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バードの日常(後)

書き終わり次第投稿しています。

 お城の書庫は日本にあるそんじょそこらの図書館よりも大きい。俺はコロンボ兄様の付き添いで何度もこの書庫の中に入ったことがあるので、本の場所は少なからず理解している。そして、今日探す本の場所も把握している。今日探す本は魔導書、魔法について書いてある本だ。この世界には魔法と呼ばれる摩訶不思議な現象がある。これは地球では無かったので先に勉強しておこうと思ったのだ。


 俺は書庫の前に立っている騎士に扉を開けさせ、中に入る。中に入るとカウンターがあり、その向こうで一人の老人が本を読んでいる。髪は所々に白髪がある藍色の髪で、何時もユリ椅子に座って本を読んでいる。そんな彼は俺達の間でコロモ爺と呼ばれている。この書庫はの管理をする人はコロモの名前が貰えるらしく、コロモ爺は本当は代三十何代かのコロモ爺らしい。コロンボ兄様が将来はコロモの名前を引き継ぎたいらしく、珍しく興奮して俺に話してくれた。


「こんにちは、コロモ爺。魔導書を読みたいんだけど、お勧めある? 」


「ふむふむ、なるほど。それでしたら 「揚げ物より簡単! 今日から君は初心者魔術師だ」がいいでしょう。少し待っていてくだされ。」


 コロモ爺が本を取りにいったので、待っているとコロモ爺が一冊の本を持ってきた。表紙には「揚げ物より簡単! 今日から君は初心者魔術師だ」と、書いてある。俺は爺に礼を言って本を受け取り、部屋の奥にある椅子に座って本を開いた。


「揚げ物より簡単! 今日から君は初心者魔術師だ」

 本書は揚げ物すら出来ない幼子に向けて書かれた書である。この一文でこれがカラアゲ国の魔導士が書いた本だと分かるな。カラアゲ国には十歳になる時に揚げ物の儀式がある。これはこの国だけにある儀式で、国を挙げての儀式なのでカラアゲ国に住んでいて知らない人間はいないだろう。続きを読んでいこう。


 本を読んで行くと以下の様なことが分かった。

 まず、魔法とは超常現象を起こす方法であり、その結果のことを魔法と呼ぶ。人間が魔法を行う場合、人体ある魔力と呼ばれるエネルギーを用いて行われる。魔力はこの世界のどこでも溢れているが、場所ごとによってその濃度が違う。

 次に、人間が魔法を使用場合の条件は三つある。一つ目は使用する魔法の魔力を持っていること。二つ目は魔力を知覚出来ること。三つ目は使用する魔法をイメージ出来ること。人間は全員魔力を所持しているが、使用する魔法の種類と量が違うらしい。これは個性らしく、生まれてから変化をさせることは出来ない。使用する魔法の種類と量は遺伝によって左右される可能性があるが、今の所分かっていない。

  魔法の種類は火、水、風、土の一般属性と言われるもの、光、闇の特殊属性と言われるものがある。その他にも魔法の種類があるが、著者が見たことが無いのでこの書では触れないらしい。それと、一般属性は初級、中級、上級と魔法によってランクがあるが、光と闇に関しては決まっていない。

 最後に、この本の中には魔法を使えるようになる為の修行方法とイメージがしやすい様に書かれた詠唱があった。一般に魔法使いはイメージを補完する為に詠唱をする。その詠唱を本来は自分で考えないといけないのだが、参考までにということで初級魔法は全て書いてあった。まあ、それは後で実践してみよう。


「バード殿下、執事の方がお迎えに来ています」


 本に熱中していてコロモ爺が近づいて来るのに気づかなかった。それにしても、もう休憩時間は終わりか。言っても仕方ないのでコロモ爺にこの本を借りることを言って、部屋を出た。


