3『ネコさん現る』
「結局……、手伝うハメになるのな」
結局あの後、僕の超長距離遠投によって星へと帰った猫は、すぐに僕ん家へと引き返し、再度僕に件の暴れん坊猫退治を依頼してきた。
勿論、僕がそんな何の得にもなりそうにないことあっさり了承するわけもなく、さっさと断ったのだが、猫は小一時間ほどゴネた挙げ句、最期にはまさかの土下座である。その時見せた猫の土下座と言ったら、半沢○樹の大○田常務も引いてしまうくらいに見事な物だった(まぁ猫の土下座だから普通に座りながら頭下げてるだけだが)。
さすがにそんな状態の猫を無視して放っておくほど、僕も鬼ではない。
大変不本意ではあるが、僕はやむなく泥棒猫退治を引き受けることとなった。
ちなみにこの猫、黒と灰色の縞模様からシマと呼ばれているそうだ。町の情報には聡いらしく、情報通のシマと言えば町の動物たちの中でもかなり有名らしい。まったくもってどうでもいい情報だな。
そんなわけで僕と白ウサギは、シマ猫に連れられる形で、最初の猫じゃらし奪取が行われたという音戯河河川敷に足を運んでいた。
「……ホントにないんだなぁ、猫じゃらし」
「そうみたいねえ」
草花生い茂る緑豊かな土手の下まで降りて来た僕たちは、とりあえずシマ猫の言うこと猫じゃらし喪失の審議を確かめるため辺りを見回していた。
結果から言うと、もののみごとに猫じゃらしはなかった。
音戯河の河川敷は多くの草花が植生していることで有名だ。実際、辺りには蒲公英や桔梗、菫に菜の花といった草花が色鮮やかに咲き誇っていた。蝶や鳥、河の中には魚まで泳いでおり、なんの変哲もなく、なんの違和感もないいつも通りのありふれた河川敷風景と言える。
はっきり言って、異常なし。
事件性などそこにはなく、ましてや幻想的なできごととは無縁とも思える立夏の一風景が、そこには広がっていた。
しかし、一見してみると何も問題のないように思えるありふれた河川敷だが、『猫じゃらし』というワードに注目してみるとそうでもないようだった。
多くの植物が群生している河川敷には所々ではあるが、何も生えていない空間が忽然と存在した。注意して見ないと気付きもしない、どころかそれもありふれた風景の一片としてとらえてしまうだろう場所。
おそらく、猫じゃらしが生えていた一帯なのだろう。
「確かに猫じゃらしは生えていないみたいだな。おそらく、あの不自然に何も生えていないところに生えていたんだろうが、正直な話、まだ生えていないだけって言ってしまえばそれまでの話って感じだな」
エノコログサの花穂があの見慣れた形に変化するのは夏から秋にかけてだ。今は五月中盤。エノコログサが『猫じゃらし』としての形を取っていなくても、なんら不思議ではない時期ということだ。
「そうよねえ……。それに、別に生えていなくても誰も気にしていないみたいだし」
そう言いつつ白ウサギは辺りに視線を向ける。
今日は日曜日。天気は雲もほとんどない快晴だ。そんな心地よい晴れた休日の河川敷には多くの人が集まっていた。今時珍しく野を駆け回る子供たち。ビニールシートを広げてピクニックに興じる四人家族。散歩の途中だろう仲睦まじい老夫婦。サイクリングに勤しむ青年たち。釣りをしながら日がな一日を過ごす中年男性。網を片手にあちこちの草むらを探しまわる虫取り少年。息を弾ませながら軽快に走るジョギング男性。などなど、様々な人たちがこの河川敷には集まっていた。
しかしその誰もが、河川敷からこつ然と姿を消した猫じゃらしのことなど気にも留めていない、どころか気付いてすらいない様子であった。
「確かにな。まぁそれはそうか。人間にとっては猫じゃらしがあろうがなかろうが関係ない話だ。そもそも猫じゃらしがあっても気付くことは少ない。気付くのは、毎日のようにここに足を運んでいる暇人くらいなものか」
「一応、私も毎日ここは通るんだけど?」
おい、それは初耳だぞ。
「この近くに私の行きつけのスイーツのお店があるのよ。そこに行くとき、いつもこの道を通ってるのよ」
昼間に見かけないと思ったら、そんなことしてやがったのか。
まぁいい。そのことについては後で聞くとしてだな。
「よく通るこのウサギが気付かないんだ。他の人間も気にしてすらいないみたいだし、もうこのまま放っておいてもいいんじゃないか?」
しかし僕の言葉にシマ猫は抗議の意を唱える。
「そんなことないッスよー兄貴ー。よくここで見かける婆さんは猫じゃらしのこと気付いてたみたいッスよ?」
「ほぅ。物好きな婆さんもいるもんだんな」
シマ猫は僕の足下でにゃぁにゃぁ抗議を続けているが、とりあえず無視する。
「で、これからどうするの? ここで得られる情報なんて特にないみたいだけど?」
「ふむ……」
確かにな。
僕が一番最初にここに来た目的は主に二つ。被害状況の把握。本当にシマ猫が言っていることが本当なのか確かめるためだ。はっきり言って、その成果微妙だけどな。本当に例の泥棒猫に猫じゃらしが盗られたのか、それともまだ猫じゃらしは生えていないだけで、シマ猫が言っていることはただの妄言妄想なのか。現場を見ただけじゃ判断がつかない。
それともう一つ。その泥棒猫の手がかりだ。今僕たちの手元にある犯人の情報は、最近この町にやってきたばかりの新入り猫、猫じゃらし好き、という二点だけだ。
さすがにこの二つの手がかりだけで猫一匹を探し出すのは不可能だろう。
開始早々、手詰まりだな。
「ねぇアリス。ちょっといいかしら?」
少し黙っていると、白ウサギが僕のズボンの裾を引っ張りながらこちらを見上げてくる。
「アリスって呼ぶな」
何故か白ウサギはいつものような憮然とした雰囲気ではなく、どこかそわそわしているように見える。
「ち、ちょっと暑くないかしら?」
「暑く? いいや、別に僕はそんなことはないが?」
「そ、そう? 私は少し暑いかしら?」
何だ? 何が言いたい?
