通販で「オリオン」
「君、剣の構えから相当な実力者と見える。
こんな場でなければ、楽しい勝負が出来たかもしれないが……」
「ニンゲンごときに褒められてもうれしくない!!
それに貴様となんざ、天地が避けても楽しい勝負なんぞごめんだ!!」
「く、口が悪いな……」
ニンゲンがアタシの発言に結構引いている。
蛮族ごときがアタシにドン引きなどあってはならないことだが、この後の戦いを有利に進められるならもう何でもよかった。
「その少女を守りたければ剣で語れ!
あたしの名前はユグドラシル!
貴様も誇り高き剣士のつもりならば自らの名を名乗れ!!」
ちなみにニンゲンには自らの名を名乗れとは言ったけれど、ユグドラシルはもちろん偽名である。
ニンゲンなんかに自分の名前なんて教えるわけがないじゃないか。
「いいだろう。
オレの名前は「オクト・セルニパス」!!
この国の誇り高き」
「隙ありぃ!」
「うわ、あぶねぇ! 名乗っている最中に斬りかかるとか卑怯だぞ!」
「はーっはー!! 騙される方が悪いんだよこのターコ!! 剣で語れつったろバーカ!」
アタシは身を翻すと再びニンゲンに斬りかかる。
ニンゲンは生意気にも手に持ったナイフで応戦してきた。
「なっ!! その剣は!!」
剣とナイフが何度か交差した瞬間、ニンゲンは何かに気づいたようだった。
「その剣はマスターソード「オリオン」!!
マスターソードの名を持つ剣の中でも最高の攻撃力を誇り、持った者をどんな剣豪にも及ばないほど最強の兵士に早変わりさせるという伝説の剣!!」
無知なニンゲンもその程度のことは知っていたのか、だからどうと言うことはないが。
そう、自分自身シャロット家令嬢のたしなみとして剣の腕は確かだったが、この超絶チート早変わり剣を持つことで誰にも負けることのない剣術が今のアタシには身についていた。
「ふんっ、これはアタシの切り札。お前ごときじゃ絶対にこれは攻略できないよ。」
「しかしそれの剣は太古の昔に戦争で紛失して、名高いマスターソードの数々を作ったとされるドワーフの現族長でさえお伽話の中でしかそんな物は聞いたことないという話しなのに……一体それをどこで!?」
「え? 通販で買った。」
「嘘つけぇ!」
嘘ではない。ニンゲンごときがエルフの常識を測ろうなど、おこがましさを越えて笑止千万!!
まぁこの場合、エルフの常識ではなく¥378億5000万もするこの剣を簡単に通販で買えるシャロット家の財力が異常なだけなのだけれど。
「くっ、君のような実力者が、さらに「オリオン」を……オレには分が悪い戦いだ!!」
「だったらさっさと切られろこのタコハゲ!!
そのナイフ捨てて谷底にゴートゥーヘル!」
「オレにも守る者がいる! それは出来ない相談だ!!」
「だったらお前の人生はここまでだざまあみろ!」
本当に癪な話だが、もし剣術の実力だけでこのニンゲンと戦っていたら、あるいはアタシが負ける可能性もあったかもしれない。
しかしそこは流石のマスターソード「オリオン」、みるみるうちにニンゲンに的確な攻撃を与え、ついに吊り橋の縁まで追い詰めてしまった。
「あっはっは! 追い詰めたぞニンゲン!! 最後に言い残すことはあるか!?」
「くっ、せめて彼女に……ファナに危害は……」
「うるせぇ! 落ちろ!」
「お願いだから最後まで言わせてくれよ!!」
しかしその時、安全な場所にいたはずのファナが突然こちらに走り出してきた。
ああ、ファナ、こちらに来てはいけない!!
案の定彼女は揺れる吊り橋から足を踏み外し、そのきしゃな体は空中に投げ出され……
「ファナ!!」「危ない!」
ニンゲンとアタシ、叫んだのは同時だったが先に動いたのはニンゲンの方だった。
ニンゲンはのしかかっているアタシを無理矢理突き飛ばすと、目にも止まらぬ速さでダッシュをし、空に投げ出されたファナの腕をつかんだ。
「ぐっ、ぐぐぐ……よし、もう大丈夫だ。」
ニンゲンはファナの体を引っ張り上げると、そのまま彼女の服についた汚れを軽く払って見せた。
ファナは谷底に投げ出されたショックで、体が震えている。
「ご、ごめんなさいオクトさん……
安全な場所にいるように言われたけれど、私どうしても貴方の力になりたくて……」
「いいんだ、君が無事ならそれで。
それよりあのエルフは今は動けないみたいだ。
この後追いかけてきてくるかもしれないからオレはここに残る。
君はいまのうちに森を抜けておうちへお帰り、気をつけるんだよ……」
「オクトさん、私は貴方のことを忘れないわ……」
「オレもだよ、マイディア。」
そして二人は熱いハグを交わす。
ゲロゲロゲロゲロゲロゲロゲロゲロ。
その後ニンゲンはオークや私をまたいでファナを森の方に見送ると、こちらに振り向いた。
「さて、君は……」
私はというと、さっきファナが足を滑らせたときのショックで腰が抜けてしまい、立つことが出来なくなっていた。
そして、膝の間には恐怖で小さな水たまりが……
しかし私はまだ諦めるわけにはいかない。
まだ、まだファナが危険だ、このニンゲンを消さなければ……!
