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3 未だ至らぬ魔の域



 探索者の朝は早い。


 日は登り切らず、光の色に朱を混ぜる。

 まだ朝を告げる鳥の声もまばらな時間帯に、ハイガとカルーアは既に行動を開始していた。


「……ちょっと早すぎるよな?」

「でも、この時間帯が人も少ないみたいですし……」


 時刻は朝の五時。

 起きている人間が少ないのも当たり前だ。


「カルは本当、起きるのが早いよな……」

「っていうかたぶん、ハイガさんが寝てないだけですよ?」

「いや、仕方ないだろ……」


 なんで一緒に寝ないんですか、と小さく呟くカルーアを尻目に、ふぁ、とあくびをかみ殺すはハイガ。

 就寝したのが午前二時である。

 昨日一日を情報収集にあててそのまま寝入ったカルーアと違い、その後に一人、高めのテンションで魔術工房を作っていたのだ。

 要するに自業自得である。


 まだ人の少ない通りを歩き、探索ギルドへ向かう。

 早朝に迷宮に向かう探索者も珍しくないのか、ちらほらと露店が既に開かれている。


「そこの二人、迷宮か? 買ってけ!」


 非常にワイルドに呼びかけてきた店に少し立ち寄り、食料と水を買い込む。


「その年で迷宮たぁすげえな。……俺も昔はブイブイと」


 語りだす武勇伝の内容から察するに、この男も元探索者の魔術師といったところだろうか。

 いやそれ以前に、桃色のエプロンを押し上げている巌のごとき筋肉が、目の前の男が魔術師であることを如実に表しているのだが。


「あの、もう行くので……」

「……おお、引き留めてすまんな! フェアリーの幸運を!」


 延々続く遮ると、男はサムズアップしながらこちらを見送った。


(フェアリー?)


 その耳慣れない言葉に久しぶりに『声』に問いかけるも、反応はない。

 この迷宮都市固有の言い回しなのだろうか?


 探索ギルドの手前までくると探索者たちの姿が増えてくる。

 観察してみると、装備としては革製の鎧と物品を詰め込むためのザック、というのが標準だろうか。


 それに加えて、人によってはマントを羽織ったり、肩パッドをつけたり、メリケンサックをガツンガツン両手で打ち合わせていたりする。

 ……ドラミング的な何かか?

 一瞬、そう思ったハイガだったが、たぶん貧乏ゆすりみたいなものなのだろう。


 ちなみにハイガとカルーアは二人とも、革の軽鎧といういでたちだ。

 それに加えて、ハイガはザックを背負い、カルーアはカドゥケウスを携えている。

 ハイガとしてはマントを羽織って格好つけてバサァッ!とかちょっとやってみたかったのだが、迷宮には森林階層もある。

 引っかかって邪魔になることが目に見えていたので諦めた。


 人の流れに沿うように探索ギルドの中を進む。

 ガヤガヤとなかなかに騒がしい。

 探索者たちの塊を観察するに、どうやら迷宮の探索は少人数でのパーティーを組んで行うのが主流であるようだ。


 当たり前のことだが、大人数である方が安全を確保しやすい。だがそれと同時に取り分が減るため、あまり大人数では具合が悪いのもまた当然だ。

 その辺りの釣り合いが取れるのが、三—五人という少人数でのパーティーなのだろう。


(……戦力補強、なあ)


 今の所ハイガは、基本的にカルーアと二人で迷宮に潜るつもりでいる。 

 旅の間はそれで問題なかったし、何よりも信頼がある。

 が、将来的なことをいえば二人では厳しくなるかもしれない。

 戦力という意味ではなく、手数という意味で。


(迷宮が階層で存在する以上、攻略速度は安全に直結する……か)


 一見して目を惹く迷宮の特徴というのは、狩場としての良好さである。

 しかし、実のところそれよりもさらに特徴的なことは、危険地域めいきゅうと外が明確に区切られている、という事実だとハイガは考えている。

 どれだけ致命的な状況であろうとも、とりあえず出口に逃げ込めば生き延びることができる……これがどれだけの有利であることか。


 ハイガがカルーアと出会った時のことを思い返せば分かりやすいかもしれない。

 仮にあそこが迷宮であれば、カルーアは『出口にたどり着けばいい』という明確な方策を立てることができた。

 さらにカルーアの俊足を鑑みれば、それは成功する公算が高かった、と言える。


(……だからこそ迷宮における勝利は、『敗北しないこと』ではなく『出口にたどり着くこと』だと考えるべきだ)


