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23 特殊個体





(…………ッ!?)


 ハイガは一瞬、己の腕が負荷に耐え切れず、砕け散った音なのだと考えた。

 ……が、違ったらしい。目の前には真っ二つに割れたテーブルがあり、急激な負荷の増大に耐え切れず、砕け散った音だったのだ。


 確かめてみると、右腕はズキズキと痛む。しかし──まぎれもない、成功であった。


 気がつけば、部屋中が歓声に包まれている。

 バンバンと背中を咳き込むほどに叩かれ、興奮した声で口々に賞賛の声がかけられる。

 テーブルが割れてしまったことで腕相撲の勝敗こそつかなかったが、十分、力を示すに足る戦いだったと認められたのだ。


 強引に握手を求められ、とっさに握り返す。

 握りしめた右手は痛んだが、回りきっているアドレナリンのせいかさほどでもない。その手の主は先ほどまで戦いを繰り広げていた男、シモンズであった。


「……認めざるを得まい。小僧……ではないな。ハイガ、お前は力を示した。力持つものを貶めることはない。戦士に賞賛を! ……誰にも文句は言わせない、いいな!」


 その宣言に歓声はさらに大きくなる。


「ハイガさん、大丈夫ですか!?」

「……右手、どうしたの?」


 二人の少女の声はそんな喧騒とは裏腹に心配げだ。

 知覚に関しては二人とも並みの魔術師を上回る能力を備えているし、特にヒノキについては、洞察力だけを頼りに迷宮を探索してきたような人間である。

 無意識にかばっている右手のことに気づかれたようだった。


「……ちょっと思いつきのままに魔術を発動させてみただけだ。最悪、回復薬ポーションを使うから心配しなくていい」


 その言葉に胸をなでおろした少女たちであったが、実のところハイガはここに至って、回復薬というものにある種の危険性を見出していた。

 飲むだけで効果が現れるという非常に手軽、かつ効果の高い回復薬ではあるが、だからこそデメリットが存在する、というのもまた道理だ。


 例えば、だが。

 つい今しがたの腕相撲の最中に得た発想からすれば、回復薬の濫用は、やもすれば肉体の魔術師化を促進させうるのである。

 常日頃からの身体強化に合わせてそれに最適の形で進化を遂げる魔術師の肉体と、肉体定義を曖昧にすることで最良の状態への回帰を成す回復薬。

 確証はないものの、組み合わされば強烈な効果を引き起こすのではないか、というハイガの推測は決して的外れなものではない。


 ……実際のところ、ハイガにとって肉体の魔術師化は、別にデメリットとはならない。むしろ、身体強化の効果がより高くなるという点で利益をもたらす。

 が、ハイガはなんか嫌であった。心情的に。

 自分自身が筋肉モリモリマッチョマンの変態になってしまうという想像は、本能的な拒否感をハイガにもたらしたのである。


 とはいえ、ハイガは魔術師であるため自己観測能力が通常の人間よりもはるかに高い。

 身体強化の影響を意識的に押さえようと思えば、おそらく肉体の魔術師化は停止する。

 対応策がある以上、濫用さえしなければ回復薬は非常に便利な魔道具マギクラフトとして機能するだろう。


 しかし。


(これでますます、竜血薬ドラグ・エーテルは気軽に使えないな……)


 ハイガは僅かにため息を漏らす。

 回復薬というレベルを超越した身体変化をもたらしうる秘薬中の秘薬、竜血薬。

 ……言うまでもなく、むやみに使えばあっという間に肉体が魔術師化する。

 とはいえ、別に問題があるわけでもないのだ。最高質回復薬エリクシール級の回復薬をハイガはすでに十分に製作・保持しているために、余程のことでなければそもそも竜血薬など使用する機会がない。


 だからハイガが何を残念に思っているのかと言えば、ただ単純に──


(欲しいな、実験サンプル……)


