19 戦いの後で
フェールの街にまた朝日が昇った。
この街に住まう者全てがその様子を祝い、手を叩き、口笛を吹き、歌をうたい、あるいはこの日の出を見ることができたことに感謝し、祈りをささげる。
共通することは、皆、はち切れんばかりの歓喜に満ち溢れていることだ。
夜通し続いた街を挙げての酒宴の間、人々は皆大いに騒いだ。
誰しもが竜の脅威を逃れた幸運に感謝し、また竜を誰が倒したのかという噂話に花を咲かせる。
――なあ、誰が竜を倒したんだと思う?
――やっぱりガーレフさんじゃないか?なんたってかつての英雄だしな。
――ふらりと現れた、さすらいの魔術師だって聞いたぞ?
――俺なんかは、クラック・クロックが蘇ったとでも思うんだが、どうだろう?
――この街には彼の屋敷もあることだしなあ。案外、そうでもおかしくないさ。
――まあ、なんにせよ、だ。
――ああ。英雄に乾杯!
――乾杯!
――乾杯!
――乾杯!
皆が生の奇跡に酔いしれながら杯を交わす。
まだ当分、このお祭り騒ぎは収まりそうになかった。
と、その噂話の渦中の男はと言えば。
深呼吸をし、扉を軽くノックしていた。
帰ってくるのは、「どうぞ」の声。ガチャリ、と扉を開く。
その部屋の主は椅子から立ち上がり、敬礼の姿勢をとった。
「――ありがとう。ぬしのおかげでこの街は救われた。まず、礼を言わせもらおう。……ありがとう。本当に、ありがとう」
「そんなにかしこまらないで下さい、ガーレフさん」
苦笑するハイガに、ガーレフはその態度を崩さない。
「いいや、死者がゼロなどというこの奇跡は、間違いなくぬしがおらねばありえなんだ。……こんなおいぼれの礼など何になるものではないが、礼を」
「……えーと。とりあえず、話をしたいのでいいですか?」
年上の人間に頭を下げられるときまりが悪くなるという純日本人的性向を示したハイガは、ポリポリと頭を掻きながらガーレフの礼を遮る。
それでもガーレフは姿勢を崩そうとしないので、ハイガがソファにかけると、ようやくガーレフは頭を上げ、テーブルをはさんだ向かいの椅子に腰かけた。
「……とりあえず、体の調子はどうじゃ?」
「ええ、問題ありません。……というか、あんなに回復薬が高性能だなんて知りませんでしたよ」
今まではそういうのと無縁の生活だったし、と呟くハイガ。
街に担ぎ込まれたハイガは、ギルドが保管していた回復薬を飲むことによってその一命をとりとめた。
どころかほとんどの傷が癒え、全快とまではいかないまでも生活に不便はない、というありさま。
たかが飲み薬一つでこうなるものなのかと、ハイガが驚愕の声を漏らすのも無理はない。
……実際のところはハイガが飲んだ回復薬はエリクシールと言い、このギルドがほんの少量だけ保持していた、世界にもわずかしか現存しない超高効果回復薬であったということが大きいのだが。
ちなみに、カルーアもまたエリクシールの服用によりその傷を癒した。
竜の襲来をまず一番に食い止めた功績として、ハイガに次ぐ治療の優先権が与えられたのだ。
「くはは。……英雄殿の命を助けるのに出し惜しみなどせんわい」
「その英雄というのは、こっぱずかしいのでやめて下さい……で、何の話ですか? さすがに、まだ多少眠たいんですが」
く、と小さくあくびを抑えるハイガ。
無理もない。
あれ程の難敵を相手に、重傷を負いながらも戦い抜いたのだ。
肉体の傷が癒えようとも、そう簡単にその疲れが引くものではない。
しかし、ガーレフにはそれがわかっていてもなお、ハイガを呼び出すだけの理由があった。
「すまんのう。……聞きたかったのは、これからをどうするか、ということじゃ」
「……これから、とは?」
にわかにハイガの表情が引き締まる。
ハイガの予想通りなら、これからの話はハイガの未来を大きく左右するのだ。
ガーレフは予想違わず、話を切り出す。
「……まず大前提として、竜というのは討伐できるものではない。それは分かっておるな?」
「はい、もちろん」
ハイガは頷く。
あの巨大すぎる暴力を、尋常な方法で打破できるとは到底思えなかった。
