10 Q.「これは武器ですか?」
ハイガはこの日、休日であった。
この世界にも曜日というものは存在し、七日間で一単位である。
これはこの世界が地球の平行世界であり、日齢や月齢が同じである理由に依るものだろう。
週の頭が休日、というわけではないものの、魔術ギルドでは一週間に一度、各自の望む日を休日とすることとなっていた。
魔獣は休日は営業停止しているわけではないのだ。
ギルドに人の居ない日を作るわけにもいかず、自然、休日が不規則になってしまうのは仕方のないことと言えよう。
そしてハイガは先週分と今週分、合わせて二週間分の休日二日間を一度に取る腹積もりであった。
もちろんそこには明確な意図が存在する。
この休日を利用して、ハイガは魔道具を作成しようというのだ。
魔道具とは何か?
その問いの答えはしかし単純なもので、通常の道具に魔術陣を施されたものをそう呼ぶ。
その作成自体は容易である。
最低限のものであれば、何かの表面に適当にマジックペンで魔法陣を描いたとしても、それで魔道具として成立はする。
しかしそんなものは、とてもではないが実用に堪えるものではない。
魔術とは、存在しない法則を生み出す術ではない。
現実を術者の認識という枠組みでとらえ、術者の観測した虚構を現実に即した形で現出させる術なのである。
この違いは以下の例を考えればわかりやすいだろう。
例えば紙に、何も考えず『発火』の魔術を刻印するとする。
それを発動させた場合、当然のことながらせっかく作ったそのスクロールは灰になる。
燃える。
それはもう紙のように燃える。
魔術では、『炎』という結果だけを現出させることはできない。
燃焼という現象には発火温度、燃料、酸素と言った必要不可欠の要素が存在し、それらを満たす形でしか魔術は炎を生み出せない。
……何が言いたいかといえば、基本的に材質と刻印する魔術には相性があり、致命的に嚙み合いの悪い組み合わせというのも存在するのである。
だからして、高度な魔道具を作成しようというのなら、当然のことながらそれに見合った高度な魔術知識とセンスが要求され、魔道具はその魔術師の本当の意味での実力を示すものともなりうるのだ。
さて、そんな魔道具を今から開発しようというハイガはと言えば――
「そういうわけで、明日、空けておいてもらえないか?」
ギルドに併設された休憩所。
今日も元気よくギルドに現れたカルーアを待ち伏せして、作成した魔道具のテスターをしてもらえないか話を持ち掛けているのである。
ハイガが魔術師であるということを知っているのがカルーアだけである現状、『この世界の人間がハイガの作成したマギクラフトを扱えるのか』ということを試せるのはカルーアしかいなかったのだ。
まだ作り出してもいない道具のテスターを頼んでいるというのは、ある種、ハイガの魔術に対する病的なまでの自信を表しているのかもしれない。
「了解ですよー」
「ありがとな。礼はするからさ」
「いいんですよー。そんなことー」
間延びしたカルーアの声。
ほおばる串焼きがその原因であった。
「それ、うまそうだな……」
ハイガはその香ばしい香りに腹を鳴らす。
ハイガが眺めるのは、カルーアのあむあむとほおばる串焼き。
露店で購入したのだろう、湯気が立ち上り、その少し大きすぎるのではないかと思うほどにボリュームのある肉は、朝のすきっ腹にすさまじく食欲を誘った。
女の子が朝から食べるようなものではないかもしれないが、カルーアは見た目はどうあれ魔術師。
肉体を酷使する彼女には、これくらいでちょうどよいのだった。
「あげませんよー?」
「女の子にたかるほど落ちぶれちゃいない……。どこで買ったんだ? 朝がまだだからな、俺もそれにしよう」
「ああ、それでしたらー。えっと、リューシャー地区のー……はっ!?」
「おお!? ……どうした?」
いきなり何か天啓でも得たかのように目を見開いたカルーアにハイガは驚く。
「い、いえ……えーっと……」
カルーアはおずおずと、ハイガの前に串を差し出した。
「……これは?」
「ひ、一口どうぞっ」
ハイガがカルーアを見ると、カルーアは目をそらした。
先ほどと言っていることが全く違う。
それにこの態度。なにかやましいことでもあるのだろうか?
