五年後
長いです
「いや、止めて下さい。困ります」
ここはこの世界でも上位に入る繁栄を続けている唐揚げ王国の一角。行き交う人々の中で、街娘のプールは腕を必死に振って男から離れようとした。しかし、ひ弱な女の腕では男の力には到底敵うはずもなく、男に腕を押さえられてしまう。それでもプールは諦めることもなく、腹の奥から声を出して助けを求めるが街の住人は誰も彼女を助けようとしなかった。それどころか、彼女かまるでそこにいないかの様に振る舞っていた。もし日本に住んでいる人間がこの状況を見れば異常だと思うだろう。しかし、この世界の住人からするとこの程度のことは良く、とは言わないが見ることがないと言うほどではないことだった。
「うるさい、この僕がせっかく誘ってやっているんだ。大人しくついて来い」
そうしている間にプールの腕を掴んでいる男は更に腕に力を入れて強引にプールを連れて行こうとしている。この男の服装は周りの住人と比べて一線を画している。それもそのはず。この男は周囲の人間の上に立つ人間である貴族の生まれなのだから。周囲の人間がプールを助けないのもこれが理由である。街に住んでいる多くの人間が平民で貴族に逆らうことがどれだけ愚かな行動か知っているのだ。実際、この状況で平民が助けに入っても娘が助かることは無く、助けに入った平民は近くで貴族の護衛をしている人間にとり抑えられて最悪その命を散らすことになるだろう。そんな状態では娘を助けに行く人物がいないのは当然のことだった。彼を抜いてだが。
「嫌がっているではないか。その手を放したらどうだ。」
颯爽と現れた薄汚いローブを頭から被った男が貴族の腕をとって娘を庇った。フールは助けに入ってくれる人間はいないと思っていたので暫し呆然としたが、我に返り男を見るが男がローブを被っている為に自分を助けに来た人間がどのような人間か見ることは出来なかった。フールが我に返ると同じ頃、フールと同じ様に唖然としていた貴族も我に返った。実はこの貴族、フールを連れて帰ると決めた時から自分の護衛を人ごみに紛れ込ましていたのでフールより遥かに驚いていた。しかし、フールと同じ時に意識を戻すことが出来たのはその血故か、それともこれまでの生活で培った経験ゆえだろうか。どちらにせよ、能力の無駄な使い方この上ない。
「離すのはお前だ。僕が誰か分かっているのか。僕はエビフライ家の嫡子、クルヴェット・エビフライだぞ。」
貴族、クルヴェットは大きなお腹を突き出し胸を張って名乗った。クルヴェットは自分の身体よりも少し大きな服を着ていたのだろう。そうでなければクルヴェットの服はその大きなお腹によって弾け飛んでいただろう。
「君が何者であるかはここでは関係はないであろう。大事なのは貴方が嫌がっている女の子に手を出していることだ。もうすぐ衛兵も来るだろうし今日はこの辺にしたらどうだ。」
薄汚いローブの男はクルヴェットが大仰に自己紹介している間にプールを自分の後ろに隠し冷静にクルヴェットに注意を促していた。プールは相手が貴族にも係わらず態度を変えずに接する男に驚いたが、それと同時に衛兵が来ることに安心感を抱いていた。ローブの男が助けに入って来てくれたとはいえ、相手は貴族。平民で有れば到底勝ち目はないだろう。しかし、衛兵が来てくれればもう大丈夫だ。衛兵であれば貴族に対抗できる。
何故ならば衛兵は平民であって平民では無いのだ。これはカラアゲ王国の身分制度に関わる。カラアゲ王国の身分制度は上から順に王、貴族、平民、農民、奴隷である。王国であるから王は絶対であるがそれ以外の身分はそう言う訳にはいかない。当然彼等が法を守るように見守る人間が必要になるし、破った場合に罰する人間が必要になる。身分制度から見れば統べての人間を取り締まることが出来る人間は王だけになるが、当然そんなことは不可能である。王が一人で出来ないのであれば自分より少し身分の人間に任せれば良いが、身分の高い人間だけを使えばどうしても人数が足りなくなる。かと言って身分の高い人間を量産する訳にはいかないし、身分制度通りに行けば上の身分の人間が下の身分の人間の言うことを聞かないのに加え、人数も足りないという八方ふさがりの状態になる。当時のカラアゲ王国の王はこの状態を打開するために一計を案じた。それは衛兵と身分制度を分けるという方法だ。王は身分制度と司法機関と衛兵、それに加え幾つかの国家的機関を身分制度から隔離させたのだ。
「お前が来なければ直ぐに終わったんだ。だが、衛兵が来るなら仕方がない。もう平民の真似事は止めだ。おい、そこの女を屋敷まで連れて来い。男の方は不敬罪だからこれ以上逆らう様なら多少の痛みは構わない。僕は先に屋敷に帰る。何があっても連れて来いよ。じゃあ、行く。何人かはきちんとついて来いよ。」
クルヴェットが言うとクルヴェット達を遠くで見ていた人垣から三人がプール達に迎い、二人がクルヴェットの近くに寄って行った。クルヴェットは三人がプールの元に近づいていくのを確認して踵を反して街の奥に歩いて行った。
「じゃあ、始めようか。俺達も暇ではないし、さっさと終わらせようか。」
「そうそう。坊ちゃんが好きなように行動する度にこっちは後始末だし。速く終わらせることに越したことは無い。」
