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26 焦燥





 地を這う軌道から突き上げり、天を裂く。

 天を奔る軌道から突き下ろし、地を砕く。

 宙を薙ぎ払い弧を描き、空間を制圧する。

 多種多様、かつその一撃一撃が魔術師の肉体を貫きうる破壊の嵐。逃げ場のない渓谷という地形を、大小合わせて五百を超える長大な触手が荒れ狂っていた。




 触手しか存在しないという特殊個体の特徴。それは事前のミーティングの時点では、討伐隊の魔術師たちに侮りを持たせていた。


"なんだ、ただのデカブツか"

"触手が敵? 冗談だろう"


 魔術師たちは皆、酒を飲みながらそう言い合ったものだ。

 これまで幾度もの絶体絶命を乗り越えてきた。

 特命クエストも既に幾度もこなしてきた、触手だけが武器などというその馬鹿馬鹿しい魔獣に遅れを取るはずがない、と。


 が、今この状況。

 天災そのもののような、既知を完全に逸脱した物量と強度。

 それを目の当たりにした魔術師たちは、その認識を撤回せざるを得ない。


「ガァッ!」

「ラァアアッ!」

「グッ……!?」


 ──なるほど、確かに。

 限然たる事実として、一人一人の魔術師たちは強靭である。

 ガーレフに迫るとまでは言わないまでも魔術師の中でも非常に高い実力を誇る集団であり、日常的に迷宮に潜り続けるという経験は彼らにタフな精神力を授けている。

 大概の魔獣……たとえ格上の魔獣を相手にして怯むことはなく、この触手の相手にしても一本対一人であればまず敗北はあり得まい。


 しかし。


「……数、多すぎんぞオラアア!」

「キレてんじゃないよ泣き言もナシだ! シモンズとハイガに比べりゃここなんざヌルいもんだ!」

「で、でもよ姐さん、無理なもんは無理……!」


 数という、そのどうともしようのない単純な物量。

 それこそが彼らを苦しめていた。


 単純に考えて、不可能なのだ。

 空より突き下りる触手、地面より突き上がる触手、宙を薙ぎ払う触手、前後左右上空より包囲してくる触手……完全に同時に、一糸乱れず襲いくるその全てに対応することなど。

 元々は散開して構えていた魔術師たちは、しかしその圧倒的物量が襲いくるうちに『単体では抗し得ない』という事実に気づき、魔獣溜まりの殲滅時のような陣を敷く。

 一人ではすり潰されるほかなかった魔術師たちは、塊として物量に抗いうる質量と柔軟性を得たことにより、紙一重の拮抗を成していた。


「ハ、ァァアア……!」


 長く息を吐き出すような、一瞬の気合いを収斂、解放した叫びとともに高速で地を駆け移動する影はカルーアである。

 鑢のように触れるだけで肌がこそげ落とされる、触手の荒れ狂う中の僅かな空間に体を踊らせ、その一本一本を正確にカドゥケウスで突く。

 それは細い触手こそ爆散させるが、しかし太い触手に対してはその破壊に二、三発を必要とし、そんな余裕は時間的にも空間的にも存在しないため、結果、太い触手は逸らして己の一瞬の生存に足る空間を確保することに精一杯だ。

 一撃を喰らえば完全に戦闘能力を喪失するという悪夢のような状況下で、カルーアは一瞬の判断力に従い、可能な限りの触手を殲滅しつつ、地を駆ける。


「……オオ!」


 ガルドが吼える。

 その役割は守の要、ともすれば簡単に崩壊する臨時パーティーの要として、最も脆い部分に体を張って割り込み、瓦解を阻止する。

 先日との差異としてシモンズがハイガとともに核部分へと突っ込み、現在のガルドはその抜けた穴を埋めることに全霊を傾けている。敵の質も量も今回の方が大きく上回り、ガルドの肉体には大小様々な擦過傷、打撃痕が刻まれていた。

 無論、これほどに攻撃にさらされて体を貫かれるでもなく、肉をこそげ落とされ打撲を得るに留め、しかして戦闘意欲を失わないというのはガルドの防御手としての能力の高さを如実に示してはいる。

