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25 不意の遭遇






 第四階層での特命クエストも五日間が過ぎ、そろそろ討伐隊の面々には疲れが見えてくる今日この頃。

 このエルフィリア渓谷では、討伐隊によるあてどない特殊個体ユニークの捜索が続いている。

 討伐隊の中ほどに位置どってパーティーの要を引き受ける『迷宮の庭守』所属の若手魔術師、ガルドは迷っていた。


(……どうするかなー)


 ちょっと考えて頭をガシガシとかき回し、大きなため息をつく。

 その悩みも露わなガルドの様子に、一人の魔術師から声がかかる。


「どうかしたか?」


 その心配の声の主は、ただいまガルドが秘密裏に査定している魔術師、ハイガ・ミッツヤードである。

 最前列でシモンズとともに前衛を張っているハイガだが、どうやら中列まで下がってきてまで心配の言葉をかけてくれたようであった。

 ……もっともガルドの見立てでは、自分の心配をしたという以上に、シモンズの相手に疲れて前衛を離れる理由を探していた、というだけのようにも見えるのだが。

 この五日間、ハイガの様子を見続けてきたガルドからすれば自明のことであった。


 シモンズという探索者は魔術師として他に類を見ない人格者ではあるのだが、しかし基本的に配慮の方向を間違っている。

 どうやらハイガという将来有望な若手に実績を積ませ、早くランクを引き上げてやろうという魂胆のようなのだ。

 その方針そのものは理解できるものの、しかしどうやら力をあまり披露したくない節の見えるハイガにとってはありがた迷惑であろう。ハイガはそれとなくその雰囲気を出しているのだが、人格者ではあっても空気は読めないシモンズにはそんなもの無意味だ。

 だんだんとハイガも諦めて、理由をつけてはシモンズの無茶振りを逃れるという方向へとシフトしている模様である。


(大変だろうが……俺としちゃやっぱ、そっちの方が都合がいいんだよなぁ)


 が、ハイガを査定するという役割を持つガルドにしてみれば、ハイガの今のこの状況には同情はするものの非常にラッキーだ。

 気の進まないながらも仕事を請け負った身としては、手抜きだけはできない。

 ガルドは曖昧に笑ってお茶を濁し、ハイガを持ち場へと戻らせて、またため息をついた。


(……やっぱり向いてねぇんだよ、こんな仕事)


