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20 出立



「いらっしゃいませ、ハイガ様。竜をお斃しになられたそうですね」

「ああ、一週間ぶり。やっぱり知ってるのか?」

「暇ですからねー、私ら」

「時々街には出ているのですよ」

「この街で竜を斃せるのはハイガ様しかいらっしゃいませんから」


 街のはずれ、クラック・クロックの館。

 現在は竜が倒されて一週間ほどが経過していた。

 街は落ち着きを取り戻し、ハイガ自身もようやく自分の時間が取れるようになっていた。


 なにせ、その存在を知るものはごく少数とはいえハイガは竜を倒した張本人。

 ガーレフとしては混乱している街の中をほいほいと出歩かせるわけにもいかず、また竜から素材を必要なだけ剥ぎ取るといった、その間にやらなければならないこともあった。


 そういうわけで一週間の間ハイガはギルドに缶詰であり、こうして館を訪れることもなかったのだ。


 ちなみに、ギルド職員はハイガが竜を倒したということを知らない。

 知る人間が増えれば、それだけ情報は漏洩しやすくなる。

 だからこの一週間、ギルドでのんびりするハイガに職員が話しかけてきては、竜を誰が倒したのかという噂話を持ち掛けてくるのを、ハイガは半笑いで聞いているしかなかった。


 もっとも、その機密情報を脳筋としか呼びようのない魔術師という人種が知っているということは、不安の種でしかないが。

 時間がたつにつれ、いつかはハイガの名は表に出てくることとなる。

 竜が死ぬという異常事態が起きたこの街には各国から諜報が送り込まれるであろうし、そう言った手合いを相手に魔術師が情報を守り切るというのも無理な話だ。

 ハイガもガーレフも、そのことはある程度折り込んでいた。

 それでもなお、できる限りは秘匿したいというそれだけの話である。




 そういった事情はともかく、今日は久しぶりにハイガがこの館を訪れることのできる休日なのであった。

 第二の主人ともいえるハイガを迎えるメイド人形の面々も、どことなく生き生きとしているように見える。

 人形であるのに生き生きという表現はそぐわないようにも思えるが、しかし彼女たちの様子はそうとしか表現しようがない。


「それにしても、竜ですか……」

「そういえば、クラック・クロックは竜を何とかしようとはしなかったのか? たぶん、クロック殿なら何とかなると思うんだが」


 ドライのつぶやきにハイガが疑問を述べる。

 ハイガが死にかけながら竜を倒したのだから、先達であるクロックならちょっと疲れるくらいで竜を倒せる。

 一方的かつ熱いハイガからクラック・クロックへの信頼関係だった。


「いえ、活動の時期が違いますので。クロック様がお生まれになるおよそ百年前ほどに蒼鱗竜が暴れたそうです。ですから、クロック様がこちらにいらっしゃった頃、竜は眠っていたようですね。……もっとも、我が主であるクロック様であれば確かに竜を相手なさっても大丈夫でしょうが」

「……なるほどな」


 ハイガはアインの言葉に頷く。

 アインはアインで、会ったこともないクラック・クロックに一方的かつ熱い信頼関係を築いていた。

 ある意味、ハイガと似た者同士かもしれない。


「それにしても……ご無事で何よりでした。竜をお倒し下さったことは、ひいてはこの屋敷を倒壊の憂き目から救ってくださったということでもあります。この屋敷を管理する役目を背負うものとして、心よりお礼申し上げます」