「そんなに暑ければそのもこもこした毛皮を脱げばいいだろう」
「少し喉も乾いてきちゃったし」
「そこに河があるだろ。飲め」
「そうだわ。私、いいこと思いついちゃったわ☆」
「おいキャラ変わってるぞ。お前語尾に☆とか付けるようなキャラじゃないだろ」
「私、あっちの方に一休みできるいいお店知ってるのよ。行ってみないかしら?」
「行ってみない」
「そう。それじゃ決まりね。早速行きましょう!」
妙な小芝居一通り終わらすと、白ウサギは僕の話など聞かず、さっさと土手を上がって行ってしまった。
「ったく。なんだってんだ?」
「まぁまぁ兄貴。女の我が侭に付き合ってやるのも、良い男の条件ですぜ」
隣ではシマ猫が何やらウザイことを宣っていた。
*
僕たちのいた場所から五十メートルほどのところで白ウサギは止まっていた。
「遅いわよアリス」
「お前がさっさと行ってしまうからだろうが」
「まったく……。早いのはアッチだけにしてほしいわね」
「おい何の話をしている何の」
白ウサギが止まっていた場所は小さな店の目の前だった。
昭和を感じさせる古い木造建築。すでに使われていないのだろう、雨で色あせたカプセルトイ。誰でも入りやすいよう開け放たれた両開きの引き戸。コンクリートの地面に並べられた、子供の高さに設置された商品棚。そこに並べられる低価格なお菓子の数々。
言うまでもない。駄菓子屋だ。
「ここがもしかして、お前の言っていた行きつけのスイーツのお店?」
「ええそうよ」
なんというか、意外なところだ。
僕はてっきり、もっと小洒落た洋風な店を想像していたのだが。
「日本のスイーツってこういうものなのね。私知らなかったわ。お値段もリーズナブルで、しかも美味しいし。こういうのをレトロって言うのかしら。昔行ったキオ○クを思い出すわ」
「…………」
「? どうしたの?」
「いや……。好きな物、買っていいぞ」
「え、ホント!」
「ああ、今日は僕の驕りだ」
「ありがとうアリス! 愛してるわ!」
そう言うと白ウサギはまるで羽根でも生えたかのようにぴょんぴょんと店内を飛び跳ねながら店の奥へと向かって行った。
「兄貴って、意外と姐さんに甘いッスよね」
「うるさい」
だって、なんだか居たたまれないじゃないか。こんな安っぽい駄菓子であんなに喜ぶなんて……。※アリスによる見解です。
今日の晩飯はもっといい物食わせてやろう。
僕が密かな決意を固めていると、白ウサギを店の奥にいる人物に話しかけていた。
どうやら知り合いらしい。
「お婆ちゃん。こんにちは」
「おや、こんにちはウサギちゃん。今日も来たんだね」
店の店主らしいその老婦は、ウサギが喋るということになんの違和感も警戒心も持たず話をしている。なかなかの根性の持ち主なのか、それともあまり物事を気にしない質なのか、それとも鈍いだけなのか。
「今日はお連れさんも一緒なんだね」
「ええ。紹介するわ。私の下僕のアリスよ」
「誰が下僕か誰が。それと、アリスって呼ぶな」
「こんにちはアリスさん。随分と可愛らしいお名前ね」
「くっ……」
お婆さんのの台詞に、白ウサギは必死に笑いを堪えている。
くぅ……っ。白ウサギと違って、このお婆さんにはなんの悪気もないんだ。だから落ち着くんだ僕。
「それでウサギちゃん。今日は何が欲しいんだい?」
「いつものやつお願い!」
駄菓子屋で「いつものやつ」なんて台詞始めて聞いたぞ。
お婆さんは「はいよ」と白ウサギに返事をすると、店の前に置いてあるアイスケースから雪見○いふくを一つ取り出してくる。
「はい、アンタの好きな雪見だいふ○だよ」
「ありがとう〜おばあちゃん」
白ウサギはお婆さんから雪見だい○くを受け取ると、器用に開封し、中身の大福をもちもちと食べ始めた。
「お、おい! なにいきなり食べ始めてるんだ! す、すみません。お金払います!」
僕が財布を取り出そうとすると、お婆さんは何故か笑顔でそれを静止してくる。