「い、いや……自分で買うから大丈夫だぞ? 場所だけ教えてくれれば」
そうハイガが言うと、カルーアは慌てたように言う。
「え、えっと……えっと! ひ、一口食べてみないと、ハイガさんの好きな味かどうかわからないんじゃないでしょうか!」
「お、おう。まあ、そうな」
ハイガとて、香りのいいが味は泥以下といった食べ物に騙された経験はある。
というか多い。その反対も然り。
世界を旅した中で、明らかに味覚の発展のおかしい民族というのは存外にたくさん存在したのである。
「だ、だからその……どうぞ!」
「あ、ああ。ありがとな」
それにしてもこのカルーアの勢いは解せなかったが、ハイガはぱくりと一口くわえた。
何か含むことがあるにせよ、カルーアが何か悪意を持って行っているわけではないことは分かっていたし、それに目の前の串焼きはいかにも食欲をそそるスパイシーな香りを放っていたのだ。
「うおっ……うまいな、コレ」
肉を飲み込むやいなや、ハイガは感嘆の声をあげた。
しっかりと火の通った、密度の高いその肉は噛み味が抜群。
噛むたびに口の中を満たすほどに濃厚な肉汁が溢れ出て、思わず口からこぼれ出てしまうような錯覚すら起こす。
そのスパイスの効きかたといったらまた格別で、あれ程に薫り高く香っていたというのに、驚くことに口に含むとスパイスの鮮烈な刺激ではなく、ほんのりとした優しいアクセント。『肉』という素材の味を生かしきっていた。
「これで何エルだったんだ?」
「なんと、三百五十エルです」
「なんだと!? ……よし、通おう」
ハイガはその店に日参することを決めた。
ちなみに、日本での物価価値と比較してみれば、細かい違いはもちろん存在するものの、大体一エル=一円という換算で構わない。
「……もう一口くれる気はないか?」
美味いものを一口食べてしまえばもう一口をさらに乞い求めてしまうもの。
ハイガもそのご多分に漏れずそう言ったが、
「ダメですよー」
そう言ってカルーアは、とても幸せそうな顔で串焼きの最後のひと塊をその艶やかな唇の中に収めた。
その表情の惚けたことといったら、もうほとんど食べ物ではなく、快楽でも飲み込んでいるようだった。
ハイガは串焼きの肉が無くなってしまったことを自分のものではないにもかかわらず残念に思うと同時、カルーアのその年に似合わぬ色香をにおわせた表情に、ごくりと唾を飲み込んだ。
「じゃあ、ハイガさん! また明日、ここでいいですか?」
「あ、ああ」
「了解です! 行ってきまーす!」
「き、気をつけてな……」
直前までの表情が嘘だったように無邪気な元気さをたたえた声で、カルーアは行ってしまった。
それを呆然と見送るハイガは、女ってすごいなとわけのわからない感心を抱くとともに、ある事実に気づき、呟いた。
「店、教えてくれてねえじゃん……」
ハイガはマギクラフトの材料を求めるとともに、カルーアの言いかけた場所を手掛かりに、串焼き屋を探すのだった。
「さて、と……」
ハイガは購入してきた、目の前に転がる鉄製の棒を観察する。
この街にはネルヴァ大森林に面するということもあって、武器屋というのものがある。
この世界の脳筋魔術師たちは基本的に武器すら携帯しない素手での戦闘を好むものの、全員が全員そうであるというわけでは、もちろんない。
武器にはリーチの拡大や手足の損耗の回避といった、明らかなメリットがあるのだ。
……それを差し引いても、大部分の魔術師が『殴った方が早い』と考えているのがこの世界の現状だが。
無論、一般人も危険地帯に住んでいる以上、武器程度は携帯しておきたいという需要があるのだろう。
そこでハイガが購入してきたのがこの鉄の棒だった。
長さは一・五メートル、太さは指でOKマークを作ったときの輪の大きさほどで、しかしその表面は錆びてこそいないものの、あらゆる装飾もまた存在しない。
店の親父さん曰く、『ガラクタ』だそうで、形こそまっすぐな棒状であるものの、悲しいことにそれは武器ではなく棒にしか見えない。
それ相応に値段も安く、ハイガが引き取ると申し出ると、『……そんなもん買ってどうするつもりだ?』と耳を疑うように言うのであった。
ハイガがなおも購入を申し出ると、『物干し竿にしたって短すぎるだろうに……』などと呟きながら安く売ってくれた。
安く購入できたこと自体は嬉しかったが、そんなに売れるのが納得いかないようなもの、武器屋に置くなよとも思ったハイガだった。
改めて手に持ってみると、ズシリと重い。
少なくとも耐久性だけはあることだろう。