「アレですよ。アイン、ハイガさんが一週間来ないから、竜と相打ちでもしたんじゃないかって凄い心配してたんですよ」

「あら、それはアナタもでしょうツヴァイ」

「いや、それを言うならドライもだろー」

「もちろん。ハイガさんは私たちの第二の主ですもの」


 わちゃわちゃと言い合うツヴァイとドライ。

 ハイガは苦笑しながら礼を言う。


「心配させたみたいだ。なかなか来ることができなくて悪かった」

「いえ、お忙しい中、来て頂けて光栄です」


 どうぞ、とどこからもなくアインが差し出すのは湯気の立つ紅茶。

 熱くもなく温くもない絶妙な温度と、かぐわしい香りを併せ持つプロの逸品である。

 ハイガはしばしそれを楽しむ。


 もちろん、二杯目と三杯目を頼むのも忘れなかった。

 ドライがニコニコ顔で出してくれた三杯目を味わいながら、ハイガは本題を切り出す。


「それで、今日はちょっと挨拶に来たんだよ」

「挨拶? ……一体、何のことでしょうか?」


 ゆるり、と上品に小首をかしげるアイン。


「いや、その……なんというか。俺、この街から拠点を移すから……」

「ええ!?」

「挨拶回りっていうかな……」


 一口紅茶を啜るハイガに、三対の視線が突き刺さる。

 リーダー格のアインをはじめとして、おしゃべりなツヴァイ、マイペースなドライも驚きに目を見開き、呆けたように言葉を返そうとしない。


 こうしてみると、この三体が皆、寸分の差もなく同じ顔であるということがよくわかる。

 常には豊かな表情がそれを悟らせないのだが、こんな風に皆が皆凍り付いたよう同じ表情をしていると、その事実は歴然だった。


 沈黙に耐えながら紅茶を啜るこの空気感にいたたまれず、ハイガは言葉をつづけた。


「……この街にとどまっていても、クロック殿を見つけることはできない。それにやりたいこともある。この街の居心地はいいけど、それだけにぬるま湯みたいなものだしな」


 あと、当座の金も手に入ったことだし。

 ハイガはそう言葉を締めくくる。


 そう、実際のところこのフェールの街にいるのも、そろそろ潮時なのだ。

 このまま安穏とフェールのギルド員でいるというのも魅力的だが、それではハイガの魔術を探究したいという欲は満足させられない。

 クラック・クロックを探すことについても、この街でギルド員をしているだけではその情報は到底得られまい。

 何せ相手は、表向き死んでいる人間なのだから。


 だからハイガは、竜のことがなくとも時期が来ればこのフェールの街を出ていくつもりでいた。

 すぐに出発をしなかったのは路銀が無かったのと、公的な身分証明が得られないからだ。

 しかし、竜の討伐で五千万エルが手に入ってしまった。

 こうなってはこの街に留まる理由も少ない。

 

 ハイガの身分背景についても、今この時であるからこそガーレフが偽造してくれる。

 現在、ハイガの立場は、書類上ではフェールの街で生まれ、市民権を得ている人間ということになっている。

 家名はミッツヤード。

 実際に存在し、しかし今はその血筋が絶えてしまったフェールの家系の一つである。


 ガーレフがそこにハイガの立場をねじ込み、今のハイガは公式には『三矢ハイガ』ではなく、『ハイガ・ミッツヤード』となっているのだ。

 基本的にギルドの権限というのはどの街でもそれなりに強い。

 ことに領主家の統治がほとんど街の自治に移譲されており、またつい最近に竜を撃退したこのフェールの街においては、今ならばガーレフの行動に多少後ろ暗い部分があっても誰一人文句など言わず、むしろそんな事実は無かったと担当の職員たちは目をそらしあう。


 こうして手に入った『ハイガ・ミッツヤード』の立場。

 これは大きい。

 街を通行しようとする際にも、このフェールを初めて訪れた時のように身分証明を提示できなければ最悪投獄される。

 『戸籍』というのは、まともに行政が存在する場所であれば武器等よりよほど役に立つ……というか必需品なのだから。


 要は本来よりも時期が早まったというわけで、この街を出ていくのはハイガにとっては、予定通りとも言えるのだ。

 が、三体のメイド人形にとっては、ハイガが出ていくというその事実はとてつもない凶報であったようである。


「そ、そうですか……アハハ……」


 アインは目が死んでいる。

 秀麗な笑顔を浮かべているだけに、どんよりとした雰囲気がより強調されて見える。

 言葉も常のように丁寧ではなく、投げやりだ。


「…………」


 ツヴァイは黙っている。

 なにかと思ってよく見れば、現実を受け止めきれていないようだった。

 ポッカーンと呆けたままである。

 ギャップというのだろうか、それはそれで常には見られない可愛らしさで、魅力的ではあったが。


「また、お客様のない日々……? ……いや。いやです。目的のない生活、無味乾燥な時間……。ハイガさんにお茶を出すあの至福を知ってしまっては、もうあんなのは無理です……」


