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10 酔い覚ましの会話



「おはよう、ヒノキ……よく眠れたか?」

「ああ、うん。よく眠れたけど……おにーさん、誰かと話してなかった?」


 そう言って、きょろきょろと室内を見回すヒノキ。

 と思えば、今度は部屋に奔る黒線や焼け焦げ跡、変色痕に首を傾げている。

 間違いなく怪しげな部屋であり、ヒノキが首を傾げるのも無理はあるまい。


 僅かな冷や汗をかきながらハイガはそれを誤魔化す。


「いや、何のことだ? ……それよりも、よく俺がここにいるって分かったな」

「おにーさんの話し声が漏れて聞こえてきたから……」


 そう言って、ふああ、とあくびをするヒノキ。

 誤魔化しようが無かった。


「でも、誰もいないね。……おにーさん、何してたのさ?」


 ヒノキの声に不審が混ざる。


「そ、それは、あれだ……」


 ハイガの思考回路が高速回転を始める。


 一度しらを切ってしまっているので、これ以上誤魔化せばさらに疑いを植え付けることになるだろう。

 今ここで必要なのは、説得力があり、有無を言わせぬ必殺の言い訳――!


 よくよく考えれば別にここでヒノキにどう思われようが、現実にアイン達がここにいるわけでもない以上は別段問題ないのだが、悲しいことに二日酔いの頭脳にはそれは思い至らないことだった。


 かつてない思考の果てにハイガが導き出した答えとは――


「……プレイだ」


 どうしようもなかった。


 何の、とか。どういう、とか。

 そういった細かいことを一切削ぎ落とした、剥き出しの答え。


 ……もっとも、一人でいる人間がしゃべっている理由など、極論それしかありえないのだが。

 そしてもちろんのこと、そういった人間に対する反応というのは地球だろうが異世界だろうが大して変わりはしない。


 つまりそれがどういうことかと言えば――


「……おにーさん、辛いことでもあるの? オレが相談に乗ろうか?」


 ――ハイガは、年下の女の子に哀れまれることと相成ったのであった。 







「カルは起きてるのか?」

「まだ寝てた」

 

 年下の女の子に心の底から憐れまれるという状況にハイガは多大なる精神的ダメージを受け、のたうち回っているところをさらに慰められるという強烈なトラウマ的状況が発生したものの、ハイガは持ち前の対応力を駆使してそれを乗り越え、今は平然とヒノキと共に一階へと向かっていた。


「にしても、おにーさん」

「なんだ?」


 きょろきょろとあたりを見回すヒノキが、不思議そうに聞く。


「おにーさんたち、いったいどんな人なのさ。その年でこれだけ大きな屋敷に住むってのは普通じゃないでしょ?」

「……まあ、そうだな」


 仮にも三千万で購入した邸宅である。

 見てくれは大したものだ。

 よくよく見てみればヒノキはどこか居心地悪げで、慣れない様子だった。


「ま、いろいろだ」

「いろいろ?」

「そう、いろいろ」


 ハイガの返答は質問をはぐらかすものではあったが、ヒノキは案外と素直に、ふーん、と一声漏らしたのみであった。

 そして、ぽつりと呟く。


「……ま、そりゃそうか。人それぞれだよなー」


 その妙に実感のこもった様子にどう反応していいかわからないハイガを尻目に、ヒノキはソファの上で寝ているカルーアを揺すっていた。


「ほら、おねーさん。……朝だよ」

「えへへ……おねーさん♡ おねーさんですよー♡」


 そう呟きながらヒノキに抱きついて、ソファに引きずり込む。

 まだ寝ぼけている様子であった。


「ちょ……ちょ、おねーさん! 放せって!」


 ヒノキのその制止の言葉にも反応する様子はない。

 カルーアは酒に酔うとひたすらに眠り込んでしまうタイプなのだろうか、ヒノキを抱きしめたまま起きようともしなかった。


 その様子を横目に見ながら、先日市場で購入したコーヒーのようなものを淹れるハイガに対してヒノキは助けを求める。


「おにーさん、助けてくれよ!」

「なんでだ? ……ちょっとの間、抱き枕になっててやってくれ」

「やだよ!」


 淹れた名状しがたいコーヒーのようなものを啜りながら、ハイガはその様子をのんびりと見つめる。

 見ようによっては戯れあっているとも言える少女たち。

 その様子はなんというか、なかなか悪くない。


(抜け出す気なら抜け出せるはずなんだがな……)


