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バードの一日(前)

 バード・カラアゲ。

 カラアゲ王国第三王子。黒髪で青色の瞳をしている四歳児だ。身長は百十cmで流石王子と言われるような甘いマスクの持ち主である。


「バード、起きたのですね。本当に無事で良かったです。本当に、本当に心配したのですよ。」


 俺の前には二人の女性がいる。一人目は先程俺に声をかけて、俺を抱きしめている女性だ。黒髪で、目元が垂れている。身長は百五十無い位で、タンポポの様な優しそうな女性だ。この女性の名前はアマリア・カラアゲ。そう、俺の母だ。母の年齢は二十五、有斗の年齢とほぼ変わらない。しかし、その見た目からは子供を産んだとは思わせない姿で、有斗だったら必ず見惚れていただろう。


「アマリア様、バード様は起きたばかりです。特に後遺症もありませんし、今は早く休ませてあげましょう」


 もう一人は今、母を落ち着かせようとしている女性だ。彼女の名前はエルシー・スクイッド。彼女は俺の乳母で母のメイドをしている栗毛の女性だ。彼女は母と兄弟みたいに仲が良く、城に来て右も左も分からない時にお世話になったらしい。俺にとって彼女は働く女性の象徴であり、家族も同然な相手だと思っている。


「そうですね。バード、しっかりと体を休めなさいね。他の人にはお母さんが知らせておきますから」


 俺が頷くと母は部屋の出て行ってしまった。エルシーさんは俺にお辞儀をして母の後を追いかけて行った。母達が出て行った後、俺は改めて有斗の記憶について考える。有斗の記憶は過去のことだと感覚的に分かるが、何故今になって取り戻したのか分からい。それはきっと俺が寝込んでいる理由なのだが、俺が何故寝込んでいるのかも分からない。母が読んでくれた本の中に記憶を持ったまま転生するドラゴンがいたから人間でも起こっても不思議では無いのかもしれない。でも、有斗の記憶ではあり得ないと言っている。考えれば考える程分からなくなっていく。暫く考えても分かりそうに無かったので、俺は体を休める為に眠った。



 コン、コン。


「執事のパイオンでございます。ご朝食が出来ましたので準備のお手伝いに来ました」


「はい」


 俺が声をかけると一人の老紳士が入って来た。


 俺は基本的には自分のことを自分ですることは無い。それはこの国が封建制度を用いた国だからである。この国の爵位は上から順番に公爵、侯爵、伯爵、子爵、男爵、騎士爵である。王は当然これらの全ての頂点にあり、王子の俺は公爵並みの扱いを受ける。これは貴族の世界では暗黙の了解なのだが、貴族の子供は親の一つ下の爵位で接しないといけない。だから、実質俺より上は父上しかいない。そんな俺がもしも自分のことを積極的にやってしまうと下々に仕事が回らない。だから、自分のことを自分でしない。とまあ、有斗の記憶のお陰色々と分かるが、今までは自分でしないことが普通のことで皆そうだと思っていた。しない人間がいればする人間も当然いるのにな。俺はそんなことを考えながらベッドから降りる。


「パイじぃ、服をお願い。」


「かしこまりました」


 返事をするや否やこの白髪交じりのこの執事はクローゼットを開けて服を数着出した。そして、俺の着ている服を脱がすと持って着た服を素早く着せた。ここまでの間で俺がやったことは足を上げることだけだ。今までなら朝食を食べに走って行ったが今日は違う。この年になっても服を着せて貰うのが恥ずかしいのだ。俺の年齢は五歳。しかし、精神は有斗の記憶と混濁しているお陰で大人が年寄りに自分の服を着せて貰っているのことに羞恥してしまうだ。事情は分かるがかなり恥ずかしい。