「いいんだよ、別に。ウサギちゃんがお菓子を食べてるところを見るのは、わたしの数少ない楽しみの一つさ」
そう言ってお婆さんは僕に椅子に座るよう促し、住居となっている奥の部屋からお茶と団子を持ってきてくれる。
「あ、ありがとうございます」
「いいんだよ。ウサギちゃんにはいつもいつも話し相手になってもらってるからね。そのほんのお礼さね」
お婆さんも元いた場所に腰を下ろし、話を続けてくる。
「最近はめっきり人足が減ってしまってね。まぁ今時こんな店流行らないのも当然なんだけどね。近所の子供はみーんな近場のスーパーに行っちまって、誰一人来やしないんだよ。だからウサギちゃんには本当に感謝してるよ。こんな老いぼれのババアの相手をしてくれてんだから」
「そんなこと言わないでよおばあちゃん。私は好きでここに来てるんだから」
二つ目の雪見だいふくに手を付けようとしながら、白ウサギはお婆さんの卑屈な台詞に反論する。
このウサギもただ無駄にふらふらしてるわけじゃなかったんだな。
お婆さんはそんな白ウサギを微笑ましい目で見つめていると、どこか哀しい表情に変わり「それでも……」と話し始める。
「最近ではその数少ない楽しみも一つ減ってしまったんだよ」
「減った? 何かあったんですか?」
「なに、些細なことさ」
そう言うお婆さんの表情は、やはりどこか哀しそうな表情だ。
「つい先日のことさ。ここらでは今の時期になるとね、他よりも早めに猫じゃらしが穂を付けるんだよ」
「猫じゃらし?」
唐突に出てきた意外な単語に、僕は少々面を食らう。
「ああ。そこの河川敷にはたくさんの猫じゃらしが生えてるところがあるんじゃ。そりゃあもう一面猫じゃらしだらけで、猫たちには人気の場所さ。あたしはそこから見る夕日が大好きじゃったんじゃが、つい数日前からちらほら穂を付け始めていた猫じゃらしがまったく見かけなくなったんじゃ」
お婆さんは寂しそうに顔を曇らせながら話を続ける。
「あそこの景色はの、昔死んだ爺さんとよく見た景色なんじゃ。夕暮れになると、よく爺さんに連れられてあの河川敷を散歩したもんじゃ。それで、あの猫じゃらし畑でいろんな話をしたもんじゃて」
楽しそうに話すお婆さんを後目に僕はシマ猫の方に顔を向ける。
シマ猫は「ほらね」とでも言いたげににやにやと笑っている。
くっ。なんで小動物ってのはこういちいちと表情がムカつくんだ。
と、そこでようやく白ウサギの変化に僕は気が付いた。
お婆さんが喋っている間、珍しく黙ったままだった白ウサギが、何故か今はわなわなと震えていた。その表情は雪見だ○ふくの容器に顔を突っ込んでいるため、まったく読み取ることができない。
「し、白ウサギ……?」
「ゆ、許さない……」
「あ、姐さん……?」
「許さないわ……」
そう言うと白ウサギはガバッと勢い良く立ち上がり、雪○だいふくの容器を投げ捨てる。
「許さないわ! こんな優しいおばあちゃんの想い出の場所を奪おうだなんて、人にあるまじき行為だわ! 畜生のすることよ!」
「いや、実際に畜生なんだけどな」
「決めたわ。私、泥棒猫捕まえるわ!」
「もともとそう言う話ッスよ、姐さん」
「待ってなさい子猫ちゃん……。私が地の果てまで追ってでも捕まえて、おばあちゃんの前に突き出して地面に額がめり込むほど謝らせてあげるわ! 待ってなさい!」
と勢い良く店を出て行こうとする白ウサギの首根っこを引っ掴んで止めに入る。
「まぁ落ち着け。まだ僕たちは何の手がかりも掴んでないんだ」
そう言うと白ウサギは動きを止め、シュンとなってありすに向き直る。
「それじゃあどうするのよ。何か考えがあるの?」
「ふむ。まぁ考えってほどじゃないが……。シマ猫、お前例の猫の絵って描けるか?」
「お、やっとオイラの出番ッスね兄貴っ。お安い御用ッスよ」
シマ猫はどこからともなく紙とペンを取り出すと、どこで覚えたのか、器用にペンを走らせスラスラと描き上げてしまう。
「出来たッスよ」
「出来たか。まさか本当に出来るとは思わなかった」