 濁った眼でぶつぶつと、メイド人形の闇を感じさせるセリフを吐くのはドライである。

 なんというか、次の瞬間には包丁とか持ってそうな雰囲気を出している。

 一番、本能的な危険を醸し出すのがこのドライだ。


 ハイガは三体の放つもの悲しさとやりきれなさと物々しさに若干引きながら、あるものを取り出した。


「……そ、それで一応、贈り物というか、渡しておきたいものが……」

「……あ、はい。ハイガ様」


 一、二秒遅れて緩慢にハイガを向くアイン。

 ハイライトの消えた瞳が非常に怖い。

 竜と戦った時とは別種の、しかしそれに匹敵する悪寒がハイガを満たす。


「え、えーと。これは通信機なんだが……」

「……通信機?」


 アインの瞳に光が戻る。

 ハイガは、急に体温が戻ったような心地がした。


「ああ。こっちの、もう一つのとセットになっていて、遠く離れていても通話できるようになっている」


 ハイガがもう一つ取り出したのは、先ほど取り出したものと同じ物体。

 何と表現すればいいのだろうか、もう少し複雑だが、金魚すくいの網のような形。

 しかしピンと輪の中に張られているのは、紙ではなく魔術陣を刻まれた布のようなものだった。


「こっちの二つを状態同期させているから、片方の膜の震えをもう一つの膜が忠実に再現するんだ。……やってみるか」

 

 ハイガが片方をアインに渡し、部屋の隅まで行くと何かをぼそぼそとしゃべる。

 すると突然、アインの持つソレが『なまむぎなまごめなまたまご』と言った。

 アインは驚きにそれをとり落としそうになったが、何とかこらえた。


「どうだ? なんていったかわかったか?」

「は、はい」

「言ってみてくれ」

「な、なみゃむぎなみゃごめなみゃ……」


 動揺で噛むアインは恥ずかしさに顔を赤くした。

 だからなぜに、クロックはこれほどにこの人形を作り込んだのかとハイガは思わざるを得ない。

 赤面機能など絶対に必要ないに決まっている。

 が、ひとまずその疑問を胸にしまう。


「……言葉のチョイスが悪かった。けど、これで通話ができることはわかるな? そっちからも同じように言葉が伝わるようになっている。……あ、一応魔術で補強してあるから、ぞんざいに扱っても壊れはしないと思うぞ」

