願いと対価の恐怖
夏休みを利用して遊園地に遊びに来た少女3人。そこに待ち受けているのは背筋が凍る恐怖と悲しい運命。
二〇一六年八月六日(土)二時一〇分 ホテル内
「きゃーあ! 奈々子どこよ」
建物の中に響く悲鳴。その声からして、声の主は女性で、何か怖いものに出くわしたことが窺える。そして、部屋の中から一人の女性が出て来た。その女性は何かから逃げるように建物の通路を走っている。
「何よ、これ! 嘘でしょ。あんな話なんて、ただの作り話でしょ。奈々子も『あの場所』に行ってから様子が変わってしまうなんて」
「ねえっ……」
「ひぃぃ! きゃっ!」
女性の頭の中に響く声。そして、女性はその声を聞いて、激しく転んでしまった。
「ねえっ……なんで逃げるの……」
「嫌よ」
「ねえっ……なんで嫌がるの。せっかく願い事を叶えてあげるのになんで逃げるの……」
「もう願い事なんてどうでもいいよ。それより、こんなことになるなんて」
女性は自身の頭の中に語り掛ける主へ拒絶の言葉を言う。それは強力な幻覚を見ているかのように見え、周囲の人は近寄りたくなくなる。
「今更考えを変えるなんて、そんなの酷いよ……」
「ふざけないで! もう嫌よ」
女性は急いで立ち上がり、暗い通路のある先へ走っていった。そして、女性は一階の外へ繋がる出入り口まで来た。女性は扉を開錠して開けようとするが、不思議なことに扉を押しても引いても開かない。
「なんで開かないのよ!」
「ねえっ……」
「ひぃぃ」
「私、どこにいると思う」
「知らないわよ」
女性は扉を背中に辺りを見回す。しかし、周囲には自分しかいない。
「答えは……」
「あなたの後ろ!」
スライド扉のガラスから両腕が出てきて、女性を硝子の中へ引きずり込もうとする。
「いやー! 助けて」
女性は大声で助けを呼ぶが誰も返事がない。女性は必死に抵抗するが、両腕の力は強く徐々に扉の中に引きずり込まれる。
「願い事を叶えてあげるから、あなたの大事なもの貰うね」
女性は跡形もなく飲み込まれた。しかし、摩訶不思議なことに女性が飲み込まれたと同時に女性はガラスの中から出て来て、床に倒れた。そして、ふらふらしながら立ち上がった。背筋が凍るように口は笑っており、目は虚ろ。
「はぁ、やっと成功した。この調子でどんどんしないと」
「うふふふ、あなたも悪いわね」
ガラスに映る別の少女三人が女性へ話しかける。そして、それに気づいて女性は返事をする
「ああっ、あなたね。私のどこが悪いのかしら」
「うふふっ、分かっているくせに。わざと怖がらして、恐怖に絶望させて追いつめるところ」
「私はそういう主義なの」
「まぁ、それはどうでもいいけど。あなたも成功したから、次は私達がやるわ」
「うふふっ、それは楽しみね」
「期待してね」
ガラスに映る少女達はそういって、ガラスの奥へ消えていった。そして、女性は何事もなかったように自身が飲み込んだ女性の来た通路を歩いて、部屋へと戻っていった。
飲み込まれた女性はどうなったのか。なぜ女性はこのような恐怖に出くわしたのか。そして、飲み込んだ女性とガラスに映る少女は何者なのか。
恐怖と悲鳴が飛び交うこの経験にあなたは耐えられるか。
二〇一六年八月六日(土)一四時三〇分 遊園地
「きゃーあ♪」
勢いよく線路を走るジェットコースター。その悲鳴は楽しく嬉しそうに聞こえる。
「おかえりなさい。足元にお気をつけください」
ジェットコースターが乗車場に着いて遊園地のスタッフが乗車していた客にお礼と注意の言葉を言った。
「あぁー、怖かった♪」
少女は楽しんだように降りる。
「うぅぅ、目の前がくらくらする。彩香ちゃん、よく楽しめたよね」
彩香という少女の隣に立つ少女は彩香を称えるかのように言う。
「咲は絶叫マシーンが苦手だなwww」
彩香は咲の絶叫マシーンに対する怖がりところを笑った。
「彩香は昔からアクティブなところがあって、一人で木登りして高い所まで行ったこともあったわね」
昔からそうだ。私と咲を山奥まで連れて迷子になり両親に心配を掛けたり、川遊びで咲を溺れさせたりと、私たちにとってトラブルメーカーである。咲は彩香とは違い大人しく、夢見るお姫様のような子である。昔から怖がりで、中学の野外キャンプで肝試しをした際に大泣きして同行していた私や彩香を困らせた。