材質は純鉄ではなく、銅やスズといった各種の金属が微量に混じっているようだった。
実用品を作るつもりであるとはいっても、所詮は魔道具づくりの実験のようなものである。
それで使いつぶすにはちょうどいいだろう。
ハイガは鉄棒の材質や形状の特製から、刻印する魔術式の構成を考える。
何の魔術を刻印するか自体はもう決まっていて、それを最大効率・最小損失で発動させるための構成を考えるのだ。
一番に魔術師としての力量が問われる作業であると言えよう。
いったい何を作り出したいのかといえば、武器であった。
ハイガは身体強化魔術がうまく使えない。
実のところそれを克服する方法の手がかりをおぼろげながらハイガは掴み、試行錯誤しているのだが……未だ完成を見ていない今、それを語ったところで仕方のないことだろう。
が、実際的なことを考えると、それは仕方ないでは済まされない。
今は魔術師ではないと偽っており、危険性もほとんど存在しないとはいえ、直接的な武力を必要とする場面がいつやってきたとしてもなんらおかしくない。
その時に相手が魔術師であれば、身体強化の扱えないハイガには圧倒的なディスアドバンテージとなる。
少なくとも、自身の実用に堪えうる身体強化魔術の開発に成功するまでは、もし突発的な危険にさらされれば、ハイガは生身で身を守らねばならないのだ。
そのため、備えとして魔術的な力を込めた武器を作成しようと思い立った、というわけである。
(……構造解析完了。三次元構造なら楽なものだ、いつもに比べれば……。試作品みたいなものだから……シンプルな二段工程でいいか)
三次元構造、というのは魔術陣のことである。
曲面である鉄棒に刻印するのだから、当然のこと魔術陣も三次元構造をとる。
ちなみに魔術陣が二次元構造や三次元構造であるのにどのような違いが存在するのかといえば、基本的に魔術はその構成が複雑であるほど難易度を増し、それと比例して精度が高くなるために効率が高まり、応用が利く。
様々な魔術発動様式の複雑さ・難易度は、大体次のようになっている。
↑易
二次元構造 (スクロール、符など)
三次元構造 (杖など)
四次元構造 (詠唱など)
無次元構造 (思考詠唱)
↓難
詠唱が四次元構造であるのは、魔術をわざわざ口を介して吐き出すことで、その間に必然、時間の経過と要素を混入させるからだ。
詠唱による魔術の行使は、魔術式の有する莫大な情報を口で示すのだから、膨大な時間を必要とする。
ほとんど実用というよりは、儀式にでも用いるような手法だ。
そして、思考による魔術が無次元であるというのは、思考による魔術は形状で形作られるものではないからだ。
どちらかといえば、情報の連なりと表現したほうがいいだろうか。
本質的に情報というものに形状はない。
情報を伝えるための媒体が形状を持つに過ぎないのだ。
故に、思考による魔術はいかなる制約も存在しない、無次元という表現が適切なのである。
これだけ見てみれば、ハイガの用いる思考詠唱というのは詠唱程の時間と手間を必要とせずに、詠唱以上の効率と応用をもたらすのであるから非常に優秀に思えるが、しかし思考による魔術というのはほとんど変態的な、人外の業である。
どんなものかを想像するならば、ルールを知ったばかりのエイトクイーンを十面同時にこなすようなものだと考えればよい。
もしかしたら可能な方もいるかもしれないが、その場合には己が人外であると名乗ってよろしい。
要するにまともな人間には不可能なのである。
ハイガにしてもそれが可能なのはひとえに『魔術の起源』を発見し、魔術に誰よりも執心したその過程のもたらした奇跡的な産物であって、それはハイガにとっては、ある種、誇りでもあった。
「よし……【蒸着】」
ハイガは金属の性質は心得ていてもそれを扱う技術など門外漢なので、素直に魔術で刻印を施した。
この【蒸着】という魔術はその物体自体には害をなさずに魔術を刻印をすることのできる魔術で(というかそのためだけに開発した魔術で)、ハイガがカルーアを撫でる際に掌に施した魔術陣も、これで施したものだった。
出来上がった魔道具を見てハイガは頷く。
見たところ、予想通りの出来栄えであった。
銀と鉛色の中間のような光沢に、光を反射しない黒で文様が刻印されている。
ハイガは出来栄えに満足して大きく伸びをし、既に日が落ちていることに気づいた。
それほどに熱中してしまったのだ。
ハイガはこの新たな魔道具を試すの心待ちにしながら、適当に夕食をとって早めの眠りについた。