「本当に困ったもんだ。まあ、今回はストレス発散になりそうだからまだましか。仕方がないか。」
三人の男は愚痴を言いながらにやにやとローブの男とプールを厭らしい顔を向けた。ローブの男は女の方よりも頭一つ身長が高い。女の子の方の身長は百四十cm程だから男の方も高く見積もっても百四十五cmも行かないだろう。男達の身長は平均で百九十cm位、カラアゲ王国の成人男性の平均的身長である。彼等とプール達は大人と子供位の身長差がある。実際プールはまだ成人していないし、ローブの男も成人はしていないだろう。
「たかが女一人に対して大人三人で寄ってたかって手を出させるなんて大人げないにも程があるだろう。」
ローブの男は向かいの三人の男を見ながらこの場をどうやって切り抜けるかを考える。相手は自分よりも大きな男が三人、こっちは自分と女の子。まともに戦えば女の子がいる自分の方が不利であろう。
「きゃっ。ま、ま」
「しゃべると舌を噛むかも知れないから黙っていてくれないか。」
素早く状況を整理したローブの男はプールを抱えて男達と反対方向に駆け出した。逃避、それがローブの男の判断だったのだ。幸い男達はクルヴェットがいた位置に集まっている。ここを突かない手はないだろう。
「待て、こら。」
「ちっ、早く追いに行くぞ」
「これは本当に困ったな」
男達背後で何言っているがローブの男は聞く素振りを全く見せずにひたすら前に進んでいく。ローブの男が走った後には事故になりそうになった人達の怒声や叫びが聞こえる。後から来るだろう衛兵は騒ぎを治める為に奔走すること間違いないだろう。
「ど、どうしましょう。もう行き止まりですよ。」
プールが怯えた様な声でローブの男に尋ねるのも当然だろう。自分を逃がす為にローブの男が走って行ったのだが、男達を撒くことは出来ず遂に行き止まりにぶつかってしまったのだ。
「ふう、やっと追いついたぜ。」
後ろを振り返るとプール達を追いかけた男達が来ていた。前方は行き止まり、後方は貴族の使い。まさに絶体絶命の状況だ。相手がローブの男でなければの話しだが。
「しっかりと捕まっていてね。」
ローブの男はプールの返事を聞かずに大きく跳んだ。いや、飛んだのだ。追っていた三人は何が起こったのか理解できなかったのだろう。口を大きく開けて間抜け面を晒している。しかし、それも当然だろう。地球でも人が自分の力で空を飛ぶことが出来ない様に、この世界でも出来ないこととされているのだから。この世界には魔法がある。しかし、だからと言って何でも出来るわけではない。魔法があろうと病気になれば死ぬし飢えても死ぬ。人間では超えることのできない一線が必ず存在するのだ。だが、ローブの男はその一線を越えている。異常、彼の男の行動を表すならばこれほど的確な言葉ではないだろう。そんな理不尽な状況に男達が唖然としている間にローブの男達の姿は見えなくなっていった。
三人の男達を振り切ったプール達はこの都市一番の公園にいた。流石に空を飛んだままだと目立つので公園に植えられてある木々に隠れて地面に降りたのだ。
「さて、言いたいことは色々とあるだろうけど、まずは自己紹介をしようか。僕の名前はフォーゲル。君は。」
「わ、私はプールって言います。ええと、その。」
目の前で信じられないことが起きてプールは平常心を保てなかったが、何とか自己紹介をすることができた。
「ああ、ごめん。ローブをまだ取っていなかったね。顔も見えない相手に名乗られても困るよね。」
そう言ってフォーゲルがローブを脱ぐと、そこには金髪にライトブラウンの瞳の美少年がいた。プールは少年の余りのかっこ良さに言葉を失ってしまった。
「おーい、おーい。大丈夫か。」
「は、はい。」
意識がはっきりとしていなかったプールの顔を心配そうに覗き込むフォーゲル。意識を戻すと近くにその端正な顔があり、プールは再び意識を手放しそうになるが気力で踏ん張る。ここで意識を失ってしまうとフォーゲルに心配をかけてしまう。それに白馬の王子様と話す機会を逃す訳にはいかない。プールは鉄の意思で自分の意識を保ち、自分を落ち着かせるために頭によぎった質問をフォーゲルにした。
「ここら辺では見ない顔をしていますね。あっ、でも私が街の全ての人を知っているって訳ではないし、私の知らない所に住んでいる可能性もありますもんね。でも、この街で住んでいて噂に聞かないなんてことはなさそうですし。良い意味ですよ、勿論。すいません、何か誤解––––」
「ちょっ、ちょっと落ち着いて。そんなに慌てなくても良いから。ほら、深呼吸して。深呼吸。」
プールは全く落ち着くことが出来ていなかった。結局、フォーゲルとプールはプールを落ち着かせるために暫しの間、時間を要することになった。
「で、何だっけ。ああ、そうそう。僕がこの辺りじゃ見ない顔だって話だったね。プール? さんが見ないのも不思議じゃないよ。僕がこの街に来たのはついこの間だしね。」
「ちょっと前ってことは冒険者の弟子か何かですか。」
この世界では自分の住んでいる街や村から出ることは非常に少ない。と言うのもこの世界の動物である魔物が非常に危険だからだ。この世界の生物は全体的に地球の生物よりも強い。人間が魔法と呼ばれる摩訶不思議な力を使うことが出来ることから予測することが出来るかも知れないが、他の動物達も地球にはない特性を持っていたりする。その中でも顕著なのは魔物の凶暴性だ。魔物の多くが人間を見ると襲ってくるのだ。兎に襲われて怪我をした話などがこの世界では日常的にされるのだ。