私たち三人は幼稚園からの幼なじみで、小学校・中学校、現在通っている高校と同じところに通っている。仲良く、時には喧嘩することもあるが、次の日には仲良く遊ぶ関係で、現在まで続いている。しかし、最近長年続いて来た友人関係に変化が起きた。咲は彩香、彩香は私、私は咲が好きという三角関係へと変わった。私は咲から恋愛相談を受けてそのことを聞き、咲が彩香のことが好きなのを知った。あまりの事に衝撃を受けたのが、すぐにその事を理解し、自身もまた咲というのを伏せて咲に恋愛相談をした。私と咲はお互いの恋愛事情を知って応援することにした。私はこの時、彩香も咲に相談したのではないかと推測した。叶えたいけど叶いそうにない恋。私たちの三角関係はそういうものだ。
「なぁ~に怖い顔しているの」
彩香は私の顔を覗いて、そう言った。
「びっくりした」
「少し疲れただけ」
「少し休む? 真琴ちゃん」
「うん、そうしようか」
咲は浮かない様子の私を心配して休憩を提案し、それを承諾して私たちは近くのカフェで休憩した。
「ごこれからどこに行く? 私、ここに行こうと思うの」
彩香は次に行く場所を決めようと話を持ち出し、遊園地のパンフレットに記載してある地図のある場所を指さした。そこは、「ミラーハウス」という場所で全面ガラス張りで迷路になっている。
「あぁ、ここね。面白そうね」
「彩香ちゃん、また……。私、迷路は苦手だよ」
「咲は昔からそうだね。そういえば、こんな話を知ってる? 昔、この遊園地は一回経営悪化が原因で閉鎖したらしいよ。特に閉鎖理由が不思議で、その閉鎖した遊園地にミラーハウスがあって、そこに行った人の様子が一変するということがあったらしい。やさしく穏やかな人が攻撃的になったり、羨ましい程に仲が良いカップルが別れたりするという噂が立って経営が悪化した。そして海外の会社が閉鎖した遊園地を改修して作ったのがこの遊園地らしいよ」
「よくそんな話を知っているわね、彩香」
「怖いよ、真琴ちゃん」
咲は彩香の話を聞いて私の腕に抱き着いた。
「どうする二人とも」
「私はまだ休むわ。私はここで待っているから行ってきていいよ」
「そうか、じゃあ咲、行こう♪」
「えぇー! 嫌よー!」
彩香は咲の腕を掴み、私から引き離して、ミラーハウスのある方向へ行った。それから一時間後に咲と彩香は戻ってきた。
「二人ともどうだった?」
「……」
「……」
二人は私の質問に対し黙り込んでいる。
「ねぇ、真琴ちゃん、大丈夫……」
「あぁうん、大丈夫だよ」
「じゃあ、次は観覧車に行こうか」
「そうしようか」
咲と彩香の声は生気のない冷たい声に聞こえ、私は彩香の提案に従い、私たちは観覧車へと行った。
二〇一六年八月六日(土)二二時〇〇分 ホテル部屋内
私達は夜まで遊び、パレードまで食事をして、パレードを見て、遊園地と隣接するホテルに行った。そこは遊園地と同じ会社が経営しており、デザインも遊園地を参考にしている。半年前より予約しており、運よく遊園地の見える三人部屋をとることができた。
「……」
「……」
彩香と咲は部屋にある椅子に座りテレビを見ている。二人はミラーハウスに行ったきり黙り込んでいる。生気がなく、死人のように見える。当初はホテルの部屋で女子会をする予定だが、二人の様子から楽しめる様子ではない。
「二人とも私は先に寝るね。おやすみなさい」
「……」
「……」
二人は返事をせずに私を見て、うなずいた。完全にこれはおかしい。でも確証がなく、たぶん私へのドッキリだろう。なにせ、トラブルメーカーの彩香がいるのだから。
二〇一六年八月七日(日)二時〇〇分 ホテル部屋内
「うぅん……。トイレ行こう……」
私はトイレに行こうとベッドから立ち上がった。咲と彩香の二人がベッドに寝ていたことに気づいた。私はトイレを終えた後、あることに気づいた。咲と彩香の二人がベッドに居ない。それも布は捲れていなく、毛布は盛り上がっていない。私は部屋の中やベランダを探したが二人はいない。もし、部屋を出るなら物音の一つはあるし、鍵は部屋にあるにもかかわらず鍵は閉まっており、オートロック機能は無い。私はフロントに行こうと私服に着替え、施錠して部屋を出た。