「じゃあなんで頼んだのよ」
いやだって、喋ってるくらいだし出来るかと思うじゃん。
それはさておき、僕と白ウサギはシマ猫から渡された絵を覗き込む。
「お前、無駄に上手いな」
「恐縮ッス」
シマ猫が描いた絵は無駄に上手く、何これ漫画家でも目指してんの? とか言いたくなる程度の画力があった。
ただ……
「なんでこれ、二足歩行なんだ?」
そこに描かれていた猫は到底猫とは思えない二足歩行型生物。
可愛らしい少女の姿が描き出されていた。
だがしかし、そこに描かれていた少女は人間と呼ぶには少々不釣り合いなものが二つ付いている。まず耳。少々耳が獣っぽい。というか耳の部分だけ猫、いわゆる猫耳をしている。二つ目は後ろに伸びた細長い物体。流れから察するに、おそらく尻尾だろう。
つまりそこに描かれた少女は、最近流行のヲタク文化で言うところの、猫耳少女の姿をしていた。
「おいシマ猫。なんでこんなものを描いた。言え」
「え、いや……、オイラは兄貴の言われたとおりのものを……」
「これはどう見ても人間の女の子だ。いや、人間というにはおかしな物が二つついているが、どう見ても猫ではないよな?」
「ほ、本当なんスよ! 本当にこんな姿形なんスよ!」
「シマ……、アナタにこんな趣味があったなんて、私知らなかったわ……」
「ま、待ってくださいよ姐さん! そんなゴミくずを見るような眼でオイラを見ないで!」
「もういいさシマ猫。お前を頼った僕が馬鹿だった」
「そんな待ってくださいよ兄貴っ。他の猫にちょっと聞いてみればわかることッスよ! オイラが兄貴たちに嘘つくなんてあり得ないッスよ!」
「もう喋らないでシマ。これ以上、罪を重くしないでっ」
「ああ。僕たちが今、楽にしてやるから……」
「ちょ、ちょっと待ってくださいッス! 二人とも目がマジッス! 一旦落ち着いてくださいッス! い、いやぁああああああああああああああああああああああああああああああああ!」
「あら? その子、あの猫ちゃんじゃないかしら?」
「へ?」「え?」
僕と白ウサギはシマ猫に詰め寄るのを止め、二人して変な声を上げてお婆さんを見返してしまった。
「おばあちゃん、この猫知ってるの?」
「ああ、知っとるよ。最近この辺でよく見かけるようになった猫なんじゃが、悪戯好きで有名でのう。この先の商店街じゃみーんなこの子にやられとる。ウチにも時々やってきて商品を……、っと噂をすれば、じゃな」
妙な音に気付いたお婆さんは話を中断し、音の発生源たる店先へと視線をやった。
僕たちもお婆さん同様、店先に視線を向ける。
店の前に置かれた高さ一メートルほどの箱、両開きの扉を中心にカプセルトイの反対側に位置する、氷菓をいくつも収めたアイスケースの前に音の元凶はいた。
こともあろうに店主がすぐ側にいるにも関わらず、ケースの中に頭を突っ込み、中のアイスクリームを堂々と漁っている。
いや。通常の客ならば商品を選ぶ行為自体はなんら不思議な行為ではない。
しかし、気に入らなかった商品を次から次へとケースの外に放り出しているとなれば話は別だ。
犯人は僕たちが見ていることに気付きもせず、というより気にもせず、自分の満足行くアイスを漁り続けている。
「ちょ、ちょっとアナタ……」
そのあまりにも図々しい様に声を出せずにいた僕たちだったが、さすがに見かねた白ウサギが一番先に声を上げる。
しかしそれでも犯人は何を気にした様子もなくアイスケースを漁り続ける。
「……っ! ちょっと、いい加減に……」
「あっっっっっっったにゃーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!」
ようやく目的の品を見つけたのか、犯人は突っ込んでいた頭をケースから引っこ抜く。
そこで僕たちは、始めて犯人の顔を拝むことができた。
しかし初めて見た筈のその姿に、僕は既視感を覚える。
「あ、兄貴! コイツ、コイツッスよ!」
