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7 新人魔術ギルド職員の平凡な日常(1)



 魔術ギルドはその役割から、大陸のほぼすべての場所に影響力を持つ。

 国家ではなくとも、それに比しうる唯一の巨大組織体である、と言えるだろう。

 現在では魔術師に仕事を斡旋し、支援する組織として大陸の津々浦々にその名を轟かせている魔術ギルドだが、その成り立ちを遡ると五百年ほどの昔に行きつく。


 当時、ネルヴァという世界は混乱の極みにあった。

 とどまることを知らない戦争はさらなる戦禍を呼び、その勢いは衰えることなく、武力が世界に通用する唯一の法則としてその暴威を振るっていた。

 そしてその時代において魔術師の力は、外敵たる魔獣のほかに、同胞たるはずの人間に向けられた。


 魔術師として認められるほどの素質を持つ人間の人口に占める割合は、過去にも現在にも五十分の一ほど。

 魔術師としての生き方を望まない人間も相当数存在するのだから、実質的に魔術師はそれよりもさらに少ない割合でしか存在しない。

 しかし、真に熟練した魔術師の戦力は二百人の兵士に比せられ、無数に存在した戦場において魔術師たちは次々と戦果をあげ、国家軍の要職に就いていく。

 そして魔術師たちは挙句の果て、当然のごとくその力によって王の地位を簒奪していった。


 下剋上――戦乱の時代の倣いとはいえ、大抵の場合それのもたらす結果などロクなものではない。

 仮に、大義ある者――否、己の大義を確信する者であれば、結果の是非は別として、その行為に意味は存在し得る。

 しかし悲しいかな、この時代の魔術師たちに、そもそも大義など存在しなかった。


 ただ、力を持つが故。

 それだけの理由で、戦うことしか知らない人間が王につき、いったい何を成せるか。

 答えは際限を知らない外敵の模索であり、戦争だった。


 この混沌とした情勢に異を唱えたのが魔術ギルド創始者、ベルグ・ヨットハンである。


『人口において圧倒的少数にすぎない魔術師が、その個人的な武力を振るうことによって国という巨大な存在を玩具にしている。これは不自然であり、不合理である。正しく振るわれない力は、制御されなければならない』


 自身も魔術師であったベルグは、しかしそう説いた。

 ベルグが各国の王に協力を求め、そうして設立されたのが魔術ギルドである。

 魔術師でない王は魔術師を恐れるのにもはやうんざりとしていたし、魔術師である王は、己よりさらに優秀な魔術師に自らの行為を再現されることを恐れていた。



 発足当初の魔術ギルドは規模が小さかった。

 魔術ギルドに所属するものは軍職につくことを禁じられ、ハンターや傭兵という形での活動を余儀なくされる。

 無論、魔術ギルドという枠に縛られることで己の振るう力を制限されることを、魔術師たちは疎んだのである。


 しかし、ある天才的魔術師によって魔術師を見分ける装置が開発されたことを契機に、魔術師たらんとする魔術師たちは魔術ギルドへの所属を義務付けられ、魔術ギルドに所属しない魔術師はその魔術師としての力を振るうことを禁じられた。


 仮にこの魔術師の存在が無ければ、果たして現在の魔術ギルドの姿は存在したか……歴史のifではあるが、興味深い問いではある。

 つまり、力持つ者は強制的にではなく、時代の推移に伴った倫理観の発達により己の拳を制御することを、いったい望むのであろうかという疑問だ。


 現実としては、明確な基準が設定されたことで人類の精神性の進歩という甚だ怪しい言説に縋る必要なく、魔術ギルドはだんだんとその規模を大きくしていった。



 時は流れ、魔術ギルドは魔術師の制御機構として、そして互助組織として機能している。

 魔術ギルドに所属する魔術師は戦争への個人的な参加は許されないが、ハンターとして各地にはびこる魔獣を退治し、また魔術ギルドからの傭兵という形で戦争にて力を振るう。


 魔術ギルドは強大な戦力を抱えながらも、その活動資金源を魔獣退治や傭兵派遣といった形で国に頼るという形態をとることで、そのパワーバランスの舵取りを絶妙に行っているのだった。




