2 探索ギルド
「ここが探索ギルドですか……」
はー、とため息を漏らすカルーア。
現代日本の巨大建築というものに慣れ親しんできたハイガだが、しかしそのハイガにとっても、この建物は巨大という一言に尽きる。
石造りで威風堂々と視線を占領するその有様には感嘆を示さざるを得ない。
「ダンジョンの入り口がここらしいからな……」
周囲は朝だというのにざわざわと、様々な声が溢れる。
「三階層! 誰か組まねえかーー!?」「武器、売ってますよー! イーベック商会をよろしく!」「ポーション! 高品質ポーション本日限りだ!!」「荷物持ちいりませんかー!」「ギルドの不公正を正せー! 我々は公正なる機会の均等を希求する!」
仲間を募集する魔術師、ここぞとばかりに声高らかな商人、ポーター、近寄りがたい人種……。
様々な人間が大声で騒ぎ立てる。
これほどの、喧しいほどの繁栄を築き上げたその端緒がここに存在する。
むしろ巨大でなくては格好がつかないというものなのだろう。
「……気楽にな。今日は登録だけだから」
「そ、そうですね」
緊張をほぐすようなハイガの言葉に勇気づけられ、カルーアもまたハイガの横に並んで探索ギルドの門をくぐった。
建物の内部の装飾の華やかさに目を奪われ、若干迷子になりかけながらハイガとカルーアがやってきたのは探索ギルドの登録窓口である。
この都市では毎日何人もの魔術師が死に、行方不明になり、そしてそれを補うように魔術師が流入してくる。
探索者になりたい魔術師が毎日やってくるために、フェールなどとは違い登録の窓口が個別で存在しているというわけだ。
手持無沙汰にしゃべりながら待っていると、さすがにイーリアに入場するときのように待たされるということもなく、十数分ほどで順番が回ってきた。
「……ええと、ハイガ・ミッツヤードさんと、それにカルーア・アレキサンドライトさん。ようこそ探索ギルドへ」
そう言ってにっこりと笑いかけるのは、笑顔の素敵な受付嬢だった。
「どうも初めまして。よろしくお願いします」
「……よろしくお願いします」
カルーアはいつもより若干元気がない。
見ると、少々複雑な視線で受付嬢を見つめている。
ハイガは少し考えて、カルーアも緊張しているのだという平凡な結論に至った。
「……ところでお二人様、探索ギルドへの推薦状をお持ちですか?」
「ああ、はい」
懐からガーレフの紹介状を取り出して手渡すハイガ。
受付嬢はさっと目を通し、僅かに頷く。
「……はい、確かに。では、申し訳ありませんが、係の者がお二人をお連れしますので、少々おかけになってお待ちください」
そう言い、ハイガに紹介状を返す受付嬢。
ハイガは困惑の伴った口調で聞き返す。
「ここで登録ができるわけでは?」
その問いに、受付嬢は微笑んで言葉を返す。
「はい。本来はそうなのですが……少々事情がございまして」
柔らかいが、問答を拒否した笑顔。
自分からは答えられないという意思をはっきりと乗せた表情に、ハイガは頷くしかなかった。
「……わかりました。じゃあカル、とりあえず座って……何やってるんだ?」
見れば、何やら胸の前で手を構えて難しそうな表情をしている。
そう、例えば。
実際には存在しないものを、イメージで補完するような。
「え? ……あっ、何でもないですから!」
カルーアはあわてて席を立つ。
ハイガも首をかしげながらそのあとに続く。
振り返ると、ちょうど受付嬢がお辞儀をしてから上体を起こすところで、胸が主張するように揺れていた。
待つ、と言っても五分もかからず、すぐに案内の人間が来た。
後について歩いていくと、曲がり角をやたらと曲がったり階段を上がったり下がったりと文字通りの紆余曲折の末、ある一室の前で案内人は立ちどまる。
静かにお辞儀をして、扉の傍に控える。
ハイガとカルーアだけで入れというのだろう。
改めて周囲を見回すと、溢れかえっていた魔術師たちは姿を見せず、あのにぎやかさが嘘のような静謐さに包まれている。
装飾もどこか上品だ。
とりあえず立場の高い人間の部屋なんだろうと適当なあたりをつけてドアノブを回す。
かちゃり、とかすかな音を立てて扉が開く。
一応、『失礼します』と声をかけて部屋に入ると、ひょろっとしたオッサンが部屋の中には一人。
