6 悪徳の栄え
ハイガが連れて行かれたのは大部屋から壁一枚隔てた別室だった。
ちょろちょろとついてきたカルーアがハイガに尋ねる。
「なんでハイガさん、あんなこと言ったんです?」
「ちょっと思うところがあってな……というかついてきていいのか?」
「平気ですよ。レーナが許してくれます」
「そういう態度は感心しないわよ、カル」
小声での会話だったが、バッチリと聞こえていたようだった。
「……レーナ、ダメ?」
「……しょうがないわね。ハイガさんに確認を取るのよ?」
「ありがとうレーナ!」
ハイガはカルーアが付いてくるのを許可した。
話の流れによっては側にいてもらいたかったので、好都合だったのだ。
レーナが控えめにノックをして、ドアノブを回す。
と、呆れたようにレーナが声を出した。
「……やっぱりここでサボってましたか」
「……ん? ああ、レーナか……別に構わんじゃろ、大して使いもせん部屋なんじゃし」
「ところが今日はこの部屋を使う方がいらっしゃるんですよ、ギルドマスター」
なに? と一声発して寝転んでいたソファから起き上がったのは老人だった。
とはいえ、弱々しさは微塵も感じさせない。
筋骨隆々という単語がその老人を表すのに最も適切だろうか。
いや、足りないかもしれない。上背は百九十を超えており、ハイガよりも二十センチほど高い。
頭部には白く、しかし豊かな髭と髪を蓄え、また肩幅は広く、使い込まれた筋肉が引き絞られて張り付いている。
歴戦の風格を匂わせるその体格は、見るものに尋常ならざる戦闘能力の高さを悟らせる。
ハイガはその老人を見て、無意識に一歩退いた。
その鋭すぎる洞察が、老人の尋常ならざる戦力を一瞬にしてハイガに悟らせ、退かせたのだ。
勘が最大限の警鐘を鳴らし、僅かに汗がにじむ。
間違いなく、目の前にいるのは人間としてはこれまでに目にしたことのないレベルの強者だった。
「……お。そこの小童か? おお、それにカルちゃん」
「ガーレフさん、こんにちは」
カルーアが頭をぺこりと下げる。
「で、どうしてまたこの妙ちきりんな格好の小童を調べるんじゃ? この年なら既に魔術検査を受けてるはずじゃろう」
「それが、異国の出身の方でして……」
「異国とはいえ、今や大陸中どこでも魔術検査は実地されていように……」
ジロリとガーレフが睨めつける。
ハイガは視線をそらして誤魔化した。
「ハイガさんがカルを助けてくださったのです。あまり、邪険な対応をしないでください」
「なにい!? カルちゃん! なんか危険なことしたのかの!?」
「えっと、ちょっとネルヴァ大森林の方に行き過ぎちゃったんです……」
「カルちゃん、あれほど安全を重視しろと言ったじゃろう!」
「ごめんなさい、ガーレフさん……」
「いい、いい謝るな。生きていたなら、これからは気をつければ良い。そうじゃろ?」
「はい、ガーレフさん。気をつけます……」
「私の話を聞いていますか?」
レーナの声が若干、冷ややかになる。ガーレフは慌てたように背筋を伸ばした。
「ええと……ハイガさん……じゃったか? カルちゃんを助けてくれたのかの?」
「はい。まあ、成り行きで」
「ありがとうのう……わしゃあこの子が可愛いてならんでなあ……ありがとうな」
「えっと、まあ、はい……」
正直、ハイガはこのガーレフという老人に感謝されても今ひとつピンとこなかった。というかカルーアはどれだけこのギルドで可愛がられているのか。支部長といえばおそらくそれなりの地位だろうに。
「わしにできることなら……とはいってももう老いぼれじゃ、大したことはできんが、できることがありゃあ言ってくれ。力になろう」
「ありがとうございます、ガーレフさん」
握手を交わしたが、痛いほどの握力だ。悪意もなさそうなのが逆に恐ろしい。
手を背中の陰でプルプルと振るっていると、レーナが声を上げた。
「準備ができました。ハイガさん、ここに寝転んでください」
「……あー、はい。わかりました。……えっと、ところでこの装置、誰が作ったんです?」
「魔力計測器ですか。……何百年と昔のある魔術師が設計者という話ですが、彼については名前しか伝わっていませんので……」
「……そうですか、ありがとうございます」
そう、それは装置であった。
ハイガがこれから寝そべる寝台があって、その周辺をぐるりと薄白色のチューブ状のナニカが寝台を覆っている。
香るオーバーサイエンスである。
「あ……そういえば、この装置でなにがわかるんです?」
「ああ、言っていませんでしたね。この装置は、人間の魔力を測り、数値化して示します。魔術の才能があるほど魔力は高く、逆に魔術の才能がなければ、魔力は低いです」
「……なるほど。ありがとうございます」
プシューウィーンガシャという無駄にSF的な音を上げて体を覆おうとする装置にツッコミを堪えながら、ハイガは考えを巡らせていた。
(才能? ……魔術の?)
ハイガの知る限り、魔術に才能なんて概念はない。
むしろ才能なんて概念が魔術に存在するのならば、ハイガは魔術を創造することなどできなかった。
なぜなら、魔術が禁忌とされる世界に魔術の才能なんてものが存在するはずがないのだから。
ハイガの創造した魔術は、間違いなく努力と執念の産物であった。
(魔力?)
