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5 辺境の街の魔術ギルド

本日二話投稿の二話目ですー。


「止まれ!」


 カルーアの後について街に入ろうとすると、ハイガは当然のごとく門の側に立った二人の門兵に止められた。

 時刻の関係もあるのだろうが、ネルヴァ大森林に面しているこの扉を通る者はそう多くないのか、門の前は閑散としている。


「何者だ、名乗れ!」

「……旅人のハイガ。三矢ハイガです」


 ハイガとしてはそう名乗る他ない。


「どこの出の者だ!」

「あー……遠い国でその……」

「はっきりと答えろ!」


 なんと言えばいいのだ、地球とでも言えばいいのか。

 ハイガは返答に窮し、内心舌打ちする。

 と、そこに救いの声がかかった。


「あ、あの! 私の知り合いなんです!」

「……カルちゃん?」

「私がハイガさんの身柄を保証するので……街に入れてあげてもらえませんか?」

「だがなあ……」

「お願いします!」


 カルーアはぺこりと頭を下げる。

 門兵は二人で顔を見合わせ、ぽりぽりと頭を掻いた。困った顔をしている。

 少し話し合って、ハイガに向き直った。


「……カルちゃんがこう言ってるから中に入れるがな。面倒を起こすなよ? カルちゃんに責任が行くからな?」

「肝に命じますよ」


 渋々といった様子だったが、なんとか街に入ることを許された。

 ハイガはカルーアに小声で礼を言う。


「ありがとな、助かった」

「いえいえ。このくらいはさせてください。……本当に、他にも何か私にできることはないですか?」

「いや、それは大して気にしなくていいんだが……」


 あのままだと、詰め所→尋問→投獄という三連コンボも可能性はあった。

 というか、アフリカを渡り歩いていた時のかつてのハイガの体験談である。

 それを免れただけで幸運だったと言える。


「それで、ハイガさんはこれからどうするんですか?」


 ハイガはその言葉に、周囲を見回した。


「そうだな……」


 フェールの街は、アルキラ王国の北端に位置する都市だ。

 ネルヴァ大森林に面するというその地理特性上、ハンターとして生活を営む魔術師が数多く暮らしている。


 街は魔獣から守るために高さ三メートルほどの塀にぐるりと囲まれているが、閉塞感はない。

 むしろ活気に満ちており、石造りの家屋が夕焼けのオレンジ色の光を埋め尽くすようにところ狭しと立ち並ぶその光景は、フェールの街の繁栄を示していた。


(こういうところには大抵、流れ者の宿無しでも生きていけるような地区があるんだよな……そういうところを探すか)


 ハイガのその考えは、カルーアの一言により引き戻される。


「私は魔術ギルドに行くんですけど……ハイガさんも、どうですか?」


(魔術ギルド?)


 ――解。この大陸のあらゆる場所に存在する組織です。魔術師として活動する人間は、この組織に属することを義務付けられています。


 頭の中に響く『声』の説明の限りでは、魔術師同士の相互互助組織のようなものだろうか。しかしそれにしては『所属を義務付けられる』という点が気になる、が……。

 目の前には、返答を待つカルーアの顔。


 ハイガは、カルーアについて魔術ギルドにいくことを決めた。

 結局、魔術を探求するならば魔術ギルドという組織に関わらないでいることはできない。ならば、早いうちに接触を持つことは決して悪手ではなかろう。

 瞬間的な、損得勘定の結果の決断だった。







 魔術ギルドがその居を構えるのは、商売人の叫び声も高らかなフェールの街の目抜き通りの真ん中、一等地だった。

 街の中心部から離れていてもちらほらと人影があったが、ここ、街の中心部は人影が増え、さらにそれに華やかさが加わっていた。


 徐々に暗さを増してくる街をカンテラの光が照らし出し、その美しさには、ほう、と声が漏れ出る。

 そんな場所の一等地にギルドの建物が存在するということ自体、魔術ギルドの権勢を示しているのかもしれない。


 カルーアがそのドアを開けるとベルが鳴り、扉の開閉を知らせる。

 その後に続いてギルドの扉を跨いだハイガは絶句した。


(なんだ、これは……)


 目の前に広がるのは天井の高い大部屋。

 室内はカンテラの光と赤々と燃える暖炉に照らし出され、暖かい印象を持つ。

 多数の人々の声が飛び交い、活気に満ち溢れている。


 それはいい。それはいいの、だが……


「へい、カルちゃん! どうだい、キレてるだろう!?」

「はいはい、キレてますよマックスさん」


 筋肉。


「おいカルちゃん! ジャッジしてくれや! ゲルガの野郎、俺に負けたことを認めねえんだ!」

「馬鹿、何言ってやがる! なあカルちゃん、どう考えてもアルベの野郎より俺の方が勝ってるだろ!」

「ごめんなさい、腕相撲のジャッジは後でいいですか? 人が一緒なので……」


 筋肉。


「おい坊主見ねえ顔だな! ヒョロいぞ! もっと肉つけろや!」

「あ、ああ……善処します……」


 筋肉。


 室内を支配する法則は、純度百パーセントの筋力。

 ハイガの期待した、知の香り高き魔術師の楽園など、どこにもなかった。


(……ここは本当に魔術ギルドか? ボディビル全国大会決勝の控え室じゃないのか……?)


