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5 第一階層(2)




「……これで終了、と。カル、そっちも大丈夫か?」

「はい! 一匹も逃がしてないですよ」


 笑顔のカルーアだが、言葉の内容はなかなかにバイオレンスだ。


 二人の周囲に転がっている魔獣の名は風喰い鳥ウィンディーバードという。

 大型かつ肉食で、子供程度なら捕まえてさらうことのできる鳥型の魔獣である。

 また、緊急時には多量の大気を吸い込み、放出することで相手をひるませたり、加速をつけ逃げるという習性も持つ。


 肉食ではあるものの臆病で用心深く、数羽でコロニーをつくり、餌をとるときくらいにしか巣から出ないために発見するのに骨が折れる魔獣なのだが、【探索地図マップ】の前ではその居場所は丸裸であった。

 哀れにも、巣ごとの殲滅によりハイガたちのランクアップの一助と相成ったのである。




 風喰い鳥ウィンディーバードから討伐証明部位を切り取り、一人二十体の魔獣の討伐、すなわちランクアップ申請に必要な条件が満たされたのは時刻十五時頃であった。

 想定よりも幾分か早い終了である。


 実のところをいえば、当初はもう少し、時間がかりそうな雰囲気だったのだ。

 もちろんのこと、その原因はハイガが魔獣を狩ることに躊躇いを見せていたことである。

 魔獣とはいえその生命を絶つという行為。

 それに何の葛藤も伴わないわけがなく、割り切るといってもそう簡単なものではなかったのだ。


 とはいえカルーアもむやみに急かすのではなく、自然にハイガの抵抗感が薄れるのを待つ構えでいた。

 少女にしても数年前にハンターとなった当初には似たような状況を経験しており、慣れがその問題を解決してくれるのだと知っていたのだ。

 故に、ハイガがいっぱしの探索者としての心構えを手に入れるまでには、もう少しの時間がかかりそうだった……の、だが。


 ある一匹の魔獣がそれを変えた。

 その存在こそ、自分の糞を投げつけてくるといういやらしい特性を持った、フンナゲというあんまりにもあんまりに安直なネーミングの魔獣である。


 自分のために生き物の命を奪うということの葛藤……そんなものは、殺さねば汚物が降り注ぐという危機的状況の前には無意味だった。

 ハイガは慈悲を捨て、躊躇と葛藤をどこかに放り投げた。

 正確無比の岩石の投擲を前に、フンナゲは抵抗すらもなく無残な爆発四散を喫したのである。


 今のハイガはもはや数時間前までのハイガではない。

 慈悲の心を捨て去り冷徹な心を持った殺戮マッシーンである……とまでは言わないが、主にフンナゲのせいで魔獣の討伐に躊躇はなくなり、ここに存在するのは一人の新たな探索者であったのだ。




