冒険者としての終わり
「エルの魔法で注意を逸らせている間に、僕と忠男で攻撃。リーナはシールドを頼む!」
正一郎が叫ぶ。忠男たちへ突進してきたゴーレムに対し、エルナールが魔法の弾をいくつも投げつけた。
怒り叫び、目標を変えるゴーレム。
忠男は肉迫していき、シールドの魔法が効いている間に、ゴーレムに全力で斧を叩きつける。しかし、硬い巨体は怯む様子すら見せない。腕を振り回した怪物がシールドを破って、無防備なリーナたちに迫る。
だが一瞬の差で正一郎の聖剣が奴を払うと、冒険者たちを苦しめた魔物は封印され、この町にも平和が戻るのだった。
☆ ☆ ☆
そうして、なんとか戦いは終わったのだが。
力自慢の戦士として、かつてパーティに迎えられた忠男は、自分が役立たずになりつつあることを実感させられていた。
近くに酒場がある場合、戦いや冒険が終わると、冒険者たちは町の酒場で一日の疲れを癒す。だが、忠男たちのパーティにとって、最近ではその癒しも疲労を重くする場となりつつあった。
正一郎、エルナール、リーナ、そして忠男たちの4人は、冒険を終えて酒場に集っていた。パーティで唯一、女であるリーナが壁際に、酒場のテーブル席で円形に座っている。
「ここまで敵が強くなると、シールドの魔法があっても安心できないな」
パーティーのリーダーである正一郎の呟きに、忠男たちはしばらく黙り込んだ。
「シールドは助かるとしても、『普通の武器』が、ぜんぜん効かないからなあ……」
返すのは、攻撃魔法を得意とするエルナール。聖剣を振るうことができるのは、勇者の血を引いた正一郎だけで、他のメンバーが持とうとすると手が焼け爛れるように痛み、さわることすら難しい。
「……」
その普通の武器しか使えない忠男は、黙り込むしかなかった。魔王が儀式の強化に成功してからというもの、各地で人間を苦しめる魔物は力を強め、忠男たちは頻繁に苦戦を強いられるようになっていた。
「ボクの攻撃魔法にも、耐性を持つ敵が増えてきたし」
「エルの魔法はともかく。今日のゴーレムだって、エルの魔法がなければ、奴のところまでたどり着くことすらできなかっただろう。だが……」
正一郎とエルナールが話を続けている。二人の話に忠男は何も口を挟めず、酒をあおるばかりだ。
リーナが雰囲気を察したのか、緊張を和らげてくれた。彼女は酒場でも酒を飲まず、いつも料理ばかり食べている。
「でも、今回はなんとかなったじゃない? それより今日のお料理は何かなあ」
「料理はいいんだけど……」
エルナールがぼそっと呟く。解決すべき目の前の問題を放ってはおけないのかもしれない。
問題とは、パーティの一人である忠男の無能さについてだ。
☆ ☆ ☆
同世代の忠男たちが4人でパーティを結成した当初、忠男はみんなから頼りにされていた。
いわく、パーティの盾、切り込み隊長、敵の防御をあっさり貫通する力。
大斧で敵を叩き潰す忠男の怪力を、かつて細身の剣しか扱えなかった正一郎は羨望の眼差しで見つめ、いつか忠男のように強くなりたいと言い、エルナールはいつも忠男の後ろに隠れて、リーナの回復魔法は忠男の傷を癒すためにあると言っても過言ではなかった。
忠男はよく、正一郎に剣の稽古をつけてやったものだ。「忠男の斧のおかげだね」とは、リーナの十八番の台詞だった。
だが、勇者としての正一郎の成長は凄まじく、おまけに反則的な攻撃力を誇る『聖剣』まで扱えるようになる。忠男がいくら全力で斧を叩きつけても傷ひとつ負わないバリアのようなもので覆われた魔物が、聖剣のひと振りで真っ二つになって消滅した時は、あまりの攻撃力に、忠男は自分の目がおかしくなったのではないかと錯覚したほどだ。
エルナールの攻撃魔法もひどかった。冒険の初めは火花のようなものでしかなかった威力が、最近では建物いくつもを一度に焼き払えるほどの凄まじさ。魔法のことがよく分からない忠男にとって、もう呆れるしかない。
忠男の回復役だと思っていたリーナですら、周りに見えない盾を作るというような、訳の分からない魔法を使うようになった。パーティがピンチに陥ったとき、彼女が魔法にずっと集中していたかと思ったら、周りの敵がバタバタと眠っていったのには驚いたものだ。
「その女は、エイコク――瑛刻という名前らしい。今なら、宿にいるんじゃないか。魔を祓える刀を扱う剣士で、しかも攻撃魔法さえ使えるとか」
正一郎とエルナールは、隣の客を交えて会話している。
「それなら、正一郎は回復魔法が少し使えるから、魔法もバランスが良くなって、武器攻撃も……」
