1 迷宮都市
二章始まります!
迷宮都市イーリアは、アルキラ王国の中央、王都からやや南西に離れた場所に位置する。
もともとは荒地地帯であったそこは、二百年ほど前の迷宮の発見と共に急速な発展を遂げてきた。
迷宮に潜れば、そこにしか存在しない珍しい魔獣を、大量に狩ることができる。
そのメリットが魔術師たちを動かしたのはもちろんだったが、それ以上に彼らは『迷宮』という唯一無二の存在に秘められたロマンに魅せられた。
魔術ギルドが十分に基盤を拡大し、魔術師たちは魔術ギルドに管理されるか、はたまた非合法な方面にその身の置き場を求めた時代のこと。
いつから存在していたとも分からない『迷宮』は、彼らにとっては素晴らしい開拓前線だったのだ。
もともとイーリアという土地は、そのあまりの地質の悪さから用地としての有用性を見出されていない土地だった。
言ってみれば誰の管理からも離れた一種の緩衝地帯であったわけだ。
そこに迷宮を発見したのが、現イーリアの盟主ニーズル卿の五代前の当主である。
貧乏貴族であった彼はある日イーリアを散策していた際に偶然にも迷宮を発見し、それがとてつもない、少なくとも何か理解を越えたものであることに気づいた。
無論のこと、ニーズル卿が単なる偶然で何も興味を惹くものが無かったイーリアを探検し、そして奇跡的に迷宮を見つけ出した、というこの話には何度も疑問が投げかけられている。
いったい、どれだけの偶然と幸運が重なりあえばそんなことがありえるのか?
ニーズル卿は、迷宮について何か隠された事実を知っていたのではないか?
しかしながら、この不毛な議論は最終的には『ニーズル卿は極めて幸運であった』という月並みな結論に至るほかない。
なぜならば、『ならばその隠された事実とは何か』という疑問を投げかけられた際、答えを提供できる者は誰一人として現れなかったからである。
迷宮の発見から二百年に至る今日においても、未だ謎は謎のままである。
もっとも、ニーズル卿の真に優れたる部分はむしろ迷宮を見つけたという事実そのものよりも、その後の行動に現れていると言ってもよい。
決断力と実行力に富んでいた彼は迷宮の存在を確認するやいなや王国に掛け合い、イーリア荒地地帯の開発を請け負ったのだ。
何を無茶なことをとせせら笑っていた者たちも、ニーズル卿が信頼できる有力な商人や貴族を巻き込みながらイーリアの整備を続け、そして迷宮という埒外のものがそこに存在しているとはっきり理解した時点で、ようやくニーズル卿の慧眼を悟った。
どこに行っても見られないような魔獣が、数多く、しかも多種多様に存在するそこ。
さらに、基本的にこちらが魔獣から襲撃を受けることはない。
魔獣から得られる素材、そしてそれを手に入れる魔術師という存在の社会への影響の大きいこの世界では、迷宮というのは喉から手が出るような垂涎の代物だったのである。
時の経過とともにイーリアは迷宮都市としてアルキラ王国でも随一の繁栄を見せるようになった。
迷宮の存在が知れ渡るにつれ魔術師たちは迷宮を目指し、魔術師の移動に伴って莫大な富がイーリアに流入した。
いつしか迷宮はその存在感を増し、イーリアという迷宮都市の名は大陸の津々浦々に響き渡るようになったのだ。
こうして、ニーズル家は世界にも類を見ぬ成り上がりを経験し、イーリアという都市の名は迷宮の噂と共に大陸中に広がった。
そのニーズル家の成功を聞いた者たちは、我も続かんと大陸中を駆け巡り第二の迷宮を求めたが、しかし未だ第二の迷宮は見つかっていない。
イーリア迷宮都市は魔術師たちにとって目指し続ける場所であり、今この時もイーリア迷宮都市には野望と栄光を夢見た魔術師たちが詰めかけているのである。
「疲れたな……」
「ですねえ……」
フェールを発ってからふた月ほど。
ハイガとカルーアはイーリア迷宮都市へとたどり着いていた。
魔術師の足と体力であれば、ひと月ほどで踏破できるであろうその道のりににそれほどの時間がかかってしまったのは、ひとえにハイガの事件吸引体質が原因だろう。
どう考えても見えざる意思が無茶振りしているとしか思えない出来事の連続で、ハイガとカルーアは無駄に困難な道のりを越えてきたのだった。