私は一人エレベーターに一人乗って一階のフロントへ行った。呼び鈴で呼び出したが誰もおらず、このホテルは予約が殺到するホテルにも関わらずホテル内に人気が無い。フロントへ相談することができず、私は自分の部屋へ戻ることにした。エレベーターに乗り、自分の部屋のある階に着いて、部屋へ向かった時不思議な現象が起きた。
『パリーン』
「きゃー!!」
ガラスが壊れる音。そしてホテル内に響き渡る悲鳴。私は廊下にあるガラスが急に割れたことで驚いて悲鳴を上げた。
「あぁ...花瓶か」
ドンドン
「!」
誰も居ない上にホールに飾られた花瓶が急に爆発したかのように割れた上に急に窓を叩く音がなった。私はあまりの恐怖に怯えた。
「もう止めて...本当に。私が何をしたというの。ねぇ、紗香、咲。どこに行ったの。ドッキリは止めようよ」
私はあまりの恐怖に腰が抜けてしまい。数分動くことが出来なかった。なんとか部屋に戻った私は汗を掻いたのでシャワーを浴びることにした。シャワーを浴びた後、気分展開にベランダを見たとき、あることに気づいた。もう誰も居ないにもかかわらず、遊園地の明かりがついていた。
「あっ!」
メリーゴーランドの遊具は動いている。それも明かりが灯っており、馬車が綺麗に見える。しかし私はあることに驚いた。
「!」
そう、馬車には誰も乗っておらず、しかも周囲には遊園地のスタッフは誰一人いない。
「何がどうなっているの...点検なら考えられるけど、この時間にやる意味は……」
少女は目の前の事を把握しようとするが、かえって思考は混乱してしまう。
「!」
もう一度、メリーゴーランドを見た時新たに気づいた。
「彩香と咲だ...」
無人のメリーゴーランドの柵の外に立つ少女二人。二人は仲良く手を繋ぎ、笑顔で相手と目を合わせる。なぜ二人はあんなところにどうやって入ったのか。私は急いで遊園地に向かい、入場口を静かに入りメリーゴーランドの前に行った。しかし、咲と彩香は居ない。
「咲ー! 彩香ー! どこにいるの。返事して!」
しかし、二人からの返事はない。辺りをぐるぐる見回した時、二人手を繋いで歩く男女カップルを見つけた。
「あの……すみません。この辺で高校生くらいの少女二人を見ませんでしたか」
「……」
「……」
二人は返事がなく、顔を見たが生気が全く感じられない。何がどうなっているのか、周囲の状況から私の心は徐々に恐怖感が増すばかり。
「咲と彩香はミラーハウスに行ったきり様子が変わったよね。行ってみよう」
私は自分の勘でミラーハウスに行った。そこには咲と彩香の二人がいたが、私が発見したと同時にミラーの中に入っていった。私も中に入った。話には聞いていた通り、周囲が鏡になっており、周囲の鏡に自分の姿を移る。
「咲ー! 彩香ー! どこにいるの。返事して」
呼びかけても彼女らの返事はない。
「でも、綺麗ね。ミラーハウスが人気なのも分かるわね」
私は少しでも恐怖から逃れようと迷路を楽しもうとした。
「いたっ!」
私は鏡の壁にぶつかった。
「本当にすごいな」
周囲の状況に見惚れていた時、ふと声が聞こえた。
「そうでしょう。綺麗よね」
後ろから声がして振り向いたが、自分の映る鏡の壁。
「こっちこっち」
もう一度、声のした方向を向いたが、自分の映る鏡の壁。
「私に声を掛けているのは誰なの」
「わたしだよ。わたし♪」
声のした方向を向くとそこには自分の姿。しかし、おかしい点がある。私は右手で口を隠しているのに、鏡にいる私は右手で手を振っている。
「こんばんわ♪」
「えっ、何がどうなっているの……」
「あぁ、驚かしてゴメンね♪」
「ええっ……あなた誰……」
「わたし? 私はあなたよ」
「ふざけないで」
「ふざけてないよ♪ あなた、悔しくないの」
「えっ!?」
「大事な人と結ばれない気持ち」
「なにを……」
「たしか、咲という子だっけ。あなたが好きなのは」
「!」
