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17 そんな装備で大丈夫か?





 力と富の交差点・迷宮都市イーリア。

 大きな賑わいを見せる大通りを、二人の少女が歩いていた。


「やっぱり、すごく活気がありますね」

「おねーさんは外から来たんだっけ。オレも確かに、初めてスラムから出てこの通りの華やかさを眼にしたときは感動した」


 軽装に紋様の刻まれた杖を携える少女はカルーア。

 メイド服で、周囲から浴びる常とは違う視線に戸惑う少女はヒノキ。


 ハイガの姿は無い。

 ヒノキの装備の考案とカルーアの装備の更新にかかりきりということで、今朝から工房にこもり、外に出ようとしないのだ。

 というわけで、カルーアとヒノキで日用品と、魔道具マギ・クラフトに試してみるといういくつかの材料を買い込みに来ている。


 ところで、つい最近にヒノキが殺されかけたものの、意外なことにイーリアという都市の治安そのものはあまり悪くない。

 確かにスラムやゴロツキの集まる通りといった危険な場所も存在するが、そこに近づかなければ基本的には平和なものだ。


 迷宮の中ではたとえ他の探索者とトラブルになったとしても行政から介入はないが、迷宮の外は経済都市としての性質も持つ。

 第一級の発展を遂げる都市としての立場をアピールするためにも、迷宮の外では治安維持が十分になされているのである。


「でも、やっぱりハイガさんについて来てもらった方が良かったかもしれませんね……」

「あの、なんだっけ……【限解保持ボックス】? やっぱりアレ、便利だよね」


 二人の手には大量の食材と資材。

 そう、カルーアにしてみればいつもハイガと一緒であったために、購入すれば荷物が増えるのだという至極当然な事実を忘れていた。

 ヒノキにしてみれば一度にこんなに金銭を使うのが初めてで、荷物の量に頓着する余裕が無かったとも言える。


 皮材、布材、鉄材、木材……とりあえず試してみたいとハイガが提示した材料は多岐にわたり、量だけではなく重量についても大変なことになっている。

 もっとも、そこは一応二人とも魔術師ということもあり、重大な障害とはなっていなかったが。


「後は、なにか買いたいものでもありますか?」

「いや、そもそもオレ、物は要り用じゃなくて……。これでも買いすぎなくらいじゃないかな?」

「そうですか……ちょっと、甘いものでも食べて休んでいきますか?」

「……ッ!?」


 確かに少し余計なものまで買いすぎて、荷物を増やしてしまったかもしれない、などと考えたカルーアの何気ない一言だったが、そこにヒノキは劇的な反応を見せた。


「ほ、ホントに!? えっと、じゃあ、あの揚げ練りとか砂糖豆とか蜂蜜飴とか……! ……い、いや別に、そんなに興味があるわけじゃないけど」


 途中で我に返ったのだろうか、冷静を取り繕うヒノキ。

 しかし視線は大通りに点在する食べ物の露店をさまよい、時折くぎ付けとなっている。


「ヒノキちゃん……甘いもの、好きなんですか?」


 そのカルーアの声に、ヒノキは恥ずかし気に応える。


「あ、あんまり食べたことないからさ……やっぱり、子供っぽい?」

「いえいえ、女の子ですから。あたりまえですよ」

「……そ、そうだよね。うん、そうだよね」


 どこかなー、どこが一番おいしいかなーという心の声を駄々漏れにしてキラキラした目で屋台を見るヒノキの様子は、年齢相応な幼さを感じさせた。


「ヒノキちゃんが選んでくれませんか? まだ、あんまりここのことをよく知らないので」

「いいの!? ……あっ、でもごめん。オレも、あんまり知らない」


 うなだれるヒノキ。

 この世界においても砂糖というのは一般にも流通しているが、基本的に割高である。

 探索者には高給取りも多いとはいえ、それはいわゆる中級探索者よりも上位の探索者に限ったことでもある。

 ことに装備や情報の入手に多くの金銭をかけるヒノキは基本的に貧しく、実のところ、いわゆる甘味を口にしたことなど数えるほどしかないのだ。


「……それじゃあ、一緒に選びましょうか」


 そう言って笑いかけるカルーアに、ヒノキは顔を輝かせた。


「うんっ!」




「あっ、おねーさんおねーさん! 見てコレ、すごいでっかい蜂蜜飴!」

「おいしそうですねー……それにしますか?」

「んー……いや! もうちょっと見よう!」


 くるくると目まぐるしく表情を変えてはしゃぐヒノキの笑顔に、あえなく売り上げを逃した蜂蜜飴売りも、仕方ないとばかりに肩を竦める。

 苦笑交じりの会釈をして、カルーアはヒノキに追い付く。


「そろそろ決めないと、ハイガさんが待ちくたびれてしまいますよ?」

「うん、わかった……こっちからいい匂いがする!」


 注意をしながらも、カルーアの表情に険はない。

 というかむしろ、このカルーア的に見て妹の少女が知り合ってから始めて見せる無邪気な笑顔に、頬が緩みっぱなしだった。


(なんだか、気を張ってたみたいですし)


