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4 衝動

本日、二話投稿します。

 少女を見つけたハイガは焦った。

 彼女の後ろについているのは赤い体色の狼のような猛獣が二頭。

 少女は何故か立ちどまろうとし、無謀な戦いを挑もうとしている。

 このままでは少女が死ぬ。

 死んでしまう。


 ――助ける。


 そこに思考など必要ではない。躊躇は置き去りにする。

 そう――そこにただ『助けたい』という衝動があれば、それだけでいい。


 ハイガは力の限りに叫んだ。

 少女は絶望に顔を歪ませるばかりで、こちらの声に反応する様子はない。

 しかし三度目。少女はこちらの叫びを聴き届けたのか、力の限りに跳んだ。


(……いける)


 ハイガは森での生活の中で、これだけは瞬時に展開できるようにしておこうと練りに練り上げていた魔術を構築する。

 そのおかげか、一瞬でその魔術は組みあがった。


「【思考加速アクセル】ッ!」


 唱えた起術キーは正常に魔術を発動させ、ハイガを時間という枷から解き放ち、極限に引き伸ばされた瞬間へといざなった。


 これこそが、ハイガが切り札と目し、ずっと練り上げていた魔術である。

 それほどこの魔術はハイガに決定的なアドバンテージをもたらし、しかし同時にハイガを最も危険にさらす。







 魔術の発動方法というものは千差万別である。


 極論を述べてしまえば、魔術としての在り方を満たせば魔術は発動する。

 そのための媒体は何であっても構わない。

 杖、魔法陣、詠唱、スクロール、符、それらの複合……オカルトにみられるこのあまりに多岐にわたる魔術の発動方法は、その名残であると言えるだろう。


 ではハイガが何を媒体として魔術を発動しているのかと言えば、それは思考・・であった。


 ハイガは、自ら探求し、そして手に入れた魔術の原型式を己の精神に刻み付けている。

 それこそが『魔術の起源オリジン・オブ・マジック』であり、この原型式を改変することで千差万別の魔術現象が現出する。


 通常、この原型式の改変作業というのは頭の中で可能なものなどではない。だからこそ魔術師は前述のような道具に頼るのである。

 が、ハイガはこれを可能とする。

 それこそは、わき目も振らずただ魔術に傾倒した天才的才能の、一つの可能性の極地であった。

 それは魔術の創出という、あまりに濃密な魔術的経験に起因するものでもある。


 ――思考詠唱イマジナリ・キャスト


 魔術行使の、最高位に位置する技法である。

 この魔術行使方法の利点は計り知れない。

 まず魔術媒体を必要としないこと、第二に他の方法と一線を画する魔術効率、そして最も大きな利点は、その応用性である。


 魔術式を頭の中で構築することで、その状況にあった魔術を選択、使用することができる。これが他の方法に比してあまりに有利である、ということは説明するまでもない。

 しかし同時に、決定的な欠点も有する。

 それは、一から魔術を構築するということに起因する発動の遅さであった。


 もちろん、完成した魔術をそのまま完全に記憶しておくことでそれをカバーすることはできる。しかし、それは同時に魔術の柔軟性という思考による魔術発動の利点をもつぶすことになりかねない。


 その問題を一気に解決し得るのが、この思考加速魔術であった。







(あの子は……すごいな。二十メートルも跳んでいる。……なんにせよ、それだけの距離と高度があるなら問題ない。条件クリア、範囲指定完了。……構成に無理があるか? ……どちらにしろ、無理やり発動させるしかない。その後に圧縮振動工程を必要倍速で導入して……なんとかするしかない)



