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誕生日パーティ

初心者なりに頑張っています。

 パッパラパッパッパッパー。


 王族の到着を鳴らす音が会場に響き渡る。先頭は中央に父様、父様の右手側に母様、左手側に俺がいる。俺の後ろにエグル兄様、コロンボ兄様がいる。母様の後ろにエミル母様、パヴォーネ母様がいる。今日は俺の誕生日会なのでこの並びになっている。会場の中に入ると、他の貴族の視線が俺達に集中してきた。俺が一般人と同じ様な生活をしていたらこの視線に耐えることが出来なかっただろう。しかし、俺の生活は基本的にずっと他者の視線にさらされながら行われている。この位はなんてことないことだと思っていた。だが、思ったより多くの厳しい視線が俺を指し、父様の裾を思いっきり引っ張ってしまった。父様は俺の手を被せる様に左手で握り、最初っから手を繋いでいる様に歩いた。俺はこれ以上前に進みたくないが、父様が手を握って進むから俺の身体もつられて前に進んだ。父様が向いている歩く方向には人はいない。皆、父様に道を作る様に左右に分かれ、片膝をついて頭を下げている。父様に牽かれて壇上に上がとると、他の貴族達がワインを片手に此方を見ている。俺達も飲み物を受け取り、父様の後ろに控えた。


「今日は息子の誕生日パーティによく来てくれた。これが我が息子のバードだ」


 俺は覚悟を決めて、父様の横に並んで挨拶の言葉を述べた。


「今日は僕の五歳の誕生日パーティに来てくれてありがとうございます。これからは皆さんの様な立派な貴族を目指して勉強するから宜しくお願いします。僕からはこれで終わりです。今日は存分に楽しんでいって下さい。」


 手に汗を掻きながら何とか挨拶をすることが出来た。殆どの人に対して尊大な態度でも許されるが、許されない人も確かにいる。それは同盟国や属国の使者だ。そして、その代表がエグル兄様の婚約者であるシーニュさんだ。シーニュさんは今日のパーティに来ている人の中でも最も高位な身分の人の一人だ。彼女は同盟国の使者であり、姫である。エグル兄様の悲劇は流石にドン引きであるが、それでも同じ身分ある彼女に礼節を忘れるわけにはいかない。それに、このパーティには公爵の人も来ている。こんな中で全ての人に尊大な態度が出来るのは父様だけだ。そんなことを思っていると、俺の後を引き継いだ父様の挨拶が終盤を迎えていた。


「では、最後に、バードとカラアゲ王国の今後の繁栄を祈って乾杯! 」


「「「乾杯! 」」」


 俺もワインが欲しかったが、まだ五歳なので大人しくジュースを飲んだ。俺がジュースを飲み終わる頃には俺達の前に挨拶回りに来た人がきた。同時に急激に体温が低下するのを感じた。今の俺は冬の山に裸で放り出されたような絶望感と寒さで一杯だ。そして、その原因は直ぐに分かった。いや、この言い方では語弊があるだろう。俺は原因を理解させられたのだ。その原因とはシーニュさんだ。シーニュさんを見たことがない俺でも誰がシーニュさんか一度で理解させられる。白鳥、俺の前に白鳥がいる。その美しい翼から想像が出来ない程の狂喜、、、狂気を身に纏った女性が目の前にいる。


「この度はバード様の御誕生パーティに誘って下さり、ありがとうございました。ヤキニク王国の使者として、そして何よりエグル様の伴侶として、御祝いの言葉を述べ指して貰います。お誕生日ありがとうございます。私のことはシーニュ義姉さんと呼んでくださいね」


 シーニュさんは綺麗な銀髪とエグル兄様と同じ赤い瞳が特徴的な女性だ。身長はヒールを履いたエミル母様と同じ位で、目を細めて笑う仕草は写真中なら惚れていたかもしれない。