 手は抜かないとはいっても、決して楽しめる仕事ではない。

 査定といえば聞こえは悪くないが、言ってみれば内偵である。

 単純な『庭守』の仕事に悪態をつきながらも愛着を持っているガルドにしてみれば、最初からあまり気の進まない仕事だったのだ。

 ガルドはこの仕事を引き受けた時のことを思い出し、ため息をついた。







『ガルド君、だったかな? ……すまないが君に仕事を頼みたい』

『仕事……ですか』


 ギルドマスターに呼び出されたのがつい十日ほど前。


 『迷宮の庭守』はあくまで独立したギルドとして扱われているが、実態としてはギルドの一部門のようなものだ。

 当然のことではあるが、迷宮内で物資の運搬という仕事を依頼するのはそのほとんどがギルドである。

 個々の探索者であればポーターを雇えばいいわけで、わざわざ高額を払ってまで『庭守』に頼む必要などない。

 この迷宮都市には、魔術師としての才能がなくとも探索者として生きる他ない、それ故にポーターを営むものなど、数え切れないほど存在するのだから。


『庭守の仕事ではなく?』


 故に、ガルドがそう聞き返すのも当然のことだった。

 『迷宮の庭守』にとってギルドは唯一と言って良いお得意様であり、その意向を無下になどできない。

 しかしながらそれは、『物資の運搬』という一点に絞っているからこその関係でもある。

 ギルドとしても『庭守』のいわゆる運び屋としての立場など十分に理解していることであるし、これまでにそれを曲げてまで仕事をねじ込んでくることなどなかった。

 その不信の意を込めたガルドの言葉に、ギルドマスター・アルドは鷹揚に頷いて答える。


『庭守としての範疇を超えた仕事であることは間違いない。私としては、これは庭守にではなくガルドくん自身に依頼する仕事のつもりでいる』

『……ギルドマスター直々での、個人依頼ですか』


 舌打ちしそうになったのを寸前で堪える。

 どう考えても厄介な香りしかしない。

 日々平穏、是なり。

 魔術師でありながら、しかし妙な安定志向を抱えて庭守に所属しているガルドにとっては、ギルドマスターからの直での依頼など迷惑でしかない。

 が、断れないのも庭守しゃちくの宿命であり、ガルドは諦めて事情を聞く。


『……どういった仕事になりますか? 当然ですが、あまり無茶なものは無理です』


 慇懃に、しかし譲れない線は明確に。

 汚い仕事はNGという意思をのせたガルドの言葉に、アルドは首を振った。


『ああ、違う違う。いわゆる実力行使に出る仕事ではない。……頼みたいのは、ある魔術師の調査だ』

『調査?』


 ますますお門違い。

 そう思ったガルドの思考は、アルドに遮られる。


『近々特命クエストがあるのは知っているね』

『はい、というか俺も召集されてますが……』


 特命クエストは基本的に、ある程度の実績ある魔術師、またギルドの中から持ち回りで担当することになる。

 今回、アルドもまた一員として選ばれており、義務として参加するつもりでいた。


『それに、三人ほどの探索者をねじ込む気でいる。頼みたいのはそのうち一人の能力査定だ』

『……すみませんが、ランクの高い探索者のデータなんて俺が調べるまでもなく持ってるんじゃないですか』


 特命クエストにはその性質上、一定以上の実力が求められる。

 それは即ち名の知れた探索者ということでもあり、ギルドがその情報を把握していないはずもない。

 ガルドのそんな反論は、しかし一蹴された。


『いや。その探索者のランクは4だ』

『……は?』


 おそらく、ガルド以外のどの探索者であっても、同じ反応を返すことだろう。

 ランク4、なるほど低いランクではないが、高いランクとは口が裂けても言えない。

 ガルド自身ランク6であり、それでいて特命クエストではそれなりに危機に陥った経験を持つのだから、ランク4で特命クエストを受けさせるということの危険性など語るまでもない。


『……なっ、何を考えてんですか!? 遠回しな死刑宣告じゃないですか!』

『違う』


 ガルドにしてみれば当然のその言葉に、アルドは口の端を歪めた。


『必要性があるからそうする、ただそれだけだ』

『何を言って……』

『件の探索者は、僅か一ヶ月でランク0からランク4へと上がった。……この意味は、私よりも君にとって重大だろう』

『なっ……!?』


 今度こそ、ガルドは呆然とした。

 一ヶ月という期間は、とてもではないが常識の範囲には収まらない。

 かなり優秀であるという自覚のある自分ですら、ランク4に上がるのに要した期間は一年……ほとんど最高の効率で探索をこなして、それだ。

 一ヶ月という期間は、才能という言葉でカタがつくものではないのだ。

 嘘であると信じたいが、ギルドマスターが嘘をつく理由もない。


『……明らかに不自然だ。絶対に『何かがある』。その何かを、君には掴んで欲しい』


 その言葉に、ガルドは迷いながらも頷いた──







 以上、回想終了。

 本当はその後、引退してどこかに行ってしまったと思っていた兄貴分の探索者がなぜかギルドマスターの秘書になっていることを知って仰天したりと色々あったのだが、ともかくそれはさておき。


(……なんで俺にってのはあるが、他に人材もないか)


 今回の特命クエストのメンバーを見てみれば、ギルドマスターがガルドに頼んだのもある意味当然だ。

 剛爆戦士団と女傑の軍勢というギルドはどちらも非常に肉体派のギルドであると知られているし、ソロの探索者に任せるのもギルドとしては不安。

 ギルドからの諜報員を紛れ込ませることも、特命クエストという形式上難しい。ハイガたち三人を既にねじ込んでいるのだからなおさらだ。

 消去法的に、ある程度素性が知れていてギルドとのつながりが深いガルドが選ばれるのは必然だった。……非常に迷惑なことに。


(……今のところ、不審な部分は無いな)


 というわけでハイガの査定に精を出すガルドであったが、今のところのハイガには不穏な兆候はなかった。……いやもちろん、それはそれとして言いたいことは山ほどある。


 なんでお前、女連れてんの?

 ナメてんの? 迷宮ナメてんの? 死ぬの?

 しかも両方可愛い。殺すぞ。


 悲しいことにこの迷宮都市においては、出会いというヤツが非常に少ない。

 なにしろいったい、どこの娘さんが、総人口の半分がマッチョマンのこの迷宮都市に自発的に来よう、などと思うだろうか?

