117 わくわくバカンス⑤
「とっても……美味しいです……」
ティノが幸せそうな蕩けるような笑顔で言う。チョコレートパフェは前評判で聞いていた以上に素晴らしい一品だった。
高さ三十センチ程のガラスの器にはアイスクリームとチョコレート、さくさくしたクッキーが盛られ、生クリームとソースがこれでもかとばかりに飾り付けられている。てっぺんには王冠の形をしたチョコレートが被せられており、そこには王の貫禄があった。
チョコレートの産地だけあって、質は確かだが何よりも量が凄まじい。きっと、リィズやシトリーが見たら顔を顰めただろう。
だが、何よりもその味を格別な物にしているのは、ティノが外のハンターから盗み聞きしたという、オークがどっかにいったという情報だった。
心配事があるとどれほど甘い物でも美味しく食べられないものだ。
理由はわからないが、トラブルがトラブルの方から去っていくとは、運が向いているのを感じる。幼馴染達を制止できればトラブルに合わずに済むという証左であった。やるじゃないか……僕!
ティノも笑顔になり、僕も笑顔で、全てがうまくいっている。
僕は小躍りしたい気分だったが、ハードボイルドではないので静かに笑みを浮かべるにとどめた。ゲロ吐きたくない!
しかし……これは少し量が多すぎるな。
自分のパフェを見下ろす。僕は隠れ甘党だが、他のハンターと違って大食らいではない。けっこうなペースでスプーンを動かしたのだが、まだ綺麗なガラスの器にはパフェが半分くらい残っていた。
一方でティノの方は同じ物を頼んだはずなのにとっくに食べ終え、じっとしている。ハンターは早食い、大食いが多い。一体その細身の身体のどこに大量のパフェが入っているのか。
残すのは申し訳ないが……ティノに食べてもらうか? いや、だが、なあ……気心の知れたシトリーやリィズならばともかく、後輩に男が食った残飯処理を任せるのはなぁ。
過酷な世界を旅するハンターは一般人が忌避するあらゆる事柄に耐性がある。だからティノも気にしないかもしれないが、ハードボイルドなますたぁの印象が崩れてしまうかもしれない……もう遅い?
ティノの漆黒の瞳がこちらを見上げている。散々ひどい目にあっているはずなのに、その目は未だ純粋に僕の事を尊敬していた。
うーん……食べたりないなら追加注文してもいいしなあ。
葛藤の結果、試しにパフェに刺さっていたスティック状のクッキーを抜き、ティノの方に差し出してみる。口つけてないし、これくらいならまぁ。
ティノの目が大きく見開かれ、きょろきょろと周りを見回した。
「!? !!? あの……その……え? …………い、いただきます」
ティノは迷いに迷い、顔を真っ赤にしてクッキーを齧った。
白い肌が耳まで赤く染まり、本当に恥ずかしそうだ。仲間内では見られない新鮮な表情に、僕は何故か餌付けしている気分になった。
確かに逆の立場だったら僕も少し恥ずかしいかもしれない。
「美味しい?」
「……はい。とっても……甘いです……ますたぁ」
小さく咀嚼しながら、ティノが小さな声で答える。本当に甘い物が好きなんだな。
……今回のバカンスで点数を稼いでいざという時には守ってもらわないと。
とてもめずらしいティノとのデートに穏やかな気分になっていると、店の奥から大きな白い帽子を被り恰幅のいい身体を白いエプロンで包んだ壮年の男が出てきた。
愛想が良さそうだと感じるのはいつも強面なハンターに見慣れているからだろう。迷いなくこちらに歩いてくると、少しだけ警戒の表情を浮かべるティノと僕を交互に見て、声を潜めて言った。
「………………突然、失礼します。人違いでしたら申し訳ない……貴方はもしかして――あの《千変万化》では?」
「!!??」
偽の身分証まで使ったのに、どうしてバレているのか。表情に出さずにその顔を確認するが、案の定記憶はない。
反応はしなかったのだが、それが良くなかったのか、男は笑みを浮かべると納得したように大きく頷いた。
「やはり……! ずっとお待ちしておりました! 私、この店の店長をやっております――」
興奮したような口調。
握手を求められ、流されるままに握手する。どうやらパフェの作成もやっているのか、その手からはチョコレートの匂いがした。
ハンターならばともかく、甘味を食していただけで一般人に正体がバレたのは初めてだ。しかも、粗雑な印象の強いハンター相手にこの熱の入れよう。ティノも目を丸くしている。
「この業界では――貴方はとても有名です。ハンターの中では一番かもしれません。国内外のあらゆる喫茶店や洋菓子店を巡る伝説のトレジャーハンター! その男が訪れた店は長く繁盛し幸福が訪れると言う……! メニューを制覇するまで注文を変える様子から名付けられた二つ名が――《千変万化》!」
「! さすがです、ますたぁ………」
「!?」
初めて聞く情報に、思わず店長の顔を二度見する。