「バード坊ちゃま、そろそろ礼儀作法の授業時間です」


「分かったよ。すぐ行く」


 俺はパイ爺と一緒にダンスホールに向かった。ダンスホールに入ると、パイ爺が俺の方に振り返った。


「それでは今日も始めていきましょうか」


「ああ、宜しく頼む」


「かしこまりました」


 パイオンが向こうまで歩いて行き、此方に戻ってきた。


「この度は御誕生おめでとうございます、バード殿下」


「ありがとうございます。こんな目出度き日に貴方の様な方に出会うことが出来て大変嬉しく思います」


「そう言って頂けると此方も嬉しく思います。ところで殿下、実は私にも殿下と同じくらいの年の娘が……」


 ああ、始まった。礼儀作法の授業と言うけれど、実際には他の貴族の人間に変な言質をとられない様にする授業だ。パイ爺は他国の使者、カラアゲ国の貴族など、様々な立場の人間になって様々な質問をする。その中には俺が聞いたこともない情報があり、これをどう解決したら良いのか聞いてくるものもある。正直、そんな質問をされても分からないが、適当にいなす技術が今はある。



「では、本日最後の質問にしましょう。貴方はどのような王になりたいですか? 」


 二時間も訓練して、漸く終わりがきた。この授業の最後は毎回この質問だ。だから、俺もこの質問の答えは決めている。


「国民が胸を張って名前を言える様な王様になりたいです 」


 俺は王には成りたくないが、ここで訪ねられていることは俺にそんなこと言わせる質問ではないらしい。何かがあって俺が王にならないといけない時に、俺がどのような王になるかと聞いているのだ。子供にそんなことを聞くなよ、と思うが仕方がない。彼等からすれば俺は将来彼等の上に立つ可能性もあるからだ。


「はい、ご苦労様でした。それにしても、バード様は何時も王様と聞くと嫌そうな顔をしますね」


「だって、父様が王だから全然遊んでくれないんだから仕方がないじゃん」


 俺と父様と遊ぶ時間は非常に少ない。遊ぶ場所もお風呂や夕食の後の少しだけだ。しかも、最近は更に忙しくなって全く遊んでくれない。父様のことは尊敬しているし、王子という立場は忙しいが好きなものが手に入るから気に入っているが、だからと言って父様を奪う王様を好きになれる訳ではない。有斗の記憶で思考力が変わったが、感情面が変わったわけではない。


「バード様は本当にお父上や母君を好いているのですね」


「うん! 」


「では、食堂に向かいましょうか。陛下と王妃様がもうすぐ来る時間です。」


 俺はパイ爺を置いて、走って食堂に向かった。後ろでパイ爺がなんか言っているが、俺は知らない。



「バード様がお越しになりました」


 使用人の言葉で扉が開く。扉の先にはエグル兄様とコロンボ兄様がいた。俺は二人に近づいて話しかけた。


「母様達や父様はまだ来てないの? 」


 兄様達が顔を見合わせる。ああ、今日はあの日か。


「今日は別のパーティに父様達が呼ばれていてな。今日の夕食は兄弟だけだ」


「えー、母様や父様いないの」


「わがまま言ってはいけないよ。これもお仕事なんだから。」


「そうだぞ、バード。国民も家族なんだ。その家族が食事に誘っているのだ。それにたまには兄弟水いらずで良いではないか」


 たまにはって言うけれど、一か月後に一回は最低でも兄弟だけになるじゃないか。それに加え、一か月に三回は父様と他の母様の誰かがいない日はある。父様達が遠征に行った時なんて一週間位兄弟だけの食事になる。


「取り合へず食事にしましょうよ、兄さん。僕はもうお腹がペコペコです」


「そうだな、バード食べるぞ」


 兄様達が座るとメイドや執事達が食事を運んできた。今日の夕食は鳥の唐揚げにサラダ、白パンにユーリンチにコーンスープ、デザートに果物の盛り合わせがある。今日の唐揚げはマヨネーズで味付けされている。俺は何時もの様に最初の一口で唐揚げを食べて兄様達と会話をする。


「そう言えば、バード。今日はコロモ爺の所に行ったんだっけ。どんな本を借りたんだい? 」


「「揚げ物より簡単! 今日から君は初心者魔術師だ」って本だよ」


 俺は一冊の本をコロンボ兄様に渡した。急いで来たから本も一緒に持ってきてしまったから、今手元に本があったのだ。コロンボ兄様に本を渡すとぺらぺらとめくって苦い顔をした。