少なくともこの一か月で、普通の人間の一生分の冒険をこなしてきたことには間違いがない。
互いに時に助け合い、励ましあい、絆を深めながらもようやくたどり着いた迷宮都市。
歓喜の感情をもらしてもよさそうなものだが、二人の眼はどんよりと濁っていた。
目の前に見えるのがイーリア迷宮都市である。
高さ十メートルほどの壁に囲まれ、外側からは中は見えない。
たったの一都市がそれほどの高い、戦争に備えた城塞のような外壁を持つという事実。
そのことを一つとってみても、イーリア迷宮都市の繁栄ときなくささが透けて見えようというものだ。
ちなみに、ここで外壁を描写できるということは、ある一つの事実を示している。
そう、ハイガとカルーアはまだ、迷宮都市に入ることができていないのだ。
その原因というのは……
「まさかたどり着いたのに、入ろうとするだけで五日間も待たされるとはな……」
周囲にはわらわらと筋肉壁。
イーリア迷宮都市はその名高さから各地から魔術師が集まってくる場所であり、基本的にはよほどしっかりした経歴や紹介が無ければ外部からの魔術師を受け入れていない。
決して、『オレは迷宮で名を挙げるぜ!』と、己の実力を勘違いして故郷を飛び出した若い魔術師が意気揚々と活躍できるような場所ではないのである。
迷宮都市に立ち入りたいならば、少なくとも他を圧倒する実力、もしくは長年を魔術師として生き延びたという実績が不可欠となる。
しかしそうはいっても魔術師たちは脳筋。
そんなことはまるで調べもせずに、迷宮というものの存在を知ればとりあえず来てみる。
都市に入ろうとすると阻まれ、理由を説明されても理解せず、押し問答を繰り返し、そして挙句の果てに暴れ出す。
乗じて待ちくたびれてイラついている魔術師たちも暴れ出し、延々と小競り合いが続くという負のスパイラルだ。
ここにハイガたちがたどり着いてから五日間だが、既に十回を超える中規模乱闘が発生している。
バイクと肩パッドのない世紀末。
そう表現するほかない光景がここ、迷宮都市外縁スラムでは形成されていた。
暗黙のルールとして、審査時に高額の金銭を握らせば都市に立ち入ることはできる。
それはある意味で、それだけの金額を稼ぎ出す才覚を持っているという証明でもあるからだ。
が、反射で行動するような魔術師の中でもひときわ無鉄砲な連中が、そんな金を持っているはずもない。
もちろん迷宮都市に入るために必要なものを理解し、すんなりと入っていく魔術師もいるのだが、大半はさんざん時間をかけてごねた挙句、舌打ちしながら迷宮都市を去るか、外縁スラムで暴れる。
迷宮都市に詰めかける人数の多さも相まって、迷宮都市に入ろうとするだけでとてつもない時間を要するのであった。
「ま、まあハイガさん。あと三人ですから……」
「……三人のうち誰も暴れずにすんなり入っていくか、帰るかすると思うか? 誓ってもいい。あと三時間はかかる」
「あはは……」
小声で、しかしうんざりして話すハイガに苦笑いするカルーア。
この順番というのも曲者で、一応は番号札が配られそれに従って審査がなされるのだが、当然のように番号札は強奪される。
ハイガたちなどは見た目の威圧感が足りないために既に十数度の襲撃に遭遇しており、こうしている間にも周囲への警戒は欠かしていない。
自衛は必須であった。
結局、門番にまでようやくたどり着いたのは、ハイガの予想違わず太陽が西に傾いたころだった。
「名前は?」
「ハイガ・ミッツヤードとカルーア・アレキサンドライト。迷宮探索に来ました」
「ああそう」
クイッとメガネを上げる男性は、舌打ちをしながらいかにも不機嫌そうだった。
長時間待たされてようやく入場審査だと思ったらこれである。
ハイガたちは怒ってもいい所であったかもしれないが、しかし男性のメガネは片側に無残なヒビが入り、その側の目元はパンダのように青黒く変色しているのだから怒りよりも同情が先行した。
おそらくさっきの三人のうちの誰かにやられたのだ。
日常的にこんな目にあっているというのなら、その辺に生息している魔術師に比べれば体格的に威圧感の少ないハイガと、少女としか表現しようのないカルーアにくらい高圧的な態度をとりたくなるというのも、なんとなく気持ちは分かる。
