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再度の認定

 忠男が故郷の田舎に帰ると、旅立つ前以上に色がくすみ廃屋と化した家では、年老いた母が足を投げ出して床に座っていた。


「父さんは死んだよ! 親不孝者のあんたが少ししか金を送らないから! 栄養失調でね!」


 息子を見ると、憎々しげに顔を歪めて近寄り、唾を飛び散らせながら罵声を浴びせてくる。


 家に戻る途中、近所の人から、父は栄養失調ではなく忠男が送った金で酒を飲み過ぎ、身体を壊して死んだと聞いた。


「母さん、ただいま」


 つぶやいて家の中に入ると、腐りかけた木でできた床が沈み、ひどく軋むような音を立てた。


「辞めるときに金を貰わなかったのかい?」


 そう言って、骨ばった手で忠男の服を探っている。忠男は貰った一時金の半分を別にすると、残りが入った袋ごと母に渡した。


「これだけか! 何年も親を放ったらかして、このカスみたいな金はなんだッ!」


 しかしそれでも、奪うように袋を取ると、母は忠男を押しのけて、どこか遠くを見るような表情で嬉々としてあばら屋から出て行った。


 外には荒れ果てた畑が、忠男に仕事を促すかのように横たわっている。

 さて、頑張るか。忠男は持ち帰ってきた斧が痛まないように大切に仕舞うと、錆びた鍬を取り出し、畑を耕しに向かうのだった。



  ☆ ☆ ☆


 

 荒れ地を耕す日々。帰って1週間が経った。


 忠男の両親は、地主への小作料を一部しか納めていなかったから、このままでは家や畑から追い出されてしまう。一時金の残りから、忠男は急いで不足分の小作料を納めた。

 冒険者登録所の内部審査で減らされたとはいえ、できる限りの高い評価を自分につけ、それなりの金が支給されるようにしてくれた仲間たちに感謝する。だが、残された額はもう少ない。


「どうせあたしらァ死んじまう。使われるだけ~使われて」


 家に戻ると、奇妙な節回しを付け、かすれた声で母が歌っていた。寝そべって、長く伸び放題で汚れ痛んだ白髪を床にこすりつけている。


 町に出て買い物をしようとしたら、複数の者に囲まれて殴られ、忠男から貰った金を取り上げられてしまったという。


 町の警備兵のところに相談に行くと、小作人が大金を持ち歩いているのはおかしいとして、何も無かったものとして処理された。貴族や上級市民が被害に遭ったならともかく、不穏な影が覆う世界で、無力な貧民にいちいち構っている余裕など、警備兵たちにはなかった。


 忠男は雑穀を用意して、夕飯の支度をする。母の唄が続いていた。


「しろめししろめしぃ。働いとくれ忠男! 父さんの分まで、あたしに孝行しとくれ!」


 耕作を続ける日々。畑に水を撒き、まだまだ先の収穫を待っている。空いた時間は他の仕事を探そうか。


 残りの貴重な金を使うことはできないが、ほんの時おり気分転換に町に出ると、つい登録所に足が向いてしまう。


 新しいメンバーを加えたパーティは、前以上に活躍しているだろうか。リーナたちはみんな元気でいるだろうか。どうしても思い出してしまう。


 だが、いつもは忠男を見ても無関心な登録所の職員が、今日は珍しく話かけてきた。


「お前さんは、抜けていてよかったな。お前さんが所属してたパーティからの定期報告が途絶えたらしいぞ。また、有望なパーティが一つ消えたかな」


 まさかそんな!?