 仲間になったとはいえ、やはり当人にとってみれば他人の家である。

 本人にその気はなくとも、どこか無意識に張り詰めている部分があるようだった。


 ハイガもそれには気づいているが一時的なものだと放置しているし、カルーアもそういうものだとわかってはいるが、やはり早く慣れてくれればいいとは思う。

 だから、ヒノキが甘味でこれほどに笑顔になってくれるというのは、カルーアにとっては嬉しい誤算だったのだ。


 ……もっともそのヒノキのはしゃぎようというのは、甘味そのものというよりはむしろ、カルーアと一緒にあれこれ言いながら歩き回るのを楽しんでいるからなのだが。


 とはいえこれは、カルーアにも当てはまる。

 カルーアもまた、ヒノキほどではないが基本的には同年代の友人に乏しい少女である。

 年上の親友とでもなく、恋しい異性とでもなく、新しく仲良くなった年下の少女と屋台をまわるというのは、カルーアにとっても新鮮で、楽しいものだった。


「おねーさん、このお店どう? すごくいい匂いがするんだけど」


 と、そんなことを考えていると、どうやらヒノキがターゲットを絞り込んだようだった。


「確かに香ばしくて、いい匂い……ここにしましょうか」


 屋台の揚げ練り売りである。

 揚げ練りというのは小麦粉らしきものを油で揚げて砂糖で甘く味付けしたものであり、割とよく見る類の菓子だ。


「うんっ! おじさん、オレとおねーさんとおにーさんとで、三つ!」

「はいはいお嬢さん。ちょっと待ってくださいね……おや?」


 揚げ練りの揚がり具合に注意して下を向いていた屋台の店主が、不意にカルーアを見た。


「あ、えっと、こんにちは……もしかして、お会いしたことがありましたか?」


 その健康的に肥った容貌に記憶を刺激されたカルーアが尋ねると、店主は楽しそうに笑って言う。


「いえ、無理もない。フェールで串焼きを売っていただけの流れ商人です。再びお会いできたことが驚きというものでしょうな」

「あっ! もしかして、リューシャー通りで串焼きの屋台を出してた……」

「はっはっは、思い出していただけたようですな。お久しぶりです」


 楽しげに笑う商人。

 せっかく会えたのだから、とばかりに話を続ける。


「ご健勝なようで何よりですな。……ところでこちらには、やはり迷宮目当てで? そちらのお嬢さんは?」

「ええ、そうなんです。えっと、新しく仲間になった、ヒノキちゃんです」

「えっとその、どうも……」


 ぺこりと頭を下げたヒノキは、半分カルーアの後ろに隠れるように立つ。

 初対面の相手には警戒すべしという彼女の中での原則は、いまだに強固であるようだった。


「揚げ練りを三つ、ということは他にもお仲間がいらっしゃるので?」

「ええ。……あの、覚えていませんか? 私と一緒によく露店に訪れていた、ハイガさんです」

「ははあ、なるほど。仲の良さげな似合いのお二人でしたからね。して、探索の方はいかがですか?」

「今のところ順調です。私もハイガさんもだいぶ慣れてきましたし、ヒノキちゃんも新しく仲間になってくれましたから」

「……ほう、そうですか。ふむ……」


 何かを考え込む様子の店主。

 そこに、カルーアがふとした疑問をぶつける。


「あの、どうして串焼き屋ではなく揚げ練り屋を……?」

「……串焼きは全てに通ず。串が打てるということはすなわち、いかなる調理も可能ということなのです。……はい、どうぞ。2100エルになります」

「あ、はい」


 そういうものなのかな、となんとなく納得したカルーアは2100エルを手渡し、湯気をあげる揚げ練りを三つ受け取った。


「ではどうも、ありがとうございました。またごひいきに」


 愛想のいい店主の声を背に、大通りを抜けて家へと急ぐ。

 揚げ練りは非常に美味しかった。







「遅くなりましたー。ハイガさん、お昼ごはん食べましょう」

「た、ただいまー……」


 元気の良いカルーアの声と、途中で照れたように尻すぼみになったヒノキの声。

 二人の少女の声に応えて、ハイガが工房から出てきた。


「ああ、二人ともおかえり。……ずいぶん遅かったな。なにかあったか?」

「ちょっと道草しちゃいまして」

「その、オレが選ぶのに時間かけちゃって……コレ、おにーさんの」


 手渡された、まだ人肌くらいに暖かい揚げ練りに、ハイガが首をかしげる。


「そうか、ありがとな。……ドーナツか?」

