20 マジシャンズ・マッド
「どうしましょうか、ハイガさん」
「……あんまり、気が乗らないんだがな」
新装備にも慣れ、順調に第四階層の攻略を進めていたハイガたち。
ランク3になった時点で、一日でランクアップするなどという蛮行はこれから先では通用しないと悟り、(ハイガ的には)ゆっくりと攻略を進めていたため、このランク4に到達するためには第四階層に一週間以上、まるまる潜ることとなってしまった。
この期間、戦闘能力のほかにもいわゆる探索者のイロハというものをヒノキから教えてもらい、戦闘能力だけではなく探索者としても大きくレベルアップし、ハイガはなかなかの満足を抱いていた。
だからこそランク4に到達した記念に今夜は酒場に繰り出し、レッツパーリィナイッ!する予定だったのだが……ランクアップ報告したと同時になにやら特命クエストと言うものを押し付けられ、ハイガとカルーアとヒノキの三人は騒がしい夜ではなく、寂れた酒場での、もやっとした夜を過ごすことと相成ったのである。
「でも、おにーさん。たぶんこの特命クエストってヤツ、断れないと思うよ」
「どういうレベルで? ……泣いて嫌がっても駄目か?」
果汁と砂糖を混ぜて甘くした水で喉を潤してご満悦の様子だったヒノキは、ちょっと引きながら言う。
「さすがに泣いて嫌がるおにーさんって見たくないんだけど。確か特命クエストってギルドマスター権限で出されるから、断れば干されるとかなんとか……」
「いや、その場合ヒノキとカルに泣いて嫌がってもらう予定なんだが……そうか。探索ギルドマスターは要するに、迷宮に関しての最高権力者みたいなものだからな。……さすがに断れないか」
「え? 泣いて嫌がるの、おねーさんとオレなの?」
「それはちょっと……」
「だよねー」
「むしろ、私は泣いて謝るハイガさんって、ちょっと興味があるんですが……」
「ときどき、おねーさんの言ってることがわからない……」
戯れる子猫のように楽しげな二人の少女と対称的に、ハイガの表情はやや曇っている。
(このタイミングで、この『特命クエスト』……いい予感がしない)
無論、このハイガの感じる不穏な雰囲気にもそれなりの理由がある。
まず、初対面でギルドマスターに感じた何とも言えない腹黒狸感も大きな理由であるが……やはり、後日出かけると無くなってしまっていた揚げ練りの屋台が、その大きな要因である。
そもそも、大前提としてこのイーリアという都市は異常なまでに人の出入り……ことに流出に厳しい。ここで生まれたヒノキが出て行くこともできなかった、ということからもわかる。
おそらくそれは迷宮という唯一無二を抱えるこの都市の最高権力者が、関税もなしに物資を取引されたり間諜を招き入れたりといった事態を嫌ってのことなのだろうが……言ってしまえば、『流れの商人』とかいうその警戒対象ドストライクの存在が、なんの後ろ盾もなしにこの都市に入れるわけがないのである。
(後ろ盾がギルドマスターその人でなくとも……情報は水だ。右に左に簡単に流れる)
あの串打ち屋がそういった情報を扱う存在であったと仮定した場合に厄介なのは、ハイガが過去に直接会ってしまっているということだ。……それも、フェール魔術ギルド支部の制服で。
(竜殺しが起こったフェールでギルド職員だった者が、今、このイーリアで探索者である……疑われないわけがない)
当たり前である。そもそも、全く適性の違う職業なのだから。
ただ、だからといって別に竜殺しがハイガであると確定されるわけではない。
結局のところ、推測は事実に迫れても事実そのものにはなり得ないのだ。
(疑われる程度なら構わないが……)
一口グラスの中身を含んで口を湿らせると、ハイガは手を叩いておしゃべりに夢中になっている二人の少女の視線を集め、これからの方針を語り始めた。
「まず、この特命クエストは受ける。……そこに異存はないな?」
少女たちが頷いたため、話を進める。
「方針としては……『特に尽力しない』。活躍するでもなく、お荷物になるでもなく、ただ、過不足なく手を貸した。その程度を目指す」
カルーアは特にその方針に疑問も無かったようだが、ヒノキはやや疑問が残るようだった。
「……なんで、活躍してギルドマスターに恩を売るとかそういう方向性じゃないの? 迷宮の深層を攻略するつもりなんだから、名を売るつもりなんでしょ? だったら、ギルドマスターに恩を売るのってそんなに悪い選択肢じゃないと思うんだけど……」
相変わらず、学問的な方向はともかく実際的な方面に対しては聡い少女である。
ハイガはその意見に頷きつつ、回答した。
「そうだな。……だが、俺たちの『迷宮のさらに深階層に潜る』という目的。正直なことを言えば、これを実現できたなら今売る多少の恩なんて、無いも同然のレベルだと思わないか?」
