2『近所の猫さん困ってる』
「というわけなのよ」
休日の昼下がり。
特にすることのない僕は日がな一日を勉強しながら過ごしていた。
そんな平和を謳歌する僕のところに白ウサギは妙な客を寄越していた。
「にゃあ」
猫だ。
なんてことない、どこにでもいるような普通の三毛猫。
猫好きならその愛くるしい猫眼と触り心地の良さそうな小さな体を見て発狂でもしそうな、そんな普通に可愛らしい、普通の猫だ。
だが僕にはやはり気に入らない客だ。
別に猫が嫌いなわけじゃない。
様々な先入観や偏見を取り除いたとしても、猫はまぁわりと好きな部類に入るだろう。
なによりもウサギよりもマシに思えるからな。
だがやはり僕は気に入らない。気に食わない。
なぜなら、僕の目の前に鎮座するこの猫は、その横でぽかぽかと日光を浴びながら寝転んでいるこの胸くそ悪いウサギが連れてきた猫だからである。気が進まないのも当然というものだ。
なんたって『喋るウサギ』が連れてきた猫だ。またどうせ頭のおかしくなるような不思議ファンタジーな猫なのだろう。
おそらくだが、この猫も……、喋る!
「何が、というわけだ。小説舐めんなよ。そんな一言で事の全てを説明できると思ったら大間違いだ」
「あら変ね。本屋で呼んだ女の子がわんさか出てくる小説では、こんな感じの用法が多用されていた気がするのだけど。同じように「かくかくしかじか」とかいう言葉も用いられてたわ。乱用と言っても過言じゃないほど」
「おいやめろ。我らが偉大なる先駆者様たちの批判などするな」
「そんなことはどうでもいいのよ。アリス、あなたにお客、って言ってるのよ」
「僕にそんなネコ科の客はいない。とっとと帰ってもらえ」
「まぁ。図々しいわね」
「どっちがだ。それに、どう考えもお前のお客だろう。何で僕に振る?」
「私じゃこの子たちの願いは叶えられないんですもの」
「願い?」
嫌な予感がする。
ていうか嫌な予感はさっきからしてるんだよ。
なぜならコイツが僕に積極的に話しかけてくる場合は大抵ろくでもないことの前触れだからだ。
えっと……、この前はなんだったけな? 確か学校の飼育小屋に捕獲されている鶏だったっけな? アレはえらい騒ぎになったな。なんせ鶏が小屋から脱走した挙げ句、校舎を暴れ回ったんだからな。僕がやったってバレなかったからよかったものの、もしバレてたら停学処分ものだ。
今度はそんな事態になりませんように……。
「アリス、聞いてるの?」
「あ、ああ。すまない。なんだったっけ?」
「もう、仕方ないわね。もう一回言うからちゃんと聞いときなさい」
そう言ってウサギは、コホンと毛に埋もれた喉を鳴らして再度説明を始める。
「最近。この辺りで猫じゃらしの数が減っているんですって」
「猫じゃらし? 猫じゃらしっていうと、正式名エノコログサ。イネ科エノコログサ属の植物で、犬の尾のような花穂が特徴。猫がじゃれつくことから猫じゃらしという俗称が付いた、あの猫じゃらしのことか?」
「そう。その猫じゃらしよ。まるっきり無駄な解説をありがと」
「ふっ……。どういたしまして」
「馬鹿ってのは皮肉も通じないのね」
「で、その猫じゃらしがどうしたんだ? 猫じゃらしなんて少し数が減ったところで、何も問題ないんじゃないか?」
「まぁ私もそう思うんだけど……」
「姉さん。そのことについては、あっしから説明させてもらいます」
キェェェェェェアァァァァァァシャァベッタァァァァァァァ!?
ってかやっぱり喋るのかよ!
しかも姉さん! 姉さんて。
そんな動揺する僕を白ウサギは面白そうに見てやがる。
やい。何がおかしい。
「私がアリスにもこの子たちの言葉がわかるようにしたのよ。私がいちいち翻訳してたんじゃ、何かと不便でしょ」
ほう。以外と気が利いてるじゃないか。
この際言葉がわかるようにした、というのがどういう意味かはさて置いてやろう。
「それにほら、私が面倒だし」
それが本音か。
「それは数日前のある日の事でした」
猫は僕らの会話を気にせず少し遠い目で話し出す。
動物って自分勝手な奴ばっかりなのだろうか?