そう、そこにいたのはさきほどシマ猫が描いた犯人の似顔絵の少女そのものだったのだ。
その少女は見た目中学高校生くらい。年齢で言うと十五〜六歳程度だろう。僕より頭二つ分低いくらいの小柄な体系。どんぐりのようにまん丸い大きな瞳に、遠くからでもわかる白い健康美の肌。メッシュの入った栗色のショートヘアは適当な手入れしかされていないのか、所々に寝癖が付いている。とりわけ目を引くのはその抜群のプロポーションだ。すらりと伸びた長い手足。男なら一度は憧れる豊満なバスト。桃でも実っているのかと錯覚してしまいそうな肉付きのよい臀部。そこいらのモデルでは相手にならないくらいの美少女だ。
ただそんな絶世の美少女にはおかしなところが二つあった。
一つは耳だ。どうも獣っぽい。というよりも人間とは違う三角形の耳をしている。場所も顔の側面ではなく頭の上に二つ、ぴょこぴょこと生えている。まるで猫のように。
二つ目は尻尾。まずその時点でおかしい。人間には尻尾は生えていない。もしや何かのアクセサリーか、とも思ったがどうも違うようだ。その証拠にひらひらと動いている。
まあ要するに、猫耳少女の姿をしているわけだ。
さきほどシマ猫が描いた絵、そのまんまってことだな。
得心が行った僕をシマ猫はまたもや「ほらね」とでも言いたげな表情で見返してくる。
うわ。ぶん殴りたい。
そんな僕の気持ちを他所に、美少女はアイスケースから取り出した目的の品を天高々に掲げ、喜びの意を露にしている。
少女はお気に入りのアイスの束を赤子でも抱えるかのように慈愛の表情で見つめている。
「にゃっはっはっはは〜〜〜♪」
と、少女はおもむろにそのうちの一つを手に取ると、何の躊躇いもなく開封し、食べ始める。
「お、おい!」
さすがに見かねた僕は猫耳の少女を呼び止める。
「にゃ?」
そこで始めて僕たちの存在に気が付いたのか、呼び止められたことがあたかも予想外と言った様子で僕とシマ猫、そして白ウサギを順番に見つめる。
「おい、お前。一応聞くが、一体何をやってるんだ?」
僕の当然とも言える問いに、しかし猫耳少女は何を言っているのかわからない、とでも言いたげな表情で首を傾げる。
「なんにゃ、お前は。今チェシャはチェシャの大好物のあいすくりーむを食べるところなのにゃ。だから邪魔するにゃ」
いかにもネコ語、と言った感じの喋り方をするチェシャと名乗る少女は僕に向かってそう言い放つと、何事もなかったかのように再びアイスを食べようと口を開く。
「おい、お前。人の話を……」
「ちょっと待ちなさい」
話を聞かない少女を止めようとした矢先、後方から響いた声によって中断させられる。
声の主の正体は以外や以外、白ウサギ。
しかし、その白ウサギの様子は何故かいつもと違う。いつもよりもかなりテンションが低い、というよりも感情を押し込めているかのような雰囲気だ。
さすがの白ウサギも、お婆さんの想い出の景色を奪った挙げ句、自分の大好物の品を横取りされればマジ切れもするか。
白ウサギは一歩、また一歩と小さな足で少女の方へと詰め寄って行く。そのは一匹のウサギが放っているものとは到底思えないほどの大きさだ。
歓喜の中にいた少女も、その迫り来る謎の生命体に気付き後ずさる。
「な、なんにゃ。お前は……」
ごごごごご……
そんな効果音さえ聞こえてきそうなほどの何かを纏った白ウサギに、猫耳娘は身体の震えから身動きが取れないでいるらしく、その場に釘付けにされている。ついでにシマ猫の方も今にもチビりそうな表情でビビりまくっているのだが、それはおいておくとしよう。
「にゃ、にゃ、にゃ……」
ついに白ウサギはその足を止め、猫耳娘の目の前へと迫る。
そして、その小さな口をゆっくりと開く。
「あなた……、
とっっっっっっっっっっっっっっっっっっっても可愛いわねええ!」
「にゃ?」
「へ?」
「姐さん?」
僕とシマ猫、そして少女も一様に白ウサギの意外な発言に耳を疑う。
このウサギ、今なんて言った?
