21 晶拳戦徒
「第三集会室……ここだな」
二日後、ハイガ達三人は指定された探索ギルド内のある一室を訪れていた。
一応、特命クエストの内容としては『特殊個体の討伐』と聞かされてはいる。
が、それ以上の情報はなく、事前に討伐隊が集まってミーティングするという話だった。
「……」
扉に手を駆けるハイガの顔は苦い。
この特命クエストにそもそもいい感情をもっていないということももちろんだが、正直なことを言えば、他の探索者たちとチームを組むということ自体、ハイガたちにとってはあまり好ましくないのである。
というのも、ハイガたちの戦い方は基本的に、奇襲と一撃での殲滅に偏っている。
これは【探索地図】という魔術を有することにより可能となる戦法だが、複数チームでの合同となるとこの戦法は機能しづらくなる。
なにせ、指示を出すのがハイガであり、そして皆がその判断を信頼することが第一条件として必要となる戦法である。即席チームでは不可能に近い。
……まあ、別に活躍したいわけではないのでそれはそれで構わないのだが。それでも、この寄り道めいたクエストを厭う気分があるのは確かであった。
「ハイガさん、入りましょう」
「そうだよ、おにーさん」
嘆息とともに、とびらへと手をかけたまま入ろうとしないハイガを、少女たちが急かす。
「……案外、やる気だな」
「今さらやめる、というわけにもいきませんから」
「なら、さっさと終わらせて探索に戻った方がお得でしょ?」
その前向きな少女たちの言葉に、ハイガも僅かに気分を上向かせた。
(……。……まあ、視点を変えてみるか)
考えてみればハイガは意外と、魔術師の戦いを観察した機会が少ない。
ガーレフと実地検分に出かけた時にはガーレフの実力が逸脱しすぎていたため、そもそも戦いといった雰囲気でもなかった。
しかし今回、『特殊個体』。
わざわざ討伐隊を組むというのだから、それなりの脅威であるはずなのだ。
(『一般的な魔術師の戦いを観察するいい機会だ』……そう思っておこう)
気分を入れ替えたハイガは、扉をあけ放った。
途端、その中にいる人物たちから視線が突き刺さる。
例えば、そう。中央に陣取っている筋肉。
他には、皮鎧を着た筋肉。
さらには、メリケンサックを装着した筋肉。
壁にもたれ、『ほう……』とか意味もなく呟く筋肉。
舌なめずりしながら、『ククク……やってきたな』と何の因縁もないのに言う筋肉。
それ以外にも、筋肉や筋肉、ついでに言えば筋肉が豊富に存在した。
思わず扉を閉めようとした己の腕を、意思の力で止めたハイガは称賛に値するだろう。
目の前に展開する濃厚な筋肉空間に後退りしそうになりながらも、気分を奮い立たせて中に入っていく。
(ほら、魔術師たちだぞ……観察対象の……たぶん……やったー……)
必死にテンションを上げようとするのだが、どうしたことか上がらない。
この筋肉たちの中で何日か行動するのだと考えると、なにか眩暈がした。
一応、フェールである程度の耐性をつけていたはずなのだが。
しばらく少女二人と暮らしていたために、急に現れた筋肉帯に中てられたらしい。
リーダーらしき中央の人物に歩み寄り、声をかける。
「特命クエストを受けに来た。ここで合っているか?」
探索者間であり、特に上下関係もないので普通に話しかける。
というよりも、魔術師という人種の常として、『意地は張って当たり前、舐められたら殴り返せ』が基本方針である。
フェールではギルド職員であったから特に気にせずとも良かったが、現在のハイガは探索者であり、第一印象で舐められるよりはまだしも、謙虚さを捨てて横柄な態度をとった方がよいという逆転現象が発生するのである。
「……お前がハイガ・ミッツヤードか?」
「ああ。そして、こっちが仲間のカルーア・アレキサンドライトとヒノキだ」
ハイガの紹介の声に、カルーアとヒノキは軽く会釈する。
が、男はその挨拶に嘲笑をもって応えた。
「……冗談だろう。わざわざギルドマスターからの推薦と聞いていたが……とんだお子様だ。筋肉の足りない小僧に、乳飲み子と変わらない小娘ども……悪いことは言わない、辞退しろ。ガキの相手をしているほど我々は暇ではないんだ」