ここ五十年で解放された階層はたったの一階層だけ……ハイガはそう聞いている。
ならば、仮にハイガたちがさらに何階層も開放したならば、もはやそれだけでとてつもない功績となりうる。それこそ、それまでの功績がゼロであっても百であっても変わりがないほどの。
ヒノキは納得した様子ではあったが、ハイガはさらに一言付け加えた。
「あと、ギルドマスターは俺たちが竜殺しだと疑っている……かもしれない。だから、あまり手の内を晒したくないという思惑もある。まあ、これは俺の個人的な希望だな」
ふーん、と頷いたヒノキ。それはそれで構わないようである。しかし、さらなる疑問が湧いたようでハイガに尋ねてきた。
「……というか気になってたんだけどさ」
「ん、なんだ?」
「なんで、おにーさんたちは竜殺しだってばれたくないの?」
ハイガはその言葉に含まれる意味を正確に理解した。
竜を殺すことと、迷宮の深階層を開放すること。
どちらも比類ない功績であるという点では同一であり、いったいハイガはどういった点でそこに違いを見出しているのか、ヒノキは疑問に思っているのである。
「一応、カルには話してたよな?」
「ええ。……けど、あんまりうまく説明できる自信がないです」
自信なさげなカルーアの様子に頷いて、ハイガは改めて説明することにした。
「まあ、要するにこれは俺の個人的な願望によるものなんだがな。……俺は、魔術結社を創りたいんだ」
「ま、魔術結社?」
「そうだ。……話してなかったかもしれないが、俺の使う魔術というのは、実のところ誰でも使える。だから、俺は魔術を愛する仲間を集めて、更に魔術を研究したい。壮大なことを言えば、この世界の全ての人間が魔術に慣れ親しんで、魔術を研究してくれれば……それは、どれだけ素晴らしいことだろうと思う」
まあ、さすがにそこまでの高望みはしていないが、と言うハイガ。
想像もしていなかった応えに、ヒノキは目を白黒させている。
「ちょ、ちょっと待って。……え? オレでもおにーさんみたいな魔術が使えるの?」
「ああ、使える。だが、ここに問題があってな……魔術を使うまでに、大量の知識を詰め込まなければならないんだ」
「……大量の知識?」
「そうだ。最低限で、各分野で大学院入学レベルの知識……欲を言えば、博士課程修了レベルの知識が欲しい。年数だと……俺のもともといた場所の教育課程ならまあ、十年くらいでいけるか? まあ、俺は小学生の間に片手間でなんとかなったから、人によってはもっと短くなるだろうが」
「……」
ヒノキには具体的なイメージこそ湧かなかったものの、ハイガがとても無茶なことを言っているのだということは分かった。と、同時に浮かぶ疑問。
「十年って、そんなにかかるのに……魔術を研究してくれる人なんて、いるの?」
ヒノキのその邪気のない単純な質問に、ハイガは落ち込んだ。
「そうだ……そのとおり。『魔術』という実に手をかけるまでの時間が、あまりに長すぎる。知識があったとしても、そこからさらに魔術理論を学ばなければならないから、時間はさらにかかるだろうしな」
「じゃ、じゃあどうするの?」
「……まずは、教育機関を創る」
ハイガが顔を上げる。
その瞳にはギラギラと、熱量とも野望とも真摯さともとれる、混沌としか表現のしようがない怪気炎が宿っていた。
「地球レベルの高度な学問を餌に、大量の入学者を呼び集める。そして、更に学ぶ意思がある者を選別して、魔術を教える。さらに教育機関を増やし、育った魔術師を送り込んで、新たな魔術師を増やす。高度な知識の流出によって産業革命も起こし、結果として俺が作った教育機関の周辺には超高度発達域が出来上がり、それもまた人材と金を呼び込む……その、無限ループだ」
「う、うわあ……よくわからないけど、なんとなくトンデモを感じる……」
なんとなくハイガがとんでもないことを言っていると理解するヒノキだが、実際にとんでもないことを言っているのでその理解は間違っていない。
ぶっちゃけた話、ハイガにとっては科学技術や魔術によって世界がどう変わるか、世界にどんな影響を与えるか――そんなことは、至極どうでもいい。
もし仮に超高火力魔術の発達により世界大戦が巻き起こる未来が待っていようと、それを知ったところでハイガは魔術の探究をやめなどしない。
世界はそこに今存在する人間のものであり、未来の人間も過去の人間も端役に過ぎない──あまりに極論ではあるものの、ハイガの感想としては似たようなものである。
後は野となれ山となれ。
伝統も前例も格式もくだらない。
魔術だ。
魔術の前に、全ては些事でしかない。
さらに言えば、ハイガは魔術が自分の業績であるかすら、もはやどうでもよい。
初めは唯一無二の偉業を求めて歩き出した青年の魂は、もはや目的も価値観も逆転し、本来は過程に過ぎなかったはずの魔術そのものに捧げられていた。