「あなた可愛いわぁ! そのぴょこぴょこ動く三角お耳もとっっってもキュートだし、そのふりふり動く尻尾! 一度でいいから触らせてほしいわぁああ! 触らせてくれないかしら〜? 触らせてくれない? 触らせてほしいなぁ〜」
さっきまでとはまた違った種類の威圧感を放ちながら白ウサギは嬉々として猫耳少女へと迫って行く。
「な、なんにゃお前っ。何言ってるにゃ! ち、近寄るんじゃにゃい!」
「きゃあ! 可愛いわぁ。すごく可愛いわぁ。「にゃい!」だなんて可愛い娘しか使えない語尾よねえ。もう食べちゃいたいくらい可愛いわ! いいえ、食べちゃいたいわぁ」
言うや否や白ウサギは猫耳少女に向かって、驚くべき跳躍力を発揮し飛びかかる。
「にゃ、にゃぁ〜〜!?」
突然の事態に困惑する猫耳少女を他所に、白ウサギは
「そうよ。食べちゃおうかしら」
そう言うと白ウサギはスクッと二本の足で立ち上がる。
「にゃっ?」
突然の異様な光景に驚く猫耳少女。
対して僕は呆れ半分、怒り半分で白ウサギを見つめる。
ああ、まったく。再三にわたって注意したってのに。
あれほど外では魔法を使うなと……、元の姿に戻るなと言ってあったのに……。
僕の気苦労を知って知らずか、白ウサギの身体は光り出す。
光り出した白ウサギの身体はみるみる形を変えていき、次の瞬間には元の身体の何倍もの姿、人の姿へと変貌していった。
光が収まるとそこに白ウサギの姿はなく、代わりに一人の女性が立っていた。
日本人離れした長い銀色の髪を持つ女性だ。気の強そうな彼女の性格をそのまま現したかのような吊り上がった双眸には、碧玉と見紛うほど美しい碧の瞳が埋め込まれている。その銀の髪と碧の瞳で彩られた面貌は、さながら銀雪の合間から覗かせる碧羅の如し優美さを誇っている。
そんな美しき顔立ちをした彼女だが、その体も負けてはいない。彼女の首や腰回りには無駄な脂肪が一切乗っておらず、スレンダーとはまさにこのような体のことを言うのだと思わせられる。しかしただ細いだけではなく、出るところはきっちりと出ており、その豊かに膨らんだバストとヒップは目の前の猫耳少女に負けず劣らずと言った具合だ。
だが特筆すべきはやはり彼女のそのオーラと呼ぶに相応しい独特の雰囲気だろう。彼女の見た目は軽く見ても二十代前後。しかし彼女がその身に纏う雰囲気は壮年の女傑と呼ぶに相応しい荘厳さを感じさせる。だがそれだけではない。彼女の雰囲気はそれだけでは説明できないような不可思議さを併せ持っている。まるでの住人と接しているような、そんな独特の雰囲気だ。
そんな美しさと不可思議さが相まった彼女は一つの国を支配する女王をイメージさせられる。いや、女王というには彼女の美しさは少々魔性を帯び過ぎている。むしろその艶美な佇まいは、魔女と、そう形容した方が合っているのかもしれない。
そんな暴力的とさえ言える美貌を纏った魔女は、それだけで一つの国すら傾きそうな妖艶な笑みをを浮かべながら口を開く。
「ふぅ。やっぱり、こっちの方が可愛娘ちゃんを愛でるにはちょうど良さそうね」
うわ。可愛娘ちゃんとかまたそんな年齢の出る言い方を。
というかアイツ、また何の許可もなく戻りやがって……。
僕の心情を余所に、その銀色の美女は――ああもう面倒くさいっ! 美女へと変貌を遂げた白ウサギは機嫌よさげに鼻を鳴らす。
「ふふん。もう逃げられないわよ、可愛い子猫ちゃん♪」
「な、なんにゃお前は。チェシャに何をする気にゃ」
「何もしないわよ? ただちょ〜〜〜っと弄んであげるだ・け・よ」
ぞわっ。と、そんな総毛立つような音が猫娘の方から聞こえた瞬間、異変が生じる。
白ウサギの姿が目の前から消えたのだ。
「っ――――」
否、白ウサギは消えたのではない。
目にも留まらぬ速さで移動したのだ。
猫娘の、目の前に――。
「にゃっ!?」
間一髪。突然目の前に現れた白ウサギの動きを持ち前の反射神経だけで躱したチェシャは、数メートルの後方へと飛び退ける。その動きはまさに猫と言わんばかりの俊敏さだ。
「あらあら? 今のは捕まえたと思ったのに、なかなか素早いわね子猫ちゃん」
楽しそうな笑みは崩すことなく、どこか余裕ぶった表情で白ウサギは遠くに離れたチェシャへ軽く視線を送る。
アイツ、完全に遊んでやがるな。
「はぁ〜〜。姐さんスゴイっスねぇ。止めなくていいんスか、兄貴?」
「僕に止められるわけがないだろう。それに、ああなったあの馬鹿はもう何をやっても止まらないさ」
呆れを通り越して既に諦めの境地に達している僕の心境を知ってか知らずか、白ウサギは再びチェシャへ迫ろうと体勢を整える。
「でも次は、そう上手くいくかしら?」
チェシャを見つめるその瞳はウサギと言うよりも、むしろ肉を求めて狩りをする肉食獣の如くギラギラと銀色に輝いている。