 が、流れ落ちる血液とふり絞られる体力、その両面から徐々に戦闘能力を削られ、長期戦になればなるほど不利が増してゆくのは間違いなかった。


「ラァアアッ!」


 女傑、ベローニアは哮る。

 この臨時パーティーの守の要がガルドであれば攻の要はベローニアである。

 カルーアは恐ろしい勢いで触手を狩っているものの、それは細い触手に限られ、一向に数の減らない太い触手の殲滅を請け負うのがベローニアであった。

 その大木のような足が剃刀のような切れ味で振るわれ、太い触手を狩り千切る。

 関節が存在せず表面が鱗に覆われ、柔軟であるため衝撃に強い触手を狩るためには、一点に集中した破壊力が必要とされる。

 現在、この臨時パーティーで太い触手にも対応しうる破壊力を継続的に行使しうるのは、ベローニアの全霊を込めた脚の一撃のみであったのだ。

 二、三と次々に狩られてゆく触手ではあるものの、しかし連続して振るわれるベローニアの脚の表面には夥しい流血が存在し、幾度も触手に打ち付けられた肉が赤黒く変色している。

 ベローニアはその鉄面皮で表情にこそ出さないものの戦闘力の喪失は甚大であり、これより何度その烈脚が振るわれるのかは、ベローニアの精神力にのみ頼っていた。


「……ッ!」


 時折小声で【射出シュート】と呟き、流れ出る冷や汗を拭いもせずに先を睨み続けるのがヒノキであった。

 ヒノキの役目は、討伐隊の中で唯一遠距離攻撃の手段を有するという特徴を活かした、ハイガとシモンズの長距離狙撃支援である。

 畝り荒れ狂う数えきれぬほどの触手のすべての動きを予測し、最前線の二人の反応不可能な角度からの触手を狙い、穿つ。

 ヒノキの弾丸は、単体では小型触手を爆散させることがせいぜいである。

 故に果たせる役割は、二人に襲いかかるあまりに過剰な触手を弾丸の角度まで計算して逸らし、空間的な余裕を確保すること。

 目に見える分かりやすい戦果こそほとんど存在しないものの、シモンズとハイガが今もって存在しているのは間違いなくヒノキの働きの結果であり、カルーアやガルド、ベローニアが戦闘継続の中核を担っているとすれば、ヒノキが担っているのは戦闘攻略の中核であった。


 その他の魔術師も己の限界にまで肉体を行使し、できる限りの連携を見せ、最善の選択肢を採り続ける。

 その結果として全体としての戦況は膠着していたが、しかし風向きは悪い。

 確かに触手は着々とその数を減らし、おそらくは当初の三分の二ほどの数に落ち込んでいる。が、それ以上に魔術師側の磨耗が大きいのだ。

 死者こそおらず、隙を見ての回復薬の服用により多少の傷は回復するとはいえ、圧倒的物量の前には焼け石に水。時間と共にすり潰されるのは必至であり、その場の誰しもが戦況を覆す一手を待ち望んでいた。


「ヒノキィッ! シモンズとハイガはどうしてる!?」


 響き渡るベローニアの声。

 回復薬で回復しようともすぐさま触手に削られ痛めつけられ、徐々に蹴りの威力は衰えてきている。己の蹴撃による大触手への対処が間に合わなくなれば、すぐさま拮抗が瓦解する。それを理解するベローニアの声には、隠しきれない焦りが滲んでいた。


「……今、核部分の手前まで到達したよ! でも、あんなのどうやって……えっ!?」


 正確無比の射撃を続けながらも二人の様子を観察するヒノキの声に、困惑が混じる。


「えっ、ちょっとおにーさん…………えええ!?」


 一体何を目にしているのやら、困惑に困惑を重ねるヒノキの声に、ガルドが血反吐を吐くように言う。


「おい、結局何が起こってんだ!?」


 が、その声はもはや聞こえていない。

 瞬時の思考によりハイガの取ろうとしている一手の意図を汲み取ったヒノキは、支援せんと己の時を加速させる。


「……っ!」







 最前線、触手荒れ狂う暴風域。

 シモンズとハイガは、その圧倒的な身体性能により僅かずつ、しかしながら確実に核部分へと近づいていた。


「ウラァァッ!」


 シモンズの雄叫びが上がる。

 この形状、かつ通常サイズの敵であれば核部分に近づけば近づくほど敵の攻撃に速度が乗らなくなり、速度と威力が弱まるのが常である。が、しかし今回に限ってはそれは当てはまらない。