 自然、外部から流入してくる女性などほとんど存在せず、女性は迷宮都市で生まれた土地っ子に絞られる。

 そしてまた、この迷宮都市の土地っ子というのも魔術師の才能を備える者が多く、探索者として修羅の道を選ぶ者はマッチョウーマンと化す。

 あれはあれでいいものかもしれないとは思うが、どこをどう間違っても可愛らしくはない。

 結局、恋愛対象になる年頃の可愛い女性というのはもう、この迷宮都市には商売女以外にほとんど存在しないと言ってもいいのだ。


 ガルドにしても同じことで、時折受付のお姉さんを飲みに誘ったりしているが轟沈。

 まともな恋愛経験などなく、目の前に現れた美少女二人は非常に眩しかった。

 というよりそもそも、カルーアやヒノキのような『戦えて』『可愛い』女の子など、ガルドは他に見たことがなかった。

 それは間違いなく、相反する要素なのだから。


 というわけでもちろんのこと、それとなくアプローチはかけてみた。

 が、結果は惨劇である。


 カルーアという金髪と碧翠の瞳を持つ少女に関してはおそらく、靡かせようと思うことが間違いだった。

 どこからどう見てもハイガにベタ惚れしており、話しかけて数十秒でガルドも『これはアカン』と気づいた。……というか、気づかざるを得なかった。

 なんというか、おそらく本人は気づいていないのだろうが、話す時の雰囲気にはっきりとした差があるのだ。

 ハイガと話している時の背景がお花畑なら、自分と話している時の背景は焼け野原。

 そのくらいの差をガルドは幻視した。


 ならばと思って黒髪と褐色の肌、そしてヒラヒラしたやたら可愛い服のヒノキという少女に話しかけると、これがまた難物だった。

 おそらく、そもそも他人に気を許していないのだろう。

 昨日など戯れに一緒に飲もうと誘ったら、サッ! と女傑の軍勢に囲まれているカルーアの背に隠れられた。

 ガルドには判った。あれは本気の怯えである。

 塩対応で泣けるが、観察してみたところどうやら、女性ならギリギリ、そしてハイガとカルーアが別格という括りで気を許しているらしい。


 結局、その後愚痴を聞いてくれたハイガが一番の癒しだったのだから世話はない。

 警戒、好意、嫉妬、その他諸々を混ぜ合わせた複雑な感情でガルドはハイガをチラチラと観察する。

 少なくとも実力に関しては優に自分を凌ぐ。

 シモンズと互角の腕相撲を演じて見せるという時点で常軌を逸しているし、魔獣溜りに突っ込んでいった時の様子を見てもその実力はかなりの上位に位置する。

 また、少女二人がそれぞれ違った形で補い合うように機能しており、三人の連携からは確固たるものを感じる。

 ガルドの見立てではあるが、パーティーという括りで見れば、あるいはこの迷宮都市でも

十指に入ることだろう。


 ……だが、という気持ちも同時に存在する。

 それは、ランク4に上昇するのを一ヶ月にまで短縮しうるものだろうか?


 ……そうではない、と思う。

 他に何かがあるはずだ。

 ハイガという人間は、何らかの特殊な能力を持っている。


 そこまで思考を進めた時点で、ある叫びがガルドの耳を貫いた。

 その叫びは峡谷に反響し、あちらこちらでバサバサと巨鳥が飛び立つ。

 ガルドはそのハイガ・ミッツヤードの声を認識し、無意識のうちにそれに従って、最適の行動を取った。


 すなわちそれは、逃げ出す、という単純な行為。


「──────上、避けろ!」


 次の瞬間、轟音と共に触手の塊が上空より地上に突き刺さった。




◇◇◇




(やはり……妙か)


 これで特殊個体ユニークを求めて探索を始めて五日ほど。

 現在フィルデリア渓谷にてパーティーの前列でシモンズと共に時折出現する魔獣を薙ぎ払いながらも、ハイガは思考を別の部分へと傾かせていた。


(何故、見つからない……?)


