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15 MMR(Magical Muscle Riron)






「……それで俺が直接、頭を撫でる必要があるんだ。いいか?」

「……いや、おにーさん。悪いけど、全然わからない」

「……そうか」


 頭に疑問符を浮かべたヒノキの返答に、ハイガは思わず肩を落とした。

 ヒノキの質問に答えた後、ハイガはヒノキの魔術特性を調べるために頭を撫でようとしたのだが、普通に抵抗された。

 髪の毛は女性にとってパーソナルスペースなどと言われるが、それはヒノキにとっても例外ではないようだった。


 というかそもそも、いきなり相手の頭を撫でようというのは常軌を逸した行為である。

 仕方のないことと言えよう。

 そこでハイガの用いる魔術について説明し、なぜヒノキの頭を撫でる必要があるのかを説明したのだが……理解されないようだった。


「仕方ないですよ。正直なことを言うと、私だってハイガさんの言うことってよくわからなかったりしますし」

「よくわかってなかったのか……?」

「その……ハイガさんの説明は、基本的に噛み砕く努力を放棄しているというか……」


 ふむ、とハイガは考えを少し改めた。

 もしかすると、できる限り正確を期すための説明を心掛けているせいで、直截さに欠けているのかもしれない。

 その反省に従って、言い直す。


「俺がヒノキの頭を撫でることで、ヒノキが強くなる手助けができる……ヒノキの強みを見つけ出せるかもしれない」

「あ、なんだ。そういうことを言ってたのかおにーさんは」


 納得顔のヒノキ。

 長々と語った【解析アナライズ】魔術のロジックよりも、このたったの一言の方が伝わりやすかったらしい。


(層型魔術陣特性とか無機観測分類方法論とか意味鏡面複写概算とか、面白いと思うんだがな……)


 なんとなく寂しい気分になるハイガではあったが、とりあえずは伝わったということで再び確認を取る。


「まあ、そういうことだ。いいか?」

「もちろん。えっと、どれぐらいの間なの?」

「おおよそだが、二時間ほどかな……」

「了解。じゃあ、すぐに……二時間?」


 ヒノキの動きがはたと止まる。


 ハイガにしてみれば、これでも、随分と短縮したのだ。

 魔術への習熟度の上昇、第二の脳マギ・サーキットの開発による処理能力の向上。

 主にこの二つの要因により、以前には三日かかっていた生体魔術陣解析は、おそらく二時間ほどで完了できるようになっている。


 が、ヒノキにはそうとは思えなかったようで。


「も、もしかしておにーさん、オレを二時間、ずっと撫で続けるつもりなのか……!?」

「そうに決まってるだろう」

「やだよ!」


 少女による全力の拒否。

 存外、それはハイガの心を傷つけた。


「あ、えっと……その、なんていうかさ……は、恥ずかしいだろ?」


 割れかけたハイガのガラスハートを、その言葉がつなぎとめる。

 これで『生理的にムリ』とか言われていたら立ち直れないところだった。


「……気にするな」

「するよ!」

「だいたい、ヒノキはついさっきまで、カルと裸で抱き合ってただろ。」

「そ、それは……そうだけど」


 うなだれ、真っ赤な顔をしたヒノキに、カルーアがフォローを入れる。


「大丈夫ですよヒノキちゃん。基本的に、ハイガさんはしてほしくないことはしませんから」

「……ごめん、おねーさん。その言葉を信じたいんだけど、ほんとごめん。正直、それはただ単に、カルおねーさんがハイガおにーさんにされることなら、どんなことも嫌じゃないってだけのことだと思うんだ……」


 ヒノキの言葉に『そ、そんなことは……ある、かも……?』などと呟いているカルーアはさておき、ハイガにとってはヒノキの魔術特性を把握できないというのは痛手である。


 無論のこと、ヒノキの戦いぶりを何が為さしめているのかというところに多大な興味を持つハイガ自身にとっても痛手である。

 しかしそれ以上にヒノキ自身にとっても、自分自身の才能を理解するということは大きな意義と意味を有する。

 少なくとも魔術師や探索者として生きていく限り、『強さ』というのはずっと付き合っていかなければならない要素なのだから。


「ヒノキ」

「ん?」


 こちらを向いたヒノキに、ハイガは声色を改めて説明した。


「まあ、異性に頭を長時間撫でられるということが気恥ずかしい、ということはわかる」

「おにーさんでも、それは一応わかるんだね……」

「俺を何だと思っている。……俺たちは、迷宮の深層に向かう気でいる。ヒノキは、それについてきてくれる気はあるか?」

「深層……?」

「そうだ。今発見されている最深階層が九階層。俺たちは、そこすらも超えてさらに深く迷宮を探索するつもりでいる」


 これを、そこらの探索者が言ったのならばヒノキは鼻で笑っただけだろう。

 しかし。

 自分を助け、竜を倒し、底知れないこの男が言えば。

 それは誇大妄想なのではなく、しっかりと見据えられている目標なのだと信じることができた。


「……正直、危険だ。ヒノキは、そこで戦えるレベルまでに、強くなりたいか? 別に、そんな危険なことはできないっていうなら、それはそれでいい。が、強くなりたいなら……」


