続けているルーダと比べると、《炎の烈風(クリムゾン・フレイム)》のメンバーの力は大きく落ちる。

 能力も、経験も。メンバーの表情は憔悴し、その一挙一動からは強い恐怖が見て取れた。


 おそらくあの狡猾な鬼はそれを狙う。弱い者から少しずつ、慎重に丁寧に削っていく。


 ルーダの見た鬼の能力はかなり高かった。恐らくこのガレスト山脈でも上位に位置するだろう。

 それでも正面から襲ってこないのは用心深さ故か、獲物に恐怖を与えるためか。


 数度の襲撃で能力を測っていたのだろう。鬼は決して一番強いアーノルドを狙わなかった。弱い部分のみをついていく。

 アーノルド達のパーティとて、メンバーによって実力の差は存在している。険しい山道を下りながらいつ来るかわからない襲撃を捌くのは精神を大きく削り、少しずつメンバーの動きが鈍くなっていく。


 異様に魔物の死骸が積み重なっている山道はまるで地獄に続いているかのようだ。あの鬼を恐れているのか、他の魔物が現れない事だけが不幸中の幸いだった。


 十度目の襲撃をなんとか受け流した辺りで、エイが小さな声でアーノルドに進言した。


「アーノルドさん、勝負をつけないとまずい。俺たちはまだ保つが、《炎の烈風(クリムゾン・フレイム)》が限界だ。このままじゃジリ貧だ」


「…………」


 アーノルドが無言で一つうなずく。その様子に、ルーダは顔に出さずに小さく安堵した。


 この状況でアーノルド達が手っ取り早く鬼を撒く方法は、弱者を見捨てる事だ。特に今回の場合、アーノルドにとって、弱者であるルーダやギルベルト達、《炎の烈風(クリムゾン・フレイム)》は苦労してまで守るべき相手ではない。《霧の雷竜(フォーリン・ミスト)》だけならば、下山の速度も上げられるだろう。

 だから、ルーダは少しだけアーノルドがルーダ達を見捨てて逃げる可能性も考えていたのだが、どうやらそのつもりはないようだ。


 いらない心配をした自分を少しだけ恥じる。

 盗賊団に間違えられてもおかしくない強面なパーティだが、どうやらレベル7にもなると違うらしい。


 エイが後ろを振り返り、小声でカーマイン達に言う。


「……おい、お前ら。奴を仕留めにゃ――このままじゃまずい。わかってるな? 奴には考える頭がある。少しずつ襲撃が狡猾になっていて、諦める気配もない。このまま進めば間違いなく誰かしらが死ぬ。そして、死ぬとしたら消耗していて狙われている《炎の烈風(クリムゾン・フレイム)》の内の誰かだ」


 エイの言葉を、《炎の烈風(クリムゾン・フレイム)》のメンバーが神妙な表情で聞いている。

 幸い、騒ぎ出すような者はいないようだ。状況は理解出来ているのだろう。


「俺たちとしても、同行者が死ぬのは避けたい。そこで、だ――あの鬼は執念深く強力だが、弱点がないわけじゃあねえ。全身傷だらけだし、観察した限りでは――右足に大きな負傷がある」


「!?」


 エイの言葉に、ギルベルトが目を見開く。ルーダも息を呑んだ。

 確かに、刹那の瞬間に観察した鬼の全身には無数の傷跡が刻まれていた。まるで大量の魔物に襲われたかのように。


 だが、それでもその動きは風のような速さだった。もしもあれで足を負傷していたというのならば、本来の速度はどれほどのものだったのだろうか。


「上の野営地で焼けた森を見ただろう? 交戦したのは恐らく、俺たちが追ってる相手だ。傷をつけたのも、な」


「ああ……それはわかるが……まて、じゃあなんだ? あの魔物に、《千変万化》がやられたっていうのか?」


 ギルベルトが大声で叫ぶ。その言葉に、エイが苦笑いを浮かべた。


「いいや、残念ながらそれはまず……ありえねえだろう。道中に死体や人の血の跡はなかったし、魔物に残された傷が少なすぎる。あしらったか、鬼の方が逃げ出したか、それとも追うほどの相手には見えなかったのか――知らねえが、ともかく、《千変万化》達はあの魔物を仕留めそこなった。そして、俺たちはそのつけを払わされてる」