 その原因は、全体的なサイズの非常識なまでの巨大さと、およそ全長五メートルほどの核部分と比して二百メートルとあまりにも長大なその触手。

 これにより核部分周辺であっても一撃必殺に近い加速をつけて触手が振るわれ、近づいても危険度は減らず、むしろ密度を増すぶんだけ脅威度が上がっているという有様である。

 その中にあって二人がミンチにならずに徐々にだが前進できていることの大きな理由としては、ヒノキの支援により目の前だけに集中できることに加え、二人とも一撃で大触手までを破壊できるという点が大きい。


 シモンズの有するランク8という肩書き、それは決して飾りではない。第八階層という恒常探索階層としては最深部の探索を幾度も完遂するだけの身体能力、技術、戦闘勘。

 そのこれまでに培ってきたものがただの正拳、ただの蹴り、ただのタックルを必殺の一撃へと変貌させ、強靭さを誇る触手ですら二、三本をまとめて吹き飛ばす。

 一撃で触手に対応できることにより時間的空間的余裕が生まれ、次の触手の対応が簡単になる。言葉にすれば当たり前のことであるが、この触手地獄において当たり前のことを当たり前にこなせるということが既に異常。

 それはつまり、生まれ持った才能と日々の鍛錬により培った戦闘の純度の高さが成せることであり、ゆっくりとではあったが確実な前進を可能とさせていた。


「……シモンズ!」

「なんだハイガ!?」


 その周辺で、同じくあらゆる触手を叩き伏せるのがハイガである。

 シモンズと比較すれば単純な力は互角、技術と戦闘勘は敗北、しかし速度に関しては体重の軽さと劣化・翼持つ靴タラリア・リビュートにより大幅のアドバンテージを有する。

 ハイガは現在、その戦闘経験の薄さを圧倒的な基本スペックで補うというどこまでも力押しな手法により、シモンズに劣らない速度での前進を可能としていた。

 二人がゆっくりとではあるが確実に並進することによる、触手の攻撃対象の分散。あるいはこれも、二人がある程度の精神的余裕を保ちながら前進できる所以であろう。これが仮にどちらか一人での前進であればより攻勢は苛烈となり、前進はさらなる困難を伴っていたに違いなかった。


「お前、核に辿り着いてどうするつもりだ!?」

「ぬ!? どうとは!?」


 かしゃりかしゃりと触手が擦れ合う耳障りな音、ひうんひうんと触手が空気を裂く不穏な音、ガリガリと地を削り土を巻き上げる触手の土木工事のような音、ドパンというヒノキの弾丸の着弾の音、ボンッという拳の一撃で触手を爆散させる音。

 あらゆる音が渾然一体となったこの場所は酷い騒音に包まれており、僅か十メートルほどしか離れていないにもかかわらず、怒鳴るようでなければ相手の声が聞こえない。……そもそもそれ以前に、この鉄火入り乱れる塹壕戦よりも酷い状況下で会話を続けようとするハイガとシモンズがおかしいのだといえばそれまでではあるが。


「二人で特攻といきたいところだが、触手の対応があるだろう! 俺とお前、どちらが核を攻撃するか、と聞いている!」

「おお、そういうことか! ……ふむ! しかし、この様子ではとても、核に真正面から核に相対するというわけにはいかんな! たとえ俺がハイガを守るか、ハイガが俺を守るかとしても、この触手密度では不可能! 二人同時に触手の対応をしつつ、隙を見て核に攻撃するという手法しかない!」


 ハイガはその言葉を聞き、その理を認めるとともに、しかし首肯はできなかった。


(……コイツの攻略には時間をかけないほうがいい)


 核に着実に迫っているというこの状況下においても、戦闘前に感じた不穏な予感は消えず。むしろ、その強度を増していた。

 一応の優勢を確保しているにもかかわらず勝ちきれる気がしない、という絶望感にも似た直感。それを振り切るためにハイガは力を隠すだとかなんだとかそういった一切をかなぐり捨てて、短期決着をつける決心をする。


「シモンズ! ……俺に策がある!」

「策!? 言ってみろぉ!」


 シモンズに促され、ハイガはそれを口にする。


(策というよりは、完全な力押しだが、な……!)