震える足で私は再び剣をかまえようと立ち上がる。
「殺す!! たとえどんな辱めを受けようとアタシはお前にファナを渡すわけにはいかない!! 私はお前達が大嫌いだ!! 呪ってやる!!」
「話を聞くんだ!!
ファナは隠しているつもりらしいが、彼女も君と同じエルフで、君はあの子の家族なんだろう?
彼女にオレを近づけさせないためにオーク達を差し向け、自分も変装して剣を振るった、違うかい?」
「エルフだって分かっていたのか!? ならばなおさらアタシが殺されてたまるか!!
ファナの正体を知ったならお前は必ずあの子を殺しに行く! そんなことさせるか!!」
「オレはあの子がエルフでも人間でも危害を加えるつもりはない!
それにそんな状態で吊り橋の上で立つな、落ちるぞ!!」
「黙れ! ニンゲンに心配なんかされたくない!!
お前達がエルフの男を惨殺した恨み、忘れていないぞ!!
お前達さえいなければエルフの里は……一族は……!!」
「オレも人間とエルフの歴史を知る身だ、君が人間を恨む気持ちはよく分かる……
しかし、オレがここで謝罪しても何も始まらないしオレが人間の代表を語るわけにもいかない……
だが分かってくれ、オレはファナに危害は絶対に加えないし、彼女に対するこの愛は本物なんだ。」
「信用できるか!!
それに本当だとしても人間にファナは渡せない!!
お前達さえいなければファナもあんな顔する必要なかったのに……!!」
「あんな顔……? ファナに、いや君たちに一体何が……」
それはアタシが思い出したくない幼少期の記憶ぶっちぎりの1位。
17年の人生で一番イヤなことを思い出したアタシは、そこでいくらか冷静になって。
そしてさっき吐いたときに出たのとは、また違った涙がこみ上げてきた。
「12年前、ファナの両親が人間に捕まり殺された……
私が知る限りファナの父親が最後の男性エルフの生き残りだった……
両親がいなくなった彼女はアタシの家に引き取られることになったけれど、あの子は血統的には天涯孤独なの……」
「そんな……」
両親を失って、なのに泣くのを必死にこらえているファナの姿。
思い出す度にそのファナの痛々しさとニンゲンへの憎悪、そして何も出来ない自分の無力さを感じる。
「お願い……もうファナには近づかないで……
あの子からもう何も奪わないで……お願いだから……」
もう、ニンゲンに頭を下げたって構わない。
あの子のために何か出来るなら、あの子がこれ以上苦しまないなら、あの子が幸せに生きてくれるなら……
「君の言うことはよく分かったしもっともだ。だがオレはそれでも彼女が好きな事に変わりはない。
世界がそれを認めないならオレが一生彼女を守ってみせる、だからオレを認めてくれないか?」
「そう、なら仕方ないね……」
「よかった、分かってくれたんだな。」
ザク、ザク、ザク……
「ん?」
ザク、ザク、ザク、ザク、ザクザクザクザクザクザクザクザクザクザクザクザクザクザクザクザクザクザクザクザクザクザクザクザクザクザクザクザクザクザクザクザクザクザクザクザクザクザクザクザクザクザクザクザクザクザクザクザクザクザクザクザクザクザクザクザクザクザクザクザクザクザクザクザクザクザクザクザクザクザクザクザクザクザクザクザクザク
「あの~、ユグドラシルさん? このザクザク音は一体……」
「吊り橋の縄を切り落とす音だよ。」
ザクザクやってたらまた元気が出てきた。
ニンゲンの顔が青ざめるのはいつ見ても爽快だなぁ。
「正気かお前!?」
「ハッハーー!! 愚かな蛮族め! ざまあみろタコ!!
お前がとっとと死なないからこうなるんだ!!」
ブチンッとロープのきれる音がした。
吊り橋の半分が落ち、宙ぶらりんの状態になる。
動けないオーク達は落ちていったが、肝心の人間はまだ掴まっていた。
あともう一押し、アタシはもう片方の吊り橋の縄に捕まると、逆の手でマスターソードを構えた。
「ああ、なんてことだ、山賊達が!!
おい待て! そんなことをしたらオレだけじゃなく君までただではすまないぞ!!」
「それでも……!!」
ああ神様、アタシはどうなってもいいのでファナをお守りください。
そして出来ればこのニンゲンに最大級の不幸があらんことを……
「それでもアタシはファナを守りたいの……!!」
ブチン
軽快な音で縄が切れ、スローモーションのように吊り橋が谷に落ちてゆく。
「くそっ!!」
「ハッハーー!!」
こうしてオーク5体とエルフ1人、ニンゲン1匹は深い深い谷底に落ちていった
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シャルロット家令嬢、今回の使用金額
マスターソード「オリオン」購入
本体378億5000万+送料800
現在の合計使用金額
0+378億5000万800=378億5000万800