「しかし、ぬしはそれを成し遂げた。……ことがことじゃ、竜が倒されたという情報は、時とともに間違いなく世界中に広がる。それはもはや避けられん。……それで、じゃ。ぬしはどうしたい?」
「……選択肢があるんですか?」
ハイガの問いかけに、ガーレフは指をひとつづつ折る。
「まず第一に、英雄として名乗り出ること。まず間違いなく、富と栄誉は約束されよう。が……いや、何でもない。第二は、名乗り出ないという選択肢じゃ。どちらをぬしは望む?」
その、選択の余地のない二択。ハイガは迷いなく答えを返す。
「もちろん、名乗り出ませんよ」
「……なぜじゃ?」
「人間の敵わない存在が竜なのなら、それを倒した俺は何なのか、って話になりますよね。……担ぎ上げられて利用されるか、排除されるかの二択……どっちにしろ、俺の目的にはそいません」
何の気負いも悔しさも無く、当然のごとく語るハイガの様子に、ガーレフは肩透かしを食らった様子であった。
「……おぬしなら……いや、分かった。一応、あの場に居合わせた者には箝口令を敷いておる。ひとまずは、ぬしの名前は出てこぬまいよ」
ぬしは魔術師として魔術ギルドに登録しておるわけではないしのう、と呟くガーレフ。
ガーレフが聞こうとしたのは、『ハイガなら、むしろそんな下らない干渉など踏み潰してしまえるのではないか』ということだったが、ハイガもまたそんなことには気づいているだろうと思い、口にしなかったのだ。
あえて聞くほど野暮なことは無い。
「……すみませんでした」
「ん? ……何がじゃ?」
ガーレフは突然のハイガの謝罪に首をかしげる。
こちらが謝罪することはあれ、ハイガにそうされる理由など分からなかったのだ。
「いえ……前に、どうやってグラスウルフを倒したのか聞かれたでしょう?」
「ああ、そんなこともあったのう……」
「あの時は、まあその……嘘をつきまして」
「ああ……そんなこと、気にせずとも良かろうに」
ガーレフはハイガの謝罪を受け流す。
これほどの力、ひけらかすよりも隠すのは、知恵あるものなら当然の行動である。そんな当たり前のことで謝罪されても、どうしてよいかわからなかった。
「そう言ってもらえると、少しは気分が楽ですね」
ハイガはまた頭をポリポリと掻く。
理由があったとはいえ、ハイガはこの老人に様々に嘘をついた。
それなりに、そのことは心に引っかかっていたのである。
「ふむ……ところでハイガよ」
「なんです?」
「教えられぬことであれば深くは聞かぬが……ぬしの使った失われた魔術。あれはいったい、何なのじゃ?」
ああ、はいとハイガは小さく返事をする。
この質問が来るだろうなということは予測していた。
この世界の人間にとっては……いや、元の世界の人間にとってもだが、ほとんど眉唾の力を実際に使って見せたのである。
気にならない方がおかしい。
ハイガは、話せるところまでを話すことにした。
自分が異世界から来たなどという突拍子もない話はともかく、この力が自分の開発した魔術によること。
この世界の『魔術』は正確には身体強化でしかないこと。
魔術には、本当は才能など必要ないこと。
これからを――ハイガの胸にあるこの先の展望を見据えた時、このガーレフという老人は人柄においても力においても信頼が置けた。
ハイガはこの先ガーレフと長期的な協力関係を結びたいと思っており、だからこそ話しても問題のない部分までを話したのだ。
ハイガの話を聞き終わったガーレフは感心しながらも、その表情には少し影が差していた。
「……ぬしは、すごいのう」
ガーレフは呟く。
その言葉の調子には、隠しきれない自嘲が滲んでいた。
「ガーレフさん……?」
「……わしはのう、力を求めて生きてきた。この身に宿る力を誇り、捨てられるものをすべて捨て、限界の淵を走ってきたつもりじゃった。……実際、成果はついてきた。数多くの戦果を挙げたし、地位も名誉も手に入れた。……しかしのう、ぬしの開拓したような領域が存在するなどとは、ついぞ考えつきもしなかった」
「…………」
ハイガは黙し、老人の応えを求めていない独り言を聞く。