 転送陣ゲートにたどり着いたハイガとカルーアは、そのまま転送陣に乗るのではなく、その傍に建つ探索ギルド一階層窓口へと向かった。

 迷宮ダンジョンの中に探索ギルドの窓口があるというのはおかしな話のようにも思えるが、これはこのダンジョンの仕組みに端を発したものだ。


 各階層の帰還転送陣ゲートには、各階層を経由するものと、階層を飛ばして地上に帰還するものの二種類が存在する。

 つまりは階層から直接地上に帰還できるということであり、この仕組みは探索者にとってはありがたいことであるのだが、しかし同時に、ある危険をはらんでいる。


 そう――迷宮の魔獣ダンジョン・エネミーの、地上への侵入である。


 魔獣が転送陣ゲートを起動させることはできない。

 このことは言うまでもないことであるが、しかし穴はある。


 例えば、一階層などとは違う深階層で、強力な魔獣に探索者が遭遇したとき。

 探索者は転送陣ゲートを目指して逃げ、魔獣はその後を追う。

 探索者は必死の思いで転送陣ゲートへとたどり着き、まさに転送陣ゲートを起動させた瞬間、魔獣が転送陣の上にまで追い付いてしまい、魔獣が地上に侵入してしまう――。


 これは想像ではない。実際に幾度か起こってしまったことだ。

 戦闘領域ではない地上に、探索者が逃げざるを得ないほどに強力な魔獣が出現する。

 説明する必要もなく、それは悲劇と表現するほかない。

 探索ギルドはこれを防ぐために、各階層にギルドの窓口を設け、常に転送陣ゲートを信頼のおける実力者が監視するという体制を作り上げている。


 考えたくはないことだが、例えば、悪意を持って魔獣を転送陣ゲートに追い込み、地上へと送る輩。そういう存在がいないとも限らない。

 そういったテロまがいの行為を防ぐためにも、ギルドが帰還転送陣ゲートを監視するのは必須の行為だったのだ。


 もっとも探索者にとっても、各階層のギルド窓口で魔獣から得た素材をすぐに売却できるという利点が存在する。

 ギルドとしてもヘタにそのまま素材を地上に持ち込まれてギルド以外で売買されたりするよりは、迷宮内でそういったごたごたをすませておく方が好ましい。

 そういった理由で、各階層のギルド窓口は、それぞれ素材の鑑定・引き取り、そしてランクアップ手続きといった各種業務をこなせるように、それなりの規模を誇るのだ。




 ハイガとカルーアは素材鑑定窓口へと向かう。

 やはりこの時間帯に狩りを終える探索者というのも珍しいのか、閑散としている。


「すみません、ランクアップ認定お願いします」


 声をかけると、出てきたのは制服をしっかりと着込んだ男性のギルド員である。


「はい、お二人合算でのランクアップ申請でよろしいですか?」

「それでお願いします」


 了解すると男性は頷き、こちらのプレートを確認して奥へと引っ込んだ。


 少々待たされてから、先ほどの男性が再び窓口に現れる。

 が、困惑の表情を張り付けていた。


「申し訳ありません……ハイガ・ミッツヤードさんとカルーア・アレキサンドライトさんで合っていますね?」

「はい、俺がハイガ・ミッツヤードで、こっちが」

「カルーア・アレキサンドライトです」


 ぺこりとお辞儀をするカルーアに、しかし彼はますます困惑した様子で疑問を呈する。


「……ということは、お二人は今回が初めての探索ということで間違いありませんか?」

「そうですね」

「そうです」


 二人が答えると、やや不審げに男性は眉をひそめた。


「……ランクアップ条件は、探索者一人につき魔獣二十体の討伐であり、その証明がなければランクアップとならないのですが……」


 男性ギルド員の眼が二人を観察する。

 ハイガは何を不審に思われているのかを理解した。

 確かに、ハイガがザックを背負っているだけで、カルーアにいたっては杖以外に何も持っていない。

 その状態で魔獣四十匹分の討伐証明部位を所持していると主張するのは、いささかに無理がある。


「とりあえず、証明部位を鑑定させていただけますか?」


 ハイガたちを、ルールもろくに理解もせずにギルドに登録したルーキーだと考えたのだろう。

 ギルド員の声には、ほんの少しの冷ややかさが混じっている。

 ハイガはしかしながら慌てず、討伐証明部位を取り出し始めた。


「わかりました。それじゃ、まず突撃兎タックルラビットの証明部位、前腕爪を八個……」


 男性ギルド員はほう、と声を漏らした。

 一応、討伐証明部位という言葉の意味を知ってはいるのか、とでも言いたげな態度だ。


「次に、スライムの核が十四個……」


 ゴトン、ゴトンと握りこぶし大のスライムの核が、次々と積み上げられていく。

 男性ギルド員は、ん?と唸った。


 構わずにハイガは素材を取り出す。


「あと、風喰い鳥ウィンディー・バードの風切り羽が九本……」

「……!?」


 明らかに驚いた顔をする。

 当然だ、何せ風喰い鳥ウィンディー・バードの風切り羽はリュックサックを優に超す長さなのだから。


「最後に、軟甲亀の甲羅を九個……」

「!?!?!?」


 もはや男性ギルド員はあんぐりと口を開き、物も言えない。

 それはそうだろう、一つ一つがリュックサックと同じほどの大きさのものが、一つのリュックから九個出てきたのだから。


「全部で、四十体の討伐部位です。受理してもらえますか?」


 ハイガのその言葉に、ギルド員は目を白黒させることしかできなかった。




 もちろんのこと、これはザックにギチギチに素材を詰め込んだことにより実現したことである。

 ――というわけでは、さすがに無い。


 これはハイガの開発した魔術、【限解保持ボックス】によるものだ。

 【限解保持ボックス】とは、物資を重さを感じず、邪魔にならず、劣化しない状態で持ち運ぶために開発した魔術である。


 原理としては、対象物を最小の意味情報単位まで分解、観測できない状態を固定する、というもの。

 状態固定を解除、再び観測しなおすことで、物体は分解したときと完全に同じ姿・状態で復元されることになる。

 もちろんのこと、改めて観測するまでは未現状態として存在するために、重さも形も存在しない。


 一見とてつもなく、また便利な魔術であるが、しかし魔術としての難易度はかなり低い。

 これは魔術の本質、『現実を細分化し、虚構として観測しなおす』という過程を途中で固定しているというだけに過ぎないからである。


 ハイガは竜の鱗や牙、そして現金三千万エル分の金貨、そして討伐した魔獣の素材、朝に買った食物に至るまで、手に入れたほとんど全てのものをこの方法で保持している。

 カルーアもまた旅を通してこの魔術のことは知っており、驚きはしない。

 一応はザックを背負っているものの、ほとんどカモフラージュの為に背負っているだけである。


 ハイガは基本的に、戦闘ではある程度自重する気でいる。

 【乖離熱流バーナー】を開幕即ブッパ、などというのは楽かもしれないが、あまりにも意味がない。


 他者から見てまっとうな名声を得ること――ハイガの基本方針は、それだ。


 超威力の怪光線を無尽蔵に放つ存在を、いったい誰が人間と認識するだろうか?