「にゃ、にゃめるにゃ!」
今にも飛び出さんとする白ウサギにチェシャはそう叫んだ瞬間、またも異変が生じる。
今度は白ウサギではなく、チェシャ。
チェシャのその姿が急激に透け始めたのだ。
「あら?」「なっ」「へ?」
三者三様に声を上げているうちにも、チェシャの姿はみるみるうちに透明へと変じ、最後には全く見えなくなってしまう。
「す、姿が消えた!?」
「こ、これっスよ兄貴! 多分これの所為で討伐隊も手が出せなくなって――」
おそらく、シマの言う通りだろう。
こうも鮮やかに姿が消されては手も足も出ない。
見えない相手を攻撃するなんて芸当、並大抵のことでできるものではない。所詮それは漫画やテレビの中だけの話なのだ。
だが逆に――、
『にゃっにゃっにゃっ! さっきはよくもチェシャを怖がらせてくれたにゃ。今度はチェシャがお前たちを怖がらせてやる番にゃ!』
相手の方はなんでも好き放題できるということだ。
バンっ。
そんな音にビクリと身体を震わせ、僕は背後に振り返る。
そこには誰もいないにも関わらず一人でに倒れたポリバケツが転がっていた。
いいや違う。そこには誰もいないのではない。誰かはいるが、僕たちには見えていないだけだ。そこにいるだろうチェシャの姿が、僕たちには見えていないのだ。
「くっ……」
ポリバケツは未だ倒れた余韻を残しながら小刻みに揺れている。フタが開き、中に詰められていた生ゴミが溢れ出す。それはまるで、内臓をぶち撒けられ捥がき苦しむ人間のように。
ベチャリ。今度はさきほどチェシャがばら撒いたアイスの一つが、前触れもなく押し潰れる。
ペキ。そんな音とともに僕のすぐ後ろに転がる枝がへし折れる。
ベキ、今度は壁が。パキン、今度は瓦が。ザッ、近くの草が。パンッ、アイスの袋が。ドン、ガシャ、グシャ、バシャ、ドサ、バシ、バッ、サ、カリカリ、ギギギ……。
止め処ない音の応酬が三人を取り囲むようにして襲いかかる。
「くっ……」
「あ、兄貴……」
『にゃはははは』『にゃはははははは』『にゃはははははは』『にゃはははははははははははは』
あざ笑うかのようなチェシャの声は四方八方あらゆる方向から聞こえ、彼女がどこにいるのかは既に見当の付けようがない。
それはまさに、四面楚歌ならぬ四面チェシャ!
今の僕たちではどうすることもできない状況だ。
「ねぇアリス」
くいっ、と珍しく何の反応も示さなかった白ウサギが服を引っ張ってくる。
「なんだ白ウサギ、こんな時に。それと、僕の名前はありすだ」
「えっとね。ちょっと聞いてほしいことがあるんだけど」
「だから何だって言ってるんだ。さっさと用件を――」
言いながら振り向いた視線の先で、白ウサギは無言でとある場所を指さしていた。
*
「にゃはははは!」
チェシャは楽しんでいた。
無論、この状況を。
今日の相手はいつも邪魔しにくる野良猫たちではなく、チェシャの目から見ても奇妙極まりない三人組だ。
一人は見たことのない冴えない人間。もう一人はときどき目にしたことのある縞模様の猫。
そして問題なのが最後の一人。ウサギのような人間のようなよくわからない銀色の女。この女は気味の悪いことを口走りながらチェシャにすり寄ってくる。
実に不愉快だ。
だから痛めつけてやる。
幸い、厄介に思えたコイツらも、チェシャの姿が見えなくなった途端動きを止めてしまった。
当然だ。コイツらも他のヤツらと同じ自分たちと違うチェシャのことが怖いんだ。
いい気味だ。そうして震えているがいい。
他のヤツらと同じように。
チェシャのことを怖がらないヤツなんて、この世にはいないんだ。
なに。別にそんなヒドいことはしない。
今までの猫たちと同じように、少しこらしめてやるだけだ。
チェシャの邪魔をするヤツらは全員、チェシャがこらしめてや――、
「にゃっ――!?」
その瞬間、チェシャは衝撃に猫目を見開かせた。
*
そのときチェシャに電流走る。
ってのは冗談として、突然の衝撃に襲われたチェシャは全身の毛という毛を逆立たせて姿を現す。
「にゃ、にゃんにゃ、にゃにごとにゃ!」
猫語の方言(?)がキツ過ぎて既に何を言っているのかさっぱりわからないチェシャは驚きの表情で振り返る。
そこでようやく僕とシマ、そして白ウサギの三人に囲まれていることに気が付いた。
チェシャは反射的に身を翻しその場から離れようとするが、何かが引っ張られる感覚に足を滑られ顔を激しく地面に打ち付ける。
「にゃ!? こ、今度はなんにゃ?」
転んだチェシャは鼻を抑えながら自身の背後に視線を送る。
見やればそこには、もふもふと伸びた自慢の尻尾を握る一本の腕が。
まぁ僕の腕なんだが。
「にゃ……、お前たち、にゃぜチェシャのここにいるってわかって……」
うーむ、なぜと言われましてもねぇ?