「結局のところのう、わしはただ力に憧れて、才能に溺れた。……それだけの人間じゃったのかもしれん。……いや、きっとそうだったのじゃろうな」
かける言葉の見つからないハイガに、ガーレフはパチンと掌を鳴らす。
「……おお、すまん。つい、おいぼれの愚痴を語ってしもうた。忘れてくれい。……報酬の話に移ろうかの」
口調を明るくするガーレフに、ハイガもまた聞き返す。
「……一応聞いておくんですが、報酬を要求してもいいんですか? 竜に懸賞金がかけられていたわけでもないでしょう」
「まあ、確かにのう。厳密に言えばぬしのしたことに報酬など存在せぬ。誰かが竜の討伐を依頼したわけでもないからの」
しかし、とガーレフは言葉を続ける。
「それでも、この街はぬしに報酬を払う。成果に値する報酬は当然であるとわしは思っておるし、それ以前にギルドの長の判断としてもの。……打算的なことを言えばな、この街はぬしに過剰すぎる借りがある。返せる範囲で恩を返さねば、後が恐ろしいわ」
ガーレフの言葉に含まれている意味。
ハイガの力を恐れるということではなく、少なくとも『できる限りの恩を返したという事実』が必要なのだというその意味を、ハイガは過不足なく読み取った。
ハイガは軽く頷き、口を開いた。
「ならば、どこまでしてくれますか?」
「どこまでも、じゃ。……無論、わしの手の届く範囲で、という話にはなるがの」
それなりの地位を持つ人間との一対一の話し合いにおいて、言質は絶対である。
ここでガーレフが『できる限り』と言うのならば、それは文字通り、遠慮なくハイガの望むものを言っても問題はない。
「じゃあ、とりあえず金銭を。そうですね……五千万エルくらいで。あ、現金でお願いします」
その状況で遠慮をする必要もない。ハイガはストレートに金銭を要求した。
五千万エル。大金ではある。
串焼きが十五万本弱買える。
これが竜の討伐の報酬として多いと思うか少ないと思うかどうかは人それぞれだろうが、しかしガーレフには少ないと感じられたようだった。
「……そんなものでいいのかの? 仮にぬしがおらねば、この街ごと崩壊しておった。その場合の被害金額は桁が違う。無論、さらに加えて人命。もろもろ合わせれば、その十倍でも適正以下というところじゃろう?」
「まあ、そうでしょうけど。多分このフェールの街の規模で目立たない金額といえば、そのくらいでしょう?そんなにお金が要り用なわけでもないですから」
実際、ハイガは魔術を使えばいくらでも金は儲けられる。
少なくとも五千万あれば当分困りはしないし、それにハイガが竜殺しとして名乗り出ない以上、ハイガに払われる金銭は多少世間的に後ろ暗いものとなる。
あまり多額なのは都合が悪かった。
ハイガが現金で要求したのもこのためだ。
この世界にも銀行というシステムはあるが、それでは記録が残るので多少足が付きやすくなる。
魔術を使えばキャッシュを持ち歩くのにも苦はないので、現金のほうが都合が良かった。
多く要求しすぎてこの老人に見限られるのもごめんであるし、そういった事情を勘案した結果、五千万という金額になったのである。
ガーレフもまたその金額に不満はないようで、すぐに了承した。
「よかろう。では、他には何かあるかのう?」
「そうですね……実はちょっとばかり、公文書の偽造を頼みたいんですが」
「なんじゃ?」
「この街に生まれ、住んでいたということにしてほしいんです」
「ふむ? ……まあよかろう。造作もない」
訝し気な様子ながらも了承し、他にはと促すガーレフに、ちょっと考えてからハイガは首を振った。
「いえ……竜の討伐の報酬としては、他に望むものは特にありません」
「まあ、思いついたらその都度言ってくれればいいわい」
「じゃあ、そうさせてもらいますよ」
と、そこでハイガは一息つく。
正直なことを言って、これからする話に比べれば五千万などは端金である。
「……ところで、竜の体についてなんですが」
その話題に移ると、ガーレフは僅かに顔を顰めた。
そして次の瞬間、大きなため息を吐く。