「い、いえ! ぞんざいに扱うなど! ……ありがとうございます、ハイガ様。大切に飾らせていただきます」

「いや、使えよ」


 まだ混乱は抜けきっていないようで、微妙に抜けたことを言うアイン。

 ハイガの呆れ交じりのツッコミに、アインは咳ばらいをして話を戻す。


「と、ともかく! ……ありがとうございます、ハイガ様。私どものことなど気にかけて頂いて。とても、嬉しいです」

「まあ、喜んでくれたんなら何よりだ。……というかアイン、ちょっといいか?」

「何でしょう?」

「いい加減、現実に引き戻してやれよアレ」


 その視線の先には、ようやく意識を回復して『……はっ! なにか恐ろしいことを聞いたような……!』と呟くツヴァイ。

 そしてじいっと、温度を感じさせぬまさに人形の無機質な瞳で自分の掌を見つめるドライ。

 前者はともかく、後者は怖かった。


 幸いにも通信機のことを伝えると二人とも元に戻り、笑顔を見せた。

 もし仮に、ハイガが通信機を持ってこなかったらどうなっていたのか。

 ……普通に監禁などされていたような気がするので、ハイガはほっと一息をつくのだった。







「それじゃあ、お世話になりました」

「おう、達者でのう」


 ギルド長室。

 出立の準備をすませたハイガは、ガーレフに出発の挨拶をしていた。


 既にギルド職員は退職し、無職フリーの身である。

 ギルド職員には『もともと短期雇用で、旅の路銀が溜まったから』と適当なことを言って、送別会が開かれたのが昨日。

 皆ハイガの前途を祝福してくれる者ばかりで、大いに飲み、騒いだのだった。


 ガーレフには通信機を渡してある。

 アイン達に渡したのとは別のものである。

 仕組み的に、いちいち別のものを用意しなければいけないのが面倒くさい点ではあった。

 もっとも、ガーレフはその見たこともない技術に驚き呆れたのであったが。



「ところで、あいつについてなんですが……」

「うむ。分かっておる」


 ある少女についての話題だった。


「全力でついていけと、そう伝えておいたわい」

「……え? そっちですか?」


 ハイガの声に困惑が混ざる。

 てっきり、ガーレフなら少女を止めるだろうと思っていたのだった。


「あたりまえじゃろう。わしはあの子の味方じゃ。ぬしの同志ではあってもな」

「ええー……」

「ハイガよ」


 ガーレフはふと真剣な口調になる。


「あの子はもう大人じゃ、あんななりでものう。自分がどうしたいのかと真正面に向き合って、悩んだうえでぬしについていこうとしておる。……ならば、あの子を受け入れてくれとは言わん。あの子の命を背負う余裕などないというのもわかっておる。……ただそれでも、真剣さだけは汲んでやれい」

「……それで、あいつが幸せになれると思いますか?」

「無論。己の道を歩いて幸せでない者はおらん。他でもない、ぬしがそう言ったのであろう?」


 くかか、と笑うガーレフ。

 半面、ハイガは微妙な表情だ。

 迷いがあるのだ。

 彼女にとってそれが本当に最良となりうるのか、どうか。


 ひとまずその感情を振り払い、別れの挨拶を交わす。


「わかりましたよ。……それじゃあ、俺はこれで」

「おう……死ぬなよ」

「ガーレフさんも」


 どちらともなく握手を交わした。







 フェールの街の、ハイガが初めて入ってきた門から反対側の大門から外へ。

 人影はまばらである。


 ハイガは数キロを歩き、ふと足を止めた。

 すると、背後の足音も止まった。

 外見に似合わず強情な少女に、ハイガは声をかける。


「……本当についてくるのか?」

「はい。もう、決めてます」

「……危険だぞ?」

「大丈夫ですよ」

「何がだよ……言っておくけどな。俺はお前を守ると、言い切れない」

「ええ。というかもう十分に、何度も守ってもらいましたし」


 だから今度は、私がハイガさんを助けたいですと少女は言う。

 ハイガはため息をつきながら、頭をガシガシと掻いた。


(本当は、止めなければならない、が……)


 それでも――この少女がついてきてくれるということ。

 確かに自分の中には、それを喜んでいる気持ちが存在している。

 ハイガは既に、そのことを自覚してしまっていた。


「……行くか、カル」

「はい、ハイガさん。どこに行きますか?」

「いろいろと寄り道はするだろうが……迷宮都市イーリアだ」


 ハイガの声に、はい!と元気よく返事するカルーア。



 まだ見ぬ何かを求めて、青年と少女は新たな一歩を踏み出した。




というわけで一章は終わりです。やったね!

いろいろ展開が無理やりだったりと反省点は多いですが、付き合って下さった読者様には感謝を。


二章では舞台が迷宮に移ります。

迷宮ですよ迷宮。

異世界といえば迷宮、迷宮といえば異世界。

むしろ異世界って迷宮以外に何かあるんですかね(錯乱)


明日はとりあえず設定資料集という名のぶっちゃけを投稿します。

二章は明後日がとりあえず日曜日なので、一話を明後日に投稿する予定です。


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