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4 第一階層(1)



 一階層にたどり着いた時点で、探索者たちは三々五々に散らばってゆく。


 すぐに、転送陣ゲートの傍に立つのはハイガとカルーアだけになった。

 目の前には踏み固められた道……のように見えるものがあり、この転送陣ゲートと帰還転送陣ゲートを直線で結んでいる。


 この一階層を探索しようという人間はともかく、二階層、三階層、さらにその先を目指す探索者たちにとってはこの一階層は通過するだけの階層でしかない。

 一階層で狩れる魔獣のそのことごとくが、迷宮発見から二百年の経過した現在においては、素材としてそう貴重というほどではない獲物と認識されていることがその大きな理由だろう。

 故に彼らはこの階層を素通りし、寄り道もせずに次の階層への転送陣ゲートへと向かうため、二つの転送陣ゲートを結ぶ直線が踏み固められた、道のようになっているのだ。


 ハイガは周囲を見渡す。

 背の高くない草が生い茂り、所々に岩場や木々が散在する。

 雰囲気としてはフェール周辺によく似ており、なるほど、草原という表現に間違いはないだろう。

 ハイガは転送陣ゲートを見つめて軽く頷く。


(正直、この転送陣ゲートを解析したくてたまらない、が……)


 情熱は燃え盛っている。未知を己の手にしたくてたまらない。

 しかし、現実としては今ここでできることはない。

 探求は一朝一夕になるものではないということもまた、ハイガは知っていた。


 実際に転送を体験した。とりあえずはそれが収穫だろうか。

 ならばここに立ち止まっている意味もなく、名残惜しいが探索に向かうべきだ。

 ハイガは目の間に広がる大平原に意識を移す。


「よし、じゃあ行くか」

「えっ……あっ、はい! ……よく思いますけど、ハイガさんって気持ちの切り替えがはっきりしすぎですよ……わかってます、わかってますけど」


 少々諦め気味に呟く少女。

 伊達に一緒に過ごしていたわけではない。ハイガのそういった性向を理解しているのだ。

 小さなため息をついて、自身もまた気持ちを切り替えてハイガに聞く。


「今日のうちにランクアップする、でいいんですよね?」

「ああ。正直、こんなところに留まっていられないからな」


 昨日探索ギルドで得た情報からすれば、よほどの油断でもなければこの階層では大した警戒は必要でなく、さっさと抜けてしまうべきだ、というのがハイガの考えだった。


 この迷宮が発見された当時はその珍しさから高く素材が取引されたらしいが、今となってはこの階層で得られる素材といえば、精々数百エルで買い取ってもらえれば御の字というところ。

