114 わくわくバカンス③
「規格をあわせた方が楽なんですよ」
食事を終え、シトリーが案内してくれたグラの隠れ家はエランで泊まったものとほとんど一緒だった。
さすがに外観は少し違うが、内装や部屋の構造などは驚くほどエランの部屋と一致している。
昔からシトリーは妙なこだわりを持っているところがあった。
しかしあの鍵束…………鍵の数だけ隠れ家があるわけじゃないよね?
ちょっと見ただけでも、十やそこらではなかった。まだハンターになってからだいたい五年くらいしか経っていない。五年でそこまで大量の隠れ家を用意したとするのならば、シトリーの手際の良さは異常だ。そして、心配性も異常である。
真新しい隠れ家はやはりエランと同様、日常的に使用されている気配はない。リィズが呆れたように言う。
「趣味悪……シトあんた、そんなに隠れなきゃならない事やってるわけ?」
……まぁ、詳しくは聞くまい。シトリーの事だ、きっと皆のことを考えて用意しておいたのだろう。
こうして現に役に立っているわけだしね……。
シトリーは荷物を運び込むとてきぱきした動作で家に風を入れ、部屋の確認をしている。彼女が動き出すと僕はもう座っていることしか出来ない。
お茶の用意をしながらシトリーが世間話でもするように言う。
「四日と半日で二回、か……相変わらずのペースですね」
「ペースって……まぁ、大国だなんて言っても危険がいっぱいだよね」
雷精の出現はともかくとして、今のご時世、どこの国も魔物には悩まされている。ゼブルディアは大国で周辺の魔物を定期的に間引いているが、それでもエランのようなパターンも発生する。
武力を持つトレジャーハンターが発展している理由の一つであり、《嘆きの亡霊》の冒険も半分くらいは魔物との戦いだった。
「そーそー。クライちゃんいなくなると魔物があまり出てこないから退屈で……」
「…………偶然だよ」
そんな僕のせいみたいに言われても困る。わざわざ危険に向かって突撃しているわけではない。
「うん! ぐーぜん! ぐーぜんだよね!」
しかし、今回の旅はかなり調子がいい。リィズの機嫌がいいのと、ルークがいないのがいい方向に働いている。
ルークとリィズが揃っていれば、間違いなく抑えがきかず散歩でも行くような感覚で雷精やオークの群れを狩りに行こうとしていただろう。
リィズは勢いよくソファの隣に腰を下ろすと、首に腕を回してしなだれかかってくる。べたべたくっついてくるのはストレスが溜まっている証だ。スキンシップの激しさは問題だが、返り血を浴びて帰ってくるよりはマシだと思う。
今回の旅行では是非リィズにも平穏の良さを体感して頂きたい。
だが、それよりも考えなければならないのはティノの事だった。
師匠は気にしていないようだが、随分と調子が悪そうだ。眠れていないのか目の下にはずっと濃い隈ができていて、顔色も悪い。目も充血している。
意識がずっと散漫だ。先程適当な食事処で昼食をとった時もどこか動きが緩慢だった。
体調管理に一際気をつけなければならないソロのハンターにあるまじき状態である。今も、腰を下ろすでもなく、立ったまま窓の外をぼうっと見ている。
訓練も停止し、いつも厳しいリィズも抑えているはずなのだが、バカンスをあまり楽しめていないようだ。
……まぁ、メンバーがシトリーと僕とリィズだからな、と思わなくもないが、バカンスはまだ始まったばかりなのだ、今の状況がこのまま続けば倒れてしまうかもしれない。
ここはクランのマスターの僕が一肌脱ぐ所だろう。
「よし、ティノ。一緒に甘い物でも食べに行こうか」
「…………え?」
ティノがこちらを振り返り目を見開く。その動きもいつもよりかなり遅い。
僕の予想では、ティノの体調不良の原因は緊張だ。二十四時間恐ろしいお姉さまと(ある意味)恐ろしいシトリーお姉さまに囲まれればそりゃ気が休まる暇はないだろう。
でなければ、野宿に慣れているハンターが、ベッドを借りられない程度で寝不足になるわけがない。貧弱な僕だってならない。
一旦リィズとシトリーを離し、ゆっくり休養を取らせる。ついでに悩みを聞くのもいいかもしれない。僕で解決策が出せるかは、かなり怪しいが、解決できる人を紹介する事はできる。
僕の言葉を聞きつけ、機嫌良さげにひっついていたリィズが明らかに消沈する。シトリーの表情も一瞬曇り、またいつもの笑みに戻る。