 ばたばたとするヒノキの様子であるが、しかし本気で嫌がっているのなら、抜け出せないということはないだろう。

 ヒノキを抱きしめるカルーアの力は、その外見通りの少女のものである。

 魔術が意思を根幹として成立する以上、眠っている間に魔術を行使するというのは、例えばハイガの第二の脳マギ・サーキットのような異能があれば別ではあるが、基本的に不可能である。


 昨日の様子からヒノキの魔術による身体能力の増加が魔術師としては少しばかり、いやはっきり貧弱と言っていいものであるとわかってはいるが、それでも強化は強化。

 それなのにヒノキがカルーアの腕の中から抜け出せないというのは、それはつまりヒノキがカルーアの腕の中から抜け出そうとしていないということに相違なかった。


「おにーさん、カルおねーさんが起きたら覚えておきなよ……!」


 しかしながらどうもその様子からは、ヒノキから抱きしめられるという状況に対する困惑と僅かばかりの硬直が見受けられる。

 照れ隠しではなく、そこにはこの状況に対する好意的な雰囲気は無かった。


(……人それぞれ、か)


 珈琲のような飲料の香ばしい香りに包まれながら、少女二人を見つめる。

 二人とも可愛らしい少女であり、それが抱き合ってソファに横たわる様子は眼福ではあった。

 が、座視するハイガのそんな様子はお気に召さないのか、ヒノキは悪態をつく。


「……ったく。っていうか、カルおねーさんに今オレが抱きしめられてるのって、ハイガおにーさんのせいじゃないの?」

「? なんでだ?」


ヒノキの言葉の真意が読み取れずにハイガが聞き返すと、ヒノキは僅かにイラッとした様子で説明する。


「だーかーらー! ……おにーさん、なんでか知らないけど昨日、カルおねーさんを膝の上に乗せて猫っかわいがりしてたでしょ?」

「ああ。そうだな」


 どうやら、ヒノキは泥酔しても記憶がはっきりと残るタイプであるようだった。

 その言葉に間違いは無かったので、ハイガは肯定する。


「それのせいだよ、多分。カルおねーさんは、きっと誰かが自分に触れてるってことに慣れてて、おにーさんはそれを助長してるわけだ」


 ほう、とハイガは小さな感心のため息をついた。

 なるほど、言われてみればカルーアはフェールにいた時でもレーナによく抱き着いていた。

 そういう傾向があると言われれば、確かにその通りである。


 ハイガの見る限り、ヒノキという少女はあまりコミュニケーション能力には秀でていないように見えていたのであるが、それは間違いかもしれない。

 少なくとも、人を見る目はなかなかのようだ。


 ハイガはそんな感想を抱く一方である疑問を――『なら、ヒノキは誰かが自分に触れていることに慣れてないのか』と投げかけようと思ったが、やめた。

 踏み込み過ぎである。


「ま、そうかもな」


 ハイガの適当な肯定に、ヒノキはここぞとばかりに責め立てる。


「自覚あるんならなんとかしよーよ! ……そもそも、なんで三人で呑みに行って二人がいちゃついてるのさ。おかしくない?」


 酔ってて何も疑問に思わなかったオレもオレだけど、と呟きながら半眼でハイガを睨む。


「いや、まあ……そりゃ、そういうもんだから仕方ないだろ」


 さも当然とばかりにそう言うハイガに、ヒノキは陰鬱な調子で言う。


「忘れてた……確かオレ、昨日も最初はそう聞いたんだ。なんで酔ってても酔ってなくても応えが変わらないんだろ……」


 はあー、と大きくため息をつくヒノキに、ハイガは言った。


「本音は酔ってようが素面だろうが変わらないだろ。そういうことだ」

「……普段から酔っ払ってるのと変わらない、ってわけじゃなくて?」

「その可能性もあるな」