椅子から立ち上がり、ハイガとカルーアを出迎える。
「アルドといいます。この探索ギルドの長、ということになりますね。どうぞ、お見知りおきを」
その柔らかな物腰と弱弱しそうな外見からはとてもギルドマスターには見えない……が、人は見かけによらないらしい。
というよりも、フェールではガーレフという魔術師のハイエンドのような人物がギルドマスターであったため、そう感じてしまっているのかもしれなかった。
アルドは手を差し出してハイガに握手を求める。
応じながら、ハイガは質問を投げかけた。
「初めまして。私はハイガ・ミッツヤードで、こっちはカルーア・アレキサンドライトといいます。……あの、失礼ですが。いったい何の御用で私たちを呼んだのでしょうか?」
探索ギルドの長と言えば、恐ろしく多忙だろう。
新人探索者に構う暇などないはずだ。
その疑問はアルドにとっても予想されていたことのようで、然り、然りと頷きながら質問に答える。
「あなた方の紹介状を書いたのが、アレックズ・ガーレフ氏だからですよ。それも、この時期に。……何か、私にお伝えなさることはありますか?」
ハイガは僅かに首を傾げ、ほんの少し考えた。
字義通りに捉えれば心当たりはない。
なぜなら、イーリアに行くと決めたのはハイガ自身であるし、ガーレフからの言付けなどないからだ。
だがしかし、『この時期』というのには心当たりがある……ありすぎたが、応えてもいいことはなさそうなのでスルーすることにした。
「いえ、特に何も。強いて言うならば、ガーレフさんは『イーリアは素晴らしい所だ。経験を積んで来い』とおっしゃっていましたが……」
怪訝な風を装ったハイガが返すと、アルドは言葉を翻した。
「いえ、いえ! でしたら良いのです。……ああ、そうだ。立ち話もなんですので、どうぞおかけください。……おおい、お茶を!」
「あ、お気になさらず……」
「どうぞ、話をお聞かせください。……何せ、フェールといえば有名なネルヴァ大森林に面する場所でしょう。寡聞にして、よく知らないのです」
なんとなく。
そう、なんとなくやってられない気分になったハイガであったが、断るわけにもいかず席に着く。
ほどなくして、紅茶が運ばれてきた。
一口含むと、さすがにメイド人形たちのものにはかなわなかったものの、上品で香り高い。
紅茶を口にしながら、ぺらぺらと二人をおだてるように言葉を重ねるアルド。
それはただの世間話のようでありながら、間違いなく、巧妙に情報をかすめ取る質問の数々である。
ハイガは内心で小さなため息をついた。
(なるほど、こういうタイプか)
人の心理をえぐり出すことが上手く、推測と憶測から真実にたどり着けてしまうタイプ。
疑り深く、狡猾で、相手をするのがそれだけで致命傷となりかねない人種。
目の前の男はそのタイプに見えたが、しかしソレはハイガにとっては……
(気は楽、か……ある意味で)
こういったいわゆる策士タイプというのは、その交渉の目的さえ正確に把握しておけば意外なほど御しやすい。
そしてもちろんのこと、ハイガは相手の求めているであろう情報を一から十まで把握している。
なれば確かに気は楽である。
割り切って、紅茶の味を楽しむことにした。
人が三人集まれば派閥ができる。
優位という相対的なものを病的に好む、人間という生き物の性を端的に示した言葉であるが、さらに加えて実益が関わってくるともなればその流れは止めようがない。
利益が存在すれば人間は集まり、利益が大きければ関係は複雑化する。
この世界・ネルヴァにおいてもそれは変わらない。
特に、大陸を見回しても唯一、ここにしか存在しない『迷宮』を管理するギルド……すなわち探索ギルド。
その生み出す利益は莫大で、故に内情はドロドロだ。
個人と個人で、というレベルではない。
都市の支配者たるニーズル家と、迷宮探索の実質戦力を有する魔術ギルドという二大組織間での軋轢が存在するのだから、平穏な内情である方が不思議だ。
己の所有する都市に、一人一人が戦術単位として機能しうる魔術師という生き物を大量に抱えるニーズル家。
対して、魔術師にとっての楽園であり、持て余した戦力を無尽蔵に投入できる迷宮に執着する魔術ギルド。