「お体の具合が悪いのですか? 」


 俺が恥ずかしがっているとパイオンが心配そうに尋ねてきた。


「ううん、大丈夫だよ」


 俺はパイオンに心配させない為に首を振って食堂に走って行った。後ろからパイオンが注意をしてくるが、何時もの様にスルーして全力で走った。王子の俺が住んでいる場所は当然城であり、かなりの広い。大人の人からは俺が城の中を走ると注意を受けるが、俺の部屋から食堂まで歩いて行くとかなり長い時間がかかってしまう。子供の俺はそれが嫌で何時も走っていた。お陰で体力は普通の子供よりあると思う。


 何時もの様に走っていると大きな扉の前についた。この大きな扉の向こうが食堂だ。俺は扉を開ける前に息を整えて服装を直す。服装が乱れていると食堂に入った後に食堂から追い出されてやり直しをくらうからだ。何度も何度もやり直しをしたからここで服装を整えるのは俺の習慣になっているのだ。俺は身なりを整えて扉の前に立っているメイドに声をかける。


「バード様がお越しになりました」


 メイドが扉の向こうの人たちに声をかけると、扉が開く。


「おはようございます、バード様」


 部屋に入ると壁の近くに使用人達が俺に頭を下げてきた。全員の動きがきっちりと合っていていつ見ても綺麗だ。使用人達の挨拶に軽く返して部屋の奥に行く。部屋の真ん中には大きな長方形の机あり、俺の食事する場所は部屋の奥から見て右側の三番目の席だ。席の近くに行くと向かいの席に母が既に座っていた。


「おはよう、お母様」


「おはよう、バード。体調はどう? 」


「大丈夫だよ」


 それから暫く母とたわいもないも会話をして他の家族が来るのを待った。俺達家族の決め事の一つに朝食と夕食は一緒に食べるというものがある。父と一緒になる時間が少ない俺はこの食事の時間を非常に好んでおり、父が来るまでの時間も楽しんでいる。


「エグル様、ミエル様、コロンボ様がお越しになりました」


 使用人の一人が声を上げると二人の男の子と一人の女性が入って来た。俺と母は腰を上げて近づいてくるまで待った。


「おはようございます、エミル姉様、エグル、コロンボ」


「おはよう、エミル母様、エグル兄様、コロンボ兄様」


 お互いの距離が近づくと俺と母が先に頭を下げて挨拶をした。


「おはようございます、アマリア様、バード」


「おはようございます、アマリア母様。おはよう、バード。具合はいいのか? 」


「おはようございます、アマリア母様。おはよう、バード。そうです、体調はいいのですか? 」


 上から順番にエミル母様、エグル兄様、コロンボ兄様だ。


 エミル母様は第一王妃様だ。身長が百四十五位の金髪の女性で、目がぱっちりしている。見た目は凄く綺麗だが、王妃様達の中で一番怒ると怖いのがこのエミル母様だ。父様や他の母様達もエミル母様に対しては頭が上がらず、本当に国を動かしているのはエミル母様だと思う。あの恐ろしさは何とも言えない。


 エグル兄様はエミル母様の息子で第一王子だ。歳は九歳でエミル母様と同じ金髪で赤い瞳をしている。何事においても一位を目指す熱い少年で、エグル兄様と行動すると何をやっても大変だ。最近は身長も百五十cm位になって、剣の練習にはまっている。


 コロンボ兄様は第二王妃であるパヴォーネ母様の息子で第二王子だ。青色の髪でダークブラウンの瞳をしている。年齢は七歳で、身体が余り丈夫ではない。エグル兄様と違って部屋で本を読んでいることが多く、落ち着いた性格をしている。俺が本を持って行くと毎回読んでくれて、大人に怒られたときに何時も慰めてくれる優しい兄様だ。


「僕は平気だよ。それより、どうして僕がベッドで寝てたの? 」


 母様達に尋ねて無かったことを兄様達に聞いてみると、エグル兄様は額に手を当て、コロンボ兄様は眉間に皺を寄せ、困った様な顔をした。俺が首を傾けて待っていると、コロンボ兄様が俺の頭を撫でつつ語りかけてきた。