 敗北は失敗だが、イコールで死ではない。

 生きて帰るこさえできれば、次に生かすための経験とできる。

 だからこその、出口にたどり着くことの重視……そのためには、手数こそが重要な要素だ。


 手数が増えればそれだけ攻略速度が上がり、それは出口に余裕を持ってたどりつけること、すなわち安全を確保することに繋がる。

 たとえ戦力的に不足がなくとも、パーティーの人数を増やすことにはれっきとした意味がある。

 できるならばあと一人くらいは、仲間を増やすことを検討すべきだろう。


 少し脳内シミュレーションしてみる。


 ――のっしのっしと、地響きを伴ってハイガとカルーアとともに迷宮を闊歩する魔術師のうきん

 重量級の体は重厚にして巨大、誇らしげに肉体を乱舞、男汁あせを巻き散らす。

 その鋼の如き筋肉で魔獣を絞め殺し、叩き潰し、雄叫びをあげる――


(……ないな)


 精神衛生上、そんなのと一緒に迷宮に潜りたくない。 

 絶対暑苦しい。


 別にマッシヴな肉体に憧れないわけじゃない。

 ハイガも男だ、ムキムキな筋肉に素直に賞賛の気持ちはある。

 でもパーティーメンバーには欲しくない。本気で欲しくない。


 攻略の仲間は欲しい。でも脳筋は嫌だ。気分的にほんと嫌だ。

 二律背反に頭を悩ませながらも、ハイガは迷宮の入り口に向かった。







 さて、ここで迷宮というものについて軽く説明しておこう。


 このイーリアという都市に存在する迷宮は、厳密にはイーリアには存在しない。

 正しく表現するならば迷宮とはここではないどこかであり、このイーリアにはそこへと探索者を転送するための転送陣ゲートが存在するに過ぎないのだ。


 では、転送された先の迷宮がどんな場所かと言えば、一見それもまた迷宮とはいいがたい。

 何せ、転送陣から転送された探索者が目にするのは青い空の広がる大平原なのであるから。

魔獣が存在するものの、迷宮といった様子は感じられない。


 ではなぜ、この転送陣ゲートの先が迷宮と呼ばれているのか?


 答えは、この平原にもさらに、先へ進むための転送陣ゲートが存在するためだ。

 その転送陣の先は一階層の平原とは異なり、荒地に近い植生となっている。

 二階層を抜ければ今度は森となっている三階層、といった具合に、階層を探索することで次なる階層へと向かうための転送陣を発見することができる。


 人々は、そのどれだけの世界が連なっているのか想像もつかない様子を指して、転送陣の先を『迷宮ダンジョン』と呼んだ。

 つまるところ一つの階層というのは地表と環境の全く異なる異界となっており、それゆえ地上では見られない魔獣や素材を手に入れることができるのだ。


 これまでに解放された最深階層は第八階層である。

 少ないと感じるかもしれないが、それぞれの階層がとてつもない広さを有する一つの世界である。

 二百年の間に八つの世界を開拓したと言い換えれば、決してその歩みは馬鹿にできるものではない。


 ちなみに、十八年前に第八階層を解放した探索者こそが現フェール魔術ギルドマスター、アレックズ・ガーレフである。

 その偉大な働きを以ってして、ガーレフは未だこのイーリアという迷宮都市においてとてつもない知名度を誇っている。


 階層を開放する速度は、年月を経るごとにだんだんと鈍ってきている。

 特にこの五十年では、ガーレフの踏破した第八階層しか解放されていない。

 とはいえこれは、決して探索者の質が下がったということを示すわけではない。

 階層を経るごとに、どういった理由か魔獣たちがその強靭さを増すからだ。


 この、階層を進むごとに魔獣の強さが増すという仕組みこそが新たな階層の解放を阻む枷となっている。

 解放されていない階層に侵入してしまえば、帰還転送陣にたどり着いて万に一つの英雄となるか、死してありふれた屍となるかのどちらかだ。

 さらなる強敵が潜むであろう深階層に挑む気概のあるものなど、そうそういはしない。


 探索ギルドでは一応、探索者たちが身の程に合わない階層に迷い込んでしまうことの無いように、ランクというものを設定している。

 ランクの数字は探索可能階層から一を引いた数字と一致しており、ハイガとカルーアの例でいえば二人のランクは0……つまり、一階層の探索だけを許されているということだ。


 そして、ランクは探索者としての活動の実績により上げることができる。

 例えばある階層では特定の魔獣を十体、そしてその他数種の魔獣を五体ずつ討伐すること――といった具合に、ギルドがその階層に設定した条件をクリアすることでランクが上昇、つまり次の階層を探索するための権利が与えられる。


