102 本領発揮②
リィズは完全にブーストが掛かってしまったようだった。
まるで暴走したドラゴンを見ている気分だ。照りつける太陽のようなエネルギーを振りまくその姿に、皆、たじたじになっている。こうなってしまった彼女を止めるのはとても難しい。
バカンスだと言っているのに、どうしてそんなにやる気満々なのだろうか。何度も言うが、危ないところに行くつもりは一切ないよ、僕は。
ラウンジでくるくる回っているリィズを見ながらしばらく唖然としていたが、行きたくないと言っているメンバーを連れて行くわけにもいかない。
護衛がリィズだけでは少し不安だが、シトリーに声をかければついてきてくれるだろう。
思う存分回転したのか、リィズが機敏な所作で僕の眼の前までくると、かがみ込み、上目遣いで尋ねてきた。
「ねぇねぇ、クライちゃん。ティーとかぁ、連れてっていい?」
「……」
難しい問いだ。『進化する鬼面』の件でティノとは少し気まずい状態にある。
可否で言うのならばもちろん可なのだが、あの健気な後輩の事を思うと少し時間を与えたほうがいい気もしていた。
沈黙していると、リィズが急に瞳を伏せ、心配そうな表情をした。
「あれえ? もしかしてクライちゃん、この前の件でティーの事、見損なっちゃった?」
発想おかしくない?
見損なうわけがない。ティノは僕に何もしてないのだ。
仮面を被ったティノの挙動を思い出し、小さくため息をつく。
むしろ、(仮面のせいとはいえ)、いつも従順なティノに反抗されたリィズやシトリーの方が思うところがないか心配なくらいである。
『進化する鬼面』は潜在能力を解放すると同時に、持ち主の潜在意識をも解放するユニークな効果を持っていた。解放された感情と、引き出された力による全能感はティノを少しだけいつもより積極的――能動的にした。
具体的に言うと、まるで盾になるかのように僕の前に立ち、お姉さま二人に拳を向け、まくしたてるように文句を言った。あの時のリィズとシトリーの表情は正直、かなり面白かった。
リィズは文句を言われて黙っているような人間ではないので当然その後一悶着あったのだが、ティノは素直ないい子だ。仮面を被せたのは僕であり、その件でティノが被害を被るのは頂けない。仮面騒動はなかったことにするよう言いつけたのだが、実際に起こってしまった出来事の影響を完全にゼロにすることは不可能だ。
珍しい事に、リィズには切れている様子はなかったのであまり心配していなかったが、一体、師弟関係は今どうなっているのだろうか?
黙ったまま考える僕に、リィズが珍しく悲しげな声で言う。
「……確かに、ティーは雑魚なのに、身の程もわきまえず私とシトの前に立ちはだかったよ? でもでも、それは全部、クライちゃんのためなの! 私の言いつけを守っただけなの! クライちゃんから見たら、無様かもしれないけど、その……見捨てないであげて?」
テンションの落差に混乱する。
ティノを雑魚だと思ったこともなければ、見捨てるなど考えた事もない。むしろ僕が見捨てられる方である。一体どう反応していいかわからず、僕は目を見開き半端な笑みを浮かべうんうん頷いた。
「見捨てるなんて、そんな事、考えた事もないよ。いらない心配だ。うん、ティノは立派なハンターだ。リィズもよくやってると思う」
もうちょっと優しくしてあげたほうがいいと思うけどね……。
僕の中身のない慰めに、不安そうだったリィズの表情がぱぁっと花開くような笑顔になる。
「じゃあ…………連れて行っていい?」
「…………いいよ」
満面の笑みを向けられては、とてもじゃないが断ることなどできなかった。
……まぁ、ただのバカンスだしね……。
「やったあ、クライちゃん、大好きッ! 大丈夫、ティーが実力不足で死んだとしても、クライちゃんのためなら本望だと思うからッ!」
「じゃあ話してくるね」と、リィズが浮かれたような足取りでラウンジを出ていく。
本望ではないと思うな……。リィズは僕のバカンスを一体何だと思っているのだろうか。
確かに、僕は運が悪い。レベル8になる前から度々様々な騒動に巻き込まれている。花見に行けば宝物殿が出来上がるし、洞窟を探索していたら大地震が起きて崩れる。宝物殿に潜れば出現確率が低いはずのボスと高確率で遭遇するし、大嵐の中歩いていたらいきなり雷が落ちた事もある(ちなみに、側にいた一番大きなアンセムに命中した)。
だがそれだって限度はある。今回は騒動を避けるために帝都を出るのだ。魔物や幻影と戦うつもりはないし、人を殺すつもりももちろんない。
辺りを見回すが、ラウンジにはほとんど人が残っていなかった。リィズが騒いだせいで逃げ出したのだ。
ちょっと人を誘って外に出ようと思っただけなのに、大事になりそうな予感がする。
予想外の展開に困りきっていると、後ろから小走りでエヴァが近づいてきた。
「クライさん、馬車の手配の準備が出来ました。プラチナホース六頭立ての大型装甲馬車です」
プラチナホースとは通常の馬の数十倍の力を持つ馬の魔物である。その名の如くプラチナのような毛並みを持ち、どんな荒れた地でも駆け抜けられる膂力と持久力を持つ、馬としては最高級の品種だ。
その分お値段も飛び抜けて高いが、今問題なのはその馬車とやらが六頭立てである事である。プラチナホースは一頭で大型の馬車を軽々引けるくらい屈強なのだ。
「……それ、凄く派手じゃない?」
プラチナホースも、大型装甲馬車も、間違いなくクランで保有している物じゃない。
恐る恐る出した問いに、エヴァは目を瞬かせた。
「それは……まぁ。しかし、プラチナホースならば竜の群れに追いかけられても逃げ切れるかと」
竜に追いかけられる予定なんてないよ!?