 せっかく製造したものの使い道がないことに対する、ただの愚痴であった。







「遅くなったが……ミーティングを始める」


 どうなっているのか、なぜハイガの細腕であれほどの力が出せるのかといった質問を愛想笑いでごまかしていると、パンパンと手を鳴らし、シモンズが注目を集めた。


「いろいろハイガには聞きたいことがあるだろう……俺もそうだ。が、後にしろ。今日の集会の本目的が特殊個体討伐の打ち合わせだと理解しているな?」


 不承不承ながらも了解の声が上がり、とりあえずハイガは解放される。

 その様子を確かめ、シモンズは声を張り上げた。


「よし、いいだろう……まずは特殊個体ユニークの詳細情報からだ」


 ゴソゴソと紙束を取り出し、それに目を通しながら説明する。


「特殊個体としての認定は一週間前に出されている。もっとも目撃情報などの洗い出しから、出現は二週間ほど前と考えるのが妥当なところだろう。認定項目は殺傷能力の高さと耐久性。単純に個体として飛び抜けている、と考えていい。……いつかのスライム大量増殖のような群体系クエストじゃないから安心しろ」


 その声に複数の安堵の息が漏れ、紙面に目を滑らせながらシモンズは続話を続ける。


「出現場所は第四階層のフィルデリア渓谷周辺だが……かなり行動範囲は広い。ベリドリ森林の辺りでも目撃情報がある。だからそうだな、長丁場のクエストになることを覚悟しろ。各自装備については、長期間迷宮に潜ることを想定すること」


(フィルデリア渓谷?)


 と、そこでふと、ハイガは疑問を抱いた。

 ハイガたちはこの一週間、ほとんど第四階層に籠りきりで探索を続けていた。

 ランクアップの条件を満たすために、当然、フィルデリア渓谷にもかなり近づいた覚えがある。


 しかし、【探索地図マップ】には特に反応もなかった。

 特殊個体ユニークがその辺りを徘徊しているのならば、出くわすか、せめて感知に引っかかっていてもおかしくなかろうというものである。


(……それで、感知できないということがあるか?)


 結論を先に言えば、ある。

 ハイガの探索地図マップの探査範囲は人間の視野をはるかに凌駕するが、それでも迷宮階層の広さと比べれば微々たるものだ。

 たまたま遭遇しなかった、というのはおおいにあり得ることだろう。


 だが……と、なんとなく胸中に感じる不穏。

 それをとりあえず無視して、続きを聞く。


「外見は……形容しがたい、とある」


 なんだそれは、と各々が思うが、口には出さない。

 読み上げているシモンズ自身が思っていないはずがないのだから。


「報告にある特徴だけ挙げると、『触手』『めっちゃ触手長い』『やべえ触手多い』『つーか触手しかねえ』『触手、ひたすら触手』『なんなん? 触手ってなんなん?』『触手触手触手触手触手触手……ほげぁ』──形容しがたいと言うよりも、そもそも触手以外が目撃されていない。非常に高密度の触手が核らしき部分を取り巻いていて、本体形状すら不明。……ここまでの正体不明アンノウンというのも珍しい」


 と、そこまで言った後、シモンズは僅かに顔を顰めた。


「……警戒すべきは、間違いなく触手。……というよりも、それ以外判明していない。中級探索者を鎧ごと触手で貫通したという報告もあり、各自十分に警戒すること。……それと、これまでに類を見ない魔獣ということでできる限りの生け捕りが求められている」


 苦々しげなその言葉に、探索者たちの間には不満の声が漏れた。

 なるほど、無数、長大、かつ殺傷能力の高い触手。それだけでもかなりの厄介。

 それだけならば、まだ良いのだ。が……殺さないように気を配る。これがかなりの難物だ。

 そんなことをしてこちらが死んでは、本末転倒といったレベルではない。


 シモンズはその不満の声を遮るように声を張り上げた。


「無論、特殊個体が死んだからといって咎めはない。頭の片隅に置いておいておくだけでいい……いいな?」


 シモンズにとっても本意ではないのだ。それを理解する探索者たちは皆、頷いた。


「行動パターンについては、詳しくは不明だ。……確固たる目的は存在しないと思われ、かなり気まぐれに行動する。が、触手で捉えた獲物を弄ぶという情報もあるため……狡猾さには注意を払う必要がある」

