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14 少女の目醒めとその顛末






(……暗、い?)


 虚ろの中に浮遊する意識。

 うつつと現実のはざまで、少女は考えることを放棄し、その感覚に耽溺する。


(あたたかい……柔らかい……いい匂い……)


 それはまるで、胎内にいるようで。

 少女はその奇妙な既視感に疑いすら抱かず、ただ微睡む。


(気持ちいい……安心する……)


 そこに生まれる、慣れない感情。


(幸、せ……?)


 割れる。

 急激に溢れ出す感情が奔流となり、微睡を打ち壊す。


 ──少女は目を覚ました。




「……おはよう、ヒノキちゃん」

「カル、おねーさん……?」


 喉がカラカラだった。

 お腹も減っている。

 全てを使い果たしたように、体に力が入らない。


 目の前すぐに、カルーアの心配そうな顔がある。

 ヒノキは文字通りにカルーアの腕の中にいた。

 混乱のままに何か言葉をさらに紡ぐ前に、強く抱きしめられた。


「よかった……! 起きてくれた、ヒノキちゃん……!」

「ちょっ、おねーさん……?」


 その、体全体に感じる感触。

 あたたかさ、やわらかさ、包み込まれるような、その感覚。

 衝動的に、ヒノキはカルーアを押しのけようとした。

 しかし。


(力が、入らない……じゃなくて)


 少女はもはや知っていた。

 その慣れない感触は、不快感ではない。

 抱きしめてくれる誰かがいるという、幸福の感覚なのだということを。


 そのまま身をまかせる。

 満たされて満たされて、それでもなお、満ち足りない。

 そのまま、眠気に身をまかせた。




「……起きたか」

「……ハイガおにーさん?」


 次に目が覚めると、枕元にはハイガがいた。

 何か疑問をさしはさむ前に、水差しを渡される。


「ほら、ノド乾いてるだろ」

「ど、どうも……」


 言われるままに水分を補給し、何がどうなっているのか確かめる。

 先ほどと同じように、眼の前にはカルーアの顔がある。

 眠っているようだ。

 そして体には人肌の感触がある。

 どうやら、ヒノキもカルーアも裸のようだった。


(……裸?)


 瞬間的に思考がとんだ。


(え、なんで、裸、なんで、なんで、裸……!?)


 しかも目の前には、ハイガがいる。


「わっ、わっ、わっ……!?」


 思わず体に巻き付いていた毛布をこちらに寄せる。

 すると雪よりもなお白いカルーアの肌がまろび出そうになり、慌てて毛布を掛ける。

 そして今度はヒノキの褐色の肌が除くというエンドレス。


 その様子をハイガは別に目を背けるでもなく、普通に見ていた。

 なんだ、思ったよりも元気がいいなとでも言うような視線だ。


「なんでっ! なんで、裸なのさ!」


 結局ほとんど最初のポジショニングに収まったヒノキが、ハイガにようやく言葉になった文句をぶつける。

 顔が赤くなっているのが自分でもわかり、火を噴きそうだ。


 スラムでも探索者となってからも、ヒノキは基本的にできるだけ身体を覆い、女を意識させないような恰好をしてきた。

 それはヒノキの身にしみついた自衛策でもあったのだが、その結果として、ヒノキは異性どころか同性にも、肌をさらすという経験がほとんどなかった。

 それゆえ、これほどまでに初心な反応なのである。


「……あー、それな」


 ハイガはポリポリと頭をかき、意を決したように言葉を続けた。


「……何とかお前の治療には成功したんだが、そもそも血を失いすぎてたみたいで低体温症に陥っていた。で、カルーアが添い寝をかってでた。体温を人肌まで戻すなら人が添い寝するのが一番いいからな。……今はあれから、一日たってる。……大丈夫か?」