そういった理由で、ハイガもカルーアも特に何とも思わなかった。
「で? 何か身分証明は?」
「これを」
ハイガが懐から取り出したのは、カルーアの戸籍の写しとガーレフに偽造してもらったハイガの戸籍の写し、そしてガーレフに一筆したためてもらった紹介状だった。
「……ふん、フェールの出身か。……身元ははっきりとしてるみたいだが、それだけじゃ……ッ!? フェール魔術ギルド支部長、アレックズ・ガーレフ!?」
男性はいきなり大声を張り上げ、それから周囲を慌ててきょろきょろと見回した。
「あ、あの……アレックズ・ガーレフというのは、あの『鉄腕』のガーレフのことで?」
男性は声を潜め、口調を改めて聞いてくる。
「そうですね……そうだよな?」
「あ、はい。たしか、そう呼ばれてたような……」
男性は顔色を青くし、おかげで青黒い痣が目立たなくなった。
「しょ、少々! 少々お待ちください!」
一時間ほどだろうか。
基本的に書類が全ての情報伝達手段なので、事務手続きに時間がかかるというのは仕方のないことだ。
大人しく待っていたハイガとカルーアだったが、しかし再び現れた男性は態度が根本から変化していた。
「し、失礼いたしましたっ! ……どうぞ、お通り下さい!」
男性は席を立ち、居住まいを正して書類をハイガに返却する。
よく見れば、その腕は僅かに震えていた。
「……あの、もういいんですか? 志望理由とか自己アピールとか、なんかそういうの……」
ハイガが尋ねると、男性は猛然と首を振る。
「け、結構ですから! ……どうぞ、お通り下さい」
ハイガとしては、某国の情報作戦部のエージェントと共闘した際に教わった対人完全掌握式面接必勝法を試してみる気であったのだが。
二人は豹変具合に首をひねり、釈然としないままにイーリア迷宮都市への入場を果たした。
二人の出ていった審査室では、男性が机に突っ伏していた。
「……あー、くそ」
自己嫌悪であった。
常なら物腰柔らかに対応できたものを、眼にパンチをくれた有象無象のならず者のせいで、礼を尽くすべき相手に無礼に振る舞ってしまった。
……非は自分にある。
迷宮都市の入場審査にたどり着けるという時点で、少なくとも見た目通りの少年少女ではないのだ。
そう理解していながらも、しかしならず者には悪態をつく他なかった。
「『鉄腕』ガーレフ……かつてのイーリアの英雄が、初めて迷宮都市に送り込んだ秘蔵っ子ってところか……」
この迷宮都市において、『鉄腕』ガーレフの名は今なお知れ渡っている。
この男性自身イーリアで生まれ育ったということもあり、子供のころはかの伝説を聞き憧れたものだった。
一線を退きフェールでギルド支部長をしているという情報は入ってきていたが、そのガーレフが自ら紹介状を書いてまでこのイーリアに魔術師を送り込んできたというのは、実は今回が初めてである。
そのため、サインが偽造であるなどとも疑ったが、完全に一致している。
間違いなくガーレフの自筆である。
実際のところは、フェールという土地がネルヴァ大森林に面することで魔術師が仕事に困ることは無く、また居心地がいいためにフェールの魔術師が誰もフェールから動こうとしなかったというのが真相だったが……今この場では、分かりようもなかった。
「上に報告しなくちゃな……」
男性は気持ちを奮い立たせて席を立つ。
かのガーレフが動いたのだ、ことを自分だけに留められるわけがない。
「……気が重い」
そんな、自分も憧れる人物の送り出した人間に失礼な態度をとった。
胃がキリキリと痛むのも仕方のないことだろう。
「すごいですねー……」
「ああ、賑やかというよりも、もはやうるさいなコレは……」
ハイガとカルーアは感嘆の声を漏らしていた。
もう日が暮れ始めるというのに、昼と変わらぬ、いやそれ以上かと思える活気。
フェールもいい加減にぎやかな街ではあったが、しかしこの都市には及ばない。
カンテラの光がいたるところを照らし出し、夜とは思えぬ明るさ。
そして最も特徴的なのは、全てと言わぬまでもそこで騒ぐ人間の八割ほどが魔術師であるという点だ。
なぜわかるか?
