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12 幸運と醜悪

残酷描写タグが仕事をしているかもしれません。ご注意を。










「……っし、こんなもんかな」


 絞牙蛇バイトスネークの死骸から、その毒液のしたたる牙に触れないように注意しながら、胸部に一枚だけ存在する逆鱗をナイフで丁寧に剥ぎ取る。

 それがどのように使われるのかなどヒノキには知り得ないことだったが、しかし高値で取引されることは確かだ。

 腰元のポーチに、他の討伐証明部位と共に収納する。


 五体の魔獣の討伐。

 初めての階層への侵入の成果としては、十分すぎる成果だ。

 これだけで稼ぎはおそらく十万エルほど。

 四階層までの稼ぎも合算すると、十五万エルほどになるだろうか。


 もちろん一日で五階層までたどり着けるわけもないし、数日かかっての稼ぎではある。

 また、ヒノキには武器などの手入れが必要なため、設備投資にかかる金額も多い。

 しかしそれを差し引いたとしても、稼ぎとしては十分だ。


(……おにーさんたちと次に呑むときには、オレがおごろっかな)


 ハイガたちと呑んだとき、酔っぱらっていたせいもあるだろうが金を払った記憶が無い。

 実際、ねぐらに戻ってから確かめると、所持している金額は全く変動していなかった。


 うすうす、ハイガたちが自分とは違って、そんなことに頓着する必要もないような人間なのだろうな、ということには気づいている。

 それでも、四階層に侵入したことによって得た初めての稼ぎで、初めてできた友達らしき存在に何かをおごるというのは、とても素敵な考えであるとヒノキには思えたのだ。


 疲労を感じながらも、ポイントに急ぐ。

 後は帰還転送陣ゲートまでたどり着くだけの道筋だが、その気の抜けたところで魔獣とエンカウントするというのは、ありふれた話だ。

 そして、そこで探索者が命を落とすことも。


 ヒノキ自身、それによって幾度か命の危機に瀕している。

 その手痛い学習の成果として、ヒノキは階層内での比較的安全に休息が取れるポイントをピックアップして、できる限りコンディションを保ったまま迷宮内を攻略するということを学んだ。

 今向かっているのも、そのうちの一つ。

 もっともここから近い、帰還転送陣ゲートに数キロと迫った場所のポイントである。


「ふぅー……」


 周囲に障害物のない、また魔獣の出現頻度も小さなエアポケット。

 そこに入り込んだヒノキは小さなため息をつく。


(あとは帰るだけ……か)


 ヒノキは今日一日で、大きな手ごたえを感じていた。

 もともとヒノキの戦い方は、純粋な身体能力に依存する部分が小さい。

 戦いそのものが上手い、と表現した方がいいだろう。


 間合いの見極め、呼吸の把握、動きの予測、反応速度、敵の意識、緩急。

 そういった戦いの基礎にして全てともいえる部分の能力が、ヒノキは抜群に高い。


 少なくとも単純な肉体的スペックにおいては、三階層の時点で既に半分ほどの魔獣を下回っているヒノキだ。

 むしろそこに秀でていなければ、どれだけ事前準備に力を割いたとて四階層で戦うことなどできはしまい。


 そしてだからこそヒノキは、この階層やさらに深い階層でも、自分は戦うことができると確信を持って言える。

 身体能力で劣ることなど最初から承知だ。

 それを理解したうえで、ヒノキはそれを補うだけの経験を積み重ねてきている。


 ならば他の魔術師のように、『相手が自分よりも強いから敵わない』などということはあり得ない。

 ヒノキは常にそれを成している。


 格上であっても戦えるだけの力を、自分は作り上げてきた。

 その改めて抱いた確信に、ヒノキは僅かな笑みを漏らした。


「よし、と……」


 立ち上がり、装備を確かめる。

 後はひたすら、帰還転送陣ゲートを目指すだけだ。


 あと一息。

 油断なくこの探索を終えよう――と。


 ヒノキは走り出そうとして――視界の端に引っかかったものに、足を無理やり止めた。


 何かが、視界の隅で光を放っている。

 あの暖かで害意を感じさせない、ほのかな光は。

 触れれば壊れてしまいそうな、ガラス細工のように繊細な造形は。


 まさか。まさか……!