「やっぱり、僕が読んだ本と同じだ」


「その本は分かりやすいのか? 」


 エグル兄様が俺の借りた本に興味深そうに覗いてきた。そう言えば、エグル兄様は既に魔法を少し習っていたっけ。


「僕はまだ全部読めていないけどどうなの? 」


「そうだね。僕は余り好きじゃないかな。この本では最初は人は全員魔力がある。魔力があれば魔法が出来るって書いてあるんだ。」


「何か違うのか? 」


 俺もエグル兄様と同じ意見だ。コロモ爺がお勧めする位だから嘘は書いていないと思うけど、何か違うのかな。


「間違ってはいないのだけど、この書き方だったら全員魔法が使えると誤解を与えるんだよ。国民全員が魔法が使えるわけではないでしょう。」


「えっ、使えない人がいるの!? 」


「なるほどな。確かに誤解を与える様な書き方だ。バードは大丈夫だと思うが、使えない人は確かにいるぞ。そうだな、使えるのは国民の四分の一位だな」


 四分の一かぁ。ということは四人中三人は使えないのか。


「何で僕だったら大丈夫なの」


「それはな、父さんもそうだけどアマリア母さんも凄い魔法使いなんだ。そもそも父さんとアマリア母さんの出会いはアマリア母さんの魔法がコロンボの病気を治したからだぞ。」


 父様と母様は凄い魔法使いだったんだ。だったら、俺も魔法も使えるかもしれないな。本に遺伝が関係している可能性があるって書いてあった位だし。


「ちょっと待って下さい。僕の病気って何ですか。確かに病気になった時はアマリア母さんに見てもらうこともありますけど、基本的には専属の治療医に診て貰っています。治療医の技術の高さは僕も分かっています、その治療医が治せない病気をアマリア母さんが治したって言うんですか」


「おい、落ち着け。バードの前だぞ」


「あっ。ご、ごめん。別にアマリア母さんのことを信用していないってことではないんだ。ただ、上手く想像できなくてね。アマリア母さんが治療する時は簡単なものばかりだから、ちょっとね。」


「う、うん。大丈夫だよ」


 コロンボ兄様があんな風に大声を出すなんて珍しいな。普段のコロンボ兄様知的で、興奮しても声が大きくなると言うよりかは、話が長くなる様なタイプだったと思っていたけど、こんなに取り乱すこともあるんだな。意外な一面をみたな。


「コロンボが気になっていそうだから話しを元に戻すぞ。俺も殆ど記憶に残っていなかったから、後で城の魔法使いに聞いたものだが、当時コロンボは魔力枯渇症という病気に罹っていたんだ。この病気は文字通り普通の人間なら持っている魔力が足りなくなるだけでなく、その魔力が回復することもなくなるという病気だ。この病気は非常に珍しい病気らしいが、城の治療医や魔法使いが総出で調べた所、治療法はすぐ分かった。しかし、問題はこの治療法だったんだ。魔力枯渇病を治療させる為には膨大な魔力を一気に体に流さないといけないんだ。」


「マナヒーリングですか。」


 マナは確か魔力の言い換えだから魔力を回復させる魔法のことをマナヒーリングと言うのだろう。


「そうだ。バードがいるから一応説明するが、この魔法は自分の魔力を相手にあげる魔法だ。連度が高ければ高いほど魔力変換率、つまり、練習をすればするほど自分と同じ量の魔法をあげることが出来る。例えば、俺がこの魔法を使えたとしても俺の魔力の百分の一もバードにあげれないけど、アマリア母様ならほぼ百パーセントバードに与えることが出来る」


 負けず嫌いなエグル兄様が自分と比較してまで説明するってことはかなり凄いことなんだろう。城の中から魔法を見たことがある位の俺にはその凄さが分からないが凄いのだろう。


「もう予測できると思うが、父さんはコロンボの病気を治せる人を探してアマリア母さんに出会って結婚したんだ。これ以上気になるなら城下町にある劇場に見に行くか、城に呼べばいい。パヴォーネ母様のお気に入りだからきっと直ぐに見れるようにしてくれるはずだ。」


「母さんのお気に入りですか。一度頼んで見ます。兄さん、ありがとうございます」


 俺はどうしようかな。パヴォーネ母様のお気に入りだからきっと面白いと思うけど、まずは母様から聞いてみようかな。最近お茶の時間に話す内容が色々な授業の話を聞いて貰ってばっかりだからな。でも、俺の一日の殆どがその時間だからどうしようもない部分でもあると思うんだよな。