「今日は僕の誕生日パーティに来て下さってありがとうございます」


 虎の尾を踏みたくない俺は当たり障りのない言葉でお礼を述べておいた。今日は合わないといけない人は多くいるので、彼女からは逃げたい、ではなく彼女との時間ばかりとるわけにはいかない。


「そんな他人行儀な言葉で無くても大丈夫ですよ。ほら、「シーニュ義姉さんありがとう」でいいですよ」


 あれ、何か間違えたかな。冷汗が止まらないんだけど。いや、もう一度お礼を言えば、無事に済むはずだ。


「はい、ありがとうございました」


「申し訳ありません。『シーニュ義姉さん』と言った所からよく聞こえませんでしたので、もう一度言って貰えませんか」


「シーニュさ「義姉さん」」


 え、この人やばくね。完全に病んでいるだろ、この人。ここはお約束としてもう一度「シーニュさん」と言った方が良いのだろうか。でも、「シーニュさん」と言っても「シーニュ義姉さん」と言っても良い未来が思いつかない。というか、「シーニュ義姉さん」と言うことは今はあり得ない。シーニュさんは確かに恐ろしい。常に心を強く持たないと意識を失ってしまうだろう。しかし、それはどんなに頑張っても一人の力だ。それを彼女は直ぐに知ることになるだろう。何故なら、彼女と同等に恐ろしい女性が三人が動き出したからだ。


「シーニュさん、そこまでにしてくれませんか」


「小娘、マナーという言葉を勉強して出直した方が良いのではないか」


「悪いことは言いません。姉様達の言葉を学んで来た方が良い思います。ですから、今日はもう戻りましょう」


 きた、母様達だ。母様達が一言ずつ話すだけで突風が俺を襲う。俺は吹き飛ばされそうな身体を抑えて、母様達をチラ見した。そして、そこには世にも恐ろしい光景があった。


 まず、エミル母様。彼女の頭上には金色の大きな鷲がいる。鷲はシーニュさんの方を向いて、爪を研いでいる。そんな鷲の何よりの特徴は鷲の頭にある王冠だ。この王冠の先の方では藁人形がダンスをしている。そのダンスは思わず藁人形だということを忘れそうになる位の上手いダンスをし、鷲が動きを止めると両手を広げて十字架の様な姿になる。


 次に、パヴォーネ母様だ。彼女の頭上には丸メガネを掛けた鳩がいる。鳩の翼は青色で、全長がエミル母様の鷲の半分位だが、その全身から大いなる知性を感じる。そんな鳩の最も大きな特徴は鳩の周りで回転している円錐の物体だ。パヴォーネ母様のこと知っている人間ならこれが何だか分かるはずだ。何故なら、これはパヴォーネ母様の象徴とも言える扇子だからだ。彼女に叱られる時は必ず出てくるこの扇子。これを見る度に泣いた回数は数知れず。そんな扇子が複数回転して、シーニュを威嚇している。


 最後に、母様だ。母様は他の母様と違い、鳥類ではない。では、何なのかと言うと正直よく分からない。強いて言うなら妖精だろうか。人間の女性の姿に三枚の蝶の様な翼を持ち、アマリア母様の頭上を優雅に飛んでいる。そんな妖精の一番の特徴は羽から出ている鱗粉だろう。妖精は鱗粉を上手く方向性をつけ、六つの方向に鱗粉を送っている。その内の二つはエミル母様、パヴォーネ母様だ。この鱗粉は唯でさえ恐ろしいこの二匹に力を与えている。その証拠に残りの鱗粉は俺、父様、エグル兄様、コロンボ兄様に向かってきていて、触れると体が少し軽くなる。流石、母様だ。母様の優しさが俺達を守ってくれている。