まぁエヴァにはバカンスという話はできないので変な勘違いをされても仕方がないが……プラチナホースの六頭立て装甲馬車とか、皇帝でもそうそう使わないだろう。どうやって準備したのか不思議なくらいである。
僕は顎に手を当て、考える振りをして言った。
「あまり目立たない方がいいな。プラチナホースもいらないし、装甲もいらない。普通の馬車でいいよ。いや、少しみすぼらしいくらいがちょうどいいかな」
このタイミングでバカンスに行く時点でエヴァには迷惑を掛けているのだ。費用まで掛けては申し訳無さすぎる。
「しかし――。…………承知しました」
一瞬なにかいいかけ、結局、不服そうな表情でエヴァが頷く。僕は半端な笑みを浮かべ、冗談めかして言った。
「ほら、節約しないとね」
§
「え……バカンスですか……? もちろん、お供します!」
クランハウスの研究室にいたシトリーは、唐突な要請にも拘らず嫌な顔ひとつせずに承諾してくれた。
嬉しそうだがリィズ程のテンションでもなく、落ち着いた気分になる。
これだよ。この反応だよ、僕が欲しかったのは。
「武装は必要ですか?」
「いや、ただのバカンスだからいらないよ。……あ、いや。最低限、身を守れる程度の武器は必要かな」
「わかりました」
打てば響くような心地のよい反応。リィズや他のメンバーにもこの姿勢を見習って欲しい。
そこで、にこにこしていたシトリーの表情が曇った。上目遣いで窺うようにこちらを見る。
「…………あ、でも――そうだ。アカシャ関係の捜査がまだ途中で――」
……アカシャ関係の捜査? あーるん達が言っていたのはこれか?
やはり僕が知らなかっただけで、シトリーがなにか手を出していたらしい。
僕がシトリーの行動を理解できるわけもないので仕方がないが、危ない事をするのならば一言欲しかった。
まぁ、今更言っても仕方がない事だ。
「あー、そっちは《魔杖》に頼んできたから問題ないよ」
「!! ありがとうございます! そして、すいません。わざわざお手数おかけして……」
「いやぁ、ただの偶然だから……」
《魔杖》は古株のクランである。シトリーの実力がその構成員に劣っているとは思わないが、組織的に調査するのならば向こうが上だろう。もとより、僕はアカシャなんかに興味はないし、シトリーに危ない事もして欲しくない。
唯一、勝手に頼んでしまったのでそこで何かあるかと心配していたが、そんな事もなかったらしい。
しばし、笑顔のシトリーに癒やされる。遠くの方でフラスコを火に掛けていたタリアも、こちらを見てニコニコしている。真の癒やしがここにあった。
「ところで、バカンスの目的はなんですか?」
シトリーが、汚れ防止用のローブから腕を抜きながら確認してくる。
目的? 目的がないとバカンスにも行けないのかね、君たちは。
だが、暇な僕と違ってリィズやシトリーは忙しい。その問いも当然なのかもしれない。
「そうだな…………温泉?」
「わかりました。火耐性ですね? マグマ?」
「実は少しだけ逃げも入ってるんだ」
「なるほど……強敵に追いかけられる可能性がある、と」
「そうだ、エヴァがさ、プラチナホースの馬車を用意しようとしてたんだよ。ははは、大げさだよね。そんなんじゃ目立つってのに」
「ふむふむ、隠密性を要する、と。ちなみにメンバーは私達だけですか?」
「皆に声を掛けたんだけど逃げられてさ。困っちゃったよ」
僕の言葉に、シトリーは思案げだった表情を笑みに変え、両手をぽんとあわせるいつもの動作をした。
「ちょうどいい。私の方で三人、使ってみたかった人がいるんです。協力を得たばかりなのでまだ能力に少し不安がありますが、使用に耐え得るかと…………失っても惜しくありませんし。準備はお任せください!」
どうやらシトリーに当てがあるようだ。さすが、人望のない僕と違って、シトリーは知り合いが多い。
ちょっと言い回しが独特なのが気になるが、シトリーに任せておけば問題ないだろう。
そこで、僕はいいことを思いついた。
「ついでにルーク達も迎えに行こうかな。途中まで帰ってきてるんじゃない?」
久しぶりに遠出するのだ。宝物殿まで行くつもりはないが、たまには待つだけでなく迎えに行くのもいいだろう。
僕の提案に、シトリーは賛同するように拳を握りしめた。