塔での生活
塔の生活は過酷なものだった。
まず、サンクの授業だ。サンクの授業はディスに説明された通り武器の扱いを習う授業で、一面何もない部屋で始まった。
「これを持て。今日からは当面はそれの扱いを学んでもらう」
サンクがバードの元に木剣を投げた。この木剣は刃渡り十五cm程のダガーと呼ばれる短剣の一種だ。バードはサンクに言われた通りこのダガーを拾いあげた。
「一度自分で使ってみた方が授業に集中出来るだろう。剣を握ったらかかってこい」
サンクがバードと同じ様にダガーを構えてバードに命令してきた。大きい身体のサンクがダガーを持つと、唯でさえ小さいダガーが小さく見えて的が大きく見える。バードは何度が素振りをしてサンクに向けてダガーを向けた。
「いくよ」
ダガーを右手に持ったままサンクに向かって走った。サンクとバードの体格差は凡そ二倍。力勝負を挑んでもまず勝てないだろう。では、力で勝てないから技術や素早さで勝てるのかと言うとそんなことはない。子供の俺が大人のサンクに勝てるものは何一つないのだ。だからと言って、大人しく負けるわけにはいかない。家族に早く会う為にもサンクに舐められるわけにはいかないのだ。
「はあああーーーー」
バードはダガーをサンクの股に向かって振り下ろした。男同士の戦いにおいて金的を攻撃をするのは何より有効だ。そして、この攻撃はこの戦いでバードがサンクに傷を与えることが出来る唯一の攻撃だ。くらえ、男の弱点アタック。
「容赦ねぇな。だが、戦闘の時に躊躇せずに相手の弱点を攻撃出来る男は嫌いじゃないぜ」
バードの攻撃はサンクの剣にあっさりと防がれた。だが、この程度のことは既に想定済みだ。バードはダガーに力を入れつつ、金的に向かって足を振り上げた。男としての人生終えろキック。
「ぐはっ」
声を出したのはバードの方だった。目線が大きく変わったことと、尻の痛みからバードが倒されたことが分かる。後少しこの塔の頂上に一撃加えることが出来たのに、くそっ。
「今のは良い攻撃だった。だが、まだまだ甘いな。そんなあからさま攻撃を受ける奴なんてそうそういねぇよ。まあ、今の模擬戦で自分がどれだけ未熟か分かっただろう。これからその剣の扱い方を教えるからしっかりと聞けよ」
ズボンを払ってサンクとの距離をとって話を聞く体制をとった。
「良いか。このダガーって言う武器の攻撃方法は二つだけだ。分かるか? 」
「斬ると刺すこと」
「違う。刺すことと投げるだ。短剣と言うのはその名が示す通り刃の長さが短い剣のことだ。そんな剣で斬ろうとするのは素人がすることだ。短剣を使うならば、一撃必殺。急所を突くことだけを考えろ。投げることも出来ると言ったが、投げる時も適当に投げては意味がない。一投、一投、意味を持たせて投げるんだ。じゃあ、構えてみろ。」
バードは右手のダガーの先をサンクに向け、左拳を胸の横に置き、腰を少し下ろして構えた。初めて短剣を握った初心者なりに全力で構えたつもりだ。
「それがお前がさっきまでとっていた構えだな。いいか、それを覚えとけよ。今から俺が正しい構えを見せるから、真似をするんだ。お前の構えとの違いがよく分かるからな」
そう言ってサンクが構えた。サンクは左足を後ろに下げて半身になって左拳を腰につけ、腰を下ろして短剣の切っ先をバードに向けた。バードは言われた通りサンクの構えを真似て構えをとった。
「半身になることと、左拳を腰につけることで相手の攻撃面積を減らすんだ。そして、腰を下ろすのは瞬時に動く為だ。構えをとると言うことは己の弱点を隠し、戦況を有利に進めることが出来る為にとる行為だ。だから、初めて使う武器でも無駄の無い様に考えて構えをしろ。いいな」
「はい」
「では、今日のノルマは端から端までのダッシュ往復五十回。腹筋、腕立て、スクワットを百回。ダガーでの突きの素振り右手二百回、左手二百回。最後に俺と模擬戦五十回だ。どれも俺が納得出来なければ、最初っからにするから手を抜くなよ」
返事をして、言われたノルマを黙々と開始した。これから地獄が始まるとは知らずに。
サンクの修業は理論的な指導と理不尽な特訓の連続だった。指導は武器の使用方法を何故そう言う風に考えるのかを言いながら教えてくれたのだが、練習量は異常だった。何が異常かって? サンクの奴は数字を真面目に数えないんだよ。例えば、腹筋を六十八回していたとしよう。これが次の瞬間九回になるのだ。意味が分からない。これの性質が悪い点は二桁の数までいって、一桁に戻る点だ。しかも、抗議をしたら更に回数が増える。理不尽過ぎる。