正体隠して回っていたはずなのに、なんでバレバレなんだよ……幸運の妖精扱いされているのも解せない話だ。全然ハードボイルドじゃないじゃないか。
……そんな評判になっているなんて……もう迂闊に外に出られない。穴があったら入りたい気分である。さすがでもなんでもない。メニューを制覇するからつけられる二つ名って何さ……。
「その黒髪黒目に、お連れのお嬢さんがその証明です。いつ私の店に来るかと楽しみにしていたのですが、まさかこんな大変なタイミングでいらっしゃるとは……」
「…………問題ない。もう既にオークの群れについては、ますたぁが手を打った。安心すると良い。……チョコレートパフェ、とても美味しかった、です」
「待った。僕は何もやってないよ!?」
何故か勝手に話を進めているティノと店長の間に割って入る。
別に僕の来訪を喜んでくれるのは百歩譲って構わないが、僕がやってもいないことで喜ばれるのはまずい。責任が発生してしまう。
「実際にオークと戦うのは他のハンターであって、僕じゃない。その辺をお忘れなく。オークの群れが砦を去ったのも……多分偶然だ。ティノ? 僕は、何もやっていない」
「ますたぁが偶然と言っているから偶然。ごめんなさい、店長、先程の言葉は忘れて」
「な、なるほど……わかりました。そういう事ならば……」
前言を翻し何故か自信満々に胸を張るティノに、店長は訳知り顔で頷いていた。
§
「おかえりなさい! ずっと待っていました! お姉ちゃんが尾行しようって言いましたが、止めました!」
「はぁ!? シトも言ってただろーが! クライちゃん、おかえり! なにそれ、お土産!?」
一気に賑やかになったな。
玄関の扉を開けた途端に飛びついてきたリィズを抱き止め、シトリーに店長からお土産として貰った箱を渡す。
中身はグラの町名産のチョコレート詰め合わせらしい。お土産まで貰えるならば、チョコレートの精霊の座も甘んじて受け入れるべきなのかもしれない。
さっきまでにこにこしながら隣を歩いていたティノは、笑顔を引っ込め、すまし顔を作っていた。
僕とリィズ達は長い付き合いだが、ティノとリィズ達の付き合いももう数年だ。だいぶ付き合い方を知っているように思える。
リィズが腕を取り、すりすりと頬を擦りつけながら言う。
「退屈すぎて、砦攻めしようか迷っちゃったくらい。けっこう被害がでているみたいだし、色々溜め込んでそうじゃない?」
「ああ、砦はもう空っぽみたいだよ」
「え!? どういう事?」
喫茶店を出た後、念の為ティノと一緒に町の様子を確認したのだ。
店長がおかしな情報に騙されひどい目にあったら寝覚めが悪すぎる。
結論から言うと、ティノが通りがかりのハンター達から聞き取ったオーク達が砦を放棄したという情報は真実のようだった。
砦を出たオークの群れはグラを襲うこともなく、暴走するかのように平原を横断しているらしい。
原因は不明だが、グラの町からすると幸運だったようだ。街道でオークの群れが暴れているとなれば、国規模で早急に解決すべき問題になる。
使える金も人も桁違いだ。近くに森のある砦を攻めるのは面倒だが、平原ならば広範囲の攻撃魔法が使える。集結するハンター達の数も増えるだろう。
一つだけ懸念点があるとするのならば、オークの様子が変わっているらしい点だ。
自傷も厭わずに走っているらしく、オーク達の群れが通り過ぎた跡には幾つものオークの死体が転がっていたとの事。知恵のある亜人系の魔物がそこまで我を失うというのは、不自然である。そして、そういったイレギュラーには僕達、《嘆きの亡霊》もずっと苦しめられてきた。
大丈夫だろうか? 少し心配だが、しかし僕には心配しかできないのであった。
ニコニコしながら話を聞いていたシトリーが何かに気づいたかのようにぽんと手を叩き、しかし何も言わずにティノの方を向いた。
リビングのテーブルに置いてあったポーションの瓶を指し示す。
「はい、ティーちゃん。よく眠れるようにスリープ・ポーションを調合しておいたから」
よく眠れる準備ってスリープ・ポーションですか……。ハンターであるシトリーが扱う薬は主に魔物や幻影を対象としている。本来薬物に強い耐性を持つそれらに効果を発揮できるよう特別強力に調合されており、人間が摂取するには危険すぎる代物だ。
もちろん、後輩にそんなポーションを盛るとは思えないが、それよりも簡単な解決策がある。
「あぁ、大丈夫。ソファじゃなくて僕の隣のベッド、使ってもらうから」
「……はい?」
シトリーがにこにこしながら固まり、ティノが目を丸くする。
不眠の原因は不安らしいし、今日のデートでもいい笑顔を見せてくれた。きっと(ティノ目線で)最強の僕が隣にいればリラックスして眠れるだろう。
いよいよ書籍版二巻、1/30に発売です!
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/槻影
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