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22 MMRリターンズ

あけおめェ!(と言いつつも元日の更新をサボったやつ)








「大口を叩くからには、多少の怪我程度でガタガタ言うなよ……いや、『言わせない』と言った方がいいか?」

「もちろん。……そうそう、回復薬ポーションの用意はあるのか?」

「……なんだ、怖気ついたのか」


 こちらを大上段から見下ろし嘲る視線に、ハイガは笑って応えた。


「いや、シモンズ。お前用だ」


 ビキビキィッ!とシモンズの額に血管が浮き出る。

 ここですぐさま襲い掛かって来ないというのは、魔術師としては大変に人物ができていると言える。実力が伴うからこその余裕というものだろう。


『ふぅー……落ち着け。俺は晶拳戦徒クリスタルバウトのシモンズ。高潔な戦いを愛する、晶拳戦徒のシモンズだ……』


 今にも掴みかかりそうなのを自制しているのだろう、独り言を繰り返している。

 呼吸が落ち着き、シモンズはギリギリの理性をうかがわせる声で言った。


「……おい、お前のランクはいくつだ」

「ほんの少し前、ランク4に上がった」

「そうだろう……仮にも俺はランク8、力持つものとして、実戦で叩きのめすというのはあまりにも……待て、ランク4だと?」


 その返答に、シモンズはあっけにとられたような声を出した。


「……そもそもこの討伐隊の最低条件はランク5だぞ。第四階層で脅威となる魔獣を討伐するというのに、適正探索階層が第四階層であるランク4が参加する……馬鹿にしているのか?」

「……言われてみれば本当にその通りだな。だが、文句は上に言ってくれ。俺だって、特命クエストでもなければ参加しない」


 うんざりした声で応えるハイガ。

 本当に、ハイガにとっては厄介ごとでしかないのだ。

 ハイガの返答に、シモンズは毒気を抜かれた様子で聞いた。


「待て。……それならばお前たちは自分を売り込んでこのクエストに参加したのではなく、ランクに見合わないクエストを無理やり押し付けられた、と?」

「そういうことになるな」


 その通り、と頷くハイガの様子に、シモンズは一瞬、難しい顔をし、そして間髪入れずに立ち上がった。


「どこへ行く?」

「……話にならない。どう考えても公正さを欠くクエストだ、これは。最低基準すら満たしていないとなれば俺たちにとっても面倒が増えるだけで、お前らに至っては命の危険が増すだけだ。ギルドマスターに直談判してくる」


 どうやら本当に人間的には尊敬できるのかもしれない、と思ったハイガだったが、ここではシモンズを止めるほかない。


「待て」

「……なんだ? お前らにとっても、悪い話ではあるまい。先ほどからの様子なら、望んでクエストに参加するわけでもないのだろう」

「まあ、その通りなんだが……おそらく、直談判したところで結果は変わりない」

「……俺は少なくとも、剛爆戦士団の団長であり、この討伐隊の隊長だ。それでもギルドマスター耳を貸さないとでも?」

「残念ながらな」


 問いかけるシモンズに、ハイガは言葉を重ねる。


「ギルドマスターはそれを織り込み済みで俺たちをこの討伐隊にねじ込んだからだろう? ……明らかな横紙破り、それを相手が理解していないはずがない。つまりそれは、一切こちらの文句を受け付ける気がない、ということでもある」


 ハイガのその言葉の理を、シモンズは認めた。

 なるほど確かに、ギルドマスターは隊長である自分が不満を抱くことなど当然のこととしてハイガたちに特命クエストを出したに違いない。ならば、こちらの意見を聞く気などそもそもないのだ。……暴論ではあるが、否定のしようがない。


 しかし、シモンズはそうなるとハイガに疑問を投げかけざるをえない。


「ならば、どうするつもりだ。……まさか、『参加したことにしておく』などと」

「……ああ、その手が……いや、別にそんなつもりはない」


 一瞬、『いい手じゃないか』と思ったハイガだっが、シモンズの表情を見て撤回した。

 シモンズにしてみれば、さすがに虚偽の報告をしてまでハイガたちのためになってやる義理もないのだ。


「単純な話だ。今問題であることは結局のところ、『俺たちに実力がない』ことだろう?」

「……その通りだ」

「じゃあ、解決じゃないか……実力を俺たちが示せば文句はない。そうだな?」


(コイツは……)


 シモンズはハイガのその表情を見て、考えを改めた。

 虚勢ではない。驕ってもいない。

 ただ、完全なる自然体。


 僅かな沈黙ののちに、シモンズは了承した。


「いいだろう。……試してやろうじゃないか」


 シモンズのその声に、周囲の魔術師たちがざわめくのがわかった。

 探索者としては非常に公正、かつ穏健として知られるシモンズである。

 ランク8とランク4の力の差……今さら、語るまでもない。

 どのような形式であれ、ほんの少し力の加減を間違えれば殺しかねない。


 が、シモンズにはそんなことにはならないだろうと、奇妙な確信があった。

 何か驚くべきものを見せてくれるかもしれない。

 そんな期待を抱き、シモンズはハイガに条件を出した。







 腕試し。

 実力のほどを確かめるために使われる言葉である。


(……言葉通りとは)