次に、カトルの授業。カトルの授業は魔導の授業で、肉体は勿論精神を大きく削る内容だった。
「ぶぉっぶぉっぶぉ、それでは始めておくれ」
「はい」
返事をして座禅を組む。カトルの授業は精神統一から始まる。魔導の使用する時は感情に左右されてはいけない。魔導は感情の高ぶりによって威力が増加することもあるが、感情が高ぶれば魔導を制御することが難しいなって暴走しやすくなる。熟練の魔導士が暴走して、フレンドリーファイヤでパーティが全滅することもあるらしい。だから基礎は疎かに出来ない。
「ぶぉれ、集中を途切れさすでない 」
「いっ、ごめんなさい」
注意とともに杖で頭を殴られる。反射的に頭を下げて、再び精神を統一する。授業が始まった当初は殴られたら反抗して、罵ったり無視したりした。しかし、その度にカトルの持っている杖で殴られたのだからいい加減態度を変えるというものだ。つまらないところで意地は張れない。
「魔力に触れるんじゃ」
体の中にある魔力を探知する。魔力感知はここに来てから何度も何度も練習したので普通の魔法使い並みには出来る。うん、これだ。体の中にある真冬にホットミルクを呑んだような体の真から暖めるもの。これが俺の魔力だ。この魔力に俺の存在、肉体を少しずつ近づける様イメージをする。初めて平均台に乗った時の様に、車をバックで止める時の様に。よし、ここだ。俺の肉体と魔力を合わせる。今までは体の奥にあったものを表面に出して、体全体に力を出す。凍えそうな時に温かい飲み物を飲んで、風呂に入った時みたいに心も体も温めた状態がイメージに近いだろう。
「はっ」
身体中から力が溢れてくる。これが魔力に触れた状態。別名魔導服だ。魔導を使う時の最低限の状態、これが魔導服だ。一流の魔導士は寝ている時も、食事の時、トイレの時でさえもこの状態でいるらしい。
「その状態を保つんじゃ」
神経を磨り潰しながら今の状態を保つ。現在の俺の力量では少し集中力を乱しただけでこの状態が解けてしまう。全神経を体内に集中させて状態を保つ。暫くすると、体が一気に重くなってきた。慣れないことをして体が悲鳴が上げている。しかし、そんなものは無視だ。仰向けになって両足を三十度に上げた姿勢を保つことの何倍も厳しい状態だろうが関係ない。耐えるのだ。この姿勢を耐えられないとこの状態から発動させる魔導はどうせ使えない。耐えろ、耐えるんだ。
「魔導を放つんじゃ」
自分が感知している魔力の一部を使って体に無色透明な膜を張る。この膜が最初に学んだ魔導、インビジブルバリアだ。この膜の属性は無だ。俺が読んでいた「揚げ物より簡単! 今日から君は初心者魔術師だ」にはこの無属性は失われた属性として本の隅に書いてあった。今勉強しているのはその無属性だ。本来人間には全ての属性があり、その全てが合わさった部分が無属性らしい。この無属性の大きな特徴は自身が持っている中で最も少ない量と同じ量の各属性の魔力を合わせないといけないこと、攻撃魔導が少ないことが特徴としてあげられる。そんな魔導を俺が何故今やっているかと言うと、俺が各属性の魔導を使い分けることが出来ていないからだ。少ない魔力でやれば必ずどの魔力も存在するし、初めから混ざりあっている魔力が普通の状態と考えれば違和感はない。
「ぶぉっぶぉっぶぉっ、いくじょい」
カトルの言葉が聞こえたかと思えば全身から衝撃がきた。サンクの魔導だ。
「ふん、んあー。」
衝撃に押し潰されないようにインビジブルバリアを維持する。豪雨に打たれているみたいだ。それを俺はカッパではなく、インビジブルバリアで防ぐ。
ぼっぼぼっぼっ、ぼっ、ぼ。どうやら終わったみたいだ。最近になって漸くカトルが魔導を撃ち終わるまで魔導を解かずに済むようになったが、カトルの魔導が終わって十秒も維持できないのでは安心が出来ない。魔導士同士の戦いではこの後に反撃の魔導を唱えないといけないのに俺は防御だけで燃料が尽きている。実際の戦では俺はこの後に殺されるだろう。
「ぶぉっぶぉっぶぉ、構えなさい」
部屋の隅に置いてある杖を持ってきて構える。杖は魔法使いも魔導使いも使う機会が多い魔力媒体の一種だ。魔導を使うのに必ずしも杖を使う必要はないが杖を使うことで対魔法使い・魔導士の練習になる。