「……うむ。ぬしのことじゃ、分かっておろう。竜の体をぬしのものとすることはできぬ」
苦汁をにじませるガーレフの言葉。
「俺が竜を討伐したことを名乗り出ないから、ですよね?」
「……そうじゃ。ぬしが竜殺しとして名乗り出ぬ以上、あの竜は例えば流れの名も知らぬ魔術師が倒したとでも報告するしかあるまい。その場合、ぬしは竜の体の所有権を主張できんのじゃよ」
当然である。
衆目には竜の討伐はしてないのに、その遺体の所有権だけ主張しているように見える。
そんなことがまかり通るはずもない。
「さらに言えば、竜は少なくとも、信頼性のおける記録の中で討伐されたことは無い。……その体を有するというのは、権勢を誇りたい者にとってみれば恰好のアピールになる。おそらく、竜の死体は国かギルドに接収されることとなろう」
「……まあ、そうでしょうね」
世界でただ一つの竜の遺体。
しかもそれを倒したものが分からないともなれば、当然のことながらなんのかんの理由をつけてそれを手に入れようとする。
フェール支部がその所有権を主張したとて、竜の討伐を証明できない以上は、竜の遺体は『拾得物』とでも扱われるほかない。
たとえ、竜の遺体を発見したのをハイガであると言ってその所有権を主張しようとしても、必ずと言っていいほどに雀の涙で竜の死体を持っていかれることになろう。
「……しかし、正直なことを言ってこのフェール支部からその補償金をぬしに支払うことなど到底不可能じゃ」
「まあ、竜の体もなれば将来的な末端価格は考えるのも恐ろしいですね」
例えば、鱗。
少なくとも、地球における同量の金よりも価値があることは間違いない。
金はその絶対量の少なさから不変の価値を持っているが、それでも20万t弱存在する。
それよりもはるかに少なく、しかもこれから先入手が見込めない。
世界最強の生き物の体の一部で、その鱗の輝きは生命を失ってなお、どんな宝石より鮮やかだ。
その強度も折り紙付きで、様々な用途に需要があるだろう。
最終的な流通の末端では鱗の一枚が何百万という金額で取引されようとおかしくない。
その鱗がザッと見積もって一万枚ほど。鱗だけでこれである。
竜の牙やら爪やら、全て換算したら小国の国家予算など簡単に超える。
だからある意味、国かギルドが接収するほかないのだともいえる。
一ギルド支部がそれだけの金額を扱うことなど許されるわけがないのだから。
「そういうことじゃ。……じゃから、これに関してはぬしの温情にすがるほかないわい」
「いや、そもそもそれを責めるくらいなら最初から竜を討伐したとして名乗り出ろってことなので……別に構いませんよ。……あ、でも多少は自分で保管しますよ。見つけた時にはもう無くなっていた、きっと竜を倒した名もなき魔術師が剥ぎ取っていったんだとかそういう感じで」
そのハイガの言葉に、ガーレフはやや乾いた笑いを漏らす。
「もちろん。……というかそもそも、ぬしがどうしても竜の体を全て自分のものにすると言っても、わしらには止める権利も力もない」
「いやそんなことすれば、もしかしたらガーレフさんは首くくることになるでしょう?」
「助けてもらった命じゃ。別に構わんよ」
ひらひらと手を振るガーレフは、やけに老け込んで見えた。
ハイガはコホン、と咳ばらいをして話し出す。
「ガーレフさん」
「ん?」
「実は一つ、特に貰い受けたいのですが……」
「うむ、なんじゃ?」
ガーレフはハイガのその言葉に興味を示した。
この稀代の魔術師が、わざわざ特別に欲しいというもの。
それが一体なにであるのか、想像がつかなかったのである。
「ガーレフさんの命、俺に売りませんか?」
「……ほう?」
「接収される竜の遺骸。……その代金で、ガーレフさんの命を俺に賭けてほしい」
「……このおいぼれの命に、それほどの価値があると?」
ガーレフの老いた背に、生気が戻る。
「俺には夢……いや、野望があります」
語るハイガから放たれる、昨日のものと似た狂気とも熱ともつかぬ不可視の威。
あえて表現するならば、それをこそ覇気というのだろうか。
ガーレフの目には、その時のハイガはなにか、人間ではない何かに見えた。