 ハイガは若干、鬱屈した気分で右腕をつく。

 シモンズが提示した条件は非常に単純かつ明快──腕相撲アームレスリングだった。

 『十秒間、シモンズに腕相撲で敗北せずにいること』。それこそが条件である。


 わざわざ迷宮に潜ってまで確かめるのも面倒であるし、それに腕相撲であれば最悪、腕一本で済む。

 おそらくシモンズの配慮が光る提案なのであろうが、正直なところ組手などの方が望ましかった。

 せっかくの機会、どうせなら思い切りランク8の力を体験してみたいというのも、ハイガからしてみれば当然の欲求だったのだ。


(……まあ、目安にはなるか)


 が、まあ決まってしまったものは仕方がない。


 テーブルの上で、ガッチリとシモンズと右手で握り合う。

 直に握ってみるとおそらく、シモンズの右手はハイガの右手の二倍ほどの体積があるだろうか。

 一目で違いの見てとれる、単純なサイズの違い。また、その岩石のごとき硬さに、分厚い掌に刻まれた裂傷痕、そして拳ダコ。全てが尋常ならざる戦歴を思わせる。


 ふと気づけば、周囲からはヒソヒソと『骨折』『一瞬』『ぺしゃんこ』『もぎとる』といった、腕相撲にしてはあまりに不穏なワードが飛び交っている。

 カルーアとヒノキの様子を見れば不安そうだ。

 ……二倍も目方があろうかという男との腕相撲である。ビジュアル的には勝てるイメージなど抱きようもなく、不安に感じない方が難しい。


 ハイガは左手をひらひらと振って二人を安心させ、意識を目の前に集中した。


「……始めッ!」


(…………ッ!)


 合図とともに、ハイガの腕に尋常ならざる圧がかかる。

 その圧は人間、いや生物のものとは思えない。むしろ無慈悲に絶対的出力を発揮する、工作機械でも相手にしているかのような感覚がハイガを襲う。


(……なるほどな)


 僅かの間も持たず、ハイガの右手は台上に打ち据えられる寸前まで来る。

 拍子抜けしたような様子でシモンズがハイガを見据える。

 この程度か、と語るその瞳に、ハイガは僅かに唇の端をつりあげた。


「……本気で相手をさせてもらう」


 無論、ハイガの全力はこの遥か先に存在する。

 第二の脳マギ・サーキットを最大解放。

 【身体強化ドープ】を最大効率化。


 それまでとは一線を画した尋常ならざる出力がハイガの肉体に宿り、有無を言わせずシモンズの右手を押し返す。


「おっ……おおっ…………!?」


 みるみるうちに押し返される己の拳にシモンズは目を見開き、侮りを捨て最大限に力を込めた。

 両者ともに腕にかかる負荷に顔が歪み、余裕はない。

 テーブルは視界に露わなほどにたわみ、ミシミシと不吉な音をあげる。

 そして組み合った右手と右手は頂点を二、三往復し、ついに頂点でピタリと停止した。


「小僧、いやお前は……なんだ!?」

「ただの、魔術師だ……!」


 ギリギリと歯を食いしばる音が響き渡るような錯覚すらする、純粋な力と力の交差。

 拮抗する拳と拳に、その場の皆が固唾を呑んで注目していた。

 ますますその上腕筋を隆起させ全ての力を振り絞るシモンズ。

 ハイガもまた奥歯を噛み締めながらそれに対抗し、内心で驚きを隠せずにいた。


(完全に押し勝てるはず……だが! そうはならない!)


 肉体の元スペックの差こそあれ、そもそも身体強化魔術としての完成度がシモンズとハイガとでは違いすぎる。

 不完全な三次元魔術陣と完全なる無次元魔術陣イマジナリ・スペル

 その差は肉体のスペック程度では埋められなどしない、とハイガは考えていた。

 実のところ、純粋な力と力の勝負ではガーレフにすら勝てるというのがハイガの自己評価だったのだ。

 しかしどうだ、現実は異なる。

 勝てるはずの勝負は拮抗し、むしろ一瞬気を緩めればハイガの手は恐ろしい勢いでテーブルに叩きつけられることとなるだろう。


 当初に定められた十秒間など既に過ぎ去っている。

 たかが腕相撲の勝負、しかしそこに注ぎ込まれている力の莫大さに誰もが目を奪われ、中断できずにいるのだ。


(……要因は何だ?)


 ハイガの思考が高速回転し、答えを探し求める。


(魔術……魔術師……肉体……)


 これまでにない観点からの新たな発想。

 想定外の事態ゆえに、そこから得られる新たな認識。

 既知と未知の境界線を探り、極限まで感覚を研ぎ澄ませる。


(脳……魔術陣……身体……強化………………ッ!)