「なるほど……それなら納得がいくな!」


「なんて迷惑な……」


 腑に落ちたように大きく頷くギルベルトの隣で、カーマインが疲れたように言う。どちらかというとルーダの意見もカーマイン側だ。

 倒せるなら、負傷させるだけではなくさっさと倒していって欲しかった。


 話しながらも足は止めない。

 道に沿って半日も歩けば山を下りられる。だいたいの魔物は己の縄張りから出ないものだ。あの鬼の戦い方は障害物の多い山林部に特化している。地上までは追っては来ないはずだった。


 仲間たちを振り返る。ルーダはいつものソロの癖で荷物をコンパクトにまとめているが、他のメンバー達は馬車を失った事でそこに積んであった大きな荷物を背負っていた。走って逃げるにはあまりにも邪魔な物だ。

 だが、投げ捨てて走ってもあの鬼の速度から無事逃げ切れるとは思えなかった。もしかしたらルーダだけならば逃げられるかもしれないが、それはギルベルト達足の遅いメンバーを囮にすることを示している。それだけはするわけにはいかない。


「ともかく、奴は負傷している。アーノルドさんが真正面から戦えば大した相手じゃねえ。問題は、奴がアーノルドさんの前に立たねえことだけだ。つまり――――囮がいる」


 囮。その単語に、《炎の烈風(クリムゾン・フレイム)》のメンバーが緊張したように唾を呑み込む。

 エイがわざとらしく明るい声で説明する。だが、その表情は真剣だ。


「数メートルくらい離れていても、誰が襲われるのかわかってりゃ――道筋を事前に考えておけば、迎撃できる。なに、簡単な狩りだ」


「…………囮、か」


「ああ、それも……弱ければ弱い方がいい」


 表情を強張らせるカーマインに、エイが続ける。


「今までの襲撃の様子を見ると――襲われてるのはそっちのパーティのメンバーがほとんどだ。《炎の烈風(クリムゾン・フレイム)》のメンバーはなかなか先が楽しみなのが揃ってるが、現時点ではうちと比べると大きく劣る。一度作戦が失敗すればあの鬼は二度と同じ手は通じねえだろう。確実に決めたい。わかるな?」


 その言葉に、《炎の烈風(クリムゾン・フレイム)》のメンバーが顔を見合わせる。

 皆、青ざめた表情をしていた。囮ということは、今までよりも無防備を装う必要があるということだ。万が一、迎撃に失敗すればどんな残酷な運命が待っているのかは、魔物の死骸から見ても明らかだった。


 誰も声を上げない中、時間だけが過ぎていく。ギルベルトが手をあげた。


「なら、俺が囮になろう。俺なら頑丈だし、少しくらいやられても問題ない」


 その声に、仲間のメンバーが目を見開く。カーマインの表情が一瞬だけ意外そうに変わり、すぐにしかめっ面に戻る。


 ルーダから見て、あの鬼は遥かに格上だった。ということは、ギルベルトにとっても同様のはずだ。

 だが、ギルベルトの表情に恐怖はない。恐れを感じていないはずがないのに、その手足も震えていない。


 彼我の力量差を知りつつ、仲間のために立ち上がる。それはまさしく――勇気だった。

 僅か数ヶ月前、初めて会った時を知っているルーダからすると見違えるような姿だ。


 だが、エイはすぐに首を横に振った。


「駄目だ、ギルベルト。ちょっと外から見ただけでも、お前が《炎の烈風(クリムゾン・フレイム)》の中で一歩抜けているのははっきりわかる。その勇気は大したもんだが、あの鬼も警戒しちまう」


「そんな…………抜けてなんかない。上だとしても少しだけだ。あの鬼から見れば同じようなものだ。そうだろ!?」


 ギルベルトが慌てたように仲間を見回し言うが、仲間たちは苦笑するのみで誰も頷かなかった。

 カーマインが大きく息をして、仲間たちを見る。覚悟を決めたように言った。


「……仕方ない、これも全員で生き延びるためだ、覚悟を決めよう。《炎の烈風(クリムゾン・フレイム)》のパーティリーダーは俺だ。誰が囮になるかは――俺が決める。……レイラ、悪いが、頼めるか?」


「……」


 視線の先にいたのは、小柄な女魔導師だった。

 ギルベルトと同じくらいの年齢で、いかにも気の強そうな容貌をしているが、今は青ざめている。


「これまでの傾向からして、あの魔物は男よりも女を狙う。魔導師ならば事前に防御魔法をかけておけば少しは安心だ。いざという時に取れる選択肢も多い。うちのメンバーの中では一番適任なはずだ」


