1『白ウサギさんとアリスさん』
昔書いた話です。気軽に見てください
それを、奇妙な光景だと思うかもしれない。
そりゃそうだ。僕だってそう思うんだから。
「や、や、やめるにゃ〜〜〜〜!」
「ほれほれほれっ! もうあとはパンツだけだぞ〜〜〜」
白銀の美女が、宙に浮いた下着を、恍惚の笑顔で追いかけている。
何を言っているのかわからねぇかもしれない。
だけど、僕にももう何が起こっているのか全くわからない。
どうしたらいいのかもわからない。
一体、あのは何をやっているのだろうか。
*
この世界には少しだけ不思議なことが多い。
「ねぇアリス。私、またあの和菓子が食べたいわ」
気が付いていないだけで、僕らの日常にはいつでも不思議が蔓延っている。
「アリスって呼ぶなアリスって。何度も言ってるだろうが」
お化け、妖怪、妖精、精霊、天使、悪魔、魔法、超能力、エトセトラ……。
「名前がアリスなんだから仕方ないじゃない」
「確かに、僕の名前はありすだ。伏木乃ありす。忌々しい名前だ。男なのにこんな名前をつけられて、不快に思わない日はない」
そんなアニメや漫画の中でしか目にしないような摩訶不思議で、非日常な世界が実際に存在している。
「でもやっぱりアリスなんでしょう?」
「まぁ、その通りだ。仕方がないことに僕はありすだ」
今もそうだ。
「ならいいじゃない」
「確かに、百歩譲って、いや百万歩譲ってそれはいいとしよう。だけどな、そのカタカナ三文字でアリスと呼ばれることだけは聞き捨てならない。僕はありすだ。アリスじゃあない。そんな不思議の国の住人みたいなぽわぽわした名前じゃあない!」
今も僕の目の前には不思議がいる。
「世界中のディ○ニーファンが怒るわよ?」
「知るかそんなもん。勝手に怒らせてろ。僕のこの怒りに比べれば、何十倍もマシだ」
今まさに僕と話しているコイツ。
「そんなの些細な違いじゃない。小説だから違いがわかるけれど、これがアニメやドラマCDとかだったら対して違いなんてわからないわよ」
「そーいうメタな発言はやめろ。寒いとか言われるだろ」
「細かい男ねぇ。そんなんじゃ一生女の子と付き合えないわよ」
コイツは……
「やかましい。僕はお前のそういうわざとらしいところが嫌いなんだ。僕の気を逆撫でするためにわざわざカタカナで呼ぶ意地の悪いところがな」
「考え過ぎよ。ちょっと人を疑い過ぎなんじゃないかしら?」
コイツは……
「っ……! 人って……っ、
お前は人じゃなくてウサギだろうが!」
もふもふした、喋る白ウサギだ。
「だから細かいこと気にし過ぎ」
「全っ然! 全然細かくないわ! なんでウサギが喋ってんだよ! なんでウサギが僕に説教垂れてんだよ! おかしいだろ! どう考えてもおかしいだろ!」
「そうかしら? あっちでは普通のことよ?」
「ここじゃあ普通のことじゃねえんだよ! ウサギは喋らん! 例え喋ったとしても、ミッフ○ーちゃんやピー○ーラビットみたいにもっと愛らしい喋り方だ」
「あら〜?私、愛らしくないからしら?」
「愛らしくねえよ! 全然愛らしくねぇよ! むしろ鬱陶しくて殺意が湧くわ!」
「酷い言いようねえ。女性にそんなこと言うもんじゃないわよ?」
「女性!? 女性ってのは、もっと優しくて、気だてが良くて、愛想があって、清楚で、人型なんだよ! こんな長い耳生えてるのは女性じゃなくて雌っていうんだ」
「雌だなんて、そんな言い方……。最近は草食系男子が多いって聞くのに。アリスは肉食なのね」
「そーいう意味で雌って言ったんじゃねえよ! 発情してんじゃねえよウサ公が!」
「あら? 発情してもいいのよ?」
「そんなもったりとしたボディでセクシィポーズとってもギャグ漫画みたいな絵面にしか見えんわ!」
「失礼しちゃうわね。このポーズをとって落ちなかった男はいないのよ?」
「男じゃなくて雄の間違いだろうが」
「ふふ……。雄のような目つきで私を睨んじゃってまぁ……」
このさっきから五月蝿い白いウサギ。名前を白ウサギというらしい。
ん? 名前が書いてない? また白いウサギって書いてる?