 脳裏が興奮と驚愕に埋め尽くされ、高純度のアルコールに酩酊したような感覚。

 ふらふらと、ゆっくりとヒノキはその存在に近寄る。


 ヒノキの視線がはっきりとそれを捉えた。

 光は消えない。

 ただ、りん、と鳴った。


 ヒノキの思考が瞬間的に沸騰する。

 聞いたことがある。

 魔獣ばかりが存在するこの迷宮で、唯一といっても過言ではない非敵存在――


「……フェアリー……!?」




 『導きの燐光フェアリー』。

 それはある種のおとぎ話のようなものだ。


 上階層で、深階層で。

 平原で、森で、山で、川で。


 何の規則性もなく、非常にごくまれにその存在は姿を現す。

 ほのかに光るガラス細工のような、羽の生えた美しい、手に納まるほど小さな少女の姿形。

 しかし傷つけることはおろか、触れることすらもできない。


 その神聖すら感じさせる姿を裏切らず、導きの燐光フェアリーが探索者に与えるのは死と絶望ではなく、莫大な富である。

 探索者を導くように、つ、と導きの燐光フェアリーが誘導する先には、十回生き返ったとて使い切れないほどの宝石類が存在する、というのだ。


 しかしこれがおとぎ話でないのは、それが実際にあったことだからだ。

 記録に残っている中ではたったの四回。

 噂ではその倍ほど。

 しかし、その極少ない事例だけしか存在しないものの、間違いなく導きの燐光フェアリーは存在する。


 探索者の間では、ある種の冗句になっている。


導きの燐光フェアリーに祈れ』


 ――つまりは、億分の一の幸運に恋い焦がれろ、という意味だ。


 多くの探索者たちは、導きの燐光フェアリーが自分の前に訪れるわけがないと諦めきりながらも、しかし砂粒よりも小さく、それを期待している。

 ヒノキもまたその一人だ。

 バクバクと暴れ出す心臓を無理やりに押さえつけ、空中に停止する導きの燐光フェアリーへとそっと近寄り、小さな声に震えをにじませて問いかける。


「……オレを、導いてくれるのか?」


 ――りん。


 導きの燐光フェアリーは小さく、しかし確かに羽を鳴らした。

 今、億に一つの幸運がヒノキの目の前にあった。







 歩く。

 導きの燐光フェアリーが空間を滑るように誘導する後を、ひたすらに歩く。


 さほどに長い時間ではなかった。

 しかしヒノキには足元が本当に存在しているのかすらあいまいで、望外の幸運に、頭の中はほとんど酔っぱらったようだった。


(夢じゃ、ないんだよな……?)


 既に、何回も頬を抓った。

 痛い。

 何もない所でけつまずきそうになり、右足で左足を踏んだ。

 痛い。


 現実だ。

 この痛みさえも夢なのでないのならば。

 だんだんと興奮は収まってきているものの、しかしそれでも頭がまともに働かない。


(おにーさんたちには、特別豪華な夕食をおごれるかな……?)