 母様達は三人でチームを組んでおり、一人で動くよりも遥かに力を増している様に思える。これがカラアゲ王国の王妃たちの絆の強さかと思うほどお互いがお互いの隙を埋めている。普通の人間ならば、こんな得体の知れない三人がいれば絶対に関わろうとしないだろう。しかし、シーニュさんは普通ではない。彼女は現実世界で俺が始めた病みっ子なのだ。病みっ子を凡人の物差しで測ろうなんて傲慢を俺はしない。しかし、これだけは分かる。病みっ子にとっては自分の邪魔をするものは排除すべきものなのだ。直接動けば刃物を刺し、間接的に動くならば呪いを依頼して排除する。それが病みっ子なのだ。なら分かるだろう、そんな病みっ子がこの場合にする行動を。


 俺の想像通り、シーニュさんは母様達に徹底抗戦の姿勢を見せた。彼女は母様達と同じ様に頭上にエグル兄様が見たであろう一匹の白鳥が臨戦態勢で構えさせていた。白鳥はエミル母様の鷲と対立するかの様な綺麗な銀色をしていた。大きさはパヴォーネ母様の鳩と同じ位の大きさで、翼がコインになっていた。シーニュさんのことは余り知らないが、今までの流れ的にきっとコインが関係する何かがシーニュさんの特徴なのだろう。


 火花を散らし合う両陣営。彼女達を止めることが出来る人物はいるのだろうか、……いる! 彼女達が取り合っている人物。カラアゲ王国の第一王子にして俺の兄、エグル・カラアゲ。彼ならこの危機を救ってくれるはずだ。彼は俺の英雄なのだから。君に更なる茨の道を歩ませることしか出来ない俺を許してほしい。そして、どうかもう一度だけ助けてくれないだろうか、この愚鈍で脆弱な俺を。熱き思いを抱き、エグル兄様に視線を向けた。俺の視線を受けたエグル兄様は小さく頷き、俺の背中を引っ張った。俺が被害に遭わない様に安全な場所に連れていってくれるなんて何て優しいんだ。俺はエグル兄様に引っ張られるままに父様の後ろに連れて行かれた。ありがとう、エグル兄様。御武運をお祈りしています。


「ここに隠れていよう。後は父様がどうかしてくれる」


「えっ」


「大丈夫だ、ここが最も安全だ。何度も衝突する母さん達から逃げる為に最初に俺が見つけた場所だからな。既にコロンボも避難しているから心配しなくてもいいぞ。それと、俺が父さんの真後ろだからな。『子供は親の背中を見て育つ』って言うだろ。しっかりと学ばないといけないからな」


 驚く俺に矢継ぎ早に説明するエグル兄様。五年前の出来事から学んだことは一番安全な場所に逃げることだったらしい。流石エグル兄様だ。エグル兄様は常に学び続けていたのだ。エグル兄様、凄い。って、そんな訳あるかーーーーーー! ずっと城の中にいた所為でエグル兄様がすることは全部凄いことだと思っていたけど、もう騙されないぞ。エグル兄様は凄い所もあるけど、残念な所だってあるんだ。今の状態だってどんなに言い繕ったって逃げているだけじゃないか。


「今は我慢して。バードの思っていることは僕も思っているから」


「コロンボ兄様…… 」


 エグル兄様に抗議しようとしたが、コロンボ兄様が止めに入ってきた。コロンボ兄様が酷く同情的な視線をするから、エグル兄様に文句を言いづらい。でも、何か言わないと納得できない。多くは言わなくてもいいんだ、一言、たった一言だけ。


「分かるよ、バード。今まで一生懸命に勉強したのに兄さんの所為で台無しになるのはつらいよね。でも、仕方がないんだよ。兄さんにだって出来ないことはあるんだよ」


「でも、でも―― 」


「言っては駄目だよ。それを言ったら涙を止めることは出来なくなるからね。バードは頭が良いから分かるでしょ。それにパーティは始まったばかりだから、まだやり直しはきくから」


 コロンボ兄様の言葉は俺の胸にゆっくりと染み込んでいくようだった。自分のことを分かってくれる人がいる、そう思うと悲しみが安らぎに変わる様に思えた。安心すると、自然と涙腺が緩くなってしまうだろう。これから頑張ろうと思っているのに、涙が止まらない。こんな姿は他の人には見せてはいけない、そんなことは分かっている。理性では分かっているんだけど、感情が追い付かない。涙を抑えようとハンカチを取り出そうとする俺にコロンボ兄様が自分のハンカチを渡してくれた。そして、暫く俺は声を押し殺しながらコロンボ兄様の腕の中で涙を流した。