歩み寄れというのが無理な話で、迷宮という存在を焦点にしてこの二つの組織は現在、水面下での冷戦状態にある。
ギリギリで中立の立場をとりながらその折衝の役割を果たさねばならないのが探索ギルドであり、その運営が一筋縄でうまくゆくはずもない。
そこの顔役ともいえる男が、外見通りのさえない中年男性であるはずはないのだ。
アルドは魔術師と呼ぶにはあまりに若く頼りない見た目をした二人を丁重に見送り、どかりと執務椅子に掛けた。
数分して、案内をしていた秘書を迎え入れて言葉をかける。
「……休憩するか。お前も疲れただろう」
「申し訳ありません、アルド様。書類仕事が今この瞬間も積み重なっておりまして、無理です」
ねぎらったつもりの言葉だったが、にべもない返事である。
……実際笑えないレベルで仕事が多いので、この秘書の言葉にも悪意がないことが体感でわかってしまう。
いつか自分は仕事に殺されるのではないか。
最近アルドはそう思っている。
ため息をつき、書類上にカカカカカカカカカカカッカカカカカカカカカッ!と羽ペンを走らせる。
機械的な決済書類の作成の半面、その脳裏は今しがた退出したばかりの青年のことで埋め尽くされていた。
今この瞬間、アレックズ・ガーレフという名は世界でも指折りの重要度を有する。
もともと魔術師、探索者として伝説級の働きをしてきたので著名な人物ではある。
が、それとプラスしてつい最近の出来事――あの、理外の出来事がガーレフの名、そしてフェールという地名を、今はまだ社会の上層部だけにではあるものの轟かせていた。
竜の討伐――初めこの報告を耳にしたとき、アルドは一笑に付した。
馬鹿にしているのか、と。
アルドは竜を眼にしたことこそないが、それでも竜という存在は知っている。
竜の恐ろしさを示す幾つもの伝説や資料が事実として存在するのだし、それに真竜たる神域の竜には程遠いとはいえ、亜竜もまた強靭な生き物だ。
ならばそれを上回るという真竜の恐ろしさなど、改めて確認するまでもない。
竜は山を砕く。
竜は海を割る。
竜は空を切り裂く。
そして――竜は人を滅ぼす。
一体、何人の人間が竜に挑んで返り討ちにあってきただろうか。
いったい何人が、竜の前にその無残な屍を晒してきただろうか。
恐ろしいことに、これが『人間』を『国』に置き換えても何一つ事実は変わらない。
竜にとって人と人の集まったものに区別などない。
国家レベルの戦力を全て一点に投入したとて、竜に傷一つすら与えられまい。
過去がそれを証明している。
だから、アルドは竜の討伐というおよそ非現実的な報告を信じなかった。
せいぜい亜竜であるワイバーンが、それも年老いて突いただけで死にそうなものが、たまたま殺されたのだと。
噂は尾ひれがつくものだし、与太話にいちいち構っていられるほど暇でもない。
アルドにとって竜の討伐とは、『嵐に殴り勝った』や『地震を素手で止めた』というレベルの話にしか思えなかったのだ。
ただ、どこか胸に引っかかりはしたので、信頼できる情報屋に情報を求めた。
……が、その報告は驚くべきもの。
その情報屋がその時ちょうどフェールに滞在していたということも驚きだったが、さらに驚くべきことに、討伐されたのは間違いなく竜――正真正銘の、神域の竜だと。
普段は食物を商いながら諸国を漫遊して情報を集めるこの情報屋は、その経験の豊富さゆえに情報のつかみ間違いなどまずないし、情報屋として嘘を報告することもない。
慌てて放った二、三の諜報からもたらされた情報により、竜の討伐という絵空事が事実であるという冗談のような真実がもたらされた。
そして不可解であるのは、竜を誰が討伐したのか分からない、ということだ。
情報統制を敷いたように、それだけは漏れてこない。
いや、敷いたように、ではなく。
実際に敷いているのだろう。
そしてそれができるとすれば、現フェール魔術ギルドマスター、アレックズ・ガーレフしかいない。
彼が真実を掴み、握りつぶしている――
これがアルドの至った結論であり、世間でいう有力者たちの一致した意見であった。
……もちろん、竜の討伐という事実そのものが余りに非現実的であったため、この結論に至るのにも時間がかかったのだが。