「そうだね……。例えばバードがお城の中を走っていて、曲がり角で他の人にぶつかったとする。でもそれは自分の意思でぶつかったわけではないよね? 」


 俺は首を縦に振ってコロンボ兄様に先を促した。


「そういうふうに自分の意思ではなく、相手に迷惑をかけてしまうことを事故と言うんだ。それが今回はバードに起こったんだ」


 コロンボ兄様の説明で俺は事故にあったことが分かったが、どのような事故か分からない。俺がコロンボ兄様に更に先について聞こうと思って口を開こうとすると何時もの声が聞こえた。


「陛下とパヴォーネ様がお越しになりました」


 声を聞いて扉の方を向くと一人の男と一人の女性が入って来た。


 パヴォーネと呼ばれた女性は先程も言った通りコロンボ兄様の母で第二王妃様だ。身長は母様より低く、エミル母様より高い。コロンボ兄様と同じで青色の髪でダークブラウンの瞳をしている。しかし、パヴォーネ母様はコロンボ兄様と違い大雑把な性格をしている。パヴォーネ母様のそんな性格に拘らず芸術の趣味があり、芸術に関していい加減なことを言うと頭をはたかれる。因みにパヴォーネ母様は何時も扇子を持っており、はたく時は常に扇子だ。


 最後に陛下と呼ばれた男性は俺の父である。名前はフォルコ・フライ・カラアゲ。代三十何代目かのカラアゲ王国の国王である。フォルコ父様は金髪で赤と青のオッドアイの精悍な顔立ちをしている。身長は百九十cm位でモデルみたいな体型をしている。十人中十五人が見惚れる程のイケメンだが騙されてはいけない。有斗の知識で分かったが父の様な人間を紳士、又の名をロリコンと呼ぶ。しかし、そこは流石は国王。見た目は幼いが歳は法律に触れない年齢の女性をしっかりと選んでいる。因みにカラアゲ王国は十五歳から可能だ。


 俺は母様達と一緒にフォルコ父様とパヴォーネ母様と立って待つ。


「父様、パヴォーネ母様はおはようございます」


 エグル兄様は挨拶をすると次々と皆が挨拶をしていく。


「おはよう、エグル、コロンボ、バード。おはよう、エミル、アマリア」


「おはよう、エミル姉、アマリア。おはよう、エグル、コロンボ、バード」


 フォルコ父様が俺達の頭を撫でながら挨拶をしてくれた。パヴォーネ母様の挨拶は何故だか分からないが上から言われている気がするが、これが常なのでエミル母様も特に気にしていない。


「それでは朝食にしようか」


 父様の一声で皆が席に着く。各自の席の前には既に朝食が置いてあり、俺達が席に着くと使用人がナプキンをつけてくれる。そして全員の準備が済むと父様が食事を前の声をかける。


「生きとし生ける全ての生物に感謝を込めて。フライ、フライ、カラアゲ」


 父様に続いて他の面々が復唱する。


「「「フライ、フライ、カラアゲ」」」


 復唱した後、今日の朝食をみる。今日の朝食は高級な鳥の唐揚げと白パンと緑色のスープとサラダとベーコンエッグだ。カラアゲ国の王族の食事には毎回唐揚げが最低一つ出てくる。そして、どんなに調子が悪くても唐揚げを残すことが許されない。離乳食に唐揚げをすり潰した物を入れる位の徹底的ぶりである。有斗の時も今も唐揚げは好きなので問題ない。今日も朝の唐揚げを俺は食べる。今日はどうやら塩味なようだ。