 時間が足りないのならば、創りだせばいい。



 まず思考を加速させ、その加速した時間の中で魔術を構築する。

 魔術構築のための時間を無理矢理に作り出し、突発的魔術使用に対応できるようにするのである。


 もちろん、この魔術にも欠点は存在する。

 まず一つ目は、感覚のズレによる感知能力低下。

 思考を加速できるのに感知能力が低下するというのは反対のようにも思えるかもしれないが、考えてみてほしい。


 例えば音楽を二倍のスロー再生する。

 まだ、原曲であると判断できるだろう。しかし、三倍、四倍と倍率を増やしていった時……それは原曲と判断できるだろうか。答えは否である。

 それはもはや音楽ではなく、音の連なりなのだ。


 もっとも、現実には音楽を聴いているわけではないのだし、視界が確保できていれば大した問題ではない。

 ……しかし、それは常人に限っての話である。


 ハイガにとっては、それは大きな問題だった。

 ハイガの真に頼りにする能力とは、実のところ魔術ではない。魔術を探究する過程で身に着けた、鋭い感覚と洞察力、いわば『勘』なのである。


 であるからこそハイガは、ネルヴァ大森林という超危険地帯から生還することができたのだ。

 中途半端な力など、かの地ではなんの役にも立たない。

 かなわない相手をかなわないと見抜く洞察力と、どう対応するかという素早い判断力こそがハイガを生き残らせたのである。


 そのハイガにとって、感覚をリアルタイムで得られないというのはとてつもない不利だ。最も重要な武器を封じられたも同然である。

 だからハイガは、この多大なメリットを有する思考加速魔術を森の中で試してみようとはしなかったのだ。仮に発動させれば、その間は無防備となるしかない。

 自分の生命線を自分で絶つような愚を、ハイガは犯さなかった。


 しかし、今この状況下。単一の敵に相対する場合、それは大したデメリットではありえない。

 思考加速魔術とは、瞬間的突発的状況における魔術行使においてこそ、その真価を発揮する魔術なのだから。


 が、この魔術の有する二つ目の欠点。それが、ハイガを襲っていた。


(頭が砕けそうに痛む……やっぱり体に負担が大きすぎるか……!)