「じゃあ、夕食を終えるぞ。カリカリット、アゲアゲー」

「「カリカリット、アゲアゲー」」



 俺は自分の寝室に戻った。前世の記憶と比べると、この部屋の家具は中央にあるベッドと、端にある机だけの実にシンプルな部屋だ。有斗だった時はパソコンが無い世界では生きていくことが出来ないと言ったこともあるが、この世界に果たしてパソコンがあるのだろうか。いや、ないだろう。バードとして生きてきた四年間、地球では見たこともないこともいくつも見たが、同時に地球では当たり前のものを見ていない。ここが地球から見ると異世界と呼ばれる場所なんだと実感するな。


「まあ、他の人間で生きていた記憶を懐かしむなんて奇妙なことだけどね」


 俺は思い出に浸かるの止めて一冊の本を取り出した。今日借りた本だ。昼間に流し読みで半分ほど読んだが、今回はじっくりと読んで、練習をしようと思う。



 まず、自分の魔力を感知しないといけない。俺は本に書いてある様にリラックス出来る体勢を取り、自分の体に今まで知らなかった魔力を探した。イメージとしては部屋で無くした入れ物が分からないゲームカセットを探しているみたいだ。あると分かっているのだけど見つからない、どんな形でどんな色の入れ物か分からない、まさにそんな感じだ。俺は掃除の感覚で虱潰しで魔力を探したが、遂にその日は見つけることが出来なかった。



 初めて魔法についての本を読んでから一か月が経った。あの日からの一か月は俺にとって酷く詰まらない日々だった。あの日から父様と母様達と会う日々は一気に減った。ご飯の時間もゆっくりと話す時間は少なく、父様は執務室に籠る日々が増えた。兄様達も食事会に誘われる様になり、俺の一人の時間は急に増えた。授業も追い込みだと言わんばかりに厳しい指導があり、授業が終わる頃には精神が擦り減って毎日が色褪せていった。そんな日々に唯一救いがあるとすれば、限定的ではあるが自身の魔力を知ることが出来たことだ。パーティの最後の衣装合わせの時に母様に教わったのだ。母様は俺が魔法に興味があることを知っていて、目の前で様々な魔法を見せてくれて、更に魔法の勉強をしていた時の経験を語ってくれた。それを聞いて色々と試行錯誤することで、お風呂の中でふわふわとする温かい魔力を感知出来た。それから俺は一人で風呂に入った時と風呂上り一時間だけだけ魔力を感知出来る様になった。日に日に魔力を感じれる時間が増えているので、ただ単に体が温もったことを魔力と錯覚しているわけではないと思いたい。


「バード様、待ち合わせ室の準備が出来ました」


「分かったよ」


 俺は自分の衣装を確認する。うん、ばっちり出来ている。青を基調とした色合いのスーツは中々に自分と合っている。これは母様達全員で選んでくれた服だ。俺は前世と比べて遥かにかっこよくなったと思う。しかし、他の家族の姿と比べるとどうにも劣ってしまうと思っている。俺の顔は一般人と比べたら優れているが、父様と母様の容姿が優れているからだ。だから、家族と比較したときはそもそも対戦相手が強すぎる。田舎のイケメンが世界のイケメンと戦うようなものだ。


「とても良くお似合いですが、そろそろ待ち合わせ室にお越しください。呼ばれてから一時間も経っていますよ」


「分かったよ。じゃあ、行こう」


 自分でも気づかない内に多くの時間を費やしてしまったようだ。初めてのパーティだから何度も何度も確認してしまったが、流石にそろそろ怒られそうだから行こう。俺は後ろ髪を引かれる思い出自室を出た。



 待合室に行くと家族全員が揃っていた。俺が最後に集合場所に着くことは滅多にない。それは、父様が一番最後に呼ばれるようになっているからだ。そんな中で俺が最後になると言うことは相当長くまで鏡を見ていたようだ。