なあ、そうだろうと男が声をかけると、部屋内の十人ほどの探索者から、いずれも賛同の声が挙がる。
「辞退できればそれはそれでいいんだが……辞退できないから特命クエストなんだろう」
ため息をつきながら応えるハイガ。
(……こうなって当然だよなあ)
ハイガにしてみても、こういった反応がかえってくることは目に見えていた。
というよりも目の前の男の反応は、探索者としては紳士的ですらある。
薄笑いを浮かべ馬鹿にこそしているものの、実力が足りないと見なす相手にかける言葉としては非の打ち所がない。
ハイガのその言葉に、男は大仰に肩を竦める。
「なに、いくらでも方法はある。……例えば、そうだな。『出立前にやむを得ない負傷を負ったから』というのはどうだ?」
空気がわずかに剣呑さを増す。
が、ハイガはそれを受け流すように応えた。
「回復薬があるのに負傷も何もあったものか……ところで、アンタは誰だ? まだ、聞いていないんだが」
「……胆力はあるようだな。退かなかったことを褒めてやろう。……いや、退くことすらできなかったのか?」
「おしゃべりに付き合う暇はないんだ。それで? あんたは?」
目の前の男から感じる圧はなかなかのものではあったが、ハイガにしてみれば臆するほどではない。
ガーレフほどの力を持つわけではなく、竜ほどの巨体を持つわけでもない。
軽く受け流せない方がおかしいというものだ。
そのハイガの様子に、男は静かに笑って応えた。
「……いい度胸をしている、いいだろう。……俺の名はシモンズ。聞いたことくらいはあるだろうな」
ハイガは首を捻った。
他の魔術師の情報など気にも留めていなかったので、聞いたことなどないのだ。
が、ここまで堂々と言うからには著名な人物なのだろう。恥をかかせるのは本意ではなかった。
……その考慮の果てに取ったハイガの行動が『相談』である。
「カル、ヒノキ……お前ら分かる?」
その行動自体がどことなく反感を集めているような気がしないでもなかったが、ハイガはやめるわけにはいかなかった。
相手としても、さすがに面と向かって『え? 誰? ……ちょっと待って、ホントに誰?』
などと聞き返されるよりはマシであろう。
そうした配慮のこもった行動なのだが……どうも、そうとは受け取られていないようである。
先ほどから、ピリピリと室内の空気が険を増しているのだ。
「い、いえ……さっぱり……」
カルーアのその返事に、更に剣呑さが増していくのがわかる。
よくよく観察すれば、シモンズの頬がわずかにヒクついているのが見て取れた。
が、これは仕方ないことと言えよう。二人一緒に行動しているのに、ハイガが知らないことをカルーアが知っているわけがない。
しかし幸いなことに、その剣呑な空気はもう一人の少女の驚きの声ともに打ち払われた。
「え!? おにーさんたち知らないの? ……『シモンズ』って言えばたぶん、『剛爆戦士団』の団長、『晶拳戦徒』のシモンズでしょ?」
その返事に、場の空気が弛緩する。
「……そう、俺が『晶拳戦徒』のシモンズだ。……いいか、ランク8の探索者、『晶拳戦徒』のシモンズだ。……いいな?」
どことなく傷ついた様子で念を押すシモンズ。どうやら、見た目のゴツさや態度の大きさと比して、心は繊細なようである。
「……ヒノキ」
「なに、おにーさん」
「『晶拳戦徒』って……なんだ?」
しかし、こらえることのできなかったハイガの質問に、またもや緊張が走る。
が、これについてハイガを責めるのは酷というものだろう。
なまじ、この世界に飛ばされたときに身に着けた非常に高いレベルにある言語能力によって、なんとなく意味するところが分かってしまう。それゆえ、なぜそんな痛々しいセンスの二つ名を名乗ってしまうのかよくわからない。
『魔術を研究している』という反骨精神あふれるプロフィールのわりに、ハイガは中二心というものに対する理解が甚だ薄かったのである。
「えっ!? なにって、それは……なんだろ」
答えられないヒノキ。
ヒノキもまた、知っているというだけで理解があるというわけではないのだ。
奔る困惑の視線。それは、シモンズへと向かっていた。