 内心、愕然とする。

 別に魔術師が筋肉モリモリでもおかしいわけではないのだが……それにしても、こう全員がというのは異常だろう。


「ハイガさーん」

「あ、ああ……すまんな……」


 動揺で声が震える。

 この空間にあって、この華奢な体と可愛らしい声を持つカルーアの存在は、奇妙なまでに異様だった。


 筋肉という岩の中で咲く一輪の花。

 そんなわけのわからない光景を幻視する。

 カルーアに追いついたハイガは小声で問う。


「なあ……魔術師は、皆こんな雰囲気なのか……?」

「え? ……まあ、そうですね。私はこんな、細っこいですけど……」


 ハイガはカルーアの体を見る。

 ストン、というか。

 少女らしいスレンダーさだった。


「けど、私だっていつかは皆さんみたいに、筋肉モリモリになるつもりですよ!」


 ハイガはカルーアの両肩を掴む。

 カルーアは困惑し、思わず顔を赤くした。


「あ、あの、ハイガさん?み、皆が見てますよう……」

「やめとけ」

「……え?」


 ハイガは繰り返した。


「筋肉は、やめとけ」

「え……は、はい……?」


 カルーアはハイガのわけのわからぬ迫力に押され、頷いた。


(……俺は、何を……?)


 瞬間、ハイガはまともな思考回路を回復し、カルーアから手を離した。

 何か、名状しがたい否定感が心を駆けたのを覚えている。

 この目の前の小柄な少女がなにか、ムキムキになりたいとか戯言を言った?

 ははは、ナイナイ。


 ハイガは恐ろしい想像から逃避し、虚構の現実を作り上げた。


 もちろん、カルーアが『ハイガさん、小柄な子の方が好きなのかな……?』などと呟いているのには気づかなかった。

 そうこうするうちにカウンターにたどり着く。


「ああ、カル。今日は遅かったわね。心配したのよ?」

「レーナ! 大変だったんだよー」


 カルーアはカウンターで受付をしていた少女にしがみつく。

 十六、七歳くらいだろうか。淡い茶色のショートカットで、年齢の割に落ち着いて見え、可愛らしいと言うよりは綺麗、という表現の似合う少女だ。


「それで……カル、その人は誰よ?」

「うん……私、二匹のグラスウルフに遭っちゃって……」

「へえ、グラスウルフ……二匹!?」


 レーナの大声で筋肉どもが一斉にこちらを向く。


「なんだとカルちゃん、グラスウルフ!?」「カルちゃん、生きてるか!?」「馬鹿野郎、あそこにいるじゃねえか、縁起でもねえ!」「だから俺が付いて行ってやるって言ったのによお!」「黙れてめえは下心だろうが!」「るっせえんだよ、てめえに言われるこっちゃねえええ!」「あんだ、やるかコラあ!」「上等だくたばれボケがあ!」「死にさらせえええ!」「今日がてめえの命日だあ!」


「喧しい、筋肉ども!」


 レーナの声でピシャリと騒動が収まる。ハイガは心の中で喝采を贈った。


「それでカル、どうやって逃げたの?」

「うん。そこのハイガさんが、私を助けてくれたんだ」


 えへ、とはにかむカルーアに、またも筋肉どもが叫ぶ。


「何ぃィ――!? んだと、このヒョロっこいのが!?」「どうやってグラスウルフを殴り殺すってんだよ、このマッチ棒みてえな腕で!」「おいおい、冗談キツいぜカルちゃん!」「そうだぜ、確かに鍛えてないってわけでもないみてえだが、圧倒的に筋量が足りねえ!」「俺らの美しき筋肉にくらべりゃ、こいつなんてモヤシだぜモヤシ!」「そうだそうだ!」「モヤシだモヤシ!」「モ・ヤ・シ!」「「モ・ヤ・シ!」」「「「モ・ヤ・シ!」」」「「「「モ・ヤ・シ!」」」」