 頭に浮かぶのは、そのくらいのこと。

 幸運の桁が大きすぎて、スケールが測れない。

 気づけば、導きの燐光フェアリーに話しかけていた。


「あ、あのさ……」


 反応はない。

 しかし、一度言葉を放つと止まらなかった。


「なんで、オレなの……? オレに、幸運なんてありえないはずなのに……」


 それは突発的に出てきた言葉にしては、あまりにも正確にヒノキの心の中を表現していた。

 幸運なんて、ありえない。


 不幸に生まれ、一生分の幸運を使い果たして探索者になった。

 だから、それ以外には幸運なんて無かった。

 魔術師としては三流、四流もいいところ。

 保護者も友人もいなかった。


 しかし、それである意味では満足していたのだ。

 その上に、自らの力で何かを築き上げるのがヒノキの望みだったのだから。


 自らが不幸であることに慣れきり、それを受け入れていた。

 訪れた幸運を、素直に受け入れることすらできない。

 それが、不幸に塗れたヒノキという少女の性質である。


 ただ、りん、と羽音が鳴る。

 それはもちろん、ヒノキの支離滅裂な疑問に対する回答ではなかった。

 けれどもヒノキはその音に、何故か安らいだ。


「……ごめん。変なこと聞いた」


 黙って導きの燐光フェアリーの後を歩く。







 数十分もしただろうか。

 平原から離れ、森の中に。

 しかし、静まり返ったように魔獣は姿を見せない。


 ヒノキが聞いた話では、導きの燐光フェアリーが人を傷つけることは無い。

 魔獣が出現しないのも、それが故だろう。


 それはヒノキにとってはありがたいことだった。

 呆然と、夢遊病者のように後をついていくことしかできない今のヒノキに、魔獣と戦うことなどできようはずもないのだから。


 導きの燐光フェアリーがひと際強くまたたいた。


「……もうすぐなのか?」


 ――りん、と羽音が鳴る。


 どうやら、その通りらしかった。

 ふとまたたきが消え、一定のほのかな光が放たれる。


 そしてその光が、つ、と動き出したその瞬間――


 ――突然に茂みから出てきた人影に、ヒノキは殴り飛ばされた。


「――ッ!?」


 ……目の前の幸運に気を取られていたからこそ、ヒノキは気づかなかった。

 その燐光を偶然にも発見したある粗野な探索者のグループが、身を隠してヒノキを追跡し、力づくで導きの燐光フェアリーを奪おうとしていたことを。


 ヒノキは知らなかった。

 導きの燐光フェアリーの行動ルーチンには、『魔獣以外の人間へと害意を持つもの』――つまり、同族たる人間へと害意を持つ人間が存在する可能性など、含まれていなかったことを。


 高い洞察能力も、警戒を無くしていてはなんの役にも立たない。

 だからこそこの、不意からの一撃は……


「…………ッ!」


 ――魔術師としては悲しいまでに脆弱な少女の体を、無残なまでに打ち砕いていた。




 男たちは導きの燐光に躍りかかり、殴り飛ばした少女のことなど気にも留めていない。


「やった! やったぜ! 捕まえたぞ!」

「逃がすな! 導きの燐光フェアリーだ! 絶対に逃がすなよ!」

「おいっ、これで大金持ちだぜ!」


 ヒノキは大声を挙げながら騒ぐ男たちを眼の前にして、痛みに気を失いそうになりながらも、あまりの現実に理解が追い付かない。


 その怒号のような声、ぎらぎらと欲に塗れた眼、醜悪にゆがめられた口元。

 ひたすらに騒ぎ立てる様子には、知性を欠片すら感じさせない。


 ――何が起こっているのか。

 少女は、目の前の現実を受け止めることができなかった。


 と、男たちの間に怒号が走り、


 ――りん、と音がした。


「!? 馬鹿野郎ッ! なんで放した!?」

「は、放してねえ! そんなヘマするわけがねえだろ!」

「どうでもいい、捕まえろ!」


 必死につかみかかる男たちの手をすり抜けながら、導きの燐光フェアリーは虚空へと溶けてゆく。


 ――りん。


 音と共に、ひと際強く光が瞬いた。

 その最後の光は、ヒノキにはどこか悲しげに見えた。


 喚き立てる男たちの怒声が響いている。

 もう、導きの燐光フェアリーはいない。


 億に一つの幸運は淡雪のように溶けていった。

 ヒノキから、去ってしまった。


「なんで……なんでっ!」


 気づけば、ヒノキは大声を張り上げていた。


「なんで、さ……!」


 こらえようもなく震える足で、辛うじて立ち上がりながら言葉を吐き出す。


 殴り飛ばされ、数メートルを吹き飛んだ体は尋常では無い痛みに呻いている。

 おそらく、骨の数本は折れているだろう。

 けれどもヒノキは、目には映らない部分にもっと大きな痛みを感じていた。


 大金を逃したから?