 シンプルな力押し、しかしそれ故に有効に決まっているその策を。


「核に近づけば触手の密度は増す! 密度が増せば一度に相手ができる触手の本数も増す! ……言いたいことはわかるな!? 俺が核部分前面部の触手を全て、根元から狩る! シモンズ、お前は全霊をもって核への攻撃に集中しろ!」

「なる……待て!? 意味がわからんぞ!?」

「触手が脅威となるのは、その長さと重量故! ならば動かない根元から引きちぎるのは定石だ!」

「いやそれは、理屈の上ではそうかもしれんが……!」


 シモンズは、『それができたら苦労はしない』と大声で叫び返したかった。


 なるほど、一本二本の触手を引き千切ることはできよう。己やハイガの力をもってすれば、五本、十本と相手することもまた不可能ではあるまい。

 だがそれは先端部や中部の、比較的装甲の薄い部分であるから叶うことである。

 触手というのは長い一本の先端が基部に接続された形であり、根元部だけで触手全体の重量を支えるというその形状から、根元部の強靭さは先端部や中間部の強靭さとは比べ物にならない。そんなことはもはや感覚的に理解できることであり、ハイガが理解していないはずがない。


 故にシモンズは大声で叫び返そうとし──ハイガの瞳を見た。


 十メートルの距離など障害ではなく、それそのものが物理的な力を持つかのごとく爛々と光る瞳。シモンズは今が修羅場であることを理解してなお、その視線をそらすことができない。

 具体的な何かではない、しかし明らかに本能に訴えかけてくる、恐怖とも畏怖ともつかぬ感情。シモンズもまた一人の強者として存在しているからこそ、本能が理解する。

 ──アレは人ならざるモノだ、と。

 それはつまり英雄か、或いは狂人か……理解の及ばぬその類へと感じる畏怖と恐怖。

 シモンズはこの一瞬、確かにハイガという人間に呑まれていた。


「シモンズ!」


 呼びかけられ、ハッとする。

 既にあの逆らいがたい威風は幻影の如く消え失せ、触手と戦うハイガはただの等身大の魔術師にしか見えない。


「……ッ! いいだろう! 確かにやり遂げて見せろ!」

「ああ!」


 理由のわからない敗北感のごとき気持ちを振り払い、シモンズはハイガの策に賛同する。シモンズの胸中では、信頼感と恐怖の混ざった奇妙な感情が揺蕩っていた。







(なるほど、たかが一魔術師の力でこの触手の半数を一度に排除することは不可能)


 しかし。望み、踏み入る……それこそがハイガの魔術の真髄であり、常軌を逸することこそがハイガにとっての常道である。

 故にこそハイガにとって、定められた上限とは打ち破る境界でしかない。


(生身で駄目なら身体強化を、一つの身体強化で駄目ならばさらに身体強化を……!)


 核部分の目前。既に目の前全てが赤黒き触手に包まれ、うぞうぞと蠢き犇くその様子は生理的な嫌悪感を煽る。

 背後にはシモンズがハイガと背中合わせで触手に相対し、僅か数秒、ハイガが自由に動ける時間を作り出していた。

 ハイガが触手を排除した瞬間、シモンズが振り向きざまに核部分へと全力の一撃を喰らわせるという算段である。


(数秒があれば、十二分……!)