ハイガは語る。
己の野望、果たしたいこと。
そしてそのためには何が必要か。
僅か数分のその話。
しかし、その僅かの時間にガーレフは老いを脱却していた。
眼は昔と同様に精気の光を漏らし、抑えきれない威風が立ち昇る。
「……なるほどのう。じゃからこそぬしは、英雄として名乗り出ぬというわけか」
「まあ、そんなとこです」
「確かに、生半可ではない野望よな……時間との闘いでもある」
「荊の道だとは思います……どうしますか?」
決断を求めながらも、ハイガは右手を差し出す。
既にガーレフの決断を知っているかのように。
ガーレフは己もまた右手を差し出し、痛いほどの握力でハイガの右手を握った。
「乗った。わしの命をぬしに売ろう。存分に使えい。……ぬしの野望はおもしろそうじゃ。実現を、わしも見てみたい」
「ありがとうございます、ガーレフさん」
「なに、ガーレフで構わん」
「いや、まあなんとなくそれは……」
ここに、ハイガとガーレフはその野望を共有した。
もちろん、このガーレフの誓いに強制力などない。
ガーレフがそうしようと思えば、いともたやすく反故にされよう。
しかし、ハイガはこの老練の兵がそんなつまらないことなどしないと信じることができたし、ガーレフはこの目の前の青年に憧憬を見た。
この固く固く握りしめられた手が、そう遠くない将来に新しい風を巻き起こすこととなる。
「……じゃあ、失礼します」
二、三の細々したことを話し合って、ハイガは部屋を退出する。
ガーレフはその姿を見送って、小さく息を吐いた。
(なるほど、あれが英傑という人種かのう……)
武勇を挙げるのみならず、新たな道までを示す。
年甲斐もなく、その熱に充てられるとは。
心の中には、興奮と小さな不安。
――自分に、その野望を共有するほどの価値があるか?
ハイガの抱く野望を前に、自分では器が小さすぎるのではないか。
その不安がガーレフを苛む。
何一つ新しい地平を見てはこなかった。
ただひたすらに、目の前のものしか見てこなかった。
そんな自分に、ハイガの野望の道連れになる資格はあるのか?
――と、その時。またしても扉が開いた。
「……どうしたのかのう?」
顔を出したのはハイガ。
先ほど出ていったばかりだというのに、なぜ戻ってきたのだろうか。
「……いや、ちょっと言いたいことがありまして」
ハイガはその黒い眼でガーレフを見る。
「さっき、自分はただ力を求めて来ただけで、それだけの人間だ……とか言ってましたよね」
「……ああ、言ったのう」
「それについて、なんというか……」
ハイガはガシガシと頭を掻き、困ったような表情で言った。
「――それはたぶん……『格好いい』というやつです」
「……は?」
意味を理解できないガーレフに、ハイガは言葉を重ねる。
「いや、だから……少なくともガーレフさんは、力を求め続けるなんて道を何十年も歩んできて、積み重ねてきた。……在り方を見ればわかる。ガーレフさんはたぶん今まで、自分自身の道を究め続けてきた。それだけの経験は俺には無い物で、さらに言えば大抵の人間には無理なことです。……だったら、それがありきたりとか才能とか何とか、そんなくだらないことは考える必要すらなくて――」
目の前の男は、本心からこの言葉を発している。
ガーレフには、なぜかそれがわかった。
「――それは、格好いいことです」
ハイガはそれだけ言い残して、足早に部屋を出た。
何をクサいセリフを吐いているのかと恥ずかしくなったのだ。
本当のことではあったし、言わずにはいられなかったために、訂正はしなかったが。
一人残されたガーレフは呆然と立ち尽くす。
たっぷり三分たって、ガーレフの口からは抑えきれない笑いが漏れた。
笑いは止まらなかった。笑いすぎて、涙すら流れた。
何がガーレフを笑わせているのか、はっきりとはガーレフ自身にも分からなかった。
それでもただ一つ、分かる感情がある。
――嬉しさ。
己の歩んだ道のりを肯定された嬉しさに、ガーレフは年甲斐もなく笑い泣いた。
次話で一章終了となります。