 それからどれ位の時間が経ったか分からないが、俺は漸く涙を止めることが出来た。


「もう大丈夫かい? 」


「うん、大丈夫。それで、母様達はどうなったの」


「それなら、向こうを見て」


 コロンボ兄様に促された先を見ると、そこにはダンスをしているエミル母様、父様、エグル兄様、シーニュさんがいた。そこは俺が立っている場所とは別次元の空間が構築されていた。見る者全てを引き付ける空間

 。俺の拙い語彙力ではそうとしか表現できない世界がそこにはあった。ずっと見てみたい、そう思うが始まりが有れば終わりがある。俺の思いとは裏腹にダンスはゆっくりと終わりに向かって進んでいく。そして、その時はすぐにきた。空間が、世界が、息を呑むその瞬間。主役達の動きが止まり、拍手が鳴り響く。


「皆も今日は大いに楽しんでくれ。パーティは始まったばかりだ」


 部屋の中央で父様が声を発し、俺達は再びグラスを傾けた。そして、それがパーティの始まりだった。


「それじゃあ、僕達も父さんの所に行こうか」


「うん」


 中央にいる父様達の元に行くと、そこには家族全員が揃っていた。そして、シーニュさんの姿はない。


「バード、もう大丈夫か? 」


 父様が心配そうに尋ねてきた。その表情はダンスをしている時と違い、何時も見ている父様の顔だった。


「はい、父様。もう大丈夫です」


「うむ。では、これから挨拶に来る者達の対応に参加してもらうぞ」


「はい」


 これからが俺のパーティの始まりだった。公爵、侯爵、子爵、男爵、様々な身分の人が挨拶に来て、練習した通りの定型文を言った。中には子供を紹介する貴族や、ごくごく簡単な質問をする者もいたが、概ね問題なく対応が出来た。印象に残った人物も何人かいるが、それは改めてまとめないといけないだろう。それはさておき、今は俺の最後の見せ場になるはずだったダンスの時間だ。そう、見せ場になるはずだったのだ。シーニュさんとの場を抑える為にエミル母様がダンスを踊ったのは仕方がないと思う。しかし、そんなことをすれば、ダンスの時間にエミル母様に期待する人が増えるのは当然だろう。後は簡単だ。遠回しに言うか、直接的な言葉を使うかの違いはあるものの、皆エミル母様にダンスを要求する。エミル母様が俺を立てる為に断る。ダンスの関心が薄れる。表面上だけの言葉を聞く、それで終わりだ。因みに俺は今、母様と踊っている。家族以外共踊って、友好的なことをアピールしないといけないと教わったが、一番は母様が良いと言ってお願いしたのだ。


「今日は良く頑張りました。母さんは満足です」


「まだ終わってないよ。母様、これから他の人と上手く踊れるかな? 」


「大丈夫です。バードは母さんと父さんの息子なんですから。さあ、もうすぐ母さんとのダンスは終わりです。頑張って来なさい」


 母様の何時もの笑みだ。この笑顔が何時も俺の心を癒してくれる。実は、前世の知識で一番ショックを受けたのは母様と結婚できないことだったりする。父様のことは好きだが、父様が他の女性と楽しそうな会話をする時の切なそうな顔を見ると、父様では無く俺と結婚した方が良いのではないか、と思う。でも、父様と会話をする母様の表情を見ると、そんなことは大きな間違いなんだと教えられる。父様に向ける笑顔と俺に向ける笑顔は違うのだ。何といえばいいかな。俺に向ける笑顔は大切なものという感じで、父様に向ける笑顔は安心出来る顔とでも言えばいいのだろうか。ともかく、有斗の知識のお陰で本来は気づかなかったり、自然消滅する恋心を知ってしまい、見事四歳の時に失恋してしまったわけだ。