「五月蝿い、筋肉ども!」


 レーナの声でモヤシコールが収まる。

 ハイガは心の中で指笛を吹き鳴らした。


「えっと、ハイガさんでいいかしら?」

「ええ。三矢ハイガです。……ハイガと呼んでください」


 そう、と言ってレーナは一息つく。

 こちらを見つめる目には、感謝と興味と不審が同時に現れていた。


「カルを助けてくださってありがとうございます。本当に。……えっと、魔術師の方ですか? どこかの魔術ギルド支部に所属していらっしゃいますか?」

「あー、それなんですが……俺は、自分が魔術師なのかわからないんですよ」


 あれ?とばかりにカルーアがこちらを向く。

 ハイガはウィンクを贈ってカルーアを黙らせる。


「……わからないというのは、どういうことです?」

「いや、もう無我夢中で……正直、どうやってグラスウルフを倒したのか記憶がありません。けど、カルがそれほどの力があるからには魔術師であるに違いない、と言って俺をここに連れてきてくれまして……いや、自分が魔術師だとか、思ったことすらないので、本当にわからないのです」

「……わかりました。ハイガさんが魔術師なのかは後で確かめるとして……どこからいらっしゃったんです? 見た所……」


 チラ、とレーナはハイガを見る。

 その視線には、ただ困惑が浮かんでいた。


「……ええと。なんていうか、見たことのない服装ですけど……」


 薄汚れた黒ジャージ。この世界、ネルヴァにおいては不審な格好のようだった。

 というか日本でも若干不審である。


「俺の国の民族服です」

「……どちらの国から」


 ふむ、とハイガは思考を巡らせる。

 門番のところでも聞かれたし、何かしらのバックストーリーを用意しておく必要があるだろう。

 ふと思いつき、『声』に疑問を投げかけた。


(この世界には、どれくらいの民族と国家が存在する?)


 ――解。非常に多岐にわたる民族と、国家が存在しています。


 なるほど、こういったアバウトな聞きかたをされても、全ての国を応えられる人間などほとんど存在しないため、答えもまた玉虫色のものとなるのだろう。


 が、ハイガにとっては、この世界の常識を語る『声』が、『非常に多岐にわたる』と表現するほどの民族と国が存在するのだとわかればそれで問題無かった。

 ハイガはどう答えるかを瞬時に決定する。


「ホンマカ・ナンデヤネン族宗派という民族の者なんですが……」


 無論、そんな民族は存在しない(たぶん)。全くのでまかせである。

 が、この状況ではこれが一番有効であった。


 何か名の知れた国の名前を出してしまえば(そもそも名の知れたこの世界の国など知らないが)、例えばこの魔術ギルドに所属したいと思った際には戸籍が調べられる、ということもありうる。

 この世界の発展の程度が分からないために、魔術ギルドへの所属の為にそれが必要とされるのかは分からなかったが、しかし可能性はある。


 ならば、いっそ架空の名前を出してしまったほうがいいだろう。


 下手したらそもそも戸籍すら存在しない地域や民族。

 そういったグレーゾーンというのは世界のどこにでも存在するし、公的な機関というのはそういった剣呑な雰囲気のする地域には関わりたがらず追求したがらない。

 世界を旅した経験のあるハイガには、そのあたりの微妙さは嫌というほどわかっていた。


 地球だろうがこの世界だろうが、人間の本質的な部分は変わりあるまい。

 もちろん、カルーアの命の恩人であるから、ある程度素性が怪しくとも見逃してくれるだろうという打算、そして魔術師であろうとするならば魔術ギルドへの所属が義務付けられるという情報もあってのことであるが。


 レーナはハイガの煙に巻いた言葉を聞いて、アイタタタタと言う表情をする。

 深く突っ込みたくないのであろう。

 ハイガも仮にレーナと同じ状況であれば、似たような反応を返すという自信があった。


「……え、ええと。そうですか」


 視線を彷徨わせ、ところで、とレーナは話題を変える。

 ハイガとしても深く突っ込まれれば面倒なので、都合が良かった。


「ところで、魔術師になることを希望なさいますか? というよりも、魔術師であると判定され、魔術師として力を振るいたいという場合、あなたは強制的にでも魔術ギルドに入らなければならないのですが……」

「ええ。なれるものなら、魔術師というのには憧れますね」


 強制的なことを聞く、というのはつまり……魔術ギルドに所属せずに魔術師として生きていきたいのなら、魔術師であるかの検査を免除しますよ、というレーナの好意だ。


 ハイガはそれを受けて、魔術師に憧れる、と言った。

 もちろん、ハイガにはハイガなりの考えがある。


(魔術師として力を振るう人間が魔術ギルドに所属を義務付けられるのなら……魔術師を魔術師と判断するための何かがあるはずだ。可能ならば、それを知りたい)


 自己申告というのは考えづらい。

 強制であるからには、それは他人から見て評価できる要素であるはずなのだ。


 レーナはハイガの言葉に軽く頷き、「では、こちらに……」とハイガを部屋から連れ出した。





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