 そう言いながらも、ハイガはこの少女が強くなることを望むことを半ば確信していた。

 そういった意志を持たない人間であれば、周囲から蔑まれてでも持っている能力を最大限に活用して迷宮に潜る、などという選択肢を取るはずがないのだ。


 ヒノキはほんの少し顔をうつむかせ、それから決然とした表情を見せた。


「おにーさん。オレ、強くなりたい。今回のことでも、嫌っていうほどわかった。……強さがなけりゃ、意地も思いも簡単に踏み躙られる。──あんなのは、もう嫌だ」


 ハイガを見据えるヒノキの眼には、堅固な意志が見て取れた。


「ゴメン、どうでもいいことに拘ってたみたいだ。……それで、強くなれるかもしれないんだよね」

「おそらくな」

「わかった。何時間でも撫でまわしてくれ……ください」

「別に丁寧に言おうとしなくてもいい……それじゃ、こっちに来てくれ」


 手招きして、ヒノキを自分の膝の上に誘う。

 ヒノキは多少ぎこちなくはあるものの、素直に指示に従い、ハイガの膝の上に乗った。


 少女特有の高い体温。華奢でありながら柔らかい身体。

 滑らかな、触れればしっとりと吸い付く、浅黒い肌。

 寝起きであるためか僅かに強く感じられる、少女の蒸れた汗の香り。

 鼻先をくすぐる、さらさらと絹糸のような黒髪。


 それは控えめに言っても男心をくすぐりすぎる有様だったが、ハイガはいったんそのことを意識の外に追いやって、ヒノキの様子を観察する。


(緊張はある……が、これはただ、初心な女の子の反応だな……)


 その様子に、ハイガはヒノキに気づかれないよう、ひそかに安堵の息を吐く。


(これなら、おそらくもう少し早く解析を終わらせることができるか)


 まだ硬さの残るヒノキを骨抜きにする前に、ハイガはカルーアに声をかけた。


「カル。ステイ」

「うっ……」


 自分の目の前で、自分ではない少女がハイガの膝の上にいるという状況に奇妙な落ち着かなさを感じていたカルーアは、無意識のうちにハイガたちに近寄っていたその足を停めた。