 ハイガの『大丈夫か』という言葉に含まれているのは、体の調子についてのことだけではない。

 死にかけた、それも、あれほど凄惨に殺されかけたという経験。

 それが、人に何の影響も与えないわけがないのだ。

 たとえ体が完治していたとしても。


 事実、ヒノキにはあの瞬間がフラッシュバックしていた。

 身体を奔る激痛。

 二度と体がもとには戻るまいという絶望感。

 死を前にする恐怖。

 顔にかかる男たちの生臭い息。

 饐えた体臭。


「――――――――っ!」


 音にならない悲鳴がヒノキの口から洩れる。

 理解する。

 あれは現実にあったことなのだと。

 実際に自分は体を完膚なきまでに破壊され、死を前にしたのだと。


 歯の根が合わない。

 寒い。

 体が自覚もなく震え出す。

 地面が砕け散り、落ちてゆくような感覚。


「──深呼吸しろ。いいか」


 パニックに陥りかけたヒノキにかけられたのは、硬質だが暖かみを感じさせる声だった。

 幼子のように何も考えられないまま言葉に従い、深呼吸する。

 それにより自分が呼吸を忘れていたことに気づき、むせながら必死に息をする。


「──っはあっ、はあっ、はあっ……」

「……よし」


 パニックからは脱したヒノキだったが、まだ体の震えが収まらない。

 そこに再びハイガの声。


「カルに抱きつけ。甘えろ。泣きじゃくったっていい。……少なくとも、ソイツはお前を傷つけたりしない」

「……ほんと、に?」

「ああ。絶対にだ」


 その言葉の通りに、ヒノキはカルーアに抱き着き、体の全てをまかせ、泣きじゃくった。

 プライドも何もないその行為が、固く重い恐怖を少しずつ融かしてくれる気がした。


 十数分もそうしただろうか。

 いつしかカルーアも目を覚まし、安心させるようにヒノキに声をかけながら、優しく頭を撫でていた。


「……ヒノキちゃん、落ち着いた?」

「……うん、落ち着いた。ありがと、カルおねーさん」


 落ち着きを取り戻したヒノキだったが、今度は泣きじゃくったことの羞恥心から顔を真っ赤にしていた。

 何しろ最後に泣いたのなどいつだろうか。

 そもそも、人前で安心して泣けたことなどあっただろうか。


 そのヒノキがこの歳で、臆面もなく人前で泣いたのだ。

 頬の一つも赤くなろうというものである。


「じゃあ、とりあえず食事でも摂るか。服はそこにある。……ああ、待て。そもそも固形が食えるか? 治ったとはいえいきなりは……」


 そう言って、全くの自然体で場に居座り続けるのはハイガであった。

 そのあまりに自然な挙動にヒノキが何かを忘れていると悩んでいると、その想いをカルーアが代弁した。


「……ちょっと待ってください、ハイガさん」

「ん? なんだ?」


 ハイガはまだ思考を飛ばしたままなのか、上の空だ。


「なんでここにいるんですか?」

「……? カルは何を言っているんだ。ここは俺の家。マイホームだ。いて当たり前だろう」

「いえ、確かにここはハイガさんの家ですし、ヒノキちゃんの容態が心配になって部屋を覗くのは問題ないですけど。……あの、なんで出ていかないんですか?」

「……?」


 驚くべきことにこの男、素である。


「はっきり言いましょう。……今、私とヒノキちゃんは裸です。わかりますね?」

「……ああ!」


 理解した、とでも言いたげにポン、と手を打つハイガ。

 そして言った。


非常にいいぞディ・モールトベネ

「違うッ!」


 ベッドから何のためらいもなく飛び出したカルーアは、そのまま勢いを利用してハイガにボディーブローを見舞った。

 もちろん全裸で。

 鈍い音が鳴り、ハイガが倒れ伏す。 


「て、手加減はしました……じゃなくて! 裸の女の子がいる部屋に普通に居着かないでください!」

「……ああ、褒めろとかじゃなくて、そういうことか。……いや、正直あんまり関係ないと思うんだが。布一枚あろうがなかろうが、大して変わらないだろう?」

「裸族ですか!」


 その変態と紙一重のセリフに、カルーアは吐き捨てるように言った。

 流石、カルーアと初めて会った時に全裸だった男の言うことは違う。


「いや、裸族って……というかカル、そう言うなら少しは恥ずかしがってくれ。今の俺とカル、明らかに裸族はカルだ」


 よろよろと立ち上がりながらハイガが吐いたセリフに、ヒノキもコクコクと頷く。

 何しろ、隠す様子が無い。

 描写もはばかられるパーフェクトネイキッドだ。


「は、恥ずかしいですけど……ハイガさんになら見られてもいいですし」

「……マジで?」

「……えっと、はい」


 ヒノキには、今まで自分をあやしてくれた母性そのもののような少女が、いきなり何かわけの分からないものに見えた。


「じゃあ、なんで俺は殴られたんだ」


 そう言うハイガの視線は、カルーアの裸体から微妙にそらされている。


 そうなのだ、全裸ではないのである。

 あくまでチラリズムであって、全裸というのはもう後がない最終形態だ。