 一般人でも簡単に生還できる階層であるため、供給が追いついているのだ。

 ならば、そんな身入りの悪いところはすぐにでも抜けるのが得策というものだろう。


「ランクアップ条件は……確か、なんでもいいから魔獣の討伐証明を二十体ですね」

「ああ……なんでもいいからってのがまた適当だよな。この階層は魔獣が狩られすぎて一部絶滅した魔獣もいるらしいから、その影響なんだろうが」


 実際、魔獣である――というか野生動物であるからには一般人にはそれなりに危険なのだが、魔術師にとってみれば戦闘経験にもならないレベル。

 とりあえず、ハイガはそう聞いている。

 まだ見てもいないうちから舐め過ぎと言ってしまえばそれまでだが、これまで見てきた探索者たちには、ハイガが脅威を感じるような存在もいなかった。

 それが雑魚と表現するのだから、それはもう間違いなく雑魚なのだろうと判断していた。


 とはいえ、二十体という数。一日で狩れる数ではない。

 戦力的体力的問題ではなく、そもそも遭遇できないだろう。


 が――竜を倒してからの二ヶ月間。

 それだけの時間は、ハイガに新たな魔術をもたらしていた。


「行くぞ……【探索地図マップ】」


 ハイガの脳内に、周囲の半径一キロ以内の地形、そして魔獣の居場所が浮かび上がる。


 この魔術は、ハイガの感覚器官から得た情報を第二の脳マギ・サーキットが解析、結果だけをハイガにフィードバックする魔術である。


 人間の感覚器官は莫大な情報を受け取り、そのうちのほんの一部を感覚として人間にフィードバックしている。

 ハイガはこれまで【感知拡大サーチ】により、通常では受け取れないレベルの情報を感知し、解析していた。

 しかし、たとえハイガであっても、感覚器官から取り入れる莫大な情報を、全く取捨選択せずにそのまま受け取ることはできない。

 仮にそんなことをすれば、ハイガの脳細胞は莫大な情報量に破壊されてしまう。


 しかし、第二の脳マギ・サーキットの存在がその限界を突破させた。

 魔術の発動、維持に特化し、具体的なスペック上限というものを有さない第二の脳マギ・サーキットであれば――不可能は、可能と化す。


 ハイガは【感知拡大サーチ】と【解析アナライズ】を組み合わせ、情報の解析を第二の脳マギ・サーキットに任せたのである。

 これにより精度が上昇。

 さらには魔獣の種類と詳細な位置が判断でき、魔術行使によるハイガの精神疲労も生じないという非常に使い勝手の良い魔術が生まれた。

 それこそが【探索地図マップ】である。


 なお、余談ではあるが。

 カルーアがこの魔術の完成をハイガからウキウキで自慢された際、【感知拡大サーチ】となにも違いが判らなかったため、少女は疑問符を浮かべてこてんと頭をかしげる、というハイガの心を粉々に打ち砕くリアクションをとらざるを得なかった――という逸話の存在する、哀しみの魔術でもある。


「よし……大体分かった。サクサク行くぞ」


 言い残し、ハイガは走り出す。


 【探索地図マップ】を終了し、【身体強化ドープ】を第二の脳マギ・サーキットに展開させる。


 このイーリアにたどり着くまでの、特別長くはないがそれでも十分な時間。

 竜と戦ったときとは異なり、ハイガはすでに身体強化時の身体の動かし方を把握している。


 数歩先んじて走り出したハイガ。

 しかし、目的の魔獣にたどり着いたのはカルーアと同時であった。

 身体強化を習得したハイガだが、しかし動きの俊敏さに関してはカルーアに劣る。

 幼い頃より身体強化を使いこなして魔術師として活動してきたカルーアとは、身体強化時の身体操作への慣熟度に差がありすぎるのだ。

 このあたり、もともと魔術などなかった世界からとばされてきたハイガには追い付きようもない分野である。


 さらにいえば、身体強化の強度と比してカルーアはあまりに身軽であり、その点も彼女の敏捷性の高さに一息買っていた。

 グラスウルフという走力に特化した魔獣から十数キロを逃げたというその事実だけでも、その尋常でなさはわかろうというものだ。


 さて、そんな鉄砲玉系少女カルーアだが、目の前に存在するなんかぶよぶよした物体に嫌悪感を示していた。


「……なんですかあのぶよぶよしたの」

「……多分、スライムだな……キモいな」

「……見ていたくないです」


 この迷宮には、地上に存在しない固有の魔獣が多く存在する。

 このスライムというのはその一種で、半透明のゲル状の身体と核から成る。


 しかしゲル状の体は案外に固く、一般人では核を取り出すことは難しい。

 そのうえ高い自己再生能力を持つため、ちまちま切りつけたり突き刺したりという物理攻撃はあまり効かない。

 常人にとっては、かなり厄介な相手だ。


 とはいえそれは魔術師には当てはまらない話で、殴れば簡単に爆散する。

 厚さにはよるが鉄板すら貫通する魔術師の拳に、スライムなど寒天とそう変わった存在ではない。

 しかし、ハイガにはこの目の前のスライムを爆散するのは憚られていた。

 その理由というのが――


「……ちょっとすみません、きついです」


 カルーアは、すっ、と目を逸らす。


 ――そう、半消化の小動物を身体の中に宿していることだった。

 スライムは全身から捕食粘液を出して食物を捕まえる。

 だが、スライムの身体というのは半透明である。

 当然として、消化中の小動物は皮膚の下の筋肉や血管をのぞかせた状態で見えてしまうのだ。


 大自然の営みの一部として大いなる愛をもって、溶き虫スライムをしめやかに爆散させることこそがもしかしたら魔術師として正しい行動なのかもしれなかったが、その見た目のグロさから関わりたくなかったので違う魔獣を【探索地図マップ】で探す。