だからこそハイガは臆面もなく魔術を研究する仲間を求め、迷いなく己の目的のため世界を改変する。
……ハイガのそこまでの執着まで伝わりはしなかったが、少なくとも、そこに込められた熱量だけは正しく伝わったようであった。
「……よくわかんないけどさ、すごいよ。おにーさんは、きちんとやりたいことがあるんだ」
「問題は生きてるうちに終わるかって話だが……まあ、なんとかなるだろう」
終わったかに見えた話であったが、ヒノキはまだ疑問が解決されていないことを奇跡的に思いだした。
「……アレ、ちょっと待って。結局、なんで竜殺しだってばれたくないの?」
「……? 当たり前だろう。竜殺しというのは、正直なことを言えば実績としては邪魔だ」
「邪魔!?」
またもや反応に困る発言をしたハイガに、ヒノキは驚くしかできない。
「俺が欲しいのは、教育機関を創り、人と金を集め、発展させるために必要な信頼と実績だ。……こう言ってはなんだがな、竜殺しの学校に通うやつがいると思うか?」
「いるんじゃない? だって、竜殺しでしょ?」
「……言い方を変えよう。竜殺しに匹敵する人間がぽんぽん生まれる教育機関の存在を許す為政者が、いったい何人いると思う?」
「……ああ!」
実際にはハイガの竜殺しというのは『思考詠唱』と『第二の脳』という反則的な技法により成し遂げられたことであり、その領域にまでたどり着ける人間など絶無と言ってよい。しかし、重要なのは事実ではなく外見なのである。
結局のところ、『竜殺し』というのは想像の範囲外に過ぎるのだ。
それを魔術では成し遂げられないことなど分かり切っているので、その背後に誰もが真の魔術の存在を幻視する。
竜が一国の軍事力を容易く上回る以上、竜殺しはそれを上回る化物であり、それが仲間や後継者を作ることなど容認されるわけがない。
結果、ハイガの求める多数による魔術開発は頓挫し、不可能となる。
もっとも、ハイガの構想が実現した後には結局、そこで教えられることが何であるのか知られてしまうので、ある程度の混乱は避けられないわけだが……ハイガもそれは割り切っている。
少なくとも、竜殺しであると断定されることで企画の段階からつぶされるよりも、何倍もマシなのだ。
「だから迷宮踏破という名誉と実績を手に入れたい、というわけだ。……知り合いのギルドマスターがこの方法で今の地位を手に入れているからな。少なくとも迫害されたりすることはないし、先達として教育機関を作りたいと言っても、反対されることはないだろう」
フハハハハハ……!的な悪どい笑い方をするハイガ。
ヒノキはそれを見て、ようやくハイガという人物の本質を見た気がした。
要するに、救いがたく自己完結しているのである。
だいたいの場合は善意により行動するし、実際それで多くを救い、その行為を誇らないため、無私の人間に見える。
が、実体はそもそも、誇らしさなど欠片も感じてはいない、名誉にも称賛にも全く価値を見出していないだけというだけに過ぎない。……いや、価値しか見出していないと表現するべきか。
ハイガにとって、名誉とは飾り付けるものではなく消費するものなのである。
本気で、邪魔なら売り払えるトロフィー程度にしか思っていない。
この世界でほとんど最大の名誉に属する、『竜殺し』も『迷宮踏破』も、同じく。
(でも……だからこそおにーさんは……)
名誉も称賛も軽んじているからこそ、馬鹿馬鹿しいほどにハイガは『なにかを救う』ことに長けている。気負いも義務感も責任感すらもなく、ただ心の赴くままに、息をするように救う。
ハイガがなにかを助けるとき、その理由は衝動的な感情だけに絞られるのだ。正義だとか倫理だとか敵の事情だとか、そういったものは一顧だにすらしない。『助ける』という行為に、なんの制約も持たないのだ。
言い換えれば、『助けたいから助けるだけ』を真の意味で体現しているということでもある。
……とそこまで考えて、ヒノキは、その考えを振り払った。
いろいろと考えを並べ立てることはできるが、結局のところ、ヒノキはハイガとカルーアが大好きだった。
だからこそ、考察も詮索もそこには必要ない。
必要なのは、ただ自分が大好きな二人とここにいること、ただそれだけなのだから。
ヒノキは『面倒な話は終わった』とばかりに酒と食物を注文しだした二人に続いて、酒を注文した。寂れていた酒場はやがて、活気と騒々しさの紙一重に包まれた。
つまりは、レッツパーリィナイであった。
お知らせといいますか。
明日から一週間ほど、新作で『幽霊少女は呼吸ができない』という恋愛小説を投稿しますので、その関係でこの小説の更新は一週間ほどお休みさせていただきます。
もし暇でしたら、作者ページのほうから新作のほうも覗いていただけたら幸いです。