「な、なんていえばいいんでしょうか……胸の奥が、キュってなります……」

「今晩、いくらでも撫でまわしてやるから。それまでお預け」

「! ……わかりました!」


 胸の内のもどかしさを霧散させたカルーアをよそに、ハイガは鼻唄をうたいながらヒノキのちょうきょ……もとい、リラクゼーションに移るのであった。







 一時間と五十分後。


「……………………しにたい」


 耳の付け根まで真っ赤にして体育すわりするヒノキの姿があった。


 つい一日ほど前に死にかけた人間の言葉とは思えないが、それほどヒノキの心にはある種の傷跡が残ったということのようだ。

 どうやら、ハイガから終了を伝えられてもそのことに気づかず、蕩けた表情でハイガの胸板に顔を擦りつけていた自分を自覚してしまったことが致命傷のようであった。


「よし。解析結果を伝えるから、よく聞けよ」


 地面が溶けてこのまま自分を沈み込ませてくれればいいのに、とばかりに落ち込むヒノキに声をかけるハイガの様子は、いたって平静である。

 実のところ、カルーアを膝に乗せていたとしても、最終的には今回のヒノキと同じような顛末になるので、それなりの耐性ができているのだ。


 ハイガの声でのろのろと体を起こすヒノキ。

 なぜか正座で座る。

 そして、羞恥心を抑えきれない様子ではあったが、何とかハイガを見据える。

 その様子を確認したハイガは、軽く頷いてから話し出した。


「……よし。結論から言うと、ヒノキの魔術師としての才能は、ほとんど最高レベルだ。三次元魔術陣としては理想形と言ってもいい。俺から見ても、ほとんど完璧な構造だ」

「……へ?」

「具体的にどのように優れているかと言えばだな……」

「ちょ、ちょっと待っておにーさん」


 慌ててヒノキが立ち上がり、足をもつれさせて転んだ。

 正座が仇となったのだ。


「どうした?」

「どうしたじゃなくて! ……なにかの間違いじゃないの?」

「いや、間違いじゃない」

「でも、オレはその辺の人間に毛が生えた程度の力しかなくて……!」

「その辺りも説明する。とりあえず話を聞け」

「…………わかった。でも、わかりやすく教えてよ」


 諭すようなハイガの声に不承不承ながら座り込んだヒノキを前にして、ハイガは説明を始めた。


「まずは、原始魔術と理論魔術の概念から考えた方がいい」

「原始と……理論?」

「魔術というのは、基本的に現実の組み換えだ。ジグソーパズルのようなものを思い浮かべてくれ。本来とは違う組み方をしてみると、不思議なことに新たな図案が出来上がった。まあ厳密には全然違うが、イメージとしては似たようなものだ」


「う、うん……?」


「そしてこの現実の改変プロセスには、二つの方法がある。虚構から現実にフィードバックさせる方法と、現実の改変で虚構を生み出す方法だ。少し意味合いは違うが、トップダウンの方法とボトムアップの方法と言い換えてもいい。アナログとデジタルでも、そう間違ってはいないな。パズルの組み方で例えれば、組みあがったパズルに上から絵を描いていくか、ピースひとつひとつに色を塗って隅っこから組み始めるかの違いだ。結局発生する現象は同じだが、過程が異なる」


「えーと……?」


「具体的には、トップダウンの方法では、理想を満たす条件をあらかじめ総体として高位現実ハイアーリアリティに設定し、現実世界を高位現実ハイアーリアリティで強制的に置き換えている。因果の逆転、とでも表現できる方法だ。ある意味で力技だな。この方法は条件設定の面倒な魔術の発現に適していて、大まかにではあるが大抵のことを実現する。問題点としては、人間の想像力には限界がある、ということだな。例えば、この方法では普通、光線を放つことはできない。人間が光線を放つ道理が無いからだ。発想の原点と根拠が存在しない現象は、原始魔術では実現し得ない。まあ魔術への習熟により、想像力……『観測力』は上昇するから、極めれば無理やり光線を放つことも可能だがな。この魔術形態を、俺は『原始魔術』と呼称している」


「…………」


「反対に、ボトムアップの方法。この方法においては、一つ一つ現実の条件を弄る必要がある。だから処理が面倒くさいし、魔術としては複雑になりがちだ。だがその代わりに、存在し得る全ての在り方を実現できる。つまりのこと、人間の想像力という限界すら打ち破って、実証し得るアルファからオメガまでを実現することが可能だ、ということだ。……無論、今度は物理的な処理能力が邪魔をするために、まともに運用すること自体がかなりの難物になりうるわけだが。この形態を、俺は『理論魔術』と呼称している」


「…………」


「もちろん両方、一長一短であり、一概にどちらが優れている方法でもない。というよりも、極めればどちらの方法でもあらゆる魔術を使うことができるからな。だが、分類することでそれなりにはその魔術へのアプローチが容易くなる。今、この世界で用いられている身体強化魔術というのは、その全てが原始魔術だ。一つ一つの筋繊維を強化するなんて、人間の脳程度の容量で成し得る魔術じゃないからな。けれどもその代償として」


「ハイガさん、ハイガさん」

「……なんだ、カル?」


 ハイガはいつの間にか現れていたカルーアに、熱弁を止めた。

 これからがいい所なのだ。

 それなのに止められると消化不良である。


「……ヒノキちゃん、ついていけてません。ついでに、私も。要点をお願いします」


 見れば、ヒノキは魂が抜けたように目に力が無い。

 ハイガは心の奥底から溢れ出る悲しみを必死に覆い隠しながら、要点を言った。


「……原始魔術である身体強化魔術では、高位位階ハイアーリアリティの設定の違いにより現れる効果がとてつもなく異なる。だから一口に身体強化魔術と言っても、個人差として表出するのはその強化度合いだけではなく、性質もだ、ということだ」









つまりッ!

原始魔術である身体強化魔術では、高位位階ハイアーリアリティの設定の違いにより現れる効果がとてつもなく異なる! だから一口に身体強化魔術と言っても、個人差として表出するのはその強化度合いだけではなく、性質もだ、ということなんだよ!


 (; ・`д・´) <ナ、ナンダッテー!

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