違う違う。
白いウサギじゃなくて、白ウサギ。
別に間違いとか誤字脱字とかじゃないぞ。
何か違いのがあるのか?
そんなん僕だって知りたいわ。
コイツの名前は白ウサギ。
先日、自分でそう名乗ったんだ。だから仕方ないだろ。
この白ウサギは先日僕ん家に来て、突然ここに暮らすなんて言いやがった。当然僕は反対したわけだが、いろいろあって僕はコイツに一つ貸しがある。思い出したくもない貸しだが、それで仕方なくコイツの居候を許可したというわけだ。
なんとも面倒な話だ。
僕はこれでも一人寮で暮らす苦学生なのだがな。
「ていうか、アリスが○貞とかそんな話はどうでもいいのよ」
「おいこら待て。誰が童○だこら」
「あら? 違ったのかしら」
「すみません違わないです」
「そうじゃなくて、私はあの和菓子が食べたいのよ」
「和菓子? 和菓子ってどんな和菓子だよ」
「買ってくれるの!」
「買わねえよ」
「ケチ」
「ケチで結構。で、和菓子なんてもんいつどこで食ったんだよ? ウチにはそんなもんなかった筈だけど」
さっきも言ったが、僕は一人暮らし(ペットもどきのウサギ付き)の貧乏学生だ。
和菓子などという贅沢品を買う余裕など勿論ない。
「この前、駄菓子屋のおばあちゃんのところに遊びに行ったら「お食べ」って出してくれたのよ。それがとても美味しくって。なんでもこの日本ではああいうスイーツがたくさんあるらしいじゃない。私も英国のスイーツならたくさん食べたけど、ああいうのは始めてだったから気に入っちゃって」
「ほう。そんな大層な和菓子がねえ。ちなみに、名前なんて言うんだ?」
「えーっと確かぁ……、雪○だいふくって言ったかしら?」
「まさかのロ○テ!」
「あの雪解け水のようなひんやりとした舌触りに、優しく広がるバニラの風味。雪ウサギを思い出させるようなちっちゃく丸い可愛らしいデザイン。でもなにより驚きなのがあんなにひんやりしているのに中はふんわり柔らかな感触ってことなのよ。おそらくあれは驚くほど緻密な職人技によって成り立っている物なんだわ。そうに違いないわ。さすがは美食の国日本。高級スイーツともなればあのパリにすら匹敵する実力を秘めているのね」
…………。
なにこの長文。
とりあえず二十文字にまとめろよ。
てかなんでこのウサギこんなに語っちゃってんの?
なんか知らんけど、ロッ○さんのハードルがすっごく上がってる気がする。
そんな僕の呆れ具合とロッテさんの気苦労に気付きもせず、白ウサギまったく変化のない表情でもわかるほど露骨な恍惚の笑みを浮かべている。
「……えーと、白ウサギ?」
「……、はっ。な、なにかしら? もしかして雪○だいふく、買ってくれるの?」
「え、えーっと……な、さ、さすがに高くて買えないから勘弁してくれぇ……」
言えなかった。
お前の大好きな高級和菓子、実はそこら辺のコンビニでも売ってる格安アイスだよ。って。
だって仕方ないじゃないか。
こんな純粋でつぶらな瞳(実際につぶら)、濁らすことなんて僕にはできない!
僕にだって良心くらいある。
「そーよね……。まだ学生のアリスには無理な話よね……」
うっ……。
「こんな貧相で残念で醜男で馬鹿で女にモテない童○野郎のアリスなんかに所詮無理だったのよ」
このウサギ、そのつぶらな瞳曇らせてやろうか、おう??
「仕方ないわね。だったらこれが食べたいわアリス。このチョコレートなら安そうだからアリスでも買えるんじゃないかしら」
「ん、まぁチョコレートくらいなら買ってやらないことも……」
ゴディバって、書いてある。
「…………」
「(ドヤ)」
「買えるかこんなもんーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!」
うちのウサギは、少し贅沢だ。