 ――というのが、ハイガがこの一週間ほどを魔術ギルドで働いてきて入手した魔術ギルドというものの概略だった。

 ハイガとしては、これは許容の範囲内であった。

 魔術の開発の邪魔をしてくるのでもなければ気にならない、というスタンスである。


 その過程には罪悪感を覚えながらも、ハイガは結果的には己の望む環境を得られたといえよう。

 つまり、安全な拠点と安定した収入と、この世界の魔術師を間近で観察できる環境である。

 フェール魔術ギルド支部はこの条件をすべて叶えた職場だった。







 フェール魔術ギルド支部職員ハイガの朝は早い。


 基本的に魔術ギルドの業務時間は日の出ている時間である。

 夜に行動しようという魔術師は少ないし、そもそも街の大門が閉まっているからだ。

 ハイガはガーレフの好意で借りた、フェール魔術ギルド支部寮の屋根裏部屋で、伸びをしながら窓を大きく開けた。


 朝の柔らかな光がハイガを包み、同時に清澄な風が体の表面をくすぐる。

 ハイガはこの夜明け直前のフェールの街並みが好きだった。

 人が営みを開始する直前の、動的でありまた静的でもある街は白み始めた空に薄く照らされ、一種彫像じみたその全容を明らかにする。


 にょきにょきと背を競うように伸びている石造りの家。

 道は曲がりくねり、家々の間の境界線を主張する。

 右手には大きな鐘を備えた塔があり、日が昇るとともにリンゴンと鳴る。


 フェールの街の特徴としては、やはりネルヴァ大森林に直面する立地である、ということが挙げられるだろうか。

 人によっては『神域』とも呼び称するネルヴァ大森林には魔獣が多く住み、はじき出されて街へ流れ着く魔獣も多く、あまり平穏な土地とも言えない。


 また、数百年に一度天災が発生し、その度に崩壊・再発展してきた街でもある。


 なぜそんな危険な場所に街が存在するのかというのは、もっともではあるものの特に考えこむ必要のない疑問である。

 人間というのは、一年に数百回の小地震と数十年に何度かの大地震と、とてつもない数の活火山を抱えた島国にでも、普段は案外、なんの危険も感じず住んでいられる生き物なのだから。


 普段の魔獣の襲来に関しては魔術ギルド所属の魔術師が対処してくれる。

 また、本当の有事の際には、かつて『鉄腕』と称えられた英雄、老いてなおとてつもない実力を有する男、アレックズ・ガーレフがギルドマスターであるという信頼も、この街が平穏を保っていられる所以であろう。