 ……違う。


 きっと、そうじゃない。

 そうじゃないのだ。

 説明すらつかない想いが、ヒノキの中を激情となって荒れ狂う。


 何か、心の一部分が壊れてしまったような感覚。

 痛みに悶えながらも、ヒノキは叫ぶのをやめられなかった。


「なんなんだよ……!?」

「ああ……!? なんだよクソガキ……!」


 男たちは気が立っている。

 人生を作り直せる金を目の前で逃し、理性は焼き切れる寸前だった。


「なんで、こんなことができるんだよ……!?」

「……黙れ! もともと導きの燐光フェアリーもお前なんぞ導いちゃいねえよ! どこの誰だか知らねえが、クソガキは引っ込んでろ!」


 その言葉が、ヒノキの怒りをさらに掻き立てる。


「違う……!

 導きの燐光はフェアリーは、オレを導いてくれた!

 ……お前らじゃなくて、オレを!

 幸運なんてないはずの、オレのところに来てくれたんだ!

 それを、それを……お前らなんかが……!」

「ああ……!?」


 ほんの僅かに残った理性は、ヒノキを止める。

 こんなところで男たちを責めても、何も得るものはない、と。


 けれどもヒノキの怒りは、もはや理性という枠を踏み越えた部分にあった。

 だからこそ……止まれない。


「お前らのせいで、導きの燐光フェアリーは消えた……!

 欲の皮突っ張らせて、人からかすめ取って、そして台無しにする……!?

 バカか!?

 なんなんだよ…… なんで、そんなバカなことができるんだよ……!?」


 目の前の男たちは殺気立っている。

 わかっている。そんなことは十分に理解していた。

 それでもヒノキは……賢くなどなれなかった。


「なんでお前らみたいなやつが、いるんだよ……!」


 そしてさらに罵倒しようとしたヒノキの腹に――


「……死ねよ、クソガキ」


 ――固い、固い拳が撃ち込まれた。


「あ……がっ!?ぁっ……」

「ごちゃごちゃうるせえんだよ……! クズがしゃべってんじゃねよ……!」


 何の躊躇もなくヒノキは思い切り蹴り上げられ、肋骨を一息に複雑骨折した。


「弱いクズは、黙ってろよ……!」


 打ち下ろされる拳。

 振り上げられる足。

 抵抗すらできないヒノキの肉体に、それらは容赦なく降り注いだ。


「ぁ……! ぅ、ぁ……!」


 肺がつぶれ、喉から血がせりあがってきている。

 言葉はもう出ない。

 だが。


(……ふざけん、なっ……!)


 ヒノキは心の中ですら謝らなかった。

 悔しい。

 自分の非力が、憎い。

 そしてそれ以上に、こいつらが憎い。


「弱いやつなんざにゃわかんねえよなあ……!? 『これ以上先に進めない感覚』なんざ……! 俺たちがどれだけ必死こいて……! そ、それをお、お前、お、俺たちのせいで導きの燐光フェアリーが逃げた……だと!? ふ、ふざっけんなよ……! クソックソックソックソックソックソックソッ! 雑魚が見下してんじゃねえよ……!」


 男たちの言葉は支離滅裂で、踏みとどまれるだけの理性など無くしていることが、ヒノキにはわかった。


 何の躊躇もなく振るわれる暴力。

 そこには技術の欠片もない。

 ただ生まれ持っただけの強大な力を振るう大きな幼児。

 それが、目の前の獣の正体だ。


 皮膚は裂け、肉は抉れ、血は流れ出る。


 痛い。

 そんな言葉で表現することすら生温い激感が、ヒノキの身体に襲い掛かる。


 恐らく内臓は幾つか破裂し、手足の腱はとっくに断裂している。

 骨は砂糖細工のように折れ、もはや正常な部分の方が少ない。

 研鑽も何もないただの暴力は、しかし少女の身体を隅から隅まで凌辱しつくす。


 ヒノキの華奢な体は呵責のない暴力を前に、不可逆なまでに破壊されてしまっていた。


(死……ぬ……?)


 ――ヒノキはその当然の事実に、ここまでに至って初めて気づいた。


(こんなところで、死ぬ……この男たちに殺される……?)