「じゃあ、応援していますからいってらっしゃい」


「うん、いってきます」


 俺は母様を背に、貴族の子女がいる場所に向かった。一応、どんな女性を誘うかは決めている。まず、シーニュさんみたいに恋する乙女ですって感じな人は誘わない。誘ってきても上手に断る。これを失敗すると、先程みたいな事件が起こる。次に、自信がなさげな女性は駄目だ。これは少し優しくしただけで惚れられるのを避ける為もあるが、ダンス中の母様達の視線に耐えることが出来ないと考えるからだ。俺が母様とダンスをしたのは三曲目だ。一曲目は兄様達のダンスと母様達の動向を確認した。その後の二曲目は母様と父様がダンスをしたので待っていたのだ。そのお陰で分かったことがある。母様達がシーニュさん程暴走することは他の女性の時はない。しかし、兄様達のダンスの相手に冷たい視線を送っていた。あの視線は気の弱い女性は耐えることは出来ないだろう。だから、自信が無さげな女性は駄目だ。では、どんな女性が良いのだろうか。それは、俺のことを良く思っていない人物、又は親がいる女性だ。心情的にはそんな女性は嫌だ。しかし、それしか手がないのだ。今までの努力を実らせるためには母様の逆鱗に触れず、嫌いな男と踊ることが出来るタフな女性が求められる。よし、頑張るぞ。


「そこの貴方、私が踊ってあげても構いませんわ」


 どうやらダンスの相手を求めて声をかけている女性がいるようだ。こういう相手がいる場所は駄目だ。積極的な女性を誘うとどうなるかは既に分かっている。もっとこのパーティが嫌そうにしている女性が良い。どこだ、どこにいる。親に無理矢理連れて来られたがさつな女は。


「聞いていますの。私が踊って差し上げると言っているのですわよ」


 くっ、中々見つからない。そもそも、親と一緒に行動している子供が少ない。子供は子供で、大人は大人で交流している所が殆どだ。本来ならば、俺もこの子供の集まりに参加するはずだったのだ。それが、シーニュさんの所為で。しかし、今はそんなことを言っている時間はない。向こうにいってみるか。男の子も多いが、女の子も確かにいる。


「ちょっと、聞いていますの。ねえ、ねえってば」


 うるさいな、誰か相手をしてやれよ。大体、こっちに聞こえる程大きな声を出している女性を無視するなよ。しかも、あの言い方から男の方が爵位が低いだろう。爵位が高い人から話しかけられること何て数少ないチャンスを見逃すなって言われなかったのかよ。そんなことすら勉強していないなら俺のパーティに来るなよ、たくっ。


「もう、貴方よ、貴方」


 肩を思いっきり引かれて後ろを向かされた。そして、そこには氷の様に鋭い眼をした少女がいた。少女は銀色の髪、スカイブルーの瞳をしていて白色のドレスを身に纏っていた。もし、彼女が表情に乏しかったら雪少女だと思ってしまったかも知れないが、実際の彼女は表情が豊かな方だろう。今も頬を膨らませて怒っているし。因みに雪女では無く、雪少女なのは彼女の身長が俺と殆ど変わらないからイメージが雪女の子供バージョンだと思ったからだ。それにしても、先程から声をかけていた相手は俺だったのだろうか。いや、そんな筈はない。これでもカラアゲ王国の第三王子だ。俺に対して平等に接することが出来る女性は全て頭に入っている。他国の使者も男性の方が多かったから女性の数は数える程しかいないのに間違える筈がない。


「残念だけど、君に構っている時間はない。じゃあ、またね」


 貴族同士の会話では謝るな。何度も何度もパイ爺に言われた。身分が高いものが低いものに謝ると威厳がなくなるから謝ることは許されないらしい。今日のパーティで俺が頭を下げてもよい人間は家族だけだ。日本人の記憶が謝ってから会話をしようとするのを止め、授業通りの態度をとってこの場を離れる。