そして魔力という概念。これもまた意味不明だった。
魔術というものに、根本的にコストは必要ない。
もちろん、魔術を行使するための精神的疲労はあるし、無から有を生み出すことはできないのだからエネルギーは調達している。
しかしそれにしたって、人間の中に存在する魔力とかいう謎の何かからではない。
例えばハイガの魔術では物質質量をエネルギーに変換し、それを流用している。
それにしたとて明らかに既存の技術を超越しているが、しかし少なくとも魔力という謎概念よりは謎ではない。
考えてもみるといい、魔術とは術なのだ。
術には理論と技量を必要とする。
魔術を料理に例えれば、料理を美味しく作るために必要なのは食材とレシピと料理人の技量であって、決して料理人の謎エネルギーではない。
それらの事実を総合するに、ハイガは導き出される己の魔力量になんとなく見当がついていた。
そしてそれは、的中することとなる。
「で、出ました……ハイガさんの魔力です……」
ハイガとカルーアとガーレフでまた別室にて雑談をしているところに、結果を携えたレーナが現れた。
顔が曇り、声は僅かに震えている。
「どうしたんじゃ。そんなに異様な結果が出たのかの?」
「い、異様といいますか……装置の故障を疑うほどで……」
「レーナ、どうしたの?」
「え、ええ、その……」
レーナがハイガの様子を伺う。ハイガはどうぞ、とばかりに肩をすくめた。
「なんじゃ、早うせんかい」
「で、では……ハイガさんの魔力は…………………………ゼロです」
沈黙。
場に落ちる凍りついたような沈黙の中で、余裕綽々なのはハイガだけだった。
「なんじゃと?」「嘘でしょ?」
ガーレフとカルーアの愕然とした声がガランとした室内に響く。
「で、でもハイガさんは……」
「カル」
ハイガは小声でカルーアに耳打ちする。どこまでも混乱した表情で、カルーアはハイガを見る。
唇に人差し指を当て、ニヤリと笑ってみせると、カルーアは何か言いたげながらも口を噤んだ。
その一方、レーナとガーレフは心ここに在らずといった様子で、今のやり取りに気付いた様子もない。
「装置の故障じゃないかの」
「いえ、念のため私も試したのです。結果は魔術師の水準には足らないものの、それなり。数年前に測ったものと同じです」
「……にしてもじゃ。これまでの最低値は、確かどのくらいじゃったかの。しかし、ゼロというのは尋常ではあるまいて」
「とはいっても、結果は結果です……」
「うむ……」
どことなく沈み込んだ空気。
ハイガは装置の中で考えていた、こうなった時の対応案を微妙に修正しながら、自分の取るべき行動を確認する。
(上手くすれば、俺の欲しい環境が全て手に入る……)
すなわち、住居と収入と魔術である。
ハイガは二人に、あえて陽気に尋ねる。
「ゼロというのは、どうなんです?」
「……魔術師には、絶対になれん。論外じゃ。努力とかそういったものではどうしようもない領域じゃよ……」
「そうですか、そうですか……」
うーむ、と打ちひしがれたような表情を作るハイガ。
レーナは慌てたように声をかける。
「え、ええと……魔力がゼロでも、そんなの日常生活では困らないですよ! 実際、私が魔力の恩恵を実感したことなんてありませんし! ……そ、それに魔術師でなくとも……もしよろしければ、よい仕事をご紹介しますよ? 魔力のあるなしなど関係なく、あなたはカルの恩人なのですから!」
「そ、そうじゃよ! 魔力を多く持っていることが優れている証だなどという風潮もあるにはあるが、バカバカしいことじゃ。むしろ、魔力のない身でよくぞカルちゃんを救ってくれた! わしはそれだけでぬしを尊敬するぞ!」
「ありがとうございます……ああ、でもやっぱり……魔術師には憧れますね……」
ハイガの言葉に沈痛そうに顔を伏せるレーナとガーレフ。
……いや、良心が痛むからやめてほしいんだが。
ハイガは本気でそう思った。というか、自分の芋演技にそんな全力の反応を返さないでほしい。
チクチクとした良心の痛みを無視しながら言う。
「せめて、魔術師に関わる仕事にでも就きたいものです……何か、そういった仕事はありませんか?」
よよよ、とばかりに泣きそうなマネ。
レーナとガーレフは顔を見合わせ、何かを確認し合うように目配せすると、頷き合った。
「あの、もしよければ、……ここではいかがでしょうか?」
「ここ、というのは……魔術ギルドということですか?」
「幸いにもわしはここの長。これも何かの縁、ぬしを受け入れるくらいはわけないのう」
フィーッシュ!
しかしハイガは、自分がなんだか悪人になったような気がして落ち着かなかった。
いい人たちを自分の思う通りに誘導するというのは、かくも気分の悪い行為だったのか。
これぞ作戦、『えっ……アイツの魔力、低すぎ……?』である。
同情を買い漁り、恩人の立場を利用して望みの環境を手に入れる。
なんともすっきりしない作戦だ。
「え……? いいんですか……? 魔力ゼロの俺なんかが……?」
しかしハイガは作戦を完遂する。毒食らえば皿までだ。
「なに、そんなことは関係ない。わしらと一緒に働かんか?」
「そんなことはいいんですよ! これから一緒に頑張りましょうね!」
「ありがとうございます……! ありがとうございます……!
ああ、魔力ゼロの俺なんかが……! 夢みたいだ……!」
見よ、この美しい信頼と助け合いの輪。
ハイガはこの世界での就職を勝ち取った。
カルーアはいつしかこの茶番を、じっとりとした視線で見つめている。
説明が大変そうだった。