 一般に、ランクが1上昇するたびに収入は二倍になると言われている。

 深階層の魔獣の素材は希少であり、高値で取引されるからだ。

 それゆえ探索者たちは必死でランクの上昇を目指すのだが、それでもランクの全体の平均は3ほどであり、最上位のランク8ともなれば数人しか存在しない。


 探索者たちはランクの上昇を目指して今日も迷宮に潜る。

 強者へと至るか、もしくは骸に還るか。

 その選択は、攻略を行う探索者自身に委ねられている。







 転送室につくと、既に先客が何名か手持無沙汰に立っていた。

 一つの転送陣の大きさは直径十メートルほど、それなりの人数がそろってから転送するようだ。

 カルーアはそこだけ質感の違う、床材の貴石に刻まれた転送陣を見渡して感嘆の声を上げ、そしてちょっと小首をかしげてハイガに尋ねる。


「……ハイガさんハイガさん。これって、やっぱりハイガさんの使う魔術と同じものなんですか?」


 答えは無かった。

 ハイガは固まっている。

 目は大きく見開かれ、周囲を認識できているのかすら定かではない。


「ハ、ハイガさーん? あの、えっと……聞いてますー?」

 

 ハイガは言葉を発さない。

 どころか、カルーアの言葉を聞いている様子すらない。


「……や、やっほー」


 俯く顔の前で手をひらひら。

 それでもハイガは反応しない。

 カルーアは若干涙目になりながら声をかける。


「こ、心が……っ! 放置されてると、心が折れそうです……」

 

 と、不意にハイガは顔を上げる。

 カルーアが何かを口にする暇もなく。

 ガバッと。

 ハイガはカルーアを抱きしめた。


「「「……………………!?!?!?!?」」」


 その場に手持無沙汰でいた探索者たちの間に、困惑と困惑と困惑の空気が流れる。


「ハ、ハイガさんっ!? ちょ……嬉しいですけど! 嬉しいですけど、人前ですっ!」


 もちろんのことカルーアも混乱に包まれて、慌てた声を出す。

 ハイガは困惑の空気もカルーアの制止も全く耳に入れず、カルーアを抱きしめたままその場でぐるぐると回転した。


 あえて表現すれば、そう。

 『バカップルっぽい』が適正だ。

 ここの背景がお花畑であれば絵になったのかもしれないが、残念ながらここは石の壁と転送陣の床に囲まれ、しかもギャラリーはエクストリームマッチョたちである。

 メルヘェンな風情は一欠けらもなかった。


 ぐるんぐるんと二三回転して、ようやくカルーアを離す。

 カルーアは一瞬、によによした顔のままで、それから正気に戻った。


「ハ、ハイガさんっ! 一体、どうし――――」


 カルーアはそこまで言いかけて、言葉を失った。

 ハイガの魔法陣を見つめる瞳は、ギラギラと、なにか人ならざるもののように輝いている。


「すごい。カル、これはすごい、とてつもないぞ。なんせ――」


 こちらなど全く見ていない、魔法陣にだけ注目しているハイガだが、なぜかカルーアにはハイガの浮かべている表情がわかった。

 果たして、これほどまでに喜悦に塗れた顔を人間はできるのだろうかと軽く考え込みたくなるほどの歓喜。

 それを浮かべたまま、ハイガは言い放った。


「――全く、さっぱり意味が分からないぞ、この魔術陣!」


 きらきらと。

 語る内容に反して、ハイガの表情はこの世界に来てから一番輝いていた。




(間違いなく、魔術陣――それはまず間違いない)


 転送の頭数がそろったのか、転送の準備をするギルド職員を尻目にハイガは思考を続ける。


 周囲に漂う言い表しようもない微妙な空気は無視だ。

 ぽかーん、としたままのカルーアも無視だ。

 というより、ハイガはそれらに気づいてすらなかった。

 カルーアを抱きしめたのさえ、あまりの喜びに抑えきれない衝動が形をとっただけのこと。ハイガの意識にはなかった。


(ただし、この魔術陣はある欠点――俺が解決法を全く見つけられなかった問題を幾つか克服している。……転送陣として言葉通りに作用するならば、だが)