そんな世界で街から出る人間は限られているし、彼の容姿を踏まえて考えると一人で旅をしている可能性は低いとプールは思ったのだろう。だから、プールは冒険者の弟子であると予測した。冒険者とは主に危険な魔物やダンジョンと呼ばれる摩訶不思議な場所に己の命をかけて挑む勇者達のことだ。確かにフォーゲルの強さを見ればその勇者の弟子と思っても仕方がない。しかし、彼女は一つ忘れている。
「ううん、違うよ。僕は大学に入学する為に来たんだ。ここの大学って有名でしょう。」
「大学ですか。そう言えばもうそんな時期なんですね」
カラアゲ王国にはアゲモノ大学と呼ばれる教育機関がある。この大学は国を支えるに足る人材を育成する為に設立され、学科に依っては平民でも簡単に入学することが出来ることから有名な大学である。プールが住んでいるこの街はこの大学を中心に成り立っていてこの街はアゲモノ都市、または学都と呼ばれている。
「今日は入寮の日だね。プールに会ったのは小物を集めている時に偶々見かけてね。」
「そうだったんですか。それじゃあ、買い物を邪魔してしまったんですね。」
プールが申し訳なさそうに言ったが、フォーゲルは首を振った。
「別に気にする必要はないよ。本当に必要なものは既に買ってあるし、学校が始まれば大学の中で買っても良いしね。」
「いえ、本当に申し訳ないです。このまま帰してしまっては私の気が済みません。これから買い物に行きましょう。私はこの街の住人ですから穴場も沢山知っていますから案内します。こんなことで恩を返すことが出来るとは思っていませんが、私に案内させてくれませんか。」
「恩だなんて。別に大したことはしてないから良いのに。」
「いいえ、そんな訳には行きません。私は魔法について余り知りませんけど、空を飛ぶ魔法が凄いこと位は分かります。それとも、私と買い物に行くのは嫌ですか。」
プールはフォーゲルの胸の前で両手を握って目元を潤ませながら上目遣いで尋ねた。フォーゲルに感謝をしているのは本当のことだし、お礼をしたいのも本当のことだ。だが、やはり本命はフォーゲルと仲を深めることだ。フォーゲルの名前を聞いた時から彼と仲良くなってからいずれは、という考えがプールにはあった。だが、他の街から来たと聞いて一気に気持ちが萎えてしまった。ああ、いずれは帰ってしまうのかと。しかし、ここで思わぬ情報をも手に入れることが出来た。彼は大学に来たのだと。これは神様がプールに与えたチャンスだと思ったのだ。アゲモノ大学五年生で、この間に恋人を作って結婚する人も少なからずいる。プールは大学に通っていないから大学に行くことが出来ない。でも、フォーゲルは違う。自分が行けないならば向こうに来てもらえば良い。今回はフォーゲルが来たくなる最初で最後のチャンスなのだ。乙女としてここは引けない。
「うーん、じゃあお願いしようかな。」
フォーゲルはプールの問いに迷うような素振りを見せたが、最終的にはプールと買い物に行くことを了承した。プールはフォーゲルが頷いたのを見て心の中でガッツポーズをした。運は私の方を向いている。
「では、行きましょうか。まずは小物屋さんですね。」
「よろしく頼むよ。」
「はい! 」
夜、プールは上機嫌で親の仕事の手伝いをしていた。親の手伝いとは酒場のウエイターだ。プールの家は酒場と繋がっており、両親は酒場を経営していた。その為にプールは良く酒場で店員の一人として働いていて店の看板娘と有名だった。
「お、プールちゃん。今日は随分と機嫌が良さそうだね。」
常連客の一人がプールに話しかけてきた。
「分かりますか。」
「鼻歌を歌いながら注文をとっていたら誰だって分かるよ。」
確かに常連さんの言う通りプールは無意識に鼻歌を歌いながら注文をとっていた。だが、もしプールが鼻歌を歌っていなくてもプールが機嫌が良いことは分かっただろう。と言うのもプールは注文を取る時にスキップとも踊りとも言えない様な奇妙な歩き方をし、時々誰もいない方向を向いては頬を手を当てて体をくねらせている。彼女の姿を見れば頭のおかしな人物か、舞い上がって周りが見えていないかのどちらかでしかない。
「実はですね…………」
チロロン。
プールが常連さんに話をしようとした瞬間にお店のドアが開いた。プールは笑顔で挨拶をしようとして固まった。プールの視線にはフードを頭から被った人と二人の首輪をつけた女の子が店に入って来た。今まで何年もお店の手伝いをしてきたが見たことがない組み合わせの客だ。それに何だが近寄りがたい空気を醸し出している。プールは同じフードでもフォーゲルとは大違いだなっと思いつつもフードの人達を奥のテープル席に進めた。奴隷は基本的に席では無く床に座らせるので、席は実質女の子達を連れて来た人だけで良いのだが
女の子達は二人とも大きなリュックサックを背負っていてカウンターだと通路の邪魔になると考えたからだ。
「メニューは此方になります。お決まりになりましたら呼んでくださいね」
プールはフードの人が椅子に座るとメニュー表を渡して席から離れた。先程までは凄く気分が良かっただけに心に嫌なものふつふつ浮かび上がってきた。