鏡に映る私は私の本心を見抜いているのか、事実を話している。
「冗談はいい加減にして!」
「いい加減にするのはそっちだよ。自分の本心を隠して怯えながら、仲良し友達関係にいるなんて。弱虫だよ私♪」
「……」
鏡に映る私の言葉に圧倒されて、私は怯んだ。
「本当は咲と仲良くなりたいのよね。彩香という子に取られるのが嫌。取られる前になんとかして咲を手に入れる。そんなこと考えていたんでしょ」
「……」
鏡に映る私の言葉は確信をついており、私は何も言えなかった。
「悔しくないの」
「悔しいよ。でも、叶うこともあれば叶わないこともある。それが恋よ!」
「じゃあ、なんで動かないの」
「怖いからよ」
「じゃあ、その願い叶えてあげる」
「!」
「私が言った通り、あなたの願いを叶えてあげる。あなたと咲が結ばれるように」
彼女の口から出て来た言葉は意外な事。願いを叶える。そんな事できるはずがない。不確定要素がある現実に『必ず叶う恋』はない。彼女の言葉はバカバカしい。
「バカバカしい」
「普通はそうだよね。でも、私ならできるよ。今すぐ返事をしないと次にチャンスはないよ。どうする~」
鏡の私は私の心を揺さぶる。揺さぶられないように耐えようとしたが、不安な気持ちが襲う。咲と結ばれたい。彩香に咲を奪われたくない。
「分かったわ。叶えて私の願いを」
「了解。じゃあ、あなたの願いを叶えるね」
そういって鏡の私は鏡から出てきて私の腕を掴んだ。
「なにするの!」
「願いを叶えるの」
「どういうこと!」
「あなたの願いを叶える代わりにあなたの身体を頂くの」
「やめて! 願いは叶えなくていいから」
「一度行った事はチャラにできないよ」
力強く鏡の中に引き込まれた。気を失い、気づいた時にはホテルの中にいた。
「真琴ちゃ~ん」
そこには咲がいた。
「もう真琴ちゃ~んのお寝坊さん♪」
私は目の前の事が飲み込めずにいた。たしか私は鏡の中に引き込まれて。
「もう真琴ちゃ~ん。ひどいよ。こんなに可愛い彼女がいるのに!」
彼女?
「えっ、彼女って?」
「何を言っているの私と真琴ちゃ~んは付き合っているの。昨日から彩香ちゃんと一緒に遊園地に来たの。覚えていないの?」
咲からの言葉に私は深夜の出来事が夢だと思った。
「ゴメンね」
「お詫びにキスして」
「うん、分かった」
そして、私と咲はキスした。
「おぉー熱いね」
キスしている間に彩香に見られた。
「まぁ、有名なカップルさんだから」
「そうなの」
「そうだよ」
「さっきから真琴ちゃんが酷いの。私たちがカップルなのを忘れたの」
「じゃあ、私と付き合う」
「もうー! やめてよ、彩香」
「じゃあ、彩香ちゃん、真琴ちゃん、今日もたくさん遊ぼうね」
そういって、私たちは朝食を食べに食堂へ行った。
「なんて人間はちょろいんだね。ちょっと、美味しい話を持ち出せば動揺するなんて(笑)」
「あなた達も酷いのね~。まぁ、私も言えないけど(笑)」
「仕方がないよね~♪」
カフェで雑談をする五人。その中には真琴、咲、彩香の姿も。
「仕方がないと言えば仕方がないよね。私達だって、当たり前のようにお茶したり、遊んだりしたいし。鏡の中は窮屈だったわ」
「奈々子という子は可愛かったわ。あー、あなたが羨ましいわ」
「でも、あんた達もやるわね。三人の心を揺さぶってやるなんて」
「彼女たちは今頃 自分たちが望んだ幸せを楽しんでいるだろうね(笑)」
「まっ、私達にとってそれが仕事だからね。鏡に飲み込まれた娘たちについては知らないけど(笑) 彼女たちは私達との取引の対価として、己の身体を差し出したのだから、この身体は私達のもの。一度飲み込まれたら、一生出れないし、鏡が割れたら、その時は『本当の終わり』を意味するからね」
「うん、あの遊園地を私たちの住処にするために。そして、私達の楽園を作りましょう♪」
彼女たちはそう言って、己の望みのために鏡に飲み込まれた、鏡の先の楽しそうにしている乙女たちをあざ笑った。
END
読んでいただき、ありがとうございます。さて、夏のホラー2017のために書きました。初めての方がいらっしゃると思うので、魚を食べる犬です。よろしくお願いします。