「揚げ練りですけど……ドーナツ、ですか?」

「いや、何でもない。……お、うまいなコレ」


 一口含むや感嘆の声をあげたハイガに、少女たちは顔をほころばせた。




「じゃあ、どんなものを作るのかは決まったんですか?」

「ああ、一応は。……とはいっても、実際に作ってみるまでは何とも言えないが」

「あはは……そうですね」


 死にかけた『カドゥケウス』の試作の起動実験を思い出して、思わずカルーアが冷や汗をかく。


 昼食。

 昨晩の残りを適当につつきながら、装備について話し合う。


「なにか要望があったら、カルーアもヒノキも存分に言ってくれ」

「私は今のこのカドゥケウスに何の不満もありませんけど……ヒノキちゃんはどうですか?」

「えっ、オレ?」


 話を振られたヒノキが、困惑したように頭を掻く。


「いや、要望もなにも、武器まで作ってもらうのにそんなこと……」

「妙なことを気にするな。俺はヒノキには、俺の作った武器で大暴れしてもらうつもりでいる。だから、ここで希望を述べてくれた方が結果的には俺たち全員の為になる。……で、なにか要望はあるか?」


 もったいぶったハイガの言い回しに、ヒノキは小さく笑って意見を述べた。


「わかった。えーと……そうだ。あえて言えば、いつでも同じように使えるってこと、かな」

「どういう意味で?」

「オレは短剣を使ってたんだけど、結局それは、手入れさえすればいつだって同じように使えるからなんだよね。やっぱり必要な時に使えない、じゃ武器としては駄目だから。だから、そうだね……うん、壊れにくい武器がいいな」


 その言葉に笑みを浮かべるハイガ。


「ヒノキ……俺の魔術魂をくすぐってくれるじゃないか。つまりそれはアレだな? 武器に不壊属性や自動再生機能を付与しろということだな? ……滾ってきた」


 今にも高笑いしそうなハイガ。

 こそこそとヒノキがカルーアに話しかける。


「ねえ、おねーさん。全然言葉が通じてないっていうか、違う意味にとられてるような……」

「あきらめましょう。ね?」

「うわあ、順応してる……」


 気にせず食事を続けるカルーア。適応力は偉大である。

 昼食を食べ終わり、そのままの勢いで工房にこもろうとしたハイガに、ふとあることを思いだしたカルーアが言葉をかけた。


「あ、そういえばハイガさん」

「ん? どうした?」

「さっきの揚げ練りなんですが……」

「美味かったぞ」

「ええ、確かに香ばしくて外側はサクサク、なのに内側はしっとりとしてて、甘みも砂糖だけじゃなくて小麦の味が感じられてとてもおいしい揚げ練りでした……じゃなくて!」


 早く魔道具マギ・クラフトの製作にかかりたいがために気もそぞろなハイガに、カルーアが内容を告げる。


「あの揚げ練りを売っている屋台、フェールで串焼きを売っていたあのおじさんのお店でしたよ。お元気そうでした」

「へえ、そうだったのか……っ!?」


 不意にハイガがカルーアを振り返る。


「なにか話したか?」

「ええ。ハイガさんについても聞かれたので、一緒に探索者をやっています、と」

「……そうか」


 何かを考えこむハイガ。その様子に不安を覚えたカルーアが、問いかける。


「……もしかして、私、なにかマズいことをしましたか?」

「……いや、特に問題はない。勘違いの可能性が大きいし、もし仮にそうだとしてもソレは確証にはなり得ない上、『疑いを強める』程度ならそれはそれで利用できるかもしれないしな……まあ、遅かれ早かれだ」


 勝手に独り言をまとめたハイガは、カルーアの頭を撫でる。


「……もしかしたらもう、その揚げ練りの店は移転してるかもしれない。……美味い揚げ練りだったから、残念だけどな」

「? どういうことですか?」

「結局のところ、ほとんど予感とかそういうレベルの話だから、気にするほどのことじゃない。……もちろん、それで当たってるのがいつものパターンでもあるのは確かだが」

「??」

「それじゃ、晩御飯の時間になったら呼んでくれ。それまで工房にいるから」


 勝手に言い残したハイガは、すたすたと去ってしまった。

 残されたカルーアはしばらくきょとんとしていたが、適当に気持ちを切り替え、買ってきた日用品をヒノキの部屋に配置するのを手伝うのであった。







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