「それにしてもさっきの客は不気味だな。黒髪と白髪の女の子の奴隷を連れてくるなんて。」
常連のおじさんがプールに話しかけてきた。
「そんなことは思っても言わないでください。お客様はお客様です。」
プールの心の中に父からの教えが反芻されていた。お客様がお客様である間は相手が誰であろうと丁寧に接する。プールの父はお酒を飲むとよくそれが客商売の常識であり真髄であると言っているのでプールの心の中にしっかりと残っていた。だが、常連客さんが言っていることはこの店の全ての人が少なからず思っていることである。身長百四十cm程の奴隷と謎の人物が既に日が暮れている時間に三人。衛兵に怪しい人物が来たか聞かれたら間違いなく差し出されるだろう三人。
「すいませんが、注文宜しいでしょうか。」
「ひゃ、はい、今行きます」
気がついたらプールの後ろに黒髪の女性がいたので驚いて声が上ずってしまった。プールは黒髪の女の子に続いてフードの人の元に向かった。
フードの男がいるテーブル着くと見慣れない椅子が二つ存在した。プールが何かを言う前にフードの人が話し始めた。
「椅子はこちらが持ってきたものだから文句はないよな。で、注文を確認して貰いたいのだが、良いか。」
「はい、分かりました。」
プールはフードの人の声を聞く限り少年だと思った。と言うのは女性にしては低いし、見た目的に子供だと判断したためだ。確証はない。
「では、唐揚げ二人前。黒パン六つ。本日のスープ三人前。サラダを二人前。エールを一杯と果実水を二杯。それで頼む」
「かしこまりました。」
プールは注文の品を確認をとって厨房に連絡をしに戻った。
奇妙な三人組が店に来た後もプールは何時も通りお店の手伝いをしていた。
「そろそろ上がりなさい。これ以上は子供にはまだ早いわ。」
「はーい。じゃあ、これを出したら上がるね。」
プールは母にそう言って注文品をテーブルに届けに行った。プールは何時も日が変わる前に家に帰っていた。夜が更けてくるにつれて性質の悪い酔っ払いが増えるのでプールは早めに仕事を終えるのだ。今宵もそろそろ増え始める時間だ。
チロロン。
お店に新たなお客様が来た音がなった。プールは挨拶をしようとして本日二度目の停止をしてしまった。彼とはこんなにも早く再開するとは思っていなかった。今日の昼に初めてあった男性。プールの心を一色に染めた彼がここに来た。
「迎えに来てやったぞ。さあ、来い。女。」
豪華なローブを身に着けた男、クルヴェット・エビフライ。プールの心を嫌悪で一杯にした男だ。ここが恐怖では無く嫌悪なのはフォーゲルが颯爽と助けてくれたからであろう。と言っても現在はそのフォーゲルがいないので恐怖が蘇ってきていた。
「クルヴェット様、早く連れて行きましょう。どこかにあいつがいるかもしれません。」
騎士が怯えた様に周りを見渡してクルヴェルトに進言した。
「ふん、何をびびっているのだ。あんな汚らわしい恰好をしていた男がそんなことが出来る訳がないだろう。エビフライ家の騎士なのにそんなことも分からないのか。」
「で、ですが」
「黙れ。お前達が何故そんな戯言を言うかは分かっている。お前達は闇魔法で幻覚を見せられたのだ。所詮は平民からの成り上がり、お前達が騙されても仕方がない。しかし、ここには僕がいる。高貴な僕がそこら辺の魔法で騙される筈がない。今度出てきたらこの僕が直々に裁いてやる。」
クルヴェットは大きなお腹を見せつける様にのけ反らせて自信満々に言った。それを聞いた周りの騎士達は自分達が見た光景とクルヴェットが言ったことを比較する様な仕草を見せたが、最終的にはクルヴェルトの言うことを信じたのだろう。自分を納得させるように頷いている。
「ですが、それならばどうして先に教えてくれなかったんですか」
「馬鹿が、そんなことも分からないのか。この女が絶望している顔を見る為に態々説明したんだ。高貴なこの僕が下々の世界しか知らない女に一夜の夢を見せてやろうとしたのだ。それを断った女にその資格は無くなった。しかし、僕には慈悲の心がある。少しのお仕置きでもう一度チャンスを上げようと言うのだ。さあ、こっちに来い。」
クルヴェルトは人が悪そうな笑みを浮かべて言った。プールはクルヴェットの言葉を聞いて寒気がした。プールは未成年ではあるが貴族の男に連れられていった女の子の末路は幾つか知っていた。その中本当に奇跡みたいな話も存在することは存在する。しかし、大多数が酷いものである。特に酷いものは子供を授けるだけ授けてゴミみたいに捨てられる女性の話しだ。彼女達のそれからの人生は酷いものである。この世界で
妊娠すると言うことは一般人女性からすると死亡する可能性が最も高い行為の一つなのだ。そこで死んでしまえばそれで終わりだが、生き残って子育てを始めても子持ちの母が育児をしながら生きていける程この世界は甘くない。いずれ奴隷に落ちるか死んでしまうかが関の山だ。
「い、嫌。お父さん、お母さん、助けて。お父さん! お母さん! 」
プールは厨房に向かって叫んだ。自分の生みの親である二人に助けを求めたのだ。自分の家がばれている状況でプールがこの貴族の魔の手から逃げることは殆ど不可能だろう。そんなことは分かっている。自分は唯の街娘、衛兵がずっと護衛をしているわけ訳にはいかない。状況は絶望的だ。それでもプールは両親に助けを求めた。どんな状況だろうと自分の味方になってくれると信じている両親に。