「……スライム以外でお願いします」

「了解」


 げんなりした声のカルーアに応えて、スライム以外の魔獣を探した。

 






 風。

 大平原を吹き抜ける風。

 ハイガはその清涼さに目を細めながら、できる限り足元の存在に注意を向けないように遠い遠い空を見つめた。


 ゆっくりと流れる雲。

 どこまでも青い空。

 そして……ごすーんごすーんという音。


 ハイガは大きく息を吐き、自分がこの迷宮都市に来た理由を反芻する。


 迷宮を踏破する中で、そこに用いられている魔術を研究すること。

 クラック・クロックの痕跡を追うこと。

 そして、ある目的を成し遂げるために必要となる名誉と実績を手に入れること。


 そのためには、この第一階層などにかかずらっている暇はない。

 せっかく【探索地図マップ】という迷宮にぴったりの魔術も開発したのだから、さっさと攻略するべきだった。


 そう、手段など選んでいられないのである。

 だというのに。

 だというのに――!


「なぜっ……! 外見だけ可愛らしい……!?」


 ――手段は選ばないはずなのだが。


 【探索地図マップ】で探した先にいた生物は、突撃兎タックルラビットという魔獣だった。

 体調は一メートルほど、外見は兎そのままで、しかし獲物と見ると凄まじい勢いで突進してくる。

 この一階層では最も危険な魔獣だ、ということなのだが……


 ごすーん。ごすーん。


 気の抜ける音を立ててハイガに激突してくる突撃兎。

 突進は確かに危険だ。一般人であれば昏倒するだろう。

 しかし、それは一般人にとってのことであって、魔術師にとってはじゃれかかってくるのと変わらなかった。


(あ……なんか定期的に足元が毛皮と兎の体温に包まれて……癒される……)


 一瞬だけ忘我に包まれて、ハイガは本来の目的を思い出した。


「くっ……動け俺の右腕……!」


 ただ、右腕を振り抜けばいいのだ。

 それだけでこの突撃兎は骸となる。

 が……なかなかその右手は動こうとしなかった。


 ハイガは基本的に現代人である。

 確かにアマゾンに置き去りにされたりネルヴァ大森林で目覚めたりと、食に困った時は獣を狩ってきた。

 また、旅の道中のように獣に襲われて身の危険があれば、魔獣を倒すことに躊躇はない。


 しかし、逆を言えばそうでもない限りは殺生はしない。

 よくよく考えれば、探索者って自分に向いていないのではないのかと思うハイガ。

 けれども、躊躇している場合ではないのだ。

 この突撃兎は自分に突撃している。

 ということは、餌だと思われているのだから。


 探索者として成り上がるのなら、こんなところで足踏みはしていられない。

 心を鬼にしろ――!


(……許せ!)


 ぎこちなく腕を振るうハイガ。

 一瞬の衝撃。


 そこには、ぽっくりと逝った突撃兎が転がっていた。


「ハイガさーん」


 と、そこにかかるカルーアの声。


 カルーアもまた、この可愛らしい生物を狩るのに躊躇したのだろう。

 わかる。非常にわかる。

 むしろわかりすぎてつらい。

 仕方がない、また【探索地図マップ】で、今度は憎たらしい雰囲気の魔獣でも探すか――とハイガがそう言おうとした矢先。


 ドゴン、と音がした。


 見れば、そこにはカドゥケウスで三匹まとめて宙を舞い、吹き飛ばされる突撃兎。

 文字通りの昇天である。


「なにしてるんですか? 次に行きましょう」


 不思議そうな顔のカルーア。

 少女には魔獣に向ける慈悲などなかった。


(……そうだな。カルは狩人だった……)


 ハイガは天を仰ぐ。

 そもそもカルーアはハンターだ。

 躊躇があるはずがない。


「……次行くか」

「はいっ!」


 そういうものだ、と熟練の切り替えっぷりを発揮して次の魔獣を探すハイガだった。




ふと、「スライムとか狩ってどうすんの?……食うの?」という疑問に駆られまして。

『スライム おいしい』で検索したところ、『クックパッドで150件のスライムのレシピが存在します』と表示されて「!?!?!?」ってなりました。




ええ、もちろんスライム型のクッキーやらおにぎりやらでした。

残念ながら、我が国では未だスライムの食用利用は進んでいないようです。

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