「ぶぉっぶぉ、ほい」
カトルが火、水、土の弾を撃って来た。左肩に飛んで来た火の弾を左足を下げるで躱し、腹に向かってきた土の弾を杖を振り下ろして防ぐ。続けて撃たれた水の弾は後ろに跳んで躱し、僅かな溜めを使い一気に前に出る。カトルから更に頭や足に魔導弾が向かってくるのを時に弾き、時に躱しながらカトルとの距離を詰める。カトルが魔導弾を撃ち出した瞬間に右手にある杖のグリップで顔面に殴りかかった。俺の杖はカトルの杖に防がれたが、勢いのついた俺の攻撃をその場で防ぐことが出来なかった様で後ろに大きく吹っ飛んだ。バードは右足に力を入れて飛び出した。しかし、バードの身体は前に移動することなく、後ろ大きく吹き飛ばされた。バードは自分の身体に何が起きたのかを瞬時に理解した。サンクの風魔導だ。カトルとの模擬戦が始まって一か月。一か月の修業のお陰でバードはカトルの魔導弾を少しずつ避けることが可能になった。しかし、未だに一度も防げていない魔導も多くある。その一人が風の魔導弾である。風の魔導弾は他の魔導弾と違って目に見ることが出来ない。
「まだまだじゃの。さあ、もう一本来い。」
それからカトルの許しが出るまでひたすらこの特訓が続いた。体が疲労で動けなくなると魔力回復薬、マナポーションを少量使って瞑想だ。勿論、集中できていないと殴られる。それの繰り返し、本当に疲れる。
次はディスの授業だ。バードはこの塔で受ける教育の中でディスの教育が一番苦手だった。
「それでは今日も授業を始めましょう。復習です。人を従わせる最も簡単な方法は何ですか。それとその欠点は何ですか。」
「自分に依存させること。自分がいなければ生きていけなくすることです。欠点は依存させた相手が暴走する可能性、自分より良い依存相手を見つけた時に急に裏切られる可能性があることです。」
「よろしい。そのことをゆめゆめ忘れてはいけませんよ。では、今日も授業を始めましょうか。」
バードはこの授業が嫌いだ。本当に大っ嫌いだ。ディスの授業では人を一人の人と見ることは無い。ディスの教育において生徒以外の人間は生徒が成り上がる為の道具であるか、生徒の邪魔をする敵でしかない。今まで家族の愛や使用人の愛情を受けてきたバードにとってその考えは相いれないものであった。
「黒、白、しっかりと覚えて来たでしょうね。」
「はい。」
「はい。」
黒と呼ばれているのがネクロ、白と呼ばれたのがミュアだ。ディスの授業にはネクロとミュアが参加している。
「では、この問題を解いて下さい。勿論、紙と羽ペン以外は使ってはいけません。出来なかった者に罰を与える為にバードは良く見ていなさい。」
バードはネクロとミュアが全ての問題が解けることを祈って二人の様子を見守る。しかし、結果はニュアだけが問題が解けてネクロが問題が解けなかった。これは何時もことだ。ディスの問題はテスト形式で時間制限がある。しかし、この時間制限が良く無い。ディスのテストは片一方が問題を解けたの確認すると終了になる。だから、二人共が合格することはない。ディスのテストは彼女達が問題を解けたかどうかなどは余り関係していないのだ。重要なことは出来ない者をバードが如何に躾けるかということなのだ。この授業の本質は生徒であるバードに人の上に立って指導する能力をディス理論で上げることである。ディス理論の中では区別をつけることが重要視されている。出来る者と出来ない者、使える者と使えない者、持つ者と持たざる者、ディス理論はともかく分類して自分についていけない者は罰を与えるか関係を断つ。
「では、バード罰を与えなさい。」
ネクロとニュアはバードの奴隷として使える様にする為にこの塔に連れられて来たので関係を断つということはない。だから、罰を与える。
「嫌、止めて。御主人様、止めてよ! 」
バードはネクロの身体を引っ張って自分の近くに寄せる。そして、その下着を下ろして手の平を叩き付けた。バンッ、バンッと乾いた音とネクロの泣き声が部屋に響いた。耳を塞ぎたくような音、バードは心の中でこの嫌な音をそう断言していた。自分と同じ位の女性に対して手を下さないといけない今の状況をバードは酷く嫌悪していた。しかし、バードは手を止めることは無かった。自分が手を止めた場合、もっとネクロが痛い目にあうことを知っていた為だ。