耳をすませると、どこからともなく『そういえば……意味が分からないな』『シモンズさんが自分で名乗っているんだろう?』『フ……俺たちには想像もつかない理由があるのだろうさ』などとひそひそ声が聞こえる。
注目に耐え切れなかったのか、シモンズは重々しく口を開いた。
「……格好いいからだ」
「は?」
思わず漏れたハイガの疑問符に、シモンズは繰り返した。
「恰好いいからだ……文句あるか?」
「無いです」
思わず丁寧語になってしまう凄み。そう形容するほかない空気を、シモンズは纏っていた。
豪快に咳ばらいをして、シモンズが言葉を続ける。
「俺の名前はこの際どうでも……よくないな。俺は『晶拳戦徒』のシモンズだ。覚えておけ。……それはともかくとして、だ。実力のない探索者を加えるわけにはいかない。……俺がこの討伐隊のリーダーを務めることになる。その俺が言う以上、これは絶対だ。足手まといは邪魔でしかない」
(……)
僅かな黙考ののち、ハイガは口を開いた。
「……『足手まといは邪魔でしかない』か……同感だな」
「……なに?」
そのハイガの言葉に、聞き返すシモンズ。
ハイガは臆せず言い切った。
「アンタは足手まといにならないだろうな、『晶拳戦徒』のシモンズ」
その言葉を理解したシモンズの表情に、朱が差す。
「……ほう? お前は、この俺が、仮にもランク8の俺が、足を引っ張るとでも?」
「そう思いたくはないが……どうかな?」
あからさまな挑発。
周囲は言葉を失い、声を発することができない。
ひ弱そうなこの男がランク8、つまりこの都市においてもほぼ最高レベルの実力を持つ探索者であるシモンズを、挑発している。……彼らの感性からすれば、ありえないことだった。
魔術師の原理は単純な『力こそすべて』であり、それが故、己よりも明確に力が勝る相手には従うのが普通なのだ。
しかしこの目の前の貧弱な男は、退きもせず、あまつさえ挑発している。
確かに、タメ口で話しかけるくらいならば魔術師としてそう外れた思考ではない。
初対面ならばなおさらだ。
しかしだからといって……わざわざランク8とまで名乗った相手に対して、ここまで露骨な挑発に及ぶというのは明らかなやりすぎであった。
他方、ハイガにも思惑はある。
(……辞退できるのならたしかにそれが最善手だが……さすがに、ギルドマスターから直での特命にそれはできない。ならば、目標は『厄介ごとに関わらないこと』……そのためには──『力を示すこと』が必要だ)
矛盾するようだが、しかしこれは成立しうる。
例えば、押し問答の末、とりあえずついていくという形になったとする。
そして討伐目標の特殊個体に出会ったとき……仮に特殊個体が予想を超えて強靭だった場合、ハイガたちが足止めとして捨て駒にされるという可能性はどれほどだろうか。
……決して、小さくない。
なるほど、確かに実際にそういった火急の、他にどうしようもない事態となれば、ハイガは迷わず自分から打って出ることだろう。が、それとこれとは別なのだ。
避けられる事態を避けようともしないのはただの怠慢でしかない。
気分の問題と言ってはそれまでだが、討伐を買って出ることと捨て駒にされることには天と地と言って良いほどに違いがあるのだから。
そしてこの場合、事態を避ける方法は簡単である……ただ、力を見せればいい。
『軽く扱うことのできない程度の力を持っている』ことを示すことができれば、とりあえずはそれにふさわしく扱われる。
何せ、目の前のこのシモンズという男が、他ならぬ『力』を誇りとしているのだから。
シモンズ自身が、それを肯定するほかないだろう。
幸いにも、回復薬という便利なものがある。
何らかの怪我が生じたとしても大した問題にならない、というのも大きな理由だ。
──と、ここまでが建前。
無論──
(まあ、ランク8探索者の実力を見たいというのもあるがな……!)
──これこそが、間違いなく存在する本心であった。
最初は気乗りしていなかろうとなんだろうと、いざチャンスがあれば迷わず進む。
まこと、魔術師としての救えない性だった。
メリクリ!
次回の更新は年明けとなります。
あ、あとそれと昨日、別の小説を完結しましたので、お暇でしたらどうぞ。