「どうした! プール! 」
「何があったの! 」
プールの両親はプールの声を聞いて直ぐにプールの元に来た。酒場に娘を働かせている時点で娘が絡まれる
可能性はある程度把握している。しかし、プールの年齢も今年で十三歳になる。あと数年で成人を迎える。何があっても守ることが出来る年齢まで後数年ということだ。プールが夜のお店の手伝いをさせているのも守れる内に体験させておこうと言う親心故の行動なのだ。プールの声を聞いて直ぐに包丁を持って駆けつけることが出来たのこの為である。
「女の両親か。これから娘に快楽という夢を見させてやる。普通ならばいくら金を払っても受けることが出来ない極上の快楽だ。感謝しろよ。」
男のでっぷりな腹、きらびやかなローブ、そしてこの男の後ろにいる複数の帯剣した男達。プールの両親は直ぐに状況を理解した。相手は貴族で自分の娘が悪い風に気に入られてしまったのだと。
「貴方様はどこかの貴族様だとお見受けします。まず、私共は貴族様の様な高度な教育を受けていない為に何か粗相を起こしてしまうかもしれません。そのことを先にお詫びさせてください。」
プールの父親は感情を心の内に隠して今までで自分が見てきた中で一番低い腰の人物の真似をした。貴族相手に謙った態度をとっている間に娘を諦めて貰う方法を考えようと思ったのだ。
「僕が貴族だと良く分かったな。まあ、僕みたいな特別な人間がいれば貴様達みたいな下々の人間でも分かるか。まあ、良い。僕はこんな貧乏くさい場所に長く留まるつもりはないから女を連れて直ぐに出て行くからな。」
「お父さん……… 」
「申し訳ありません。注文良いですか。」
プールが父に助けを求めている時に背後からこの場に全くそぐわない落ち着いた声が聞こえ、周囲の人間も動きを止めてしまった。プールは後ろから声が聞こえたことで体が一瞬震えたが、聞いたことがある声だった為に何とか後ろを振り返ることが出来た。後ろを振り返ると案の定そこにいたのは不思議な三人組の黒髪の少女だった。
「何なんだ、お前は。奴隷の分際で僕の話を遮るなんて幾ら温厚な僕だって我慢の限界だ! 女をこっちに連れて来て、そこの常識知らずの奴隷をとっちめろ。 」
おかしな空気の中で一番に声を出したのはやはりクルヴェットだった。突然の状況でも素早く対応出来るクルヴェルトは流石は貴族と言えるだろう。
「げへへへ、今日はストレスが溜まっていたからな。」
「これは主人の方も管理不届きでお灸を据えてやらないとな。」
「いつもはだるいだけなんだけどな。給料の為だ。」
クルヴェルトの後ろにいた男達がプールと黒髪の女の方に気色の悪い笑みを浮かべて向かって行った。だが、この男達が試みは上手く行くことが無かった。
「ぐはっ。」
「くっ。」
男達がプール達に触れる前に二人の男達が立ち上がったのだ。
「貴族様、申し訳ございません。貴族様の気持ちは嬉しいですが、娘を思う一人の父としてはそれは認めることが出来ません。どうか、今日は引いてくれませんか。」
「あなた! 」
「お父さん! 」
「ええっと、一応俺も勇気を振り絞って立ち向かったんだが。」
そう、プールの父親と・・・常連さんである。プールの父親と常連さんは体当たりで護衛の騎士たちを吹き飛ばした。護衛達は街にいた時の様に軽装ではなく重い鎧を着ていたのでプールの父達のタックルで簡単に倒れてしまった。
「お前達、自分達が何をしているのか理解しているのか。貴族、それも伯爵家の嫡子であるこの僕に逆らうことが何と愚かなことであるのかということを。」
プールの父達は内心驚いていた。伯爵と言えば幾つかの貴族を従えることが出来る大貴族のことだ。こんな平民街にいる様な身分のものではない。平民街に来ることのは騎士や男爵、ごく稀に来ても子爵だ。伯爵家のもの、それも次期伯爵となる様な男が来る場所ではない。だが、相手が伯爵家のものだろうが引き下がることは出来ない。
「モブ、お前は逃げてもいいぜ。これは家の問題だ。お前を巻き込むには流石に相手が悪すぎる。街で二、三週間でも隠れて暮らせば何とかなるはずだ。今ならまだ間に合う。」
プールの父が騎士の方を向きつつ常連さん、モブに話しかけた。
「そんなことは言うなよ。俺とお前の中だろ。」
モブが応える様にプールの父に話しかける。
「モブ……… 」
「ゲール………」
「申し訳ありませんが、注文をさせて貰いたいのですが。」
男達が熱い友情を躱しているその時、黒髪の少女は周囲の状況などお構いなしと言った感じで再び注文をしようとした。クルヴェルトの最後の理性を解き放たせ、争いを生み出した少女の神経は一体どの様になっているのだろう。今度こそ周囲の人間は呆然とした視線を彼女に向けている。
「聞こえませんでしたでしょうか。エールを貰いたいのですがお店の方は注文を取ってくださいませんか。」
黒髪の少女は構わずに話し続ける。顔を真っ赤にしてクルヴェルトが何かを言う前にプールが声をかけた。
「今はそれどころではないでしょう! 状況を見てから言ってください! 」