簡単である。どいつもこいつもムキムキだ。
フェールの街も魔獣の襲来の多い街であったために魔術師は多かったが、しかしこれほどではない。
迷宮都市――魔術師の最前線というのは、伊達ではないのだ。
空気にプロテインでも含まれているのではないかというほどの肉体乱舞。
視界がうるさいとでも表現するべきか、ハイガとカルーアはイーリア迷宮都市の賑やかさに興奮しつつも、多少げんなりとしていた。
「とりあえず、宿を探すか」
「あ、その前にお風呂に入りたいです……」
思わず漏れたカルーアのつぶやきに首肯するハイガ。
ハイガは風呂の入らない(というか入れない)生活にも比較的慣れ親しんでいたが、しかし根本は病的なまでの清潔に囲まれた日本人である。
多少金がかかったとて、風呂に入るのもやぶさかではない。
幸い、ここは高給取りであり、そして肉体労働者でもある魔術師の街。
探せば浴場くらいは存在するだろうというのがハイガの予想だ。
とは言っても何がどこにあるのか分からないので、適当に酒場に入る。
暇を持て余している魔術師に声をかけ、酒をおごるという条件でこの都市についての話を聞こうと話を持ち掛けた。
簡単に話がまとまり、情報を得ようとしたその矢先。
「それじゃ、何、から……ッ!?」
相手の様子がおかしい。
豪快な笑い方をし、スキンヘッドの光る好人物であったが、ハイガとカルーアが席に着くとともに何か言いたげな目つきになって、やがて不機嫌そうに立ち去ってしまった。
つい先ほどまでは酒をおごられるとあって、上機嫌であったのに。
不可解と言うほかない。
「……俺ら、何かしたか?」
「いえー、たぶん何にもしてないですよ?」
「だよなあ……?」
首をかしげながらさらに二三人に話を持ち掛けるも、誰もかれもハイガとカルーアが席に着くやいなやあっけにとられた顔をし、不機嫌そうに、あるいは傷ついたように席を立ってゆく。
「……なんだ? 何がいけないんだ……?」
「私にもちょっとわかりません」
ハイガの膝の上に乗ったカルーアは、ハイガの質問に不思議そうに首をかしげる。
もはや酒を飲むときはカルーアを膝に乗せるものだと無意識に刷り込まれているハイガと、ハイガの膝の上が一番安心するカルーア。
旅を通して手に入れた鋼鉄の絆にツッコミを入れる者は、誰一人としていなかった。
結局、ふらっと見つけた浴場で旅の垢を落とした後、適当な食堂で夕飯をすませて、その食堂に併設されていた宿屋で一晩を過ごすこととなった。
荒くれ者の魔術師のメッカである。
どんな汚い部屋かとびくびくしていたが、案内されてみれば意外にもきれいなものだった。
考えてみればあのイーリア迷宮都市への入場審査を考えるに、少なくともこの迷宮都市に住まう外来の魔術師たちはそれなりの実力を備えていると考えていいだろう。
すなわち大きく稼いでいるということでもあり、だからこそ宿屋もそれなりに清潔であるわけだ。
灯りを落とし、眠りこむ前にこれからのことを話し合う。
「明日はとりあえず探索ギルドに登録して、迷宮に潜るための準備をするか」
「そうですね。と言っても、私もハイガさんも装備は十分なので……情報収集、ですか?」
「そうだな……だが今日の様子を見るに、この都市の魔術師はよそ者に閉鎖的なのかもしれないな……」
「探索ギルドで直接情報を仕入れた方がいいかもです……」
至極真面目な顔で話し合うハイガとカルーア。
ツッコミがいないので総スルーだ。
くぁ、と小さなあくびの後に、すぐにすぅすぅと柔らかな寝息の音が聞こえる。
旅の疲れもあるのだろう、カルーアは早々に寝入ってしまったらしい。
この寝つきの良さ、いっそ羨ましいほどだ。
ハイガもまた、背中に子猫のような体温を感じながら眠りに落ちる。
久方ぶりの安眠できる夜であった。
次話の投稿は木曜日です