 その後、カルーアの腕の中でぐったりとするヒノキとの雑談を楽しむハイガであった。







「いつでもここに来てくださいね、ヒノキちゃん」

「俺もカルも歓迎するぞ」

「……ありがたいけどさ。おにーさんもおねーさんも、酒癖なおしておきなよ? 特にカルおねーさん」

「あ、あははー……」


 ヒノキに軽く睨まれてなんとも言えない表情で笑うカルーア。

 どうやらカルーアは酔っぱらうと記憶が飛ぶタイプのようで、とびとびにしか昨夜の記憶が残っていないようだった。


 目覚めた時も、ふぁー、と猫のようなあくびをして、またヒノキを抱き枕に寝入ろうとしていた。

 さすがにヒノキが不憫なのでハイガが起こしたが。


 既に、太陽は一番高いところを通り越している。


「俺たちがヒノキに連絡を取りたいときはどうすればいい?」

「あー、そうだな……。ほとんど住所不定みたいな扱いだと思うから、ギルドの伝言システムでも使ってくれればいいよ」

「わかった。……ところで、四階層にはすぐに挑戦するのか?」

「事前調査は重要だから。たぶん、一週間かもうちょい先になるんじゃないかな」

「しばらくは同じ階層ですから、ばったり出くわすかもですね」

「その時はよろしく頼むよ、カルおねーさん」


 それじゃ、と手短に別れの挨拶をすますと、ヒノキは昨夜歩いた道を戻っていった。

 随分とさっぱりとしたものである。


「ハイガさん……」

「ん? なんだ?」


 その後ろ姿をぽー、と見つめるカルーア。


「妹って、すごくいいですねえ……欲しいです」

「妹、か……まあ、俺は兄弟がいないから何ともなあ」


 ソウルブラザーはいるけどな、と心の中でひとりごちるハイガをよそに、カルーアは己の妹萌えを語る。


「いえ、私も姉妹はいないですけど。……でも、レーナがわたしにとってはお姉さんみたいなものでしたから。いつも助けてもらってました。……それがなんと言いましょうか、いざ年下の女の子を前にするとですね。なんとなく、反対に守ってあげたくなる気持ちっていうんですか? そういう気持ちが、こうふつふつと……」


 そう言いながら体の前でうにゃうにゃとよくわからない手の動きをするカルーア。

 ふつふつ感を表現しているらしい。

 その何とも言い表しがたい様子に脱力しながらも、ハイガは言わずにはいられなかった。


「いや、年齢はともかく、振る舞いはヒノキの方がカルより大人だぞ? それで姉的存在を名乗れるのか?」

「……! つまりハイガさんは、私に天地神明すらも凌駕する姉力につけろと……!?」

「言ってない」


 おお……!と天啓を得たようにわなわなと震えるカルーアを、ハイガは姉力ってなんだよと内心突っ込みながら家の中に促す。

 このわけのわからない言動、まだ酔っているのかもしれない。いや、たぶんそうだ。

 と、そこでふと気づいた。


(……魔術陣の解析頼むの忘れてた)


 しかしながら、このカルーアの様子なら次にヒノキに会いに行こうと言い出すのも、おそらくそう遠いことではない。

 なんとなく。

 そう、なんとなくではあるが、ヒノキがカルーアの腕の中でじたばたと喚いている様子が目に浮かぶ。

 その時のどさくさに紛れて解析アナライズすればいいか、とそんな火事場泥棒の如き発想を抱きながら、ハイガは家の中に戻った。


(それにしても幸薄そうだよな……)


 ……ヒノキという少女に対する、ハイガの感想である。

 その感想が全くもって正しかったとハイガたちが知ることとなるのは、これよりおよそ一週間の後のことであった。




今回若干短いですね。

次回からちょっと雰囲気暗めです。

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