プールは自分でも驚く程大きな声で黒髪の少女に怒鳴っていた。しかし、これも仕方がないことなのだ。今日プールに起こった出来事の数々はプールの頭の許容範囲を既に越していたのだ。プールに起きた出来事は普通の人が一生かかっても遭遇することがないだろう出来事だった。しかも、プールにはそのはけ口が無かった。フォーゲルと楽しい時間を過ごすことが出来たからとはいえ、フォーゲルに見栄を張る為にはけ口とは言いにくかったし、両親にはまだ相談できていなかった。そんな時に出てきた自分達以外は関係ない、という雰囲気を醸し出している奴隷の少女。我慢できるはずがなかった。
「かしこまりました。では、準備が出来ましたら私共がいるテーブルに来て下さいませんか。」
「そんなの無理ですーー。これが片付いたら今日は店閉まりにします。」
「かしこまりました。それではご主人様に伝えてきます。」
「う、うーー。」
プールが激情しているにも係わらず黒髪の少女は冷静に返事をしていた。これにはプールも何か言おうと思ったが相手に自分の感情は伝わらないと思い、上手くものを言うことは出来なかった。黒髪の少女はプールがそんなことをしている間に奥のテーブルに向かって歩き出した。
「ふざけるなーーーーーーーーー! お前は一体何様のつもりなんだ。貴族の僕を無視するなんて奴隷のお前に許される訳ないだろうが。消えろーーーーーーーーー。ファイヤーーーボーーール。」
クルヴェットは切れて腰に差していた剣を思いっきり振り下ろした。クルヴェットが振り下ろした剣先から黒髪の女性に拳大の炎の弾が複数直撃した。プール達や遠巻きから見ていた客から声にならない悲鳴が聞こえた。
「速くあの女を連れて来い。これ以上僕に手間をかけさせる様ならお前達もあの生意気な奴隷みたいに燃やし尽くすぞ。」
クルヴェルトは頭の上で円を描くように剣を振りながら自らの部下に命令した。その姿は子供が我が儘を言っている様ではあるが、内容が唯の子供が我が儘を言っているものとは比べ物にならない。クルヴェルトに従う騎士達はクルヴェットが魔法を放ったことにより先程よりも必死にプールを捕まえに動いた。それに対応するようにゲールとモブが動くが、その顔は悲壮感に満ちている。だが、悲しいからと言って動きを止めることは出来ない。彼は大切な家族を守りたいのだから。しかし、そんなモブの心意気とは裏腹に現状は
一向に良くはなりそうにない。初めにタックルで倒した二人もクルヴェルトが切れている間に起きてしまった。現状は五対二。これにクルヴェットが加わると六体二、更にクルヴェットには黒髪の女性を燃やした魔法がある。つまり、遠距離から狙うことが出来るのだ。それに対して此方は前衛が二人だけ。勝ち目は限りなくない。
「おい、モブ。お前は衛兵を呼んで来い。」
「何を言っているんだ。唯でさえ此方の方が押されているんだ。俺がいなくなったらゲールと言えどあいつらの攻撃を耐えることは出来ないぞ。」
「そんなことは分かっている。だが、これしか方法がないんだ。このまま俺達が守っていたとしても衛兵が来なかったらお終いだ。店は荒れてしまったが命が有ればまたやり直せる。いけ、モブ。」
「店閉まりだと聞いた。料理の代金を払いたいのだが良いか。」
「ゲール。」
「モ、ブ? 」
ゲールとモブが今生の別れになるかも知れない会話をしている時にその声は聞こえた。周りの様子を全く気にせずに話しかけるその姿はどこかの奴隷を彷彿させる。
「あ、今は取り込み中だったか。では、誰に払えばよいのだろうか。」
「御主人様、あそこにいる女性達もこの店の店員です。」
「良くやった。後で褒めてやろう。」
「ありがとうございます。」
ゲールとモブが騎士達に対面している間に後ろで話が進んでいく。ゲールは誰が後ろにいるのか知れずに不安になっていたが、モブは誰が後ろで会話をしているのかは予測が出来ていて不安になっていた。奴隷が所有者の所有地でいない場所に奴隷だけが来ることは出来ない。奴隷達が来る為にはその後ろ見人、つまり主人がいる。奴隷は主人に似ると言われている。これだけ知っていれば後ろにいる人物を予測ができるだろう。更にゲールは黒髪の奴隷の主人をローブごしではあるが見ている。あの不気味な主人を。
「では、そちらに頼もうか。これが僕達が注文した料理だ。会計を頼めるか。」
「すみません、今ですか。」
プールの母は落ち着いた対応を話しかけた相手、奴隷の主人だったであろうローブの男にした。
「か、母さん。ねえ、母さんってば。」
「どうしたの。今はそれどころではないからちょっと待ちなさい。」
「いや、それを言ったらこんな時にそんなことをしている場合ではないから。ってそういうことじゃないよ。お母さんの角度からは見れないかも知れないけど、あの人。あの人がそこに。いや、あの人って言っても分からないかも知れないけど。あの人が。名前は分からないけど、あの人が。」
「もう何。あらっ。」
プールの指を指した方向には既に亡くなったはずの人間が立っていた。空気の読めない首輪を着けた女性が。プールの母はその人間を見て嬉しさは人並みにあるが、驚きは少なかった。何となくそんな感じがしたのだ。これでも数十年は店で様々な人間を見てきた。その目が彼女達は私達とは違う世界に生きていると言っている。
「トイレに行きたいと言っていたので行かせていたのだ。兎に角会計をしてくれないか。家の子も飲み足りないと言っている。なあ。」