「だ、だけど――」


「……わ、わかったわ」


 ギルベルトが声をあげかけるが、まるでそれを遮るかのようにレイラが震える声で答えた。

 青ざめたまま、無理やり笑みを作ってギルベルトを見る。


「ギルベルトにばかりいいところを見せられちゃ……かなわないしね」


「なに、安心してくれ。アーノルドさんは竜殺しだ。心配はいらねえ、確実に仕留める」


 エイの言葉にはアーノルドへの強い信頼が見えた。《霧の雷竜》の他のメンバーも大きく頷いている。

 ここが正念場だ。気合を入れ直すルーダ達に、これまで黙っていたアーノルドがしかめっ面で言った。


「くだらん。ただ鬱陶しいだけの魔物だ。さっさと片付けて、山を下りるぞ。次の襲撃で、片を付ける」


 作戦は簡単だ。今まで隊列の真ん中にいたレイラを一番襲撃を受ける可能性の高い最後尾に置く。

 襲われた瞬間、隊列を組んだメンバーは一斉に道を開け、アーノルドが全力で距離を詰め、仕留める。


 レイラは自分に防御魔法をかけ、周囲はレイラをいつでも回復できるように準備をしておく。


 単純な策だが、今取れる作戦の中では一番成功率が高い。


 歩きながら不自然にならないように隊列を変更する。

 気を張りながらいつ来るかわからない襲撃を誘う。じりじりと精神が摩耗し、時間が過ぎていく。慎重にことを進めようとしているのはこちらだけではないのか、新たな襲撃の気配はない。


 その時、木々が途切れ、左手の視界が大きく開けた。思わず小さく息を漏らす。


 鬼は死角からやってくる。片側が開けていれば襲撃の方向が限定できる。作戦にとっては追い風だ。


 その時、ルーダの視界に不思議な物が見えた。


「!? な、なに、あれ……?」


 遥か眼下、ガレスト山脈の麓、湖の側で輝くマーク。ご丁寧にも、付近の木が伐採され、山の上からでもはっきりと見えた。

 ギルベルトが目を見開き、カーマイン達もその普段まず見かけないであろう光景に、目を細める。


「……火? 何? マーク?」


「こんな所に人が住んでいるのか? 何だ? 何かのシグナルか? 人が笑っているように……見えるが――ッ!?」


 カーマインが口を噤んだ。視線の先にあったのは、先頭を歩いていたアーノルドの顔だ。


 これまで、どれほどギルベルトが無礼を働いても寡黙を貫いていたアーノルドの表情がまるで鬼面のように歪んでいた。

 額に青筋が立ち、まるで人を射殺さんとばかりに眼下を睨みつけている。発達した両腕がぷるぷると震えていた。唸るような声が分厚い唇から漏れる。


「千変……万化……ッ全て、計算、通り、かッ」


「え……?」


 何を言っているのかわからなかった。ルーダの視力はかなりいいが、山の上からでは麓の様子は窺い知れない。

 いや、いくらマナ・マテリアルで強化されていたとしても、こんな距離から見える訳がない。


 エイが心底嫌そうな表情でその景色を見下ろしている。他のメンバーも似たような表情でマークを見ていた。


「ッ……エイ、作戦、変更、だ。囮は、やめだ。奴に押し付ける」


「…………へい。当然かと」


 作戦変更? 囮はやめ? 一体何をするつもりなのだろうか?

 頼りになるレベル7ハンターの突然の変化に戸惑う面々。その前で、アーノルドは『豪雷破閃』を抜いた。


 月光を反射し、刃が金色に輝く。空気が撓み、磨き上げられた剣身に紫電が迸る。

 どこからか例の風のざわめきが聞こえた。しかし、今はそれに気にしている場合ではない。


 アーノルドが剣を振り上げ、まるで雷鳴のような大声で叫ぶ。


「思い通りに、動くつもりは、ないッ! 自分の尻拭いは、自分でやれッ! 《千変万化》ッ!」



 そして、巨大な光の柱が、ルーダの眼前を通り過ぎた。 


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《始まりの足跡》宣伝課@GCノベルズ『嘆きの亡霊は引退したい』公式
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youtubeチャンネル、はじめました。ゲームをやったり小説の話をしたりコメント返信したりしています。
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― 新着の感想 ―
[良い点] アーノルドさんマジいい人すぎない?第一印象が嘘のようだ [気になる点] それでいいのか主人公パーティー
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