「バード、この前はすまなかったな」


「少しは悪かったと思っているぞ」


 フォルコ父様とパヴォーネ母様が俺に謝っているようだ。フォルコ父様の執事が王であるフォルコ父様は頭を下げてはいけないと窘められているが、聞き流している。


「何を謝っているの? 」


 父様達が謝っている内容は大凡検討がつくが、実際には何が起こったか分からないので訪ねた。


「うむ、覚えていないのか? 」


「うん、僕は何が起こったのか分かんない」


「そうか。では、教えよう」


 そこからフォルコ父様から説明してもらった。話を聞くと、朝食前にフォルコ父様がエミル母様とパヴォーネ母様の可愛さについて会話をしていると、パヴォーネ母様が嬉しくてパヴォーネ母様独自の愛情表現をした。それが扇子でフォルコ父様の撫でる行為だったのだが、ここでパヴォーネ母様の手が滑ってしまって扇子が俺の額にあったらしい。そうして俺は気絶らしい。正直、撫でる位の勢いで気絶することは無いと思うが突っ込んだら駄目なのだろう。


「それで何かバードに買ってあげようと思うのだが、何か欲しい物はあるか? 」


 フォルコ父様が買ってくれると言うことは大抵の物は何でも手に入ると言うことだ。俺はここで考える。父様に何を買って貰うのが一番良いかと。しかし、何も思いつかない。有斗の時は少なからずお金で困ったことがあった様だが第三王子である今は欲しい物は全て手に入っている。無いものというのは友達位だが、それも今年あるパーティで見つけることが出来るだろう。俺が考えていると、アマリア母様が救いの手を出してくれた。


「少し時間を与えたらどうですか? 旦那様のお陰で何不自由ない生活が出来ていますから、この子もきっと悩んでいるのでしょう。」


 アマリア母様の言葉を聞いてフォルコ父様が確認する様に聞いてきたので、俺は頷いておいた。その後も家族と雑談しつつ朝食を食べ終わった。皆が食べ終わったので食後の掛け声を父様が行った。


「カリカリット、アゲアゲー」

「「カリカリット、アゲアゲー」」


 食後の挨拶が終わると各自の予定の為に使用人が開けた扉から部屋を出る。


 俺が食堂を出て自室に戻って待つことしばし。一人の男が部屋に入って来た。彼の名前はデュール・トンカツ。トンカツ侯爵家の次男だ。金髪で茶色の瞳をしていて、身長は百八十cm位の痩せ形の男である。彼の仕事は研究者兼家庭教師だ。王族である俺は三歳の時から様々なことを学ばされている。その内の一つがデュール先生に文字の読み書きと計算の仕方だ。四歳の俺は既に二桁の足し算が半分の確率で出来、文字もよくコロンボ兄様に本を読んで貰うので四歳にしては読める方だと思う。


「それでは前回の復習から入ります。先生が問題を用意してきたので解いてみて下さい」


 デュールから一枚の紙を渡された。紙にはこの前までは一生懸命考えていた二桁の足し算問題が何問かある。二桁の足し算は両手を使うだけでは計算が出来ず、何度も苦痛を舐めさせられた。しかし、今は違う。今の俺には有斗の時の記憶がある。有斗は以前の俺よりも頭が良い。その有斗の知識が有れば、二桁の足し算何て児戯に等しい。俺は答えを書くために羽ペンをとった。そして、一問目の答えを書き始めて筆を止めた。有斗の記憶がそれを止めさせたのだ。俺がこのまますらすらと答えを書くと両親から嫌われることらしいのだ。


「どうしたのですか? 」


 俺がどのように答えようかと考えているとデュール先生が話しかけてきていた。


「ううん、相変わらずデュール先生の問題は難しいなって思っていただけ」


 俺は咄嗟に思いついた言い訳をデュール先生にすると、デュール先生は何か考え、一つの提案をしてきた。


「分からないのであればもう一度教えますよ。本来ならば前回出来た問題が出来ていないことを叱らなければいけませんが、バード様は先日寝込んでいたと聞きます。それならば復習が出来ていなくても不思議がありません。どうしますか? 」