 思考。没頭。

 周囲には目もくれずただ興味のあることだけに集中するこの姿こそ、ある意味でハイガの魔術師として最もそれらしい姿だ。


(つまり、『意識ある存在』……人間を転送させることに成功させている、ということ)


 それは『転送陣ゲート』というものの存在を聞いてからずっとハイガが考え続けてきたことであった。

 有意識体を直接魔術の対象とする……それも、直接肉体に干渉する形で。


 魔力計測器とは訳が違う。

 魔力計測器の場合は、あえて直接の走査は施さず、人体から五十センチ以上離れた場所――つまり、自己観測の極端に小さくなる距離から、チューブ状の魔術陣により走査していた。


 が、転送陣は違う。

 直接肉体に干渉し、あまつさえ移動を成す。

 それはつまり、有意識体の自己観測、さらには肉体定義すら遥かに凌駕する強度の虚構を観測していることに他ならない。


 ハイガはそれを、ほとんど不可能なことであると考えていた。

 そうでなければ竜を相手に戦う際にわざわざ竜の体に魔術陣を刻むなどという、あまりにリスクの高い戦い方をする必要などなかった。


 実のところハイガは当初、半信半疑だったのだ。

 本当に転送陣ゲートなるものが存在するのか、と。

 もしかすれば、何か大規模な詐術に過ぎないのではないか、と。

 しかし、実物を見てしまえばそんな思いは吹き飛んでしまう。

 なにしろ――


(解析、できない……!)


 そう、ハイガはその魔術陣を解析することができなかった。

 ハイガが、魔術陣であることを理解しながら解析できない――だから何だと思ってしまうかもしれないが、実のところこれはとてつもない矛盾だ。


 なぜならば、ハイガの有する『魔術の起源マジック・オブ・オリジン』とは、ありとあらゆる魔術構成の根幹を成すものであるはずなのだ。

 その最重要部を理解しながら、各魔術陣の些細な差異を解析できないということが、どれだけありえないことであるか。


 理由を考えるならば、一つしかない。


(――俺の知らない法則が存在する、ということ)


 それはつまり、ハイガの修めた現代科学では認識すらなされていなかった、何らかの法則が存在しているという事実を指し示しているのだ。


 例えるならばハイガの今の状態は、さながら平仮名とカタカナだけが読めるようなものだ。

 平仮名とカタカナだけの文であれば問題なく読めるが、漢字交じりの文になると漢字の部分が穴あきの文と化し、意味を拾うことができなくなる。

 

 読み方に問題があるのではなく、単純に読み取るための知識が不足している。

 この魔術陣に言い換えればつまり、概形を読み取れていても、肝心のどうやって人間の干渉力を突破しているのかという部分に、ハイガが触れたことすらない概念が用いられているのだ。


 だからこそ、ハイガは笑う。


(――未知はいい。未知は素晴らしい!)


 その概念をハイガが理解すれば、ハイガの魔術は次元を一つ上げることとなる。

 それこそがハイガの願ってやまない、魔術の探究というものだ。


 この世界に来てから、発想として思いつけないものには出会ってきた。

 しかし、単純な魔術師としての手腕の至らなさを感じたのは、ハイガにとって初めてだった。


 探究すること……ハイガはその苦しみと喜びを、誰よりも知っている。

 他ならぬ、自分自身が通ってきた道のりなのだから。


(魔術。魔術。魔術を、魔術よ! ――まだ、先があったのか!)


 ハイガは自分でも知らぬうちに、牙を剥いた獣のように笑んだ。




 転送陣ゲートが淡く光を発し、次の瞬間には部屋全体が白い光に包まれる。

 そして、目を開いたハイガとカルーアの目の前に広がるのはギルドの石の壁ではない。

 頬を撫でる風、肌をさす日差し。

 二人は、迷宮ダンジョンの一階層に立っていた。




副題『俺は登り続けるぜ、この魔術坂をよ……!』


しっかし説明文です。

でもこれでも説明部を二分一に圧縮したという事実。許してください。


あ、短編『探偵、踊るべし』を投稿しました。

この小説と全然違う雰囲気の、何も考えずに書いたテンションだけのギャグ小説です。

よろしければ作者ページからどうぞー。


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