 ──瞬間、ハイガに天啓が走った。


(……身体強化魔術に対応し、肉体が進化・・しているのか!?)


 魔術による強化に留まらない、肉体の魔術への適応。

 つまり、肉体そのものの・・・・・・・魔術師化・・・・


 突飛な発想ではある。が、決して考えられないことではない。

 身体強化魔術においてはその性質上、肉体そのものが一種の魔術兵装と化す。

 高位現実ハイアーリアリティからの書き換えにより、肉体そのものが魔術の隷属化に置かれるのだ。


 故にこそ、現実の肉体が繰り返される身体強化魔術による肉体の再構成に適応し、それに最適の発展をしたという可能性は……


(ありえないことでは、ない……!)


 直感的、瞬間的な発想。しかしハイガには、これこそが正解であると理解できていた。


(……いくつか解消される疑問もある)


 そう、それは例えば、この世界の魔術師に関する最も大きな疑問をも解決しうる。

 つまり。


 ──なぜ魔術師は皆、筋肉ダルマと化すのか?


 これまでのハイガの見解では、彼らの肉体は魔術師ゆえの肉体の酷使による筋繊維の肥大により創られている、という認識であった。

 が、この考えに従えばそうではない。

 彼らの筋肉に覆われた姿、それこそは身体強化魔術に適応した新たな人間種──『魔術師』としての肉体である、ということに過ぎなかったのだ。


(……つまり、カルとヒノキは『変種』ということか?)


 また、なぜカルーアとヒノキだけが華奢な体格なのか……この部分にも説明がつく。


 おそらくカルーアもヒノキも、本来であれば筋肉モリモリマッチョウーメンになるはずだったのだ。

 しかし魔術師として活動し始めた年齢があまりにも早く、本来の魔術師的肉体を獲得するためには肉体があまりに未成熟だった。

 そのため、骨格が小さく軽い肉体を強みとするため、筋肉の発達よりも速度に重点を置いた進化──つまり、華奢な肉体を獲得するに至ったというわけだ。


 では何故、似たような境遇の人間は多くはなくともそれなりに存在するにも関わらず、細身の魔術師はほとんど見られないのか?

 ……これに関しては、ただの一言で言い表わせる。


 死んだのだ。

 いくら速度に特化したとて、肉体の脆弱さというのはそれだけで弱点となる。

 フェールの地で実力ある魔術師達に見守られ育ったカルーア、主観時間軸操作能力を持つヒノキ……このような境遇や実力に恵まれていなければ、ただ速度に特化しただけの魔術師に生き残る道などない。


 結果として華奢な魔術師という存在は非常に希少とならざるを得ず、一般に見られるのは肉体が成熟した頃に魔術師としてその腕を振るいだした魔術師……筋肉モリモリマッチョマンの変態だけとなるのだ。


 そういえば、最近自分もなにやら筋肉質になってきた、とハイガは思い出した。

 探索者として肉体を酷使しているからだと考えていたが……もしや、それもまた肉体の魔術師化の影響なのかもしれなかった。


(……稚拙な魔術陣とはいえ、肉体がそもそも魔術に適応している。だからこそ俺に匹敵するする出力が発揮できる……ということか!)


 シモンズの魔術陣は魔術陣としては完成度が高くはないが、しかし肉体がその魔術陣を最大限に生かす構造を取っているため、乗算的に出力が跳ね上がる。

 対してハイガは魔術陣としての質こそ飛び抜けていようとも、肉体の魔術への適応度は小さい。故に拮抗する……というのがこの状況へと繋がっているのだろう。


 新たな見地を得たハイガは、決意した。


(ならばもう一段階……上を!)


 いかにハイガとはいえ、今すぐに肉体を身体強化に適応した形に進化させるなどということはできない。

 長い年月をかけ、魔術に適応したからこそ意味があるのであり、場当たり的に肉体を操作しても意味はないだろう。


 しかし。

 なればこそ・・・・・違った方法で無理矢理求める結果を実現させるのが、魔術師という生き物なのである。

 新しく手に入れた知識にインスピレーションを刺激され、ハイガは未だ見ぬ可能性に手をかけていた。


第二の脳マギ・サーキットによる身体強化魔術の展開……に! ……加え!)


 もはやハイガのテンションはマックスだ。

 弊害があるかもしれない、などということはつゆも考えない。


俺自身が・・・・! さらに・・・! 身体強化魔術を展開・・・・・・・・・!)


 ハイガ自身が身体強化魔術を使用することの弊害。

 それは、『複雑な運動を伴いながらの行使が不可能である』という点だった。


 が、今はどうだろうか。

 ただ腕一本に集中し、余計なことなど考えなくていい。

 そのあまりにも単純な、今この状況であれば──


 ──それは、決して不可能ではなかった。


二重詠唱デュアル・スペル……!)


 瞬間、跳ね上がった出力にハイガの右手がミシミシと音をたて──

 轟音が部屋に響き渡った。




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