「バード、とても良く似合っていますね。流石は母さん達と父さんの息子ですね」


「うむ、流石は余の息子だな」


「父様達には負けるよ」


 父様と俺を比べると質が違う。先程までは似合っていると思っていた自分の姿も服に着られていると思ってしまう。俺の目の前にいるのが父様だけだったら、パーティ会場に行っても自信を持って行くことは出来なかっただろう。しかし、俺の前には母様がいる。父様と母様が並ぶと父と娘みたいであり、父様は生粋の少女趣味だ。その父様の妃である父様大好き母様の姿は当然父様に向けての姿であり、父様の趣味に近い。何が言いたいかと言うと、母様達全員が子供が背伸びをしてドレスを着たみたいになっているのだ。母様達のことを知らなかったら、将来は楽しみですねっと父様に話しかけていたかもしれない。父様がロリコンで本当に良かった。


「バード、パーティの前はもっと早くに来ていないといけませんよ。旦那様もアマリアも先にそこを注意して下さい」


「貴方はバードを褒める前に私達をもっと褒めても良いのではないか」


 エミル母様とパヴォーネ母様だ。母様は黄緑色のドレスを着ていたが、エミル母様は水色、パヴォーネ母様はバラ色のドレスを着ていた。エミル母様の身長がパヴォーネ母様の身長を超えていることに疑問を持っていると、エミル母様の足元が少し高いことに気付いた。どうやらヒールを履いているらしい。母様達の中で一番ダンスが好きなのはエミル母様だ。


 これはロドエ先生が教えてくれたことだが、当時父様の婚約者候補はエミル母様の他にも何人かいたらしい。当時のカラアゲ王国は完全に安定していて、父様は他国の姫と婚約して国同士の仲を深めるのではないか、と貴族の中で噂になっていたらしい。当時の父様は四歳、第一王子なら他国から縁談きていても不思議でない年齢だ。因みにエグル兄様の婚約者既に決まっている。話がずれたが、当時の父様の婚約者候補は多くいたが、有力者決まっていたらしい。勿論エミル母様も候補にいたが、同国の貴族の娘だった彼女は婚約者候補でも下の方だった。そんなエミル母様が何故父様と結婚をしているのかと言うと、父様の五歳のお披露目パーティで父様を落としたからだ。パーティの中盤なり、ダンスが始まるとエミル母様は直ぐに父様とダンスに誘ったらしい。他国の使者全てを押しのけてダンスに誘ったエミル母様は始めは大人達に批判的な視線を浴びせられていたが、ダンスが始まるとその視線は百八十度変わった。父様とエミル母様のダンスが会場中を魅了したのだ。一緒にダンスを踊っていた人が次から次へとダンスを止め、エミル母様と父様を見入ってしまい、ダンスをしている人間は父様と母様のペアだけにだった。会場の人間を置き去りにしたそのダンスが終わると、全ての人が拍手喝采で父様達を迎えた。大勢の人がエミル母様達を褒めるその時に、父様が高らく宣言した。エミルは俺の女だと。この日をダンス業界ではダンスの日と言い、エミル母様の身長が伸びなかったことを今世紀最大の神の過ちと嘆いているらしい。


 そんなエミル母様がヒールを履いているということは、どうやら今日は踊るつもりらしい。これは、俺の潰す気なのか。俺は掌から汗が止まらない。エグル兄様やコロンボ兄様の時のお披露目パーティの話を聞いた時はそんなことは聞いていないぞ。俺がエミル母様に畏怖していると、口の中に何かを詰め込まれた。いきなりのことで吐き出そうとしたが、止められた。


「バード、吐き出さずにきちんと食べろ。パーティでは唐揚げが食べれない可能性があるから、先に食べておくんだ」


 俺の口に唐揚げを突っ込んだ人物はエグル兄様だった。


「緊張を解す為にしたドッキリを計画してみたんだ。だが、どうせやるなら最高のネタを仕込まないといけないと思って結構考えたんだぞ。コロンボが中々協力しようとしてくれなくて大変だった」


「ふご、ふおぉふご」


 俺がエグル兄様に講義しようとすると、後ろから誰かが背中をさすってくれた。俺が振り向くと、そこにいたのはコロンボ兄様だった。


「言いたいことは分かるけど、まずは飲み込もうか。僕もバードのことを心配していたら、兄さんがまかせろって言うから信じたんだけど……。少しやりすぎだったかな? 」


「ごほっ、ごほ。エグル兄様もコロンボ兄様も酷いよ。見てよ、この手を。エミル母様を一緒にダンスをするだけで僕の手は震えているんだよ。まだ数回しかエミル母様のダンスを見たことがないのに」