 そう、この魔術の有する二つ目の欠点。

 それは、使用時の多大な精神的疲労である。

 ただでさえ、この思考の加速という一種禁断的な手法は継続的な行使を必要とする。

 己をあるべき状態から乖離させる魔術であるため、揺り返しを抑えなければならないのだ。


 それだけなら慣熟すればどうとでもなるだろうが、さらに加え、ハイガは魔術の構築を行っている。

 尋常ならざる緻密と精神力を要求するソレ。

 魔術を行使しながら魔術を構築する。

 まともな精神を有する人間に耐えられるはずがない。

 ハイガはそれに耐えていたが、それは『ハイガだから』としか説明のしようのない、根性と気合任せの無理やりだ。


 思考加速を解いた瞬間、ハイガは血の味を感じた。

 あまりの負担により、体にまで影響が出たのだ。


 が、それを無視してハイガは己の作り上げた魔術の起術キーを叫ぶ。


「【地盤融解コラプス】……!」


 地質を本来とは違うものに瞬間的に置換し、魔術的に圧縮・振動を加えた状態を二頭のグラスウルフの目の前に作り出す。

 捕食者たちはそこに踏み込むやいなや、その足を地面深くに沈み込ませた。







 ハイガが再現したの現象は、液状化現象である。

 本来は地下の水分層に圧縮や振動が加えられた際に地面が液状化し、地盤が脆くなるという現象だが、ハイガが引き起こしたそれはその比ではない。


 魔術の本質とは、現実を意味概念的に細分化し、再構成することである。

 そのため、魔術によって現出する現象は現実に制約を受けながら現出する。

 が、それはつまり、現実に起きうる現象であれば、いかようにも引き起こせるということでもある。


 今回であれば、『もし地面が液状化しやすい構造であり、液状化現象が最大限に強調されて起これば』という仮定を、ハイガは指定した局所に強制的に引き起こしたのだ。


 そして、これで終わりではない。


「……【融地焼結ソリディファイ】!」


 続けて準備していた魔術の起術キーを唱える。

 狼が足を踏み入れていた場所は一瞬にして硬化し、狼はその場から動けなくなった。

 この地面は既に現象として確定したため、魔術を解いても狼が解放される心配はない。


 ハイガはその結果に安堵する。

 今回この魔術を選択したのは、少女が近くにいたからだ。さらに攻撃的な魔術も考案していたが、まさかぶっつけ本番でその魔術を使って、少女を巻き込むわけにもいかない。


 また狼自身に魔術を使うという方法もあったが、基本的に生体というのは、魔術的に見ればそれだけで十分な結界である。

 相手が自分と親和性が高い……言い換えれば自分を深く信頼する相手であればその限りではないものの、相手が非友好的な場合には、生体への魔術の干渉力は非生体に比べ極端に落ちてしまう。


 そういった理由もあり、ハイガはこの方法を選択した。

 全体的には、及第点な方法だったと言えるだろう。

 ハイガは少女を助け起こそうとして、しかし自分自身の足取りが少々、おぼつかないことに気づいた。


(参った……どう考えても、狼二匹捕まえるのに労力が大きすぎる。……毎回こんなこと、やってられない。……早く何とかする方法を編み出さないと、体が無理を聞かなくなる)


 ハイガは何らかの解決方法を開発することを心に決め、何とか転げずに少女に歩み寄った。

 少女は放心し、蹲ったままだった。


「……大丈夫か?」


 疲労の為か、言葉がぶっきらぼうになってしまう。


 少女は顔を上げる。大したケガはなさそうだった。

 唖然とした、どこか夢を見ているような表情でハイガを見る。

 ハイガの差し出した右手を見て、それを手に取った。ふにふにと、少女の柔らかい手が、まるで現実であるかを疑っているかのようにハイガの手を確かめる。


 そして、見る間に少女の瞳に涙が溜まり……少女はハイガに縋りついた。その衝撃にハイガはよろけ、少女に押し倒されるような形になる。


 ハイガは少女に抗議の声を挙げようとして、止めた。

 もちろんめんどくさかったからであって、ハイガが少女のわんわんと泣きじゃくる様子を見て、この少女には今は縋りつく対象が必要なのだと悟ったから……とかそんな理由では、ない。







「落ち着いたか?」

「……はい。……ありがとうございました。おかげで、命が助かりました」


 羞恥心に襲われているためか言葉の硬い少女に、ハイガはヒラヒラと手を振る。


「……助けたのは、ただそうできたからってだけだ。そんなかしこまらなくていいぞ」

「いえ、そういうわけにも。あのままだと私は死んでました。……何か、私にできるお礼がありますか?」

「とりあえず上から退いてくれ」


 少女は赤面してハイガの上から退いた。


 ハイガは立ち上がってわざとらしく伸びをする。

 ハイガは女性に不慣れなわけではなかったが、ここ二年間ほとんど女性、というか人間に接していなかったので、どう反応していいか困惑していた。


「わ、私はフェール魔術ギルド支部所属のカルーアといいます。……カ、カルって呼んでください。本当にありがとうございました」

「ん……じゃあ、カルと呼ばせてもらおう。……俺は三矢ハイガだ。よろしくな」

「えっと、ハイガさんって呼んでいいですか?」

「好きにしてくれ」

「じゃあその、不躾な質問なんですけど……あれは、一体なんですか?」


 カルーアが指差したのは地面にその半身を埋めた狼。この反応から、ハイガはケース3を選択する。


「魔術だが……この国では、こういう魔術は存在しないのか?」


 ケース3。またの名をすっとぼけである。

 ちなみにケース1とケース2は自慢と謙遜だった。


「あ、もしかして外国の方ですか?……あんまり、見慣れない服装ですし」


 ハイガは少女のやや赤みを増した顔を尻目に、己の服装、上下黒ジャージを鑑みる。

 なるほど、少女の軽鎧とでも表現するほかない服装と比べれば、違和感しかない。

 少女の赤面の理由がハイガの裸を思い出してしまったからだ、などという少女心には思い寄らなかった。ハイガは洞察力こそ鋭いがデリカシーはない。


(ふむ……)