「申し訳ありません、御主人様。進言させて貰いますと飲み足りないのは御主人様だけだと推測します。と言うのも私達はお酒を飲んでいませんから飲み足りないと言った感覚がありません。」
「成る程。良い意見だ。後で可愛がってやろう。」
「ありがとうございます。」
白髪の女性がローブに対して頭を下げる。ローブの男はそんな女性の髪を軽く撫でた後、顎を動かして会計を促す。プールの母はゲールが戦っているのを横目に紙を受け取って腰に差していたマジックペンで計算を
した。
「はい、お代は銅貨三十五枚になります。」
「ニュア、払ってくれ。」
白髪の少女、ニュアと呼ばれた少女が腰に下げていた袋から銅貨を三十五枚をプールの母に手渡した。プールの母は銅貨の数を三十五枚数えると服に付いていたポケットにしまった。
「何悠長に会計何てしているの、母さん。あの人が生きているのは驚かないの!? さっき魔法で燃やされていたよね。ねえ。ねえってば。お母さん。」
「静かにしなさい。漸く空気の読めないお客様が帰るとおっしゃって下さったのです。これ以上このお客様がお店に滞在なさって貴族様が怒られたらどうするのです。あのお客様達がいたから話し合いが無くなったのです。これは貴方の問題でもあるのですよ。その辺りをしっかりと考えて判断をしなさい。」
プールはこれまでの経緯を考える。初めに私が貴族の男に目をつけられた。そして、私は白馬の王子様であるフォーゲルに助けられて無事家に帰ることが出来た。そして、何時もの様にお店の手伝いをしていたらローブの男達が入って来た。そして、ここまではプラスマイナスゼロと考えても良いと思う。クルヴェルトに会ったこととフォーゲル様に会ったことを考えるとどちらかと言うとプラスかも知れないかな。まあ、ここまでは良いと思う。その後にフォーゲルが店に来てから狂った。フォーゲルは店に入って来た途端に私を連れて行こうとした。私は怖くてお父さんとお母さんを呼んで、お父さんはフォーゲルに話し合いを要求しようとした。話し合いで解決するかは分からなかったが少なくてもフォーゲルはお父さんと会話をしていた。でも、黒髪の奴隷が来て話し合いは無くなり、貴族が怒って戦闘が始まった。貴族の人と一緒に来ていた男達が襲って来たけどお父さんと常連さんが跳ね返した。しかし、再び黒髪の奴隷が貴族の逆鱗に触れて燃やされて、戦闘も激しくなった。そして、今ローブの男達が話しかけて来た。この流れって。
「僕を忘れているなー。ファイヤーボーール。」
「って俺かよ。」
クルヴェットは今度はモブに向かって火の弾を放った。モブは右に左へと炎を避け、手に持っている斧で炎をはじいた。モブは魔物を狩ることを仕事にしているので武器は常に見に着けていたのだ。流石に武器がない状態で騎士に立ち向かうことが無謀なこと位分かっている。
「当たれ、当たれ。当たれー。防ぐな、防ぐな、防ぐな。」
「嫌、何で俺なんだよ。他の奴らに撃てとは言わないがどう考えても違うだろう。」
「うるさい、口答えをするな。お前は大人しく食らっていればいいんだ。」
「り、理不尽だ。」
モブは文句を言いながらも必死にクルヴェルトの魔法を避けた。モブが避ける度に店がどんどんと壊れていく。そんな中、代金を払ったローブの男達はお店の入り口から何事も無かったかのように帰ろうとしていた。
「ファイヤーボール。」
店の入り口まで来たローブの男とその一行に炎の弾が襲っい、蒸気で辺り一面が煙で覆われた。
「僕を無視して簡単に帰ることが出来ると思っているのか。そんな訳ないだろ。僕を無視したのだからな! 」
クルヴェルトが放ったファイヤーボールの煙が晴れて三人の人影が出てきた。ローブの男、黒と白の女の奴隷が無傷で現れてきた。
「御主人様に攻撃をするとはどういうつもりですか。その意味が分かっているのですか。分かったいませんよね。理解出来ていませんよね。理解していたらそんなことは出来ませんよね。もし御主人様に傷がついたらどうするつもりですか。どうも出来ませんよね。釣り合うものがないですもんね。ねえ、どうするの。ねえ、ねえ、ねえったら。なんか言ったらどうですか。速く。何か言いなさいってば! 」
「落ち着きなさい、ネクロ。御主人様が困っています。落とし前は必ずつけますが貴女が理性を失ってどうするのですか。御主人様の奴隷として恥ずかしくない行動をしなさい。さて、貴方はどうやって落とし前をつけるつもりですか。返答次第では、違いますね、どの様な返答でも地獄に陥って貰います。」
「落ち着け、ネクロ、ニュア。まずは、話し合いをしよう。おい、そこのデブ。これは何のつもりだ。私のローブが汚れるではないか。」
ローブ達は怒っていた。彼等の中では自分達は悪いことは全くしていないのだ。それなのにいきなり襲われた。これはどう考えても許すことが出来ない所業だ。
「何のつもりかって。そんなことは言わなくても分かれよ。君らが気に入らないのさ。高貴な僕に対して君らが行った行為はとても許されることではない。だから襲った。当然のことだろう。僕みたいな高潔な人間がお前達の様な俗悪な人間を粛正するなんて。だから大人しく食らえよ。食らえ、ファイヤーボール。」