「ネクロ、次はしっかりと頑張るんだよ。僕は君に期待しているんだからね。」
バードがネクロにかけた言葉は激励の言葉。これもディスの指導だ。落ち込んだ者に対してディスは直ぐに駆けつけて相手を奮い立たせる様な言葉をかける。そうすることで相手が立ち止まろうとするのを止めさせる。失敗しても失敗しても声をかけることで相手の心の隙間に自分を埋め込む。これがディス理論だ。
「復習はこれまでとして今日の授業範囲に入ります。今日はこれです。」
ディスが一枚の紙を取り出した。紙に書いてあったのは一桁の足し算の問題だ。前回は一桁の足し算だった。ネクロとミュアは教育を受けていなかったので羽ペンの持ち方、数字の読み方、書き方、計算の仕方がこの一か月の間定期的にこの授業で習ったことだ。実際、教育を今まで一度も受けていない子供に一か月で一桁の足し算と言えど、計算をやらしているのは少し早いと思われるがミュアとネクロは必死に食らいついている。
「じゃあ、ミュア、ネクロ、頑張ろうか。」
今度はバードはミュアとネクロに出来るだけ優しく問題の解き方を教えた。始めは自分の指と彼女達の指を使ってゆっくりと。彼女達が慣れてきたら指を使わずに。何度も何度も丁寧に教え、先程は違い何度も何度も褒めた。バードとしては彼女達のことを尊敬しているから褒めていたのだが、彼の脳裏には嫌な記憶が思い出される。と言うのも彼女達を褒めることさえもディス理論の一つなのだ。飴と鞭、ディス理論において相手を依存させる重要視されている内の一つだ。
「では、暫く黒と白は自主勉強していなさい。バード、今度は貴方が貴族としての知識を学ぶ番です。」
「はい。」
バードは服を正して背筋を伸ばした。これからはバードの番だ。ミュアとネクロが隣でバードが教えたことを復習している間に今度はバードに何枚もの紙を渡される。これは現在の国内、国外の情勢がまとめられた紙だ。バードは現在塔の中で生活をしている。だから、バードは塔の外の情報を得る方法が限られている。人間関係は相手の弱みを握っていれば握っている程有利である。貴族は時には他の貴族を蹴落としていかないといけない時がある。ディスの授業はその練習だ。始めにこの資料を貰って速読をする。この時にこの資料が情報不足であればディスに言いつける。そして、ディスからされる質問に答える。答えられなければ奴隷と共に両手を鞭で叩かれる。これをディスの質問が無くなるまで続ける。
最後の授業はトロワの授業だ。トロワの授業は他の授業と違って楽だ。
「では、始めて下さい。」
トロワが声をかけるとミュアとネクロが服を脱ぎだす。バードはその姿を見ながら体の力を抜く。トロワの授業は大抵他の授業の後にある。すると、自然と楽な授業であるこの授業で体が疲れをとろうとする。
「御主人様、よろしくお願いします。」
「お願いします。」
バードはミュアとネクロに返事をしながら彼女達の身体を凝視する。そして、暫くするとバードは彼女達の体をまさぐった。ミュアの肌もネクロの肌もぷにぷにとしていて触り心地が良いな、と思いながら体の隅々を触る。その後、トロワが交代する様に言うとバードとミュア、ネクロの立場が変わる。この時にバードの服は奴隷であるミュア達が丁寧に脱がして畳み、その綺麗具合をトロワに確認して貰っている。
「では、服を着て作業を始めて下さい。」
トロワの言葉でネクロ達はバードに服を着せて自身の服を着る。その後、バードは椅子にミュア達は床に座った。バード達は座ると紙と羽ペンを取り出した。トロワの授業は言葉で表すならば美術。それもデッサンに近いことだ。先程した通りトロワの授業では授業始めに対象の体を見て触ってから始まる。そして、その後にその感覚を思い出しながら絵を描くというものだ。これは魔導を行う時に思い描く想像をより具体的なものにするのがこの授業の意味らしい。
「描き終わったら此方にもって来て下さい。」
バードは大抵この絵を描くのに数時間かけている。バードはパヴォーネ母様の影響で絵を描くことに関して拘り少なからず存在した。それに、ミュアとネクロが一枚だけ描けば良いのに比べてバードは二枚だ。当然描くのに時間が掛かった。
「白、もう少し丁寧に描けないのですか。」