 ハイガは瞬時に適当な話を頭の中ででっち上げる。

 まさか異世界から飛ばされたなどと言っても信じてもらえまい。


「……ここから遠い場所の出なんだがな。家訓で武者修行の旅をしているんだ。で、だ。……すまないが、この魔術のことは秘密にしておいてくれないか?」

「え?」

「俺の家系に伝わる秘伝の魔術でな……本当は門外不出なんだ。頼めるか?」

「え、ええ。……そういうことでしたら。でも、あんな魔術初めて見ました……」


(どうやらああいう……いわゆる魔術は、この世界じゃ異質なのか……?)


 ハイガは少なくとも当分の間、自分の魔術を公にはしないことを決めた。

 例えば、ハイガの開発する魔術がこの世界においては異端、もしくは禁じられている可能性もある。

 別に仮にそうだとしても知ったことではないが、できるだけは隠しておいた方がいいだろう。


「ま、そういうことでな……えっと、カル? 悪いが、近くの街に案内してくれないか?」

「わかりました! 任せてください!」


 こうしてハイガは都合の良い道案内をゲットした。







 が。


「お、おい……すまないが、もっとゆっくり進めないか?」

「あ……わかりました。すみません」


 ハイガはカルーアについていくのに難儀していた。

 単純な話、速度についていけない。

 カルーアの走る速度は、平気で人類を辞めている。


(おそらく、身体強化だろうな……しかしこれだけ持続できるというのは……体に陣を刻んでいるのか? 入れ墨のような形で……)


 ハイガはその魔術を予想する。


 と、ここでなぜハイガが身体強化魔術を使わないのかという疑問が当然出てくることだろう。

 簡単なことである。

 使わないのではなく、使えないのだ。


(動きながら魔術を維持するのは……まあ、不可能だな)


 身体強化そのものは可能だが、それを動きながら維持するというのは到底不可能。

 実用には程遠かった。

 感知拡大サーチのように魔術を維持するだけならできるのに、と思うかもしれないが、考えてみてほしい。


 コップになみなみと注がれた水をこぼさないように、立ち尽くすままに維持することと、それを走りながら維持すること、どちらが難しいか?


 これはそういった類の問題なのである。

 もちろん、一瞬だけ発動して火事場の馬鹿力的に使うことはできようが……いま、この状況ではなんの役にも立たなかった。


「なあその魔術、どうやって発動しているんだ?」


 ハイガはなんの気なしに聞く。

 何かの参考にでもなれば、という軽い気持ちだった。

 しかし……


「? ……えっとですね、魔術を使うぞって思うんです。そうすると、魔術が発動します」


(……ん?)


 ハイガは混乱する。


「いや、えっと……。陣を体に刻んだり、発動媒体を持ったり、そういったことを聞いているんだが……」

「? ……なんですか、それ?」


 ハイガはその答えが意味するところを悟って、愕然とする。


(まさか……俺と同じように、脳内で魔術を構築しているのか!? そしてそれを、これだけの時間維持している……こんな小さな女の子が!? 馬鹿な……!)


 なぜならそれの意味することは、ハイガが少なくとも身体強化の魔術において、この世界の魔術師に完全に敗北していることに他ならないのだから。


 ……もっとも、この考えはあらゆる意味で決定的な勘違いであったと後にハイガは気づくことになるのであるが。


(……まあ、魔術のレベルが高いこと自体はいいことか。それだけ、俺の魔術探求も捗るだろう)


 ハイガは持ち前の切り替えの速さを発揮してそう気をとりなおし、フェールへと駆ける。

 日が落ちる直前、ハイガとカルーアはフェールの街の大門前に辿り着いた。






魔術が地味ィーーッ!

……ほら、序盤だから……(話が進むと派手になるとは言っていない)


それはそうと、二倍のスロー再生って表現がすごいもやもやします。

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