 フィルデリア渓谷、ベリドリ森林、ハーウェイ湖沼……ここ五日間、討伐隊が探索した場所である。その全てが特殊個体の目撃情報が存在する場所であり、しかし未だ特殊個体の発見はならず。

 無論、それは一般的に考えれば不思議なことではない。

 迷宮の広大さなど探索者であれば骨身にしみて理解していることであるし、狙った魔獣と遭遇することなど単なる運に等しい。

 特定魔獣の探索とは既に探索にあらず、当てずっぽうの宝探しに近いものであるとほとんどの探索者はそう認識している。


 が。中には一般的でない探索者というのも存在し、その筆頭たるハイガにとってみれば、これだけの時間を費やしてなお対象を発見できないというのは、もはや一つの謎であった。


(何故、【探索地図マップ】にすら引っかからない……?)


 その存在を知覚してもシモンズに報告しなかった……というわけではない。

 ハイガはただ単純に、未だ特殊個体ユニークを発見できていない。

 探索地図マップは新規魔獣の捕捉をハイガに伝えるという設定であり、ミーティングで語られた『とにかく触手』という言葉を鑑みれば、今までにそんなものを見たことのないハイガからしてみれば特殊個体ユニークが新規魔獣であることは間違いない。


(……何故?)


 これまではただ単純に、運が悪いために遭遇していないだけだと考えていた。

 が、魔術師の移動速度をして五日間という時間をかけて、それでなお『運が悪い』などという幼児のような言い訳に縋れるほど、ハイガは平穏な人生を歩んでいない。

 思考を巡らせ、要素を挙げ、その原因を突き止める。


(仮説その一、『特殊個体など存在していなかった』)


 ……ありうる仮定ではある。

 例えば精悪樹トレントなどの蔓を武器として使用する魔獣が何らかの理由で超越的な力を獲得し、それに敗北した探索者たちが新種の魔獣であると勘違いした、というのであれば、それなりには筋が通っている。

 が、納得できることではなかった。

 探索地図マップにおける最優先事項こそ新規魔獣反応に設定してあるとはいえ、しかし魔獣反応には気を配っている。それほどに強度の高い魔獣であれば魔術陣の反応もまた強力となり、気づかないはずがない。


(仮説その二、『生態が魔獣としても特殊すぎるため』)


 考えづらいことではあるが、しかし可能性がゼロではない。

 無数の触手、とはいうものの、例えばそれが一個体ではなく、一本一本の触手状魔獣の集合体であれば?

 比較するのもどうかとは思うものの、例えばタンポポの花などは似たような性質である。タンポポの花というのは実際には花びら一つ一つが花であり、一般的に花と捉えられているのは花の集合体であるわけだ。

 この特殊個体が似たような性質の魔獣であり、総体として強大であろうとも個体としては魔術陣が微弱であるため、うまく捕捉できないという可能性。


(……そんなもの、簡単に発見できる)


 が、これも考えられない。

 そもそも単純な事実として、【探索地図マップ】があまりにも高性能すぎるのだ。

 一階層のスライムなどのほぼ最弱レベルの魔獣にさえ十分な感度で反応できるのに、この四階層ではそれが不可能となるというのはあまりにも考えづらい。


(……ならば仮説その三、『そもそも魔獣ではない』)


 ……大胆な着想ではある。

 が、仮説に過ぎない。

 この迷宮という異界は、基本的にその環境が地球、またネルヴァのものと酷似している。

 気温、気圧ともに活動に難を感じるほどのものではないし、水が水として存在し、そもそも大気が酸素を適量含む空気である時点で、地表とほぼ同一に調整された環境と考えていい。


 ……それはそれでかなり大きな疑問点ではあるものの、しかしならば当然のこととして、動植物も地球やネルヴァと似たようなものとなるのが道理だ。

 動物の姿形、性質というのは環境に適応した結果であり、その場の生存競争に勝ち抜くために最適の形質が採用される。

 無論、局地的な環境に対応しすぎてしまったために珍妙な格好となってしまった動植物というのも多く存在するわけではあるが、しかし要するに、同じような環境であれば自然と同じような形質を有した動植物が闊歩するものなのだ。


 触手──当たり前のことではあるが、陸上生物の形質としてはあまり見られない。しかもそれが本体となるレベルで触手まみれとなると、なおさら。


(ならば他の仮説を…………待て)


 と。次の可能性へと移ろうとしたハイガの思考が、しかしある事実を指し示した。


(……魔獣でない動物は探索地図に反応しない。……ッ!?)


 ハイガは思い出したのだ。

 この迷宮内で、通常の動物ではなく、しかし探索地図マップに反応しない存在がいたことを。


導きの燐光フェアリー……!)