が、そのガーレフは頑として何も言おうとはしない。
知らない、誰かが竜を倒したという一点張り。
こうなるとどうすることもできない。
何しろ、ガーレフ自身が力持つ者である。
その本人がはっきりとした態度を貫く以上、追及などできるはずもない。
一応アルドも諜報を追加でフェールに送ったが、まだ成果は上がっていない。
このまま、少なくともかなりの時間は竜についての情報は入手できないと考えていた矢先のことだ。
その『アレックズ・ガーレフ』の自筆の紹介状を持って探索ギルドを訪れたのが、ハイガ・ミッツヤードとカルーア・アレキサンドライトであった。
その報告を都市大門管理人から受けたとき、アルドは比喩でなく小躍りした。
求め続ける情報。
竜の討伐という、近年、いや世界史をひっくり返しても稀に見る……否、稀にすら見られない出来事。
その真相を、彼らは握っているかもしれないのである。
ならば無論のこと、会わないという選択肢は無かった。
ハイガがこのアルドの思考回路を理解しきれなかったことには、ハイガが異邦人であり、また当事者であるということにも関係しているだろう。
この世界での実際的な戦闘というものの初めての相手が竜であったハイガは、竜の恐ろしさは肌身で誰よりも理解していても、しかしその討伐ということのもたらす影響についての読みは甘かったというほかない。
自分がそれを成し遂げたからこそ、その尋常でなさを見誤らせ、過小評価した。
さて、そのハイガ・ミッツヤードとカルーア・アレキサンドライトに会話という名の心理戦を仕掛けたアルドであったが、カルーアに関してはそもそも勝負が成立していない、ハイガに関してはうまくいなされたという感触であった。
いくら喉から手が出るほど情報を欲しているからと言って、アルドはそれをあからさまに匂わせることはしない。
相手の緊張や警戒をほぐしながらも、僅か会話の断片に滑り込ませるのである。
肺腑をつく一言で相手の反応から事実を確かめる、などというのはその場限りでしか通用しない方法であるし、なにより野暮だ。
少なくともアルドは、己の交渉人としての技量には自信を持っている。
例外は最初の一言だが、アレは単純にハイガとカルーアがメッセンジャーであった場合のことを考慮したからだ。
空振りであったが。
カルーアに関しては、情報を引き出すために匂わせた僅かな香りに、そもそも気付いてくれなかった。
おだてて会話は弾むものの、こちらの意図は伝わらない。
そのくせ秘匿すべきことを無防備に口にするほどボンクラでもなく、アルドは早々にカルーアから情報を引き出すことを諦めた。
ある意味、完全敗北と言えるかもしれない。
そしてハイガ。
この青年に関しては、間違いなくこちらの言わんとすることを解していたという自信がある。
その上で、こちらの興味を絶妙にかする一言を放つのである。
会話術……というよりも、人間を相手にしたときの呼吸の測り方の上手さであろうか。
その技量はいったい、どんな経験を経ればこの年で身に着くのかと、アルドを唸らせた。
結局、肝心な部分は聞けずじまい。
無駄な時間を過ごした、とそう断じることもできるだろうが、アルドはそうは思っていなかった。
(あの青年……ハイガ・ミッツヤード)
考えながらも高速で書類をまくる手は止まらない。
カカカカカカカカカカカッカカカカカカカカカッ!という羽ペンの奔る擦過音が部屋に響き渡っている。
(間違いなく何かを握っている……それも……実体を)
竜を討伐したのが誰であるか。
それだけでも垂涎の情報なのだが、アルドはハイガの握る情報が、より具体的かつ重要なものであると半ば確信していた。
例えば、そう。
誰が、どうやって竜が討伐したのか……など。
(ならば――ガーレフの意図は探索ギルドに接触することではなく……ミッツヤードという人間そのものに存在すると考えた方が自然か)
それはつまり――
(――竜を倒したのが、ハイガ・ミッツヤードその人であるという可能性)
アルドはそれを想像し、書類を捲る手をとめて僅かに笑みを漏らした。
(……馬鹿馬鹿しい。あの魔術師としては貧弱に過ぎる肉体で、何ができる?)