「一人の猫がふらりとやってきたそうです。誰も見たことのない猫だってんで、当時からもそれなりに話題になったですが、そいつは大層やんちゃな奴でして、好物がありゃあ例えボスのもんだろうと盗ってっちまう。楽しいものがありゃあ誰も近づかねえ場所にさえ入ってっちまう。誰の忠告も聞かねえで奴は暴れたい放題のやりたい放題。そんでそいつは猫じゃらしが大のお気に入りだった。なんでも、この町の猫じゃらしは他の町の猫じゃらしとはひと味違うって言って、大層お気に召していた。そしたら奴はあろうことかこの町の猫じゃらしを全部貰うなんて大それたこと抜かしやがる。当然僕たちゃなんかの冗談だと思ったさ。だが奴はそんな僕たちの想像をあざ笑うかのように、あっという間に猫じゃらしをかっさらってったんだ。その場にいた猫たちは唖然としたよ。いつの間にか奴も猫じゃらしも全部消えていたんだから当然さ。それがつい三日前の話。今じゃあこの町に猫じゃらしはほとんど残ってねえって始末。奴はこの町の猫じゃらしを根こそぎ、文字通り根こそぎ奪ってったんでさあ!」
「まあ……。非道い話ね」
「…………」
「そんで奴ぁ今もまだ僅かに残っている猫じゃらしを探しにふらふらとこの町を徘徊してるらしいんでさぁ」
「その暴れん坊の猫を退治しようとは思わなかったのかしら?」
「勿論やりましたさ。ボスを筆頭に、町でも名の売れた猛者共で討伐隊を組んで奴の元へ向かいました。しかし結果は惨敗。討伐に向かった奴らは皆一様に床に伏せっちまって、唯一口の聞けた猫に話を聞いても、うわ言のように猫じゃらしと呟くばかり……。うっ……、もうオイラたち、どうしたらいいのか……!」
泣き崩れる猫(にゃぁにゃぁ五月蝿い)を尻目に、僕は少しだけ疑念を感じる。
「あのさ、ちょっといいか?」
「やってくれるんスか、兄貴!」
「兄貴言うな。……じゃなくてだな、そもそもの問題。猫じゃらしってその……、そんなに必要なもんなのか?」
僕の質問に何故か場は静まり返る。
ん? 僕、なんか変な質問したか? 当然の質問だと思うんだが。
猫もウサギも「え? 何言ってんのコイツ?」見たいな目で僕を凝視してきている。やめろその目。そんな目で見るな。なんか僕が間違ったこと言ったみたいじゃねえか。ていうか表情のわからない顔でそんな目を向けられるとなんか無性に腹立つだろ。
「何言ってんスか兄貴」
「だから兄貴っていうな」
「オイラたち猫にとって、猫じゃらしは切っても切れない関係じゃないッスか!」
「僕、猫違うからわからん」
「猫と言えば猫じゃらし、猫じゃらしと言えば猫。そのくらい猫と猫じゃらしは昔から共にあったんスよ!?」
「あ、ああ。すまない。そりゃそうだよな。お前らがこんなに言うことだもんな。そりゃあ僕にはわからない何かしらの理由があるんだろう。スマンな。軽率なこと言ってしまったかもしれない」
「い……、いえ。わかってくれればいいんスよ。兄貴」
「だから兄貴って言うな」
「そうなんスよ。オイラたちにとって猫じゃらしは飯と女の次に大切なもの。絶対に手放せないもの。大切な大切な……」
そう、だよな。僕にはわからんけど、コイツらにもコイツらなりの何かがあるんだ。
それを簡単に必要ないって決めつけるのはいけないことだ。
もう少し考えて発言すべきだったかな。
仕方ない……。ここは僕が折れるか。
「あのさ、僕で良ければ手伝って……」
「大切な遊び道具なんスから!」
…………。
「飯時前に最低でも一回はあのもふもふとした魅惑の先端部分を追いかけ回さないと美味い飯も不味くなる。一日中突き回しても飽きるどころか、その誘惑の虜になるばかり。ああ素晴らしきかな猫じゃらし!」
「…………」
「で、兄貴。何か言いました?」
…………。
「ちょ、兄貴? 何で無言で首根っこ引っ掴むんスか? ちょ何で窓全開にしてんスか? ちょ……っ、何で遠心力利用して振りかぶってんスか!? ちょっと! ホントに待ってくださいッス! あ、姉さん! 白ウサギの姉さん! 助けてください!」
「手加減しなさいよね」
「ちょーーーっ、姉さんーーーーーーーーーーーーー…………………………」
「とっとと出てけえええええーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!」
「ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ」
僕は金メダルも夢ではない室○選手ばりの三回転フルスイングで、猫を大いなる野へと放出した。