再び火の弾がローブの男達を襲う。しかし、それはローブの男達には通用しない。白髪の奴隷少女が向かって来た火の弾を左拳で弾いているからだ。
「こちらが話し合いをしようとしているのに攻撃をしてくるなんてどっちが卑しいものなのか分からないな。それよりもお前の行動はエビフライ伯爵家の者の行動として良いのか? 」
「良いに決まっているだろう。僕はエビフライ家の嫡子なんだ。いづれ継ぐ家の力を使って何がいけないと言うのだ。」
ローブの男の問いにクルヴェットは考える素振りも見せずに答えた。ローブの男は黒髪の奴隷と小声で暫く話をしてクルヴェットに向き合った。クルヴェルトは話の邪魔をしようと何度もファイヤーボールを打つが何度も白髪の少女に弾かれていた。
「うむ、最後の通告だ。もう大人しく帰れ。僕ももう帰るし、それで終わりにしよう。大体もう無理だろう。これだけ時間をかけて娘一人も連れてくることが出来ない護衛。これ以上恥をかかない内に帰るがよい。」
ローブの男は大仰にクルヴェットに命じた。
「ふざけるな。娘が手に入るのも時間の問題だ。女を連れずに帰れるか。お前達だって女を奪ったら直ぐに潰してやる。」
「お前の魔法は効いてないのだ。どう考えても無理であろうが。諦めろよ。」
「ふっ、馬鹿が。僕がお前達ごときに本気を出しているとでも思っているのか。僕の全力はこれからだ。」
クルヴェットは剣を頭上に掲げて大きな声で詠唱を始めた。しかし、その詠唱は直ぐに止められた。唯我独尊と言った人物達がクルヴェットがする長ったらしい詠唱を待つことなどはないのだ。詠唱中のクルヴェットの腹に蹴りを一発放って終わりだった。
「もう後戻りは出来ないからな。」
ローブの男はそう言ってローブから顔を出した。ローブの男が大袈裟に顔を見せたがその顔を見た者の反応は大きく二つに分かれた。口を開けてぽかんとしているクルヴェルトとそのクルヴェットを見て何があったのか判断しようとしている一般客。そんな状況で最も速く動いたクルヴェットがとった行動は片膝床につけて頭を垂れるという行為。
「どうして貴方の様な御人がこのような場所に居られるのですか。」
「それは僕がここに居てはいけないということか。」
「い、いえ。滅相もありません。唯、純粋に貴方の様な御方がこの様な場所にいることを不思議に思っただけです。」
「そうか。では、一応聞くが弁解はあるか。お前の騎士達の態度から無いとは思うが一応聞いておこうか。」
ローブの男はモブとゲールの方を向いてそう告げるとクルヴェルトは勢いよく立ち上がり騎士達を地面に叩きつけ、自分も一緒に頭を下げた。
「これは失礼しました。騎士達も余りのことで驚いて動けなかったようです。それで先程までのことですが私も殿下がこの様な場所にいるとは思ってもいなく、貴族として立派に役目を果している私の家が敬われずにいることが珍しいと思い、理由を聞こうと思った次第であります。」
「ほう、そうか。つまり、自己満足の為に私を襲ったのだな。」
「それは殿下が身分を隠して居られましたから。私としても平民に舐められる訳にはいかず、仕方がない現状であったことも考慮して頂きたいと考えています。」
「ふむ、確かに私は身分を隠していた。そして、私の行動が平民の行動と合っていなかったことも理解できる。しかし、そもそも貴殿はこの店に何をしに来たのだ。店に入るなり嫌がる女子を無理やり連れて行こうとする。これが誇り高きカラアゲ王国の貴族のすることか。そんなことをする貴族に従いたいと思う者がいるのか。」
「そ、それは。」
「もうよい。貴殿への罰は追って沙汰を下す。今日は家に帰り待っておれ。」
「殿下!」
ローブの男達はやることは終わったと言わんばかりに帰って行った。
「ど、どうなったの。」
プールは現状について行くことが出来なかった。仰いで天に愧じずと言う風に堂々としていたクルヴェルトがローブの男を見た瞬間に頭を下げたのだ。クルヴェットとローブの男は少し会話をした後、ローブの男はこの場を去って行った。
「ええい、もう帰るぞ。殿下の御宅は知っているな。朝一番に使者を送れ。それとここにいるもの、今日のことを外部に漏らすことは許さん。行くぞ。」
兵士が返事をすると同時にクルヴェット達は帰って行った。残ったのは壊されたお店と疲弊した店員とお客さん達。
「よく分からんが何とかなったぞ。今日は俺のおごりだ。大いに飲んで楽しんでくれ! 」
「お、おーーーーーー。」
ゲールが他の客達に声をかけて宴が始まった。お客さん達は既にエールを片手に騒ぎ出している。動けていないのはプールだけだ。父は料理をしに台所へ、母は給仕人としてお酒をどんどん運んでいる。
「お母さん、どうなったの。」
「分からないけど何とかなったみたい。私達はお客様が動揺している隙に宴を始めましょう。嫌な気持ちでお客様を帰すわけにはいかないでしょう。考えるのは後にしなさい。」
プールは悟った。大人になると言うことは理不尽に対して耐性があるということなのだ。そして、ローブを被る人に常識は通用しない。今日はもう寝よう。
「プール、もう少し手伝いなさい」
「はーい。」
どうやら理不尽はまだ続くみたいだ。プールはまた一つ大人になった。
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