 田舎に帰ってからの毎日というもの空虚しかなかった忠男の心に、久しぶりの感情が湧いてきた。



 こんなことをしてはいられない。

 こんなことをしていてはいけない。


 仲間たちを探しに行こう。忠男が最後にいた町に。


 どうせ自分たちは死んでしまうという、母の唄を思い出していた。どちらにしてもこのまま虚しく終わるのなら、少しでも納得できる死に方がしたい。


 走って家に帰ると、老いた母は保管用の包みから忠男の大斧を取り出し、家の外に持ち出していた。腰を曲げ、柄を両腕で引きずっている。


「母さん、なにをやってるんだ!」


「売っちまうんだよ、こんなもの! 白い飯が食えないじゃないか。焚き木にもなりゃしない」


 髪を振り乱した母は、苛立たしげに両腕を放り、斧を土に叩きつけた。


「やめてくれ!」


 斧を取り返すと家の中に戻した。親不孝者とわめいている母に向き直って伝える。


 自分はまた旅に出なくてはいけない。母をこのままにしておけないから、貧しい人に最低限の食事のお世話をしてくれる「救貧院」に入れてもらおう。これから近くまで一緒に行こう。


 しかし受けいれてはもらえない。


「ふざけるんじゃない。あんなところ絶対に行くものか。白飯ならまだしも、あたしゃ臭い雑穀なんか食えないんだッ!」


 忠男には、もうどうすることもできず、冒険者登録所へと足を向けた。


 母に、残りのお金のまた半分を渡す。


「おまえなんかしんでしまえッ! しんだ父さんも、なにもかもこんなクソみたいななにもみんな滅べ、しに滅んでしまえ!」


 年老いた母のどこにそんな気力があるのか、しゃがれた罵声が、呪いのような旋律で投げかけられる。


 旅の途中で、金が手に入ったら送るから。口には出さなかったが、忠男は心の中で約束した。


 しかし、母が台所から錆びついた包丁を逆手に持って走ってくるのを見ると、いたたまれなくなって家に背を向け、忠男は走り出すのだった。



  ☆ ☆ ☆



 登録所に着くと、忠男は冒険者としての再認定を依頼する。


「正直難しいな。お前さん一人なら、最低ランクの認定しかできないぞ。それでも、以前にそれなりの評価があったようだから、特例として認められているものだ」


 もう後はなく、期間内に成果を上げなければ、公認は取り消されるという。道具の支給などは一切なく、すべて自前で用意しなければならない。

 自分からやめた忠男がわざわざ志願しなくても、数限られた認定を欲しがる希望者たちは、後に控えていた。


 だが、忠男にはそれで十分だった。


「お前さんみたいなデクノボウが、今さら行ったところでどうにもならんよ。全滅したんじゃないか」


 登録所の職員の機嫌を損ねないよう注意し、忠男はひたすら頭を下げて認定を受けた。



  ☆ ☆ ☆



 またしばらく時間が経った。


 冒険という名目の移動を終えた後、忠男の目の前には、かつて去った町へ続く検問所が見えている。


 町の背後には、国境へと続く砂漠がどこまでも広がっていた。所属する国にとってはほとんど価値がなく、目立った産業もない町。だが、国境を越えたり、砂漠を冒険する準備をするためには、立ち寄る意味がある町だった。


「前に、この町に滞在していた冒険者たちを知らないだろうか」


 忠男は通行許可証を見せながら、検問所の職員に尋ねた。男が1人だけで、気さくそうな印象の顔に、酒のにおいが漂っている。昼間にもかかわらず酔っているようだった。町で生活しているのだろう彼なら、何か心当たりがあるかもしれない。


 正一郎や、仲間になった剣士たちの名前や特徴を詳しく伝える。


「ショウイチだかコクエイだか知らんが、いちいち……ああ、そういう冒険者は居たのかもしれないが、どこに行ったかわからんよ。こんな辺境に来る冒険者は、頭がおかしいんじゃないか」