 それでこうも堂々と目前に立たれていては、なんともその、困る。


 詳細に描写しようものならば、ハイガには社会的な死が与えられることになるだろう。

 宇宙意志的な制限とでも言おうか、さしものハイガも真正面から少女の全裸に向き合うことはしなかった。


「? ……ハイガさん、妹の裸を見られて怒らない姉がいますか?」

「……ああ……そういう認識に落ち着いたんだな……。……いや、もうなんか俺が悪かった。すまないな、ヒノキ」

「えっ? えっと……許す、よ?」


 二人はカルーアを見る。

 カルーアは頷いているので、まあそういうことなのだろう。

 よくわからない疲労を覚えなが、ハイガは食事の準備をし、ヒノキはカルーアに服を着せられるのであった。







「──まあ、これが大体の顛末だ」

「そっか……」


 食事もそこそこに、本題へ。

 とは言っても、事実は単純なものである。


 ヒノキが三人の男に襲われていた。

 ヒノキは暴行により、生死の境をさまよっていた。

 ハイガたちがそれを発見し、ヒノキを保護した。

 何とか治療に成功し、今に至った、というわけである。


「えっと、聞きたいことがあるんだけどいいかな?」

「もちろん」


 ハイガのその声に、ヒノキは軽く頷いて質問する。


「あのさ、導きの燐光フェアリーなんだけど……おにーさんたちを連れてきてくれたあと、どうした?」

「えっと、ごめんなさいヒノキちゃん。消えてしまったみたいで……」

「……うん、わかった。なら、別にいーよ」

「……見つけたら、恨み言でもいうのか?」


 何しろ、実質的にはヒノキは導きの燐光フェアリーの為に命を落としかけたと言って間違いではない。

 ハイガのその問いも、もっともなものだろう。

 しかしヒノキは、その問いに頭を振る。


「いや、そうじゃなくてさ……変な話なんだけど、感謝はしてるんだ」

「……感謝?」


 ハイガの不審そうな声に、慌てて言葉を足すヒノキ。


「あっ、もちろん、命を落としかけたことじゃなくて……やっぱり嬉しかったから。オレに幸運を授けてくれるって導きの燐光フェアリーが出てきたとき、なんだか、『オレにも幸運をつかむ権利があるんだ』って言われてる気がしてさ。…………ごめん、ただの感傷だ。おにーさんもおねーさんも忘れちゃってよ」


 ハハ、と苦笑するヒノキに、カルーアはなんと言ってよいかわからない。

 応えたのは、ハイガだった。


「……一応言っておくとな」

「ん?」

「アレは、厳密には生命体じゃない」

「……どういうこと?」

「つまりだな。俺の【探索地図マップ】の反応では、そもそもあの導きの燐光フェアリーは存在すらしていなかった。……つまりは、生命というよりも現象そのものに近い」

「えっと……おにーさん、なにが言いたいの?」

「要するにだ。アレに感情なんてものはない」

「ハ、ハイガさん!?」


 カルーアの制止を無視して、ハイガが言葉を続ける。


「つまりヒノキ。お前は同情されたんじゃなく・・・・・・・・・・認められた・・・・・んだ」

「え……?」

「……まあ、現象に感情が存在しないなんて考えるのも、そもそも浅い考えかもしれないが。少なくとも、お前は幸運を得るにふさわしい人間だと、偶然にではなく、意図的に選ばれた。だから、胸を張っていい。……お前はお前自身の価値で、あの導きの燐光フェアリーに認めさせた、ってな」

「……そう、なのかな?」

「ああ、魔術師たるハイガ・ミッツヤードが保証する」

「……よくわかんないけど、ありがとう、おにーさん」


 ハイガの言葉のほとんどは理解できなかったヒノキだが、少なくとも励ましてくれたのだということは分かった。

 それは単純に、嬉しい。


 言葉の意味を推し量れなかったカルーアをからかうハイガの様子。

 それはまるで年相応の少年のようで、とてもあの死の淵から自分を蘇らせることのできるような人間だと、ヒノキには思えなかった。

 溢れ出た疑問を、言葉にのせる。


「あのさ」

「ん?」

「結局、おにーさんたちはどうやってオレを助けてくれたんだ?」


 自分自身のことであるからわかる。

 アレは、回復薬で何とかなるような負傷ではなかった。

 限度というものがある。

 たとえ伝説に聞く最高位回復薬エリクシールであろうとも、あの状態からここまで回復することは不可能だ。


 そのヒノキの疑問にハイガは待っていましたとばかりに──


「よく聞いてくれた。そもそもは、俺が魔術を創り上げたことに起因するんだが……」


 ──説明(というよりも苦労話と自慢話)を始めるのであった。




 十数分後。


「えっとつまり、おにーさんとおねーさんは竜殺しで、伝説の魔術師で……ええ?」


 ヒノキは語られた内容を消化しきれずにいた。

 しかし、あの死の淵から自分を救ったという事実、そして直接目にした竜の討伐の証──いかなる宝飾品よりもまばゆく輝く鱗、ヒノキの身長ほどもあろうかという牙といった品々を見せられては、信じざるを得ない。