「……ちょっといいか?」

「なんだ、ハイガ」

「弄ぶというのは……具体的には?」

「? ……四肢を引きちぎる、などそういった方面だと思うが。他にあるのか」

「いや、いい。気にしないでくれ」


 触手。弄ぶ。

 そのワードに、何かそうしなければならないという奇妙な使命感に駆られて質問をしたハイガ。

 話を遮って申し訳ない、とばかりにジェスチャーするその姿に困惑の視線が集まったが、すぐに興味は逸れたようであった。


「他にも細々した行動パターンは分析してあるが、口で言っても仕方がない。潜ってからおいおい打ち合わせていくことになる。……と、基本的な情報は以上だ。各自、確認しておけ。それで、役割分担についてだが……」


 ちらり、とシモンズがハイガたちに目を向ける。


「ハイガ、お前たちの戦闘スタイルはどうなっている? ……いや、はっきり言わせてもらおう。ハイガの力は理解したがその二人……あー」

「カルーアとヒノキだ」

「カルーアとヒノキは戦えるのか? ……荷物になるようなら、参加は認められない」


 二人の外見は華奢な少女であり、まだしも筋肉質ではあるハイガとは違い、そもそも魔術師にすら見えない。

 シモンズが疑問を抱くのも無理からぬことである。


「分野にもよるが、二人とも俺を上回る。その心配はないと考えてくれていい」

「……信用しよう」


 力を証明したハイガが保証するのである。

 シモンズは若干の懸念を持ちながらも頷いた。


「戦闘スタイルとしては……俺は前衛、カルは遊撃、ヒノキは後衛だな」

「前衛、遊撃はいいとして……後衛?」


 基本的に、探索者のパーティーに後衛という概念は存在しない。

 多少余裕のあるパーティーは斥候や荷物運びといった特化した役割を入れることもあるが、基本は全員が前衛である。

 もはや前後に区別がないために前衛と呼ぶのかすら怪しかったが。


「ヒノキは弓手だ」

「……弓? いやしかし、弓など魔獣には……」

「大丈夫だ、問題ない。……直接戦闘も緊急時にはだがこなせるし、飛行系の魔獣に対する優位性は保証する」


 ハイガのその言葉に、シモンズはふむ、と頷いた。

 確かに、飛行系の魔獣は鬱陶しいことこの上ない。魔術師の攻撃可能範囲は腕の届く範囲に限るため、上空に位置どる魔獣というのは手を出しづらく、狩りづらいのだ。

 なれば確かに、それ専用で人員を割くのも悪くはない。

 そもそもハイガたちが加わったことで、戦力的には過剰といっていいはずなのだから。


 ……実のところ空中戦に関しては、空を駆けるという規格外の少女もいる。が、ここは黙っておくハイガだった。


「……まあ、いいだろう。ならば、基本的には剛爆戦士団からの俺を含む三人が前方を警戒、後方の警戒は女傑の軍団アマゾネス・レギオンの三人、側方をソロの二人と迷宮の庭守のガルド、ハイガたちには遊撃を頼む……いいな?」


 賛同の声があがり、シモンズは満足げに頷く。

 その後、二三の注意点を口にし、質問などを受け付け、シモンズは言い放った。


「では出立は明日、今日はこれから宴だ!」


 その声に続いてどかどかと部屋を出て、酒場を目指す魔術師たち。

 明日から出立なんだから今日は休むべきじゃないのか、という思考を置き去りにハイガも腕を引っ掴まれ、酒場へと連れ込まれるのであった。




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