 デュール先生の提案は問題を先送りにするだけだ。今俺がこの問題を解決しなければ今日の授業中ずっとこの問題について考えないといけないだろう。


「デュール先生、もう少し待って」


 俺は今後の対策を練る時間を得る為にデュール先生を暫く待たせることにした。これも時間稼ぎでしかないが、ディール先生の話を聞きながらよりよっぽど良い案が出ると思ったからだ。



「そろそろ考え始めて五分が経ちます。そろそろいいですか? 」


 五分、俺が対策を考えていた時間だ。俺はこの五分で考えた方法をディール先生にぶつけるべく、口を開いた。


「分かった! ディール先生、見ていて」


 俺がディール先生に声をかけて解く問題二十七と三十八の和を求める問題だ。まず、二十七を十と十と七にする。その後、同様にして三十八も十と十と八に分ける。


「最初に七と八を足して十五が出来る。そして、この場に出来ている数字は四つの十と一つの十五になるんだ。十五は十と五が合わさったものだから十の数が五つになって五が残る。だから、この問題の答えは五つの十と五の和、つまり五十と五を合わせた数になる。そう、答えは五十五だ! どう、ディール先生」


 俺が計算が出来ても疑問に思われない方法は有斗の記憶が無くても俺が解けた数字に分解する方法だ。これなら計算の過程がしっかりと見ることが出来るのでディール先生も納得するはずだ。そう思い、俺はどや顔

 でディール先生の顔を覗いた。


 ディール先生は険しい表情をしていた。俺の解き方が良く無いのは分かるが、こんな顔をしないといけない程悪いのだろうか。どんどん不安になってきた。有斗の記憶はあくまで前世の記憶。前世の記憶を元に考えた俺の答えは現世では受け入れられない可能性を俺は見逃してしまった。きっとこの問題の解き方も現世では通じないのだろう。だから、ディール先生は俺のことを奇異に感じ始めたのではないだろうか。不安になった心を押し殺してディール先生に再び声をかけようとした時にディール先生が話し始めた。


「バード様の答えは合っています。私はバード様が自分の力で問題を解くことが出来て大変嬉しく思います。しかし、これは私が教えた方法ではありません。ですから、私がこれからこの問題を解くのでよく見ていて下さい。その後に私の方法とバード様の方法を見比べてどちらがより良いか考えて行きましょう」


 そう言うと、ディール先生はもう一枚の紙を取り出して計算を始めた。ディール先生の解き方は筆算を用いた方法だった。時折俺の顔を見ながら丁寧に筆算を組み立て、綺麗な字で答えが生み出されていった。


「私が行った計算方法は筆算と言います。筆算の良いところは速くて簡単で汎用性、つまりどんな大きな数の計算をしても同じ様に出来ることです。バード様は十を一つの塊とみることによって計算を簡単にしていましたが、これでは数字がもっと大きな数字になった時に時間がかかり過ぎてしまいます。その点は筆算の方が優れているということが出来るでしょう。しかし、バード様の考えが必ずしても筆算に劣っていると言うことではありません。バード様の塊で考える方法はもう少し先で教えることになっています。その時はバード様の考えは非常に大切になってきます。要するに、バード様は先取りをし過ぎていたのです。今回は私に合わせるということで筆算を使ってみてはくれませんか? 」


「仕方ないな。ディール先生には何時もお世話になっているからね」


 前世の知識がある俺の考えが先進的なのは当然だが、ディール先生に不信がられないで良かった。ディール先生の教えは分かりやすく、何時も褒めてくれるので俺は好きだ。勉強時間にお城を歩き回っていた時は怒られて嫌いになったこともあるが、今はそんなことも無い。普通に好きだ、当然人として。


 それから休憩を挟みつつ、お昼まで筆算や本の朗読、文字の書き取りをして昼まで過ごした。


 昼食を食べた後はダンスホールに向かった。ダンスホールには使用人の他に派手なドレスを身に纏い、頭に真っ赤なお団子をつけた女性がいる。女性の名前はロドエ・ハルマキ。ハルマキ男爵夫人だ。ハルマキ家は代々王族にダンスを教えている一家だ。母様もロドエ先生にお世話になったらしい。