ミュアは絵が下手らしい。バードは一度も彼女達から絵を見せて貰ったことが無いので彼女達の絵がどれ程のものか分からないが、ミュアが注意されることが多いのでミュアは驚く位下手だと思っている。だが、地球での記憶があるバードからすればミュア達は五歳位だから上手く無くて仕方がないとも思っている。
「トロワ先生、終わりました。」
バードは自身が描き終わった絵をトロワに渡した。
「中途半端な絵ですね。第二王妃様の影響でしょうか。知っている技巧を無理矢理使っている感じがしますね。ここまで描くならばここをもう少し細かく描いた方が良いですね。」
「はい。」
トロワから自分の作品を受け取って再び描き始める。トロワの教え方は男の指導者達と違って優しい。殴られることも叩かれることも無い。ミュアもネクロからは緊張感が漂っているがバードは比較的リラックスしてこの授業を受けていた。
授業の殆どが辛いものだったが、塔での暮らしの中でバードに密かに楽しみにしていることがあった。
「きゃっ。殿下、くすぐったいよ。」
「こら、ネクロ。じっとしてよ。洗えないでしょ。」
そう、お風呂の時間だ。城にお風呂が無かった場合、バードは発狂していたかも知れない。それ位バードはストレスの殆どをお風呂で解消していた。風呂に入っているメンバーはネクロ、ミュア、バードの子供達だ。本来ならば奴隷であるミュアとネクロはお風呂に入ることは出来ないが、バードがディスにちびりそうになりながらも自分の体を洗わせる為に二人を風呂に入れたいと申し開きをして勝ち取ったのだ。
「ネクロの肌は相変わらず柔らかいなあ。ずっと触っておきたい位だよ。」
「もう、何時も触っているのに。」
「よし、流すよ。目をつぶって。」
「うん。」
体を洗わせる為にミュアとネクロをお風呂に入れているのに、バードは自分の体を表すことはせずに逆に彼女達の体を洗っていた。
「何時も何時もごめんね。ネクロにばっかり負担をかけて。」
バードはネクロ達に罪悪感を抱いていた。自分は王族だから仕方がない、という思いがバードにはある。それはもっともっと幼い頃から様々な人から言われてバードの心に根付いた考えである。好きでもない勉強をするのは王族だから、苦手なものを我慢するのは王族だから、王族、王族、王族。違う所は頑張れる理由、それが家族の為だったことだけだ。そんなバードと違ってネクロには頑張る理由がない。今ネクロが頑張らないといけない理由はバードの奴隷になったからだ。
「何時もありがとう、ネクロ。」
「よしよし。」
バードがネクロの体を洗っているとネクロがバードの頭を撫でてきた。ネクロは何かを言う訳では無く、ただただバードの頭を撫でた。
「ネーちゃん、殿下。」
ネクロがバードの頭を撫でているとお風呂場にいたもう一人が声をかけてきた。
「ごめんな、ミュア。仲間はずれみたいになって。おいで。ネクロ、お湯につかってて」
バードの後ろに立っていた人物はミュアだった。彼女は体温を冷まさない為にお湯につけられていたのだ。
「うん。ネーちゃん。」
「良いよ。ちょっとだけ殿下を譲って上げるね。」
「ありがとう。」
女の子同士のやりとりが終わり、ミュアはネクロの座っていた位置にネクロと変わるように座った。
「ミュア、寂しくしてごめんよ。今度からはもっと構ってあげるからね。」
「うん。」
バードは今度はミュアを洗い始めた。ミュアの肌ももちもちしていて気持ちがいい。
「ミュアの肌ももちもちとしていて気持ちが良いよ。」
「ありがとう、です。」
一か月の間一緒に生活をしているとミュアの性格も分かってくる。ミュアは甘えん坊だけど控えめな性格をしている。これはネクロにも言えることだが奴隷になった二人の少女は自分に自信がない。親に捨てられた記憶が彼女達の心の深くに突き刺さっているのだろう。
「二人だけの時は敬語は要らないよ。」
「うん。」
「ミュアも毎日ありがとう。辛いことも多いだろう。それでも頑張ってくれてありがとう。」
「うん。」
それからもミュアに感謝の言葉や褒め言葉を続けていると、今度はネクロが呼びに来たのでミュアを渡して素早く自身の体を洗う。
「では、一緒に入ろう。」
「うん。」
「うん。」
バードは両手に花の状態で湯船につかった。
「ああ、癒される。」
こうして塔の生活は一日、一日と過ぎて行った。
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