 ハイガは姿勢を低くし、一秒後の攻撃に備える。

 そして発条バネのように跳躍するその寸前、呟く。


「……【二重詠唱・身体強化デュアルスペル・ドープ】」


 四肢に宿るは仮初めの全能感。

 ただこの一瞬を過ぎ去れば脆くも霧散する力ではあるが、しかしその一瞬で十分。

 ただ力の限り跳躍し、手刀を振り上げるその動作に──それ以上は必要ない。


「……ッ!」


 瞬間。

 このネルヴァという世界において身体強化という面においてはおよそ及ぶものなき、過剰なまでの出力がハイガの脚力として爆発し、その身体を人ならざる速力を伴って打ち上げる。

 大砲より射出される砲弾、否、それ以上かとさえ思われる圧倒的な初速。その速度に対応できる触手など存在しようはずもない。


 一瞬が引き伸ばされたその世界で、ハイガは右腕を振り上げる。そのたった一本の右腕に込められた出力はもはや人のものではなく、魔獣のものですらなく、この一撃だけに限ればその威力は、かの蒼鱗竜の爪撃にさえ比肩した。

 無論のこと、その軌跡上に存在する触手は大小を問わず吹き飛ぶ。直接衝突したものは当然とし、優に音速を超えるその速度による衝撃波は、触れていない触手までもを吹き飛したのだ。


 後に残るは、完全に触手の削げ落ちた核部分の表面。

 たかが手刀の一撃により、特殊個体はその残存触手の半分を喪失していた。


「……シモンズ、今だ!」

「ォオッ!」


 ハイガがそれを認識し合図を出すのと同時、いや僅かに早くシモンズが振り向き、特殊個体が硬直しているこの一瞬に核部分へ全力の一撃を叩き込まんと、凄まじい踏み込みを見せる。

 シモンズはハイガの見せたこの世のものとは思えない一撃に本能的に反応し、有象無象の触手の相手など捨て、振り返っていたのだ。


 と、同時。空中で完全に無防備な状況で頂点に達し、そして自由落下するハイガを串刺しにせんと、数条の触手が迫る。いかに異形の生物とはいえ数瞬前に己へと振るわれた理外の一撃の脅威は理解しており、核部分に到達しようとしている攻撃を防ぐことよりも、その元凶たるハイガを討つことを選択したのだ。


 が。

 その瞬間響き渡るのは、ヒノキの銃撃音。ヒノキはハイガの様子からその策を直感し、その欠陥──即ち攻撃後の無防備を理解し、その穴を埋めるため襲い来る触手へと正確に銃弾を当て、逸らし、ハイガに僅かの時間的余裕を与えたのである。

 そしてそれだけの援護があれば、十分。


 二重詠唱デュアルスペルという飛び抜けた力の副作用、即ち体組織の損傷、崩壊。

 それをカバーするため、ハイガは限界保持ボックスよりその手の内に回復薬を出現させ、呷った。

 即時に肉体は修復され、襲い来る触手へと対応しうる状態へと復元する。


(後はシモンズの攻撃が……ッ!?)


 シモンズの正拳が核部分に突き刺さろうというその瞬間を、空中から僅かの安堵ともに見下ろしたハイガ。

 しかし一瞬の後、その表情は凍りつく。


(…………!?)


 それこそは無数の触手に覆われ隠されていた、特殊個体の核部分の先突部。

 赤黒く醜悪な肉の塊からヤシの実のように顔を出す、ソレら。


 ──三つの生首であった。


 どこかで見覚えのあるその容姿。

 しかし顔色は青ざめ、眦からは血を流し、口からは際限なく涎を撒き散らす。

 それだけで生理的な嫌悪感を催すものではあったが、ハイガの背筋を凍らせたのはそれそのものではなく……三つの生首が浮かべていた、表情だ。


 げたげたげた、と。

 げたげたげたげたげたげたげたげたげたげた、と

 げたげたげたげたげたげたげたげたげたげたげたげたげたげたげたげたげたげたげたげたげたげたげたげたげたげたげたげたげたげたげたげたげたげたげたげたげたげたげたげたげたげたげたげたげた、と。


 ……実際にそう聞こえたわけではない。しかしハイガは、その胸の悪くなるような嗤いを幻聴した。

 それほどまでにその生首たちは、どこまでも──醜悪であったのだ。


 理解の及ばぬものを見た根元的な恐怖。

 ハイガの本能が最大限のアラームを鳴らす。

 そしてその瞬間──シモンズの全霊を込めた一撃が核部分に突き刺さった。









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