「なんだ、やっぱり気付いていないのか」
「な、なんのことにゃ」
チェシャはありすの言葉の意味を計り兼ねきょとんとするが、すぐに我に返り爪を立てる。
「は、放すにゃっ!」
「おっと」
バッ、と繰り出される猫パンチによってチェシャの尻尾から手が離れる。
この隙に、と言わんばかりの速さでチェシャはその場を離れ、再び姿を消す。
『さっきはたまたまチェシャを見つけたみたいにゃが、次もそうとは――』
「えーーーーーーいっ!」
「にゃ!?!?」
今度は白ウサギがチェシャに飛びついて捕まえる。
「もう〜。そんなに逃げ廻っちゃって。そんなにアタシとかくれんぼがしたいのかしら?」
「にゃ、にゃぜにゃ! にゃぜチェシャの居場所がバレて……」
「ふふふ……。それは、ひ・み・つ♡」
はい。ハートいただきました。
チェシャは上機嫌に答える白ウサギの手を振りほどこうともがくが、チェシャを掴む白ウサギの細腕はその見た目に反して力強く、一向に振り解ける気配がない。
「は、はにゃすにゃ! はにゃせっ!!」
「あら?」
それでもなお強引に逃れようとしたチェシャはなんとか白ウサギから逃れることに成功する。
白ウサギの手に残った、一枚の布切れを犠牲にして。
「おっ!」
「ぶっ!?」
安易な展開だと怒られるかもしれない。
だが、それは紛うことなき事実としてそこに顕現した。
豊満に実る二つの果実が、そこにはあった。
白ウサギの魔の手から無理やり逃れるために身を捩ったチェシャは、なんと着ていたTシャツを脱ぎ捨ててまで脱出したのだ。
これにはさすがの僕もにっこり。
じゃなくてだな。というかそもそも何で下着を着けていないんだよ。そんなのあれだぞ、健康に悪いだろうが(?)。それにもう少し隠すなり恥らうなりしてほしいものだ。そんな開けっぴろげではこちらが目のやり場に困ってしまうじゃないか。
「あらあら、そういうのが好みなのかしら?」
悔しそうに顔を歪めるチェシャとは裏腹に、至極楽しそうにいやらしい笑みを浮かべる白ウサギ(と興奮気味のシマ猫一匹)。
両者視線が交わる中、最初に動き出したのはチェシャ。
当然姿を消して逃げようとするが、
「逃がさないわよ〜〜」
当然すぐに白ウサギに囚われてしまう。
「ふふふ〜。じゃあ次は〜……」
「っ!?」
だが、今度は白ウサギ自ら手を離す。
「ったく、あのバカ。ホント何やってんだ」
「さすが姉さん! わかってるぅ〜」
頭を抱える僕に対して喜びの声を上げるシマ。
なぜなら、チェシャを離した白ウサギの手には今度はデニム生地のホットパンツが握り締められていたからだ。
もともと軽装だったチェシャ(猫なのに)。だがそれすらも白ウサギに剥ぎ取られ、今や下着一枚というあられもない姿にされてしまっていた(猫なのに)。
「いいっスよ姐さん。あと一枚! あと一枚っス!」
人間の姿をした猫の裸というものは、一般的な猫にヒットするものなのか、それともコイツが特殊な西壁を抱えているだけなのか、シマはそこらへんの変態オヤジと何ら変わりない野次を飛ばしながら、露わになったチェシャの柔肌に釘付けだった。
もうね。ホントにね。なんなんだろうね、これは。
「ほれほれ〜〜。あとはもうパンツだけだぞ〜〜」
「や、やめるにゃ〜〜〜〜〜!」
見やれば、そこにはなぜか宙に浮いたパンツと、そのパンツに際どい手つきで指をかけた絶世の美女の姿。
はぁ……。
もう決着もつきそうなので、そろそろネタバレといきますか。
察しの良い方ならすでにお気付きのことと思いますが。
チェシャを名乗るこの美少女猫。姿を透明に変えるという摩訶不思議能力を持っているようですが、どうにもこの猫、自分の体を消すことはできても自分以外――服などは消すことができないらしく。服が消えていなければその居場所を見つけることは容易なわけで。軽装なため最初こそ見つけることができなかったがタネがわかればこっちのもの。あとは服がぷかぷか浮いている間抜けなところを捕まえてしまえばいいというわけです、はい。どうでもいいが、さすがに不完全すぎだろ、どうも。
「なぁシマ」
「なんスか、兄貴」
「あれはなんだ?」
「楽園じゃないスかね」
「そうか、あれがそうなんだな」
僕とシマの見つめる先には、ついに追い詰められ最後の一枚であるパンツを必死で引っ張るチェシャと、そのチェシャに馬乗りになって恍惚の笑顔を浮かべる白ウサギの姿。
紛うことなきが行なわれているのであった。
「た、助けてにゃ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜」
そんな悲痛な鳴き声が、平和な河川敷に木霊した。