アルドの持つ常識が、洞察と推察という何より得難い、アルドの第一の才能を阻害する。
この日想像した荒唐無稽な考えが真実であったとアルドが知るのは、まだ先のことである。
と、この都市で一番多忙な男の脳裏を占めていた青年はといえば。
「失礼します」
「……いらっしゃいませ」
買い物に来ていた。
金もあることだし、せっかくこの都市の権力者に会ったのだからとふと思ったハイガは、アルドに信頼できる業者を紹介してくれるように頼んだのだ。
さらさらと紹介状を書いてもらい、カルーアを伴って紹介された店に入ったところである。
もちろん、わざわざ紹介してもらうようなものだ。
日用品などではない。
今日買いに来たのは――
「――予算は三千万エル、一軒家でお願いします」
「でしたら、ちょうど良い出物がございますのでこちらに……」
……家、である。
どうせこの都市には長期間腰を据えるつもりだったので、拠点は必要だった。
だったら別に宿で暮らし続けてもいいのだが、ハイガが魔道具を作成したりする関係で、できる限り人目につきづらい場所を確保しておきたかった。
どうせ竜の討伐で金はあるのだし、いっそのこと家を丸ごと買ってしまおうと決心したのだ。
高い買い物となるので、できるだけ信頼できるところから購入したかった。
この都市のことを全く知らないハイガにとってみれば、探索ギルドの長であるアルドという存在はそのつなぎに最適だったわけである。
まさか、アルドの紹介状を持っていけば不良物件をつかまされることもあるまい。
実際に店に入ってみて、ハイガは自分の判断が間違っていなかったことを悟った。
挨拶こそ愛想良かったものの、ハイガとカルーアの服装を見て露骨に眉をしかめる。
おそらく、新米探索者が場違いにも高級不動産を扱う店に入ってきたと思ったのだろう。
慇懃にお引取りを願ってきた。
ハイガがアルドから受け取った紹介状を渡さず、また十万エルの価値を持つフルド大金貨をチラつかせなければ、そのままつまみ出されていたことだろう。
紹介状を見せた時の激烈な反応は、どこかデジャヴだったが。
改めて丁重に迎えられて話を聞いてみると、イーリアの中心地は地価高騰が起こっており、バブル的様相を呈しているようである。
ハイガとしては十分な広さの自分に帰属する土地が欲しかっただけなので、別にイーリアの中心地でなくとも構わない。
その条件を伝えると、ちょうど売りに出されている家財込みの一軒家が存在するとのこと。
少し考えるも、悪条件であるようには思えない。
とりあえず、現地を見てみることにした。
案内されたそこは、確かに街外れであった。
しかしその割に治安も悪くなく、広さも必要十分といった様子。
クラックの屋敷にはさすがに劣るが、居住するためであればむしろこの方が安心できる、ともいえるだろう。
カルーアにここでいいか、とハイガが聞いてみると、カルーアはぽけー、としていた。
どうも、家を買うという発想に頭が追いついていない様子である。
不動産の商会に立ち入ったときから呆けたままだった。
返事がないため、ハイガはまあいいんじゃね? と適当な気持ちでその家に決めてしまうことにした。
金銭感覚が甘い気もするが、正直今は使うアテもない金だ。
どうせこの世界でのしっかりした拠点となる場所は必要なのだし、早いうちに確保しておくにこすことはなかった。
ギルドマスターの紹介ということで、度を越したぼったくりを気にしなくても良さそうではあったし。
契約書にサインをし、即金で支払いを終える。
無論のこと地所税と言った面倒もあるだろうが、ひとまずはハイガもはれての家持ちである。
「カル、今日からここに住むぞ」
「…………」
「どの部屋がいいとかあるか?」
「…………」
「おーい」
「…………」
「……じゃあカルは俺と同じ部屋な」
「…………えっ?」
ようやく意識を回復したカルーアに、苦笑しながら促す。
「入るぞ」
「ちょっ、待ってください!」
……また新しい生活が始まる。
ハイガは妙に、感慨深い気分を抱いた。
別にあれです、幽霊が出るから格安とかそういう物件じゃないです。
ふっつーに適正価格で紹介され、ふっつーに購入した何の変哲もない家です。
自分でも書いてて何のドラマもねえなと思いましたけれども、家にドラマがある方がよく考えれば変だと思います。
あ、明日新作短編を投稿しますので、よろしければ作者ページからどうぞー。