 しかもそれを何もない所から取り出して見せるのだから、それはもう疑うこともできない。


「ちょ、ちょっと待って。……ほんと、どう反応していいのかわからない……」

「……まあ、ほとんど俺とカルしか知らないような情報も多く話したからな。仕方ないだろう」


(──え?)


 なにか今、看過できない言葉を聞いた気がする。

 ヒノキには学は無いが、そういったあたりのことには聡い。

 触れていい話題、不可侵の事情、そもそも知ってはいけない情報……そういった辺りの機微は、あの一寸先どころか腰までが闇のスラムで多少なりとも暮らした経験があれば、身につかざるを得ない。


 ハイガとカルーアしか知らない情報を、自分に話した。

 それはつまり……


「あ、あのさーおにーさん」

「ん、なんだ?」

「もしかして、その……オレ、身内でカウントされてる?」

「ガンガンな」

「……だよね」


 別に問題はない──というよりも、ヒノキにはメリットしかないのだが。

 逆に、それが怖い。


 ハイガもカルーアも好きだ。

 大好きだ。

 自分を助けてくれて、今、こうして暖かく接してくれる。

 ヒノキという孤独しか知らない少女にとって、それが嬉しくないはずがないのだ。


 けれども、だからこそ。

 相手が自分と一緒にいたいと思ってくれるなど、信じられない──。

 それもまた、ヒノキの偽らざる思考である。


(ど、どーすればいいんだ……?)


 戸惑うヒノキ。

 二人の会話の内容を今ひとつ理解している様子のないカルーアの姿も不安に拍車をかける。


(このまま、二人と一緒に……それはたぶん、とても楽しいけど……)


 一人でいたからこそ、他人に焦がれながらも他人を恐れる。

 嫌われたら、見捨てられたら……それは、怖い。

 何よりも、怖い。


 と、そこに。

 す、とハイガが手を差し伸べた。


「……?」


 もちろん、ヒノキはどうしていいのか分からない。

 そこに不意を衝く、ハイガの朗々たる声。


「──俺たちと一緒にこい、ヒノキ」


 ハイガの瞳を正面から覗き込む。

 ……否、覗き込まされた。


「見たことのない世界を、見たくはないか……!」


 そのぎらぎらと不可視の光を放つ瞳に、ヒノキは魅入った。

 その威気、覇気。

 常人のものではない。


 無闇矢鱈に強固な意志で人を魅了し、望む望まないに関わらず掻き立てる存在。

 ある種のカリスマであり、万人すら狂奔させうる常軌を逸した魂の持ち主。

 時に、その欲望で世界すら捻じ曲げかねない歩く特異点。


 目の前の男は──まさしくソレ・・だった。


 ふらふらと。

 なにか逃れ得ぬものに急き立てられるように。

 自覚も思考もなしに、思わずヒノキはハイガの手を取ろうとして──


「なにを言ってるんですか? ハイガさん」


 ──その声に、我に返った。


「いやカル、ちょっと待って……」

「よくわからないですけど……それって友達に対する態度ですか?」

「いや、なんというか……こんなもんじゃないのか」


 ハイガもまた、先ほどの不可視の威を霧散させ、毒気を抜かれている。

 やれやれ、とばかりに言葉を引き取るカルーア。


「こういうのは、一言でいいんです」


 ヒノキはその邪気のない笑顔に、見惚れた。


「──私たちの、仲間になって下さい!」


 逡巡する必要すらない。

 ヒノキはそのどこまでも直球な誘いに、迷うことなく頷いた。









ハイガは基本、大魔王式の勧誘しかできません。

『◯◯と引き換えに仲間にならぬか』的な。

でもソレって、同志とか配下の作り方ではあっても、友達の作り方じゃないよね、って話。


まあ、青春時代ふいにしてるヤツなんてそんなもんですよ。

ホラ、バーン様が「お、お友達になって下さいっ////」とか言ってるの想像つきませんし。

いや、そもそもバーン様の青春時代とか思い浮かびませんけども。

もしかしたら甘酸っぱいバーン式青春を謳歌したのかもしれませんけれども。


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