 職員は甘酸っぱい臭いの息をまとめて吐く。


「この町がキライなのか? 落ち着いていて、治安は良さそうな町だったが」


「ああキライだ! この町はイカれててなあ。どこも……」


 交代の時間なのか、町のほうから別の職員が近づいてくるのが見えると、急に黙りこみ、水で顔を洗いだした。


 それ以上、余計な話をする機会は与えられず、引き継ぎを済ませると馬に乗り、酔っていた男は急いで町へと戻っていった。




 昼の太陽が眩しい。


 改めて訪れてみると、静かな町だと思う。救貧院が機能しているのか、道端で倒れたり物乞いをしている人もいなかった。


 町を訪れたばかりであろう見知らぬ冒険者の一団が、自信に満ちた表情で、道の中央を闊歩していく。


 そう言えば共に冒険をしていたとき、魔法使いのエルナールは、つながりを見つけて探していくというようなことを言っていた。


 かつて泊まっていた宿屋。飲食をした酒場。冒険者登録所。道具屋。

 冒険者にとって主だった施設は、全部訪ねた。


「冒険者には会ったことがあるが、どこに行ったかは知らない」

「そういう冒険者は居たのかもしれないが、どこに行ったかはわからない」


 かつて行ったことがあるどの施設を訪れても、同じような返答しかなかった。


 たった数箇所しか訪問していないにもかかわらず、他人に丁寧にお願いしたり、その手の情報収集をするのが苦手な忠男はたちまち苦痛を感じてくる。


 方策が尽きてきた。どうすればいいのだろう。馴れない作業にイライラしてくる。

 つながり……。つながりは、冒険者たちがどこに行ったかわからない、だ。

 考えるのは苦手だから、忠男は、仲間たちとの思い出に浸った。


 酒場で俺は酒を飲む。「今日の料理は何かなあ」という声。


 宿屋の前で格闘した。負けた。宿屋にはベッド。


 負けたから冒険者登録所へ。申請。手続き。


 ……。


 次の目的地の申請……冒険者からの報告を受けている登録所が、どこに行ったかわからない?


 改めて登録所に走っていき、忠男が質問すると、先ほどまで応対していた職員はしばらく奥の部屋に引っ込んだ後、面倒そうに言った。


「だから規則で、その手の情報は教えられないことになっているのだ」


 規則のことなど理解できないが、登録所の職員は何か知っている。検問所の男は、この町は変だというようなことを言っていた。


 むやみに町を出て探すより、この町を探したほうがいいと忠雄は思った。

 だが、登録所の職員に無理やり聞いたら、町の警備兵に捕まるだろう。逃げられたとしても町に居られなくなるから、それは最後の手段だ。



  ☆ ☆ ☆



 部屋は借りず馬小屋に泊まり、酒場では酒を飲まず、安くて腹が膨れそうな食事だけを頼んだ。


 滞在して3日が過ぎる。酒場では、町を訪ねてきた冒険者たちが酒を飲み、他の客を捕まえて話をしていた。


「昨日の女はよかったぜ。あの声がたまんねえよ。また同じ子がいいな」


 そう言えば、たまに冒険者たちが立ち寄ることもあるだろうに、この町には売春宿のようなものを見なかった。


 忠男たちのパーティは、勇者や他の仲間が真面目すぎることもあって、その手の遊びから距離を置いていたものだ。だが、もし別の仲間と組んでいたら、忠男自身はどうだったか分からない。


「あんまりいじめないでくださいよ。あれはマニアに人気なんだから。では、昨日の裏口にいるように言ってますから」


 しばらく黙って酒を飲んでいたかと思うと、冒険者の一人がテーブルを立って、肩を怒らせながら酒場の外に出て行く。熊のように大柄な男だ。

 冒険者と話していた客の男も、後ろをついて行った。 


「ウラで待つように言っただろうが!」


 外には、誰かいたのだろうか。冒険者の野太い笑い声に続き、ついて行った男の声がした。


 ……そして。



「その……きゃっ」


 女の人のような声がする。


「ごめんなさい。あの、わたし」


 どこか舌足らずな、懐かしい女の子の声。


(その、ね。忠男はほんとに)

(わたしは、できれば今のまま、みんなで一緒に……)


 忠男は取りつかれたように、酒場の外に走り出した。


 そこにはリーナが。

 冒険者の男に肩を抱かれて、忠男の記憶にない表情を、月明かりの中に溶かしていた。



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