 ヒノキの心に恐怖が生まれた。


 それは目の前の喜悦に顔を歪ませながら喜々として少女の身体を踏み躙る、この男たちへの恐怖ではない。

 ……いや、嘘だ。

 それは確かに存在する。

 激痛は少女の心を折ろうとし、とても耐えられるようなものではない。


 しかし、それよりも大きな恐怖がヒノキにはあった。


(嫌だ――)


 それは――こんなところで終わって、何もないままに死んでいくことへの恐怖だった。


(嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ――!)


 抑えきれない激情が、ヒノキの中で抑えを失って爆発した。


 見たい景色がある。

 こんな塀に囲まれた都市にはない、世界の美しさを知りたい。


 友達が欲しい。

 親友が欲しい。

 褒められたい。

 撫でられたい。

 認めてもらいたい。

 愛する人が欲しい。

 人に愛されたい。

 抱きしめたい。

 抱きしめられたい――!


 それは全て……全て、ヒノキの味わったことのないものだ。

 少女は逃れえない死を前にして、ようやく自分自身を知った。


 寂しいのだ。

 身一つしかない自分自身が。


 だからこそ、導きの燐光フェアリーが自分を導いてくれるのだということを信じられなかった。

 自分を認めてくれる存在――なんて。

 故にその存在を奪い取られて、消滅させてしまったことが、体が全部ぐちゃぐちゃになる苦しみにあっても、謝る気持ちを微塵も抱かせないほどに悔しい。


 あの、カルーアに抱きしめられたときに抱いた感情の正体も、今ならば理解できる。


 自分が空っぽだから……まだ何も詰まってない、人として生きていないから――


 ――あんなにも、満たされたのだ。


 そしてそこから逃げ出したかったのは、きっと、一度満たされたらいつも満たされていなければ満足できないと、無意識に理解してしまっていたからだ。

 夢なら早く終わらせよう……そんなことを考えずに、どうして身を任せていられなかったのか。


 今になって、悔しくてならない。

 意識を背けるのではなく、まさに死にかける今でも思い出せるほど鮮明に、あの感覚を思い出せるほどに抱きしめ返せたなら――


 ――きっと、一つだけ未練がなくなっただろうに。







 もはや動くことすらままならないヒノキの身体を、男たちは靴で踏み躙る。

 そこには、ただ弱いものを徹底的に痛めつけるという獣性だけがあった。


 既に、ヒノキの痛覚は麻痺している。

 死を前にすると、もはや痛みを受け取る必要が無いから感覚がなくなるなどと聞いたことがあるが、それだろうか。


 骨折、裂傷、内臓破損……大小含めて数十を越える傷に、ヒノキは気を失う寸前だった。

 気を失っていないのは、意識を失えば死ぬに違いないという確信があるからだ。

 ただ、耳だけは男たちの下品な声を拾う。


「――ひひ。おい、こいつ女だぜ」


 男の手がヒノキのフードを外し、サラサラとした髪を乱暴に掴み、自分の方を向かせる。


「へえ、貧相な体だが顔だけはいいじゃねえの」

「おいおいやめとけよ、こんなゴミを使うのは」

「でもよお……死ぬ瞬間の女って、試してみたくねえか?」


 生臭い息、欲望に見開かれる目、黄ばんだ歯、喜悦と獣性に歪む顔。


 その全てが、嫌悪感を煽る。

 本当に……下劣だ。


「喜べよ。死ぬ前に気持ちよくなれるぜ」

「よかったな、お子様卒業して死ねて」

「何とか言えよ、おい」


 その声には罪悪感はない。

 吐き気がする。

 人間というのは、ここまで醜悪になれる。


 なぜ。


 確かに存在したはずなのだ。

 自分のような人間にも優しくしてくれた人間が。


 それなのに――なぜ、こいつらはこれほど醜悪になれるのか。


 ヒノキにはわからない。

 どうして、ここまで違うのか。

 どうして、最期の最期に目の前にあるものが、こんなにも汚らわしいのか。


「ひひっ。じゃあな、ゴミクズ」

「――いや。さよならはお前だゴミクズ」


 破砕音。

 ……その数少ない、温もりをくれた人間の声が聞こえた。







一寸先の闇さん、ちょっと深すぎませんかね……?

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