 少なくともこの世界の人間にとってはそんな存在は怪物でしかなく、そう思われるのはハイガの望むところではない。

 人智を超えてはならない、しかし人並み外れた成果を得る――ハイガがこの世界において果たしたい最終的な目的の達成には、その微妙なさじ加減が求められるのだ。

 【乖離熱流バーナー】などといった魔術は秘匿の面から考えても、そのためには最悪としか言いようがない。


 しかしだからこそ、ハイガは【探索地図マップ】や【限解保持ボックス】といったいくらでも誤魔化しの効く魔術に関しては、自重する気はない。

 ハイガは他者からまっとうに見える・・・・・・・・名声を求めているというだけで、まっとうな方法で名声を得る気などさらさらないのだから。


 少なくとも無駄な物品をダンジョンに持ち込み、また素材をいちいち換金しに行くという面倒くささを思えば、まだ【限解保持ボックス】を使った方がマシだというのがハイガの判断だったのだ。




 結局、ランクアップの申請は簡単に通った。

 いかに異様な事態があったとて、規則は規則。

 男性ギルド員は狐につままれたような表情で、鉛でできた二人のプレートに刻印を施す。


「ランクはこのプレートについている刻印の数で判断するんですか?」


 ハイガが気になったことを聞くと、こちらのザックにちらちらと視線をくれながらも、ギルド員は言葉を返した。


「基本的にはそうです……が、それはランク0からランク2までのことです。それ以上のランクになると、金属自体の材質が違いますね」

「え、えっと……いいですか?」


 カルーアがギルド員の言葉の後に続いてすぐ質問をする。

 その小動物的雰囲気にほだされたのか、ギルド員はザックから視線をそらし、カルーアを向く。


「それじゃあ、その……なんていうか、プレートの偽造とか、簡単にできちゃうと思うんですけど……あっ、えっとその! 私たちがするってわけじゃなくて!」


 首を竦めるカルーアに、ギルド員は穏やかに微笑む。


「ええ、確かにそういうことをした探索者もいました」

「じゃあ、なんでこの方法を?」


 ハイガが聞くと、ニヤリ、と笑う。


「それはもちろん、迷宮ダンジョンは自己責任の世界だからです。……一応、ギルドではランク制を採用しておりますが、別にランクを無視して深い階層に潜っても、これといった処罰はありません」


 日に何百人、何千人と転送陣ゲートを探索者が通るので、毎回は確認できませんから、と言葉を続ける。


「結局は、探索者の実力次第です。こちらは最低限、一応の基準を設けます。その基準を守らない、そして実力のない探索者は死にます。自分の実力を高く見積もりすぎない、賢明な探索者は長く生き残ります。そして、賢明な探索者が自分の実力の基準にするのがランクだ、というただそれだけのことです」


 と、そこでいったん言葉を切って、改まった様子で言う。


「遅れましたが、ランクアップおめでとうございます……あなた方のこれからのますますのご活躍を期待しております」







 帰還転送陣ゲートをくぐると、もう月が昇ろうとしていた。

 なんだかんだかなり長居してしまったので、この時間となってしまったのだ。

 ハイガはカルーアの話に生返事しながらも、生まれて初めて体験した『迷宮』という理外の世界への興奮で、思考のみが活性化し、手に入れた情報の考察に没頭する。


(……それにしても実りが多かった。転送陣を実際に目にして体感したことがまず大きな収穫で、探索地図が迷宮内でも十分実用に耐えるというのも素晴らしい。しかし……疑問も多い。なぜそもそも、地上と比べても遜色のない世界が、迷宮という形で存在するのか……? ……迷宮内環境がどのような生態サイクルで保たれているのかを考えると……環境における頂点捕食者の存在が、魔獣というよりはむしろ……いや、というよりもその存在が前提として存在するからこそ……)


 思考に耽るハイガの意識は、背伸びをして耳をつまんできた少女の存在により現実に引き戻される。


「――イガさん、ハイガさん!」

「……ん。……すまん、なんだ?」

「やっぱり聞いてない……」


 はあー、とその小さな肩を落ち込ませるカルーア。


(……悪い癖だ)


 興味を惹くことがあればそちらばかりに思考を傾けて没頭してしまい、人の話を聞かない……ハイガ自身認識しつつも、いっこうに治せない悪癖である。

 このような時、ハイガの知っているカルーアの機嫌を直す方法というのは、だいたい一つにしぼられている。


「酒でも飲むか。……行こう」

「あっ……もう」


 ポン、とカルーアの頭に手を乗せると、カルーアは若干複雑そうながらも、その表情を柔らかくする。

 結局、探索者としての初収入約12000エルは、即座に呑み代へと消えたのだった。





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