 ハイガは鳴り響く鐘の音を尻目に、制服に着替えた。

 魔術ギルド職員は制服での勤務を義務付けられる。

 黒を基調としており、長袖と長ズボン、しかし動きづらいというわけでもなく、十分に機能性を感じさせる。


 黒ジャージとは、残念ながらおさらばだった。

 十日間をともに過ごした仲間とはいえ、さすがに匂った。

 ハイガは制服を手に入れてすぐに、かつての仲間をダストボックスに突っ込んだのである。



 ギルドに到着すると、数人かはすでに精力的に働いていた。

 日が出てから一時間後が本来の始業時間だというのに、熱心なことである。

 ハイガはそれぞれと挨拶を交わす。


「ネーバンさん、今日は早いですね。どうしたんですか?」

「おお、ハイガか。いや、女房と喧嘩してな。気まずいんだ」

「そりゃ、大変ですね……シルファさん、おはようございます」

「ああ、ハイガくんおはよう。ねえねえ聞いて?お姉さん、また振られたんだけど。どう思う?」

「シルファさん、一昨日も振られてませんでしたか?……っていうか、シルファさんが振ったんですよねどうせ?」

「あら、それじゃ私が悪い女みたいじゃない」


 ハイガは言外にそう言ったつもりだったが、はははと話を流して残りの人にも挨拶をした。

 そして最後に残った人間にも挨拶をする。


「おはよう、レーナ。……今日の俺の仕事は?」

「あら、おはようハイガ。……そうね、ちょっとその辺で待ってて」

「わかった」


 ここ数日で、ハイガとレーナは同い年ということもあって、敬語ではなく気安く言葉を交わすようになっていた。

 またレーナはハイガの指導員でもあり、早くギルドの仕事に慣れるよう教えてくれている人物でもある。


 レーナに言い渡されたので、箒で適当にギルド内を掃除しながら待つ。

 と、その時ギルドの扉が開いてどやどやと人が入ってきた。


「今日は何が狙い目だ!?」「おい見ろよこの筋肉のハリとツヤ! 今日の俺は一味違うぜ!」「おうモヤシ、元気か!」「レーナ嬢、会いに来たぞ!」


 むろんのこと、筋肉どもであった。筋肉どもは皆一様に騒がしい。命をかけた仕事であるからこそ、の騒がしさなのかもしれない。


「おいモヤシ、今日は何がオススメだ!」

「ああ、コッパーさん。そうですね……エピタルフロッグの粘液の需要が高まってるみたいなので、狙ってみたらどうです?」

「そうか、ありがとなモヤシ!」


 コッパーはガシガシとハイガの頭を撫で、意気揚々と出て行った。

 ハイガは乱れた髪を直す。撫でるというよりは、シェイクというほうが適切かもしれなかった。

 ハイガは魔術師たちからモヤシと呼ばれていたが、さほど不快感は感じていない。

 彼らに悪意がなく、むしろそれがとてつもなく雑ではあるものの親愛の表し方なのだということがわかっているからである。


 ハイガはその後も魔術師たちの相手をしていくが、どの筋肉も同じようにハイガの頭をシェイクしていく。

 この魔術師がハイガの頭をシェイクするのは、ハイガの数日前からの行動に由来する。が、それは今語るべきことではないだろう。


 一時間ほどが経って、まだギルド内は筋肉でざわついていたが、一人の少女がギルドに顔を出したことがきっかけでさらに騒がしくなった。


「あっ……ハイガさんハイガさん! おはようございます!」

「カル、おはよう。よく眠れたか?」

「はい、それはもう! ……なんでちょっと顔を顰めてるんです?」

「ああ、なんか背中が痛んでな……それよりカル、今日はサンビギツネが狙い目だぞ。近場で探してみればいいんじゃないか?」

「あ、そうですか。わかりました、そうしてみます! ……それで、あの……」


 カルーアはほんの少し声を潜める。


「……今日はハイガさん、宴会に参加するんですか?」

「何事も無ければな……さ、行った行った。早くしないと狩場をとられるぞ」

「あ、そうですね。じゃあ、夜に!」

「ああ、気を付けろよ」


 はーい、と元気な声を残してカルーアが外へと出ていく。

 と、同時に背中に五発目を数えた弱パンチが止んだ。


「……いや、本当なんで殴るんだよ」


 ハイガが振り返ると、そこには言い訳を始める年頃十七、八の筋肉どもがいた。


「だってよお、カルちゃんがお前とばっか話すのムカつくじゃん?」

「でも、顔面殴り飛ばすのはかわいそうじゃん? お前モヤシだし」

「んで、俺らは優しくお前の背中を殴って警告するわけじゃん? 『あんま調子乗るとはらわたぶっこぬくぞ』ってな」

「ってかぶっちゃけ羨ましくて拳が収まんねえじゃん?」

「「「それそれ! ホントソレな!」」」

「……いや、その理屈はおかしい」


 ハイガはため息をついた。

 カルーアはハイガに助けられたということを過大に受け取っているのか、頻繁にハイガに好意を示してくる。

 ハイガにとってその態度は可愛らしくも好ましくも見えるのだが、周囲の環境が悪すぎる。


 この筋肉ども、というかギルドの人間全員、カルーアにメロメロなのだ。

 愛しすぎちゃってると言ってもいい。

 ハイガがカルーアと話していると、カルーアの目からは見えないようにハイガの背中から弱パンチがとんでくるのだった。


 一応、手加減というか別に痛くもない。じゃれあいみたいなものなのだが、それでもウザい。この筋肉ども、コミュニケーションの基本単位がパンチなのである。


 これが中年の筋肉になると、『花が手折られる姿もまた一興……』とかわけのわからない変態臭いセリフを吐いて手は出してこないのだが、この若輩筋肉どもはその境地には達していないようだった。


「ニーズルにホフマン、お前らまだ依頼達成して無いだろ?

 こんなとこでクダ巻いてないでさっさと行けよ。それとも実力不足か?」


 ハイガがひらひらと手を振って煽ると、


「おお!? 言ってくれんじゃねえかモヤシ。

 見てろよ、今日の宴会ではカルちゃんにアッピールすっからな! 覚悟しとけよ!」

「いつもやってるだろ、カルの前でダブルバイセップス・フロント。

 あれ、おかしいな。……あれ、ホント可哀相になってきた……」

「うっせバーカバーカ!」


 若干涙目になりながらも若き筋肉どもは出ていった。


(なぜ奴らはあんなにかたくなに筋肉がアピールポイントだと思っているんだ……アレか?

 動物の求愛行動みたいなものか?)


 ハイガはいつか見たダチョウの求愛行動を思い出していた。

 だいたい似たようなものかな、と心の中で失礼な結論を出したところで、声がかかる。


「大丈夫? 絡まれてたみたいだったけど」

「大丈夫大丈夫。アイツら行動原理がなんというか原人だし」

「……まあ、あんまり否定しきれないのが悲しいところね、ギルド職員としては」


 ふう、と小さなため息を吐くのはレーナである。


「でも、なにかあったら言うのよ? 一応、私の言うことなら聞くだろうし」


 ちなみにこれは、レーナが力づくで筋肉どもにいうことを聞かせられるというわけではない。

 念のため。

 ギルドの職員に睨まれればまともに魔術師稼業などできないという、ただそれだけのことである。


「ま、たぶん大丈夫だけどな。ありがとなレーナ。助かってる」


 ハイガが礼を言うと、レーナはそっぽを向いた。


「……私はあなたの担当だから気にかけているだけよ、いい?」

「わかってるって」


 ハイガが肩を竦めて見せると、レーナはため息をついた。


「ほんと、こたえないわよねハイガは……」

「で? 結局俺の仕事は?」


 ハイガがそう聞くと、レーナは慌ててハイガに向き直った。


「そうだった。ごめんなさい、忘れてたわ」

「……ナチュラルに忘れたのか」

「そんな顔しないで! 私もミスはするわよ!」


 レーナは顔を赤くする。

 万事そつなくこなすように見えるレーナだが、意外と隙は多い。

 レーナはコホンと咳をして改めてハイガの仕事を言った。


「ハイガはもう一通りギルドの仕事をこなせるから……今日は、実地研修に行ってもらうわ」




はびこるかはこびるか、毎回迷います。

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