ハナゲガエダゲ
ハナゲガエダゲ。
鼻毛を抜いたら枝毛だった。
しっかりとした触れるとふわりと柔らかい薄橙色の毛根から、にゅるりとそれは立派な黒黒とした幹が伸び、あわやというところで二股に裂けていた。
自分の親指の腹に鎮座するその二股のながく黒い鼻毛を見た瞬間、私は狭いワンルームマンションの中、ひとりで小躍りした。
うっほっほい、と低いトーンで唸りを上げながら8ビートでステップを刻みながら小躍りした。隣の部屋の大学生に壁を叩かれたがそれに負けじと声を張り上げ踊り続けた。
まあなんと愉快なことであろうか。
太くしっかりとした毛根から、すくすくと美しく成長した鼻毛は、先端数ミリだけ二股に裂けてしまっているのだ。
人間に例えるとするなら、銀行員の親のもとにうまれ、東京の有名私大を卒業し、大手企業に就職したあと、順調に管理職に登りつめ、娘が嫁に行き、あとは余生を無為にすごそうかとおもっていた定年間際の通勤途中に痴漢で捕まったおっさんみたいなかんじだろうか。
それはそれは無常で滑稽。なんとも幸せなものがたりだ。
私は鼻毛を大事に大事につまみ、ティッシュ綺麗に広げて、その上に鼻毛をそっとおき、しばらく気の済むまで眺めて微笑んだあと、折り目正しくティッシュを折りたたんで、そして窓から投げ捨てた。
地上3階のワンルームマンションからひらりひらりと鼻毛を抱いたティッシュは車が飛び交う国道へと落ちていったのだった。
私はその夜、夢のなかで釈迦をみた。釈迦はホルモン焼きを食べていた。