「今日も早速踊っていきましょう。私が声をかけるところから始めますので距離をとらせて貰います。」


 ロドエ先生が距離をとった瞬間に使用人達が楽器をとって音楽を鳴らし始めた。このゆったりとした音楽はダンスとダンスの間の曲だ。男はこの時に一緒に踊る相手を誘わないといけない。俺はロドエ先生の元に行って片膝をついて彼女の前に手を差し出した。


「ご婦人、一曲お相手出来ますか? 」


「はい、喜んで」


 ロドエ先生が俺の手に手を重ねたのを確認すると、俺はロドエ先生の腰に手を回してステップをとりながら中央に踊り出る。音楽が始まると、殆ど同じステップを繰り返す。何度も何度も同じステップをとると漸くすると動きが変わり、ロドエ先生が俺の腕に体重をかけて後ろに体を傾ける。ダンスの授業ではここが二番目に大変だ。幼い俺の体では大人のロドエ先生を支えるのは厳しい。先生は体重を調節している言うが、それでも重い。地球ではダンスはコミニュケーションと言っている人がいるが、今の俺はダンスをする時は音楽に合わせて体を動かすことが精一杯なので、理解出来ない。貴族社会ではダンスがある確率が高いので、いつかはそのレベルに辿り着きたい。


「少し速すぎます。はい。パリッ、ジュ、パリッ、ジュ」


 先生の体重が重いから速くしてしてしまうんだよ、と言いたいがロドエ先生の目が怖くて言えない。俺は文句を心の中で押し殺し、ダンスを続けた。


「はい、パリッ、ジュ。パリッ、ジュ。もう少しで最高の見せ場ですよ。はい、パリッ、ジュ」


 次が最難関だ。最後はロドス先生と合わせた手の上に上げて出来た輪をロドス先生が潜って終わりだ。しかし、俺はまだ四歳。大人のロドス先生との身長差は五十cm以上ある。だから、俺の腕はロドス先生に引き上げられる。ロドス先生はダンスの先生に選ばれるだけあって俺が手を上げたまま体制を崩したことは殆どない。しかし、腕を真っ直ぐ伸ばさないといけないのはつらく、その状態で自然な笑顔を作るのは非常に難しい。俺は何時もこの時に顔を引きつらせてしまい、注意を受けている。今回は注意されないように表情を固定して手を伸ばした。ロドス先生が腕の輪をくぐる。何とか出来た、かな。

 

「今のは良かったですよ。一か月後のパーティもその調子でお願いしますね」


 ロドス先生の言葉を聞いて体が一気に重くなる。一か月後のパーティとは五歳になる俺に合わせてのお披露目パーティである。俺はこれに合わせて礼儀作法やダンスを勉強させられている。ダンスは楽しさもあるが、礼儀作法は全然面白くない。どの位面白く無いかはその時になれば分かるだろう。


「では、今の感覚を忘れない内にもう一度しましょう」


「少し休もうよ」


 ロドス先生がすぐにダンスをしようとするが、俺はこれを止めた。ロドス先生はダンスのこととなるとどんどんヒートアップしていき、休憩時間を抜くことも多い。そこで俺が色々な人に相談したり、ダンスから逃げ出したりしていると、分かったことがある。それは、連続でダンスを踊らさなければいいというものだ。


「仕方がないですね。では、少し休憩しましょう。」


「うん、誰かお茶を用意して」


 使用人にお茶と茶菓子を用意させてテーブルにつく。俺はロドス先生の向かいに座って談笑をして過ごす。その後も三時まで踊っては休む、踊っては休むを繰り返した。三時になると大休憩だ。何時もなら母様とお茶をするのだが、ここ最近はパーティに来る貴族の相手を母様達、王妃様達がしているので、俺は書庫に行った。




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