 あの時は、導きの燐光フェアリーが『生物ではないため』と結論づけていた。

 ……が、それが間違いで、仮に導きの燐光フェアリーが『魔術陣を有しながら探索地図マップに反応しない存在』であったならば?


(……【感知拡大サーチ】!)


 背に走った瞬間的な悪寒に導かれて、ハイガは【探索地図マップ】をキャンセルし【感知拡大サーチ】を展開した。

 それは魔術陣ではなく、単純な形状の把握を旨とする魔術。


 その単純な魔術は、しかし。


「────────上、避けろ!」


 既に自分たちが敵の射程内に存在していたという事実を、当然のように指し示した。







 大質量が地面を叩くその様は、もはや言語により正確に表現できるものではない。


(──ッ!)


 体全体に叩きつけられる轟音。

 視界全てを押し流すように粉塵が吹き荒れる。

 咄嗟に両腕で前方を覆うとピシピシと小石が叩きつけ、風圧でハイガの体全体が僅かに後退する。


(油断じゃないにしても……不覚か)


 あるものを最大限に活用することは当然であり、より優れたものがあるならばそれを利用することは必然である。

 であるならば感知拡大サーチにかわり探索地図マップを利用するという判断に間違いはない。

 が、誤算はそもそも敵が魔術陣を有さなかった──


(いや、魔術陣に反応しなかったこと、か……?)


 思考する傍ら、粉塵が舞い散りほとんど効かない周囲に五感を集中させる。

 自分は助かった。が、カルーアとヒノキ、そしてシモンズ、ガルド、ベローニアといった討伐隊の面々は……?

 しかし次の瞬間鳴り響いた大声に、ハイガの最悪の予想は簡単に外れてくれた。


「……無事か! 意識のあるヤツは返事しろ!」


 声の主はシモンズであった。

 そして、それに応える声が十一存在したということに安堵する。

 だんだんと晴れてきた視界を頼りにシモンズの下まで駆け寄ると、カルーアとヒノキを含めた全員が顔を揃えており、皆、特に大きな怪我もない様子である。


「ハイガさん、アレが特殊個体ユニークですか!?」

「……おにーさん、探索地図マップは?」

「多分な。探索地図マップは働かなかった。理由は聞くな、わからん」


 僅かに混乱するカルーアと冷静さを見せるヒノキに端的な答えを返し、ハイガは感知拡大サーチで特殊個体の様子を観察する。


(……触手、か)


 そうとしか表現のしようがなかった。

 一つの部位を核として触手……触腕と言うよりは触鞭とでも表現すべきだろうか。表面を赤黒い鱗のような硬質かつ柔軟な物質が覆ったソレが、放射状に広がっている。


 そして特筆すべきはその長さと量。

 太さは触手ごとに違いがあり、細いものは人間の前腕ほど、太いものはドラム缶ほど。

 その長さもまたまちまちではあるものの、報告にあった五十メートルなど簡単に越し、最長四百メートルを誇る。

 概数はおおよそ五百ほど、一本一本が通常の魔獣並みの力を有すると仮定すればその総力は魔獣五百匹に匹敵する。


 その、一個の生物としては明らかに過剰な物量。

 触覚としてでもなく、手足の代わりとしてでもなく、相手を貫き叩きのめし制圧する器官としての触手であることを雄弁に語っていた。

 現在は渓谷の上から、すなわち上空五十メートルほどから落下したためか動きを鈍らせているが、既に地に轍のような跡を刻みながら触手は蠢動を始めており、おそらくもう数分もすればおそるべき敵として機能し始めることが見て取れる。


 感知拡大サーチをキャンセルし、意識を目の前に戻す。

 瞬間、シモンズの大声が耳を打った。


「……クソッ! なんだアレは!」

「シモンズ、そんなことを言っている場合じゃない。早く指示を出しな」

「ベローニア! ……いや、そうだな。すまん、俺が予想できていなかった」

「いや、流石にあれを予想しろってのはな……あんなデカいものが落ちてくるとか常識的に考えてありえないだろ」

「ハイガ。……警告を発したのはお前か。礼を言うぞ、お陰でひとまず圧死は免れた」


 警戒心を忘れていた自分自身に憤激するように怒りを露わにするシモンズをベローニアが諌め、そして己の失態をカバーしたハイガの声で落ち着きを取り戻す。

 小さく呼吸を整えると、シモンズは指示を出し始めた。


「おそらくヤツが動き出すまでの猶予は数分といったところか。……どうやら報告にあったものよりも幾分か巨大なようだが、しかし方針は討伐で変わらん。異存ないな?」


 賛同の声が幾重にも重なるのを聞き届けてから、シモンズは僅かに頷き指示を続ける。


「基本的な作戦は触手を掻い潜り、破壊し、すり潰しての一点突破。あの手の魔獣は経験上、核に相当する部分が存在する。そこに辿り着き、破壊する一撃を与えることが作戦目標となる」