シトリーもリィズも甘い物は苦手だった。
「…………えっと……その……」
ティノが不安気な表情でお姉さまと僕を交互に見る。お姉さまはまるで抗議でもするかのように無言で僕を強く抱きしめた。
リィズもシトリーも甘い物が苦手だ。それも、ただ好きではないだけじゃない。『嫌い』なのだ。
どうしても食べなくてはならない時もつらそうな表情をしているので、僕がリィズ達と一緒に遊びに行く際、甘い物を食べに行く事はまずない。クソ不味いポーションは平気で飲んでいるので、恐らく味覚がおかしな方向に発達しているのだろう。
リィズはひとしきり抗議していたが、僕が折れないのを確認すると、ごろんとひっくり返り、そっぽを向いた。
「………………行ってくればぁ?」
「!? あの……お姉さまは――」
「………………私がいたら、クライちゃんが、気を使っちゃうでしょ? そのくらい、わかれよ」
「!?」
傍若無人な師匠しか知らないのか、ティノがぽかんと口を開け驚いている。
リィズは口ではいいことを言いながらも、こちらにちらちらと視線を向けていた。そんな眼しても行くのやめたりしないよ……。
「あの……シトリー、お姉さまは……」
続いて、シトリーの方を窺うティノ。
シトリーはその小動物のような視線に、いつもと変わらない笑みを浮かべていた。
§
「まぁ、ティーみたいなお子様、クライちゃんも興味ないし……デートじゃなくてただの護衛だし。ティー、わかってると思うけど、クライちゃんが優しいからって勘違いするなよ。帰ったら二度とそんな状態にならないように、心身鍛え上げてあげるから」
「私がコーディネートしてあげます。護衛なのにいつもと同じ格好では支障が出ますから……あまりクライさんの格好と差が出ると連れているクライさんの恥になるので――脚を出しているのはクライさんのためにもティーちゃんのためにもよくありません。本人達の認識はともかく、周りの視線も――」
あれよあれよと言う間に準備が整えられる。寝室から出てきたティノの姿は一変していた。
盗賊とは思えない丈の長いグレーの外套に、それに隠すようにひっそりと腰元に下がったショートソード。いつもの脚と肩の出た露出多めの格好は盗賊にしか見えないが、この格好はなんとも形容しづらい。何故か髪を束ねるリボンも赤から白に変わり、何をやったのか目の下にできていた隈も綺麗に消えている。
僕の視線に、シトリーが少しだけ困ったように笑う。
「護衛と身分を隠すという点からこの辺りが限界でした。私服やスカートにすると、まるでデートみたいになってしまうので。すみませんが、さすがにクライさんの宝具のように目立たない装備は少なくて……装備は最低限です。フォローして頂けると……」
「大丈夫だよ。問題があったらすぐに帰ってくるから」
一方で、準備が必要だったティノとは違い、僕はいつも通りの格好――完全武装だ。
つま先の先から頭のてっぺんまで、クランの魔導師が身を粉にしてチャージし直してくれた宝具で武装している。まだ万全ではないが、これならば何かあってもティノを守ってここまで帰ってくる事くらいできるだろう。
「クライさん、大丈夫だとは思いますが……いくら可愛いからって、私のティーちゃんに手を出しちゃ駄目ですよ?」
シトリーが冗談めかした口調で言う。
僕を何だと思っているのか……ただの冗談なのだろうが、そんな事言ったらティノが萎縮してしまうかもしれない。
続いてシトリーは眉を顰める僕からティノの方に視線を変え、笑顔で言った。
「ティーちゃん、よく聞いて? 私のクライさんに手を出したら……二度とそんな不要な事考えられないようにしてあげるから」
「!?」
シトリーの迫真の演技に、ティノが驚いたように身を震わせる。
僕が手を出すのもありえないが、その逆は更にありえないだろう。何を考えているのだろうか。
「クライちゃん、食べたらすぐに帰ってきてね? その後、一緒にデートをやり直そう?」
「夕食の準備と、食料の補充はやっておきます。ティーちゃんがよく眠れるようにしておきます。早く帰ってきてくださいね?」
不安げなお姉さま二人に見送られ、何時になく頼りないティノを連れ、僕はどこか物々しい町に繰り出した。
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