 俺の両手はもの凄い勢いで震え、汗が噴き出している。これからパーティの主役になる人間を何て状態にしているんだ。


「安心しても良いよ。僕も震えているから」


「俺が一番震えているな。見てみろ、体中が震えているぞ」


 コロンボ兄様を見ると俺と同様に震えていた。しかし、エグル兄様の比ではなかった。エグル兄様は自分で言った通り身体全身を震えさせ、顔も青くしていた。こんな状態になるのにいたずらをするなんて、エグル兄様は何て凄いんだ。


「兄さん、震えすぎではないですか? 」


「そんなことはない。そもそも、コロンボは俺のお披露目会のことはどれくらい知っているんだ? 」


「バードと同じくらいですかね」


「そうか、なら話しておこう。俺の話を聞けばお前達の状況がどれほど恵まれているか分かるだろう」


 エグル兄様が全身を震わす程の話しをするのか。気になる、気になるぞ。しかし、今聞いてしまったらフラグを建ててしまう可能性がある。聞くか、聞くまいか非常に悩ましい。よし、ここは聞いてみよう。もしエグル兄様の話が余りにも酷いものだったら、自分より下がいたら気分が晴れる方式に当てはまるかもしれない。


「よし、では話すぞ。俺の誕生日会はそれはそれは酷いものだった。あの状況を表すならまさにカオスと言うしかないだろう。では、何故そうなったのか。そのことを語る為に一人の女性について話さないといけないだろう。彼女の名前はシーニュ・ヤキニク。俺の婚約者だ。母さんがいるから進んで俺をダンスに誘う女性は少なかったんだ。流石にダンス業界で知らぬ人なし、と言われる母さんの前で誘うのは勇気が行ったんだと思う。そんな数少ない俺を誘ってきた女性がシーニュだった。俺は他国の使者からダンスを誘えと言われていたから、シーニュが誘ってきた時は丁度いい位にしか思っていなかった。しかし、これがカオスの始まりだ」


 エグル兄様が額の汗を拭いて、水で喉を潤した。俺とコロンボ兄様も喉がカラカラだったのだろう。水を喉に流し込んだ。ゴクッ、ゴクッと水を飲む音が聞こえる。エグル兄様の話はこれからだ。気合をいれろ、俺。


「俺はシーニュと手を繋いで中央に行こうとしたんだが、あろうことかシーニュは母さんの前に俺を連れて行ったんだ。俺は自分の身体が震えそうになるのを必死に止め、シーニュを中央に戻そうとしたが、母さん達と目があった瞬間にそれは不可能だと悟ったよ。母さん達はな、笑っていたんだよ。それも何時もの笑みじゃないぞ、母さんが怒った時の何百倍も恐ろしい顔をしていたんだ。その時の俺は一体どのような顔をしていたんだろうな、ともかく今までの授業が走馬灯のように流れたことだけ確かだ。そして、俺が走馬灯を見終わった時に見た光景は母さんの左にパヴォーネ母さん、右にアマリア母さんがいて向かいにシーニュがいたんだ。ああ、終わったと思った瞬間、母さんとシーニュが一歩踏み出して話し始めた。


『本日はエグル様の誕生日会に招待して下さりありがとうございました、エミルお母様、パヴォーネお母様、アマリアお母様。』


 シーニュのこの一言で場は固まったよ。今思い返しても当時俺と同じく五歳だったシーニュがよくこんなことを言えたと思う。名前を呼ばれた時の母さん達の顔は本当に怖かった、夢に何度も出て何度も何度も俺におもらしをさせるほどだ。本当に恐ろしかった。シーニュの対応をしたのは当然母さんだ。


『今日は来て下さってありがとうございます。しかし、聞き間違いでしょうか。まだエグルの婚約者は決まっていなかったはずですが』


『いいえ、聞き間違いではありません。エグル様は私と幸せな家庭を築くことになりました。これからはエグル様共々よろしくお願いします。』


 そしてこの時、俺は母さんの背中に母さんの背中に大きな鷲を、シーニュの背中から巨大な白鳥を見た。そして、それが俺の誕生日パーティでの最後の光景だった」






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