「……誰が突っ込むか、か」


 誰ともなく呟いたその一言。無論のこと、メインアタッカーとして突っ込むことになるその一人の危険度は他と比べ段違いに大きい。

 が、シモンズは喝破するように断言した。


「決まっている、突っ込むのは俺だ! ……この中での単体での最大火力は俺で、リーダーも俺。ならば、俺がその責を負うが道理。文句はないな?」


 反対の声が出ないことを確認してからシモンズは話を続ける。


「……よし。次に最前線での俺の補佐、露払いをハイガに任せる。道中でこの男の力は皆が見ているはずだ。最大の戦果を叩き出すためには新人だろうがランクが低かろうが関係ない。悪いが前線に出てもらう」


 視線がハイガに集まり、ハイガは一も二もなく頷く。


(こういう感覚には覚えがある……)


 感情を容易に読み取らせない黒い瞳を、ハイガは蠢く特殊個体へと向ける。


(……アレは、ヤバい)


 ……それはまるで、致死性の毒ガスで破裂する寸前にはち切れそうな風船を見ているような。ほんの一歩で取り返しのつかない何かが起こってしまう、という不穏な予感。

 未だ明確な動きを見せてはいない魔獣ではあるが、ハイガの中に存在する動物的な本能、それが大音量の警戒を発していた。


 “一手違えれば死ぬぞ"と。


 ハイガという人間は基本的に、この類の警告に身を任せ、その一方で理性的に思考し、結果的に最善手を採りつづけることで生き残ってきた。

 故にこそ、ここでシモンズに協力を惜しむことはない。

 振るえるだけの全力を以って特殊個体を叩き潰すつもりでいた。


「よし。その他は皆、触手の注意を引きつけ、隙あらば引きちぎれ。できるだけ物量を削ぎ、前線に余裕を持たせろ。……いいな?」


 野太い了解の声にシモンズは首肯し、号令をかける。


「良し! ……これより特殊個体ユニークの討伐に移行する! 野郎ども、さっさと片付けて祝杯あげるぞ! 俺の奢りだ、存分に呑ませてやる! ……では、各自戦闘に移れ!」


 それに応える大音声が峡谷に響き渡るとともに──地響きのような音を引き連れて、特殊個体ユニークはその巨体を揺るがす。無意識のうちに、ハイガたちはソレに目を奪われた。


 ソラに幾条もの赤黒い筋が奔っている。

 脈打ち、畝り、伸長し、おぞましく。


 それこそは起動を始め、目の前で血気に逸る魔術師たちを逃さぬ触手の本領。

 まるで水面に浮かび上がる波紋のように、酷く巨大な蜘蛛の巣のように、空間を侵蝕するキズのように、或いは御仏の光背のように、核を中心として空中に放射状の触手網を描く。

 その数およそ五百、全ての触手がその切っ先をこちらへと向け、伸び上がり、屹立し、かしゃりかしゃりと擦れ合い、猛っていた。


 次の瞬間、圧倒的高所という位置エネルギーを全て破壊力へと変換し、赤黒くおぞましき触手が一斉に加速をつけて降下する。

 ひうんひうん・・・・・・、と高速で移動する触手が空気を引き裂く音。

 その全てが恐るべき勢いで魔術師たちの屈強な体を貫き通さんと迫り視界全てを覆い尽くす様は、大軍による投槍の雨を思わせた。

 息を呑む間も無く触手が地へと突き刺さり、爆音をあげ、土埃を巻き上げ、間断なく降り注ぐ。その一撃は誰の目にも明らかなほどの、魔術師の肉体を貫きうるだけの質量と速度を伴っていた。

 ソレが五百、対するこちらは僅か十数人。物量という圧倒的な脅威を前に魔術師たちは僅かに萎縮し、しかしそれを撃ち壊すかの如く雄叫びをあげ、拳を握った。


 ──これより、魔術師と神の眷属の戦いが始まる。









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