「待ちなさい。私が誰だか分かっての行動ですか」


 こいつは一体何様だ。主催者で爵位も上である俺の時間を奪うだけでなく、まるで自分の方が偉く、俺が言うことを聞くことを前提みたいな動きをしやがって。待てよ、落ち着け、俺。俺は今日のパーティの為に一年間も練習させられたが他の貴族家が同じことをしているとは限らない。もしかしたら、あれが異常なのかもしれない。そうだ、俺が特別なのだ。四歳なのに外で遊ぶことも殆どなく、マナー、ダンス、勉強、殆ど遊んでいない。休憩時間もあるが、お茶や家族に朗読して貰っているから一般的な子供の遊びとはかけ離れているだろう。


「知らない。逆に聞くけど、君こそ僕が誰だか分かった上での行いかい? 」


 まあ、だからと言って態度を変えることはしない。俺には俺の事情があるし、彼女が後で親に怒られて学んだ方が彼女の為になると思う。決して、女性探しを邪魔されてイラついているわけではない。


「貴方がカラアゲ王国の第三王子のバード様だと言うことは存じていますわ」


「知っているのにそういう態度なんだ」


「そうですわよ。だから、バード様も恥ずかしがらずに私をダンスに誘うといいですわ」


 思った通り、自分から話しかけてくる女子はやばかった。自信過剰で人の話しを聞こうとせずに自己完結している。この子をダンスに誘うと間違いなく、エグル兄様の二の舞いになる。進んで地雷を踏みたくはない。次の曲は諦めて、次の次の曲を踊る相手を探すか。


「気持ちだけ受け取っておくよ。じゃあ、またね」


「全く、照れ屋ですわね。はい」


 少女が手を差し出しているが、ほっとこう。女性に恥をかかせてはいけないと思うが、彼女は俺の手に負えない。気づかないふりして、後ろを振り返ると銀髪で茶色の瞳をした男性がいた。男性は今日のパーティであった人物の中でも覚えないといけない内の一人だった。男の名前はルブト・マヨネーズ。マヨネーズ公爵家の当主だ。カラアゲ王国には東西南北に一つずつ、合計四つの公爵家がある。そして、マヨネーズ公爵家はその中で北を治める公爵家である。流石に無視できないな。


「先程ぶりでございます、バード殿下」


「そうだね、マヨネーズ公。ああ、余り畏まらなくても良いよ。僕は父様と違って公より爵位が高いわけでもないし、公みたいに働いているわけでもない。公が畏まる程のことは出来ていないからね」


 ここまでは貴族の人達に貴方達を慮っているアピールと、自分が敬語を使わなくても不思議にならない空間を作る為の定型文だ。爵位差が大きい相手なら対応が楽だが、この国に大きな影響を持つ相手には注意を払わないといけないだろう。


「助かる。俺は余り領地から出ないから敬語とか慣れていないからな。それで、家の娘はどうだった? 」


「娘? 」


 この流れから娘が誰か予測できない人間はいないだろう。ルブト公と同じ銀髪をし、王族の俺に対しても態度を変えない度胸がある暴走娘。忘れるには時間が少なすぎる。だが、ルブト公が挨拶に来た時に女の子は連れて来ていたか。駄目だ、女の子はシーニュさんの顔で一杯になっている。


「御父様、見てください。バード様は私にメロメロですわ」


 後ろから声が聞こえる。絶対に関わってはいけないと思わされた女性の声が。


「そうか、バード殿下はお前にもうメロメロなのか。ところで、もう自己紹介はしたのか」


「そう言えば忘れていましたわ。バード様のことだから知っていると思いますが、親しき中にも礼儀ありですわね。では、改めまして。バード様、私の名前はアンジュ・マヨネーズ。マヨネーズ家の長女ですわ」


 そうして少女は、いや、アンジェは俺に屈託のない笑顔を向けたのだった。









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