「防御は、リーナのシールドと魔法反射を組み合わせたら……」
会話をしている勇者や客たちに、忠男が目を向ける。
回想から戻った忠男の視線に気まずい思いをしたのか、会話は途切れてしまった。
リーナは元々会話に加わらず、困った様子で料理をパクついている。
「ああ、そうか。パーティは4人までだからねぇ!」
会話していた客は無神経にも、声を張りあげた。
☆ ☆ ☆
冒険者として扱ってもらえるのは4人までだから、各国を自由に渡り歩きたいのならば、パーティは4人以下でなければならない。
そんなルールができたのはいつの頃だったのだろうか。各地の施設で便宜を図ってもらえる人数、軍隊として扱われない人数の限界、それが4人パーティなのだった。
高額の税金を払って商人と認められない限り、4人を超えた人数で冒険していると軍隊とみなされてしまい、冒険に支障が出る。
そして、そのルールを実効的にするためにも、各種冒険者用の支援魔法や全体回復魔法は、ほぼ全て4人以下の規模のパーティにちょうど役に立つように作られているのだった。
世界各国が一致団結して軍隊を組織し、魔王と戦ったほうが効率的にも思えるが、問題は、まだ魔王の本拠地がどこにあるのかも分からないことだった。
魔王が目立った破壊行為をするまでは、世界各地で公認されたパーティが冒険で力をつけながら、魔王を探そうという建前になっていた。
本当は各国がお互いを信頼できないため、軍隊を自分の国に入れたくないからなのだが、一応、協力体制を築いておきたいので、公認された冒険者には各国で協力し合うことになっている。
☆ ☆ ☆
忠男は苦しくてたまらなかった。
自分が必要とされていないという自覚。ましてや、仲間たちは別のメンバーを探そうとしている。パーティを抜けることになるのは、もちろん忠男だ。
だが忠男は、言うしかなかった。どちらにしろ厄介払いされることになるのだとしたら。
「酔っ払わないうちに、その剣士に会いに行かないか?」
各地に設置された宿に、公認された冒険者たちは安値で泊まることができる。
そして、宿屋の主人にお願いして、瑛刻という女剣士を呼び出してもらった。
宿屋の前の広場で待つ忠男たちの前に、音もなく歩いてくる女性。
着物は目立たなかったが、すらりとした長身で気品に満ち、それでいて儚い印象すら伴っていた。代わりに加われば、忠男がいるよりも、パーティは遥かに華々しくなるように思われた。
だいたい忠男は、パーティでいつも浮いていたのだ。
親しみやすい上に均整な顔立ちをしており、多数の者に信頼される振る舞いが上手な勇者。
どこか少年の面影は残しているが、好奇心旺盛で、才気に満ちた眼差しを持つ攻撃魔法使い。
人目を惹くような美人とまでは言えないが、いつも一生懸命で健気な回復魔法使い。
そこに、粗暴な外観の忠男だ。幼い頃から殴られたり蹴られたりしながら育てられたので、身体は頑丈になったものの皮膚は硬くなり、繊細な表情を作るのが苦手だ。
一緒に冒険をしているのに、王宮のような施設では、忠男だけ同じパーティのメンバーとして扱ってもらえず、3人パーティに付いている従者かと勘違いされることさえあった。
それでも、忠男は別に良かったのだ。仲間に頼りにされていた頃なら。
☆ ☆ ☆
「見ると、既に4人いるようだが?」
正一郎と会話していた女剣士は、そんな言葉を返していた。
「いや、それは……」
正一郎とエルナールが、困ったように忠男を見る。忠男から言ってくれないかと訴えるかのように。
忠男は答えるしかなかった。みんなから少し離れて立っているリーナが寂しそうな顔をしてくれているのが、せめてもの救いだった。
「俺ではもう足手まといなんだ。魔物に歯が立たない。だから、俺の代わりに入ってほしい。でも、俺より腕が立つのを見せてくれないか」
「お前のしたいようにすればいい」
突き放すように言葉を吐く剣士。その醒めた感情に、忠男は苛立ちを覚えた。
広場を照らす月は、夜にしては明るいほうだった。宿屋の窓からの光もいくつかある。瑛刻はゆっくりと、忠男の真正面に移動した。
戦いやすいようにと、エルナールが魔法で、幻影の斧と刀を作り出す。見た目は刃付きでも、実際は木刀のようなものらしい。
忠男は幻で作られた斧を構えた。瑛刻は刀の切っ先を地面に向けて立っている。
忠男は先に一歩踏み出す。そして、むしゃくしゃをぶつけるように、彼女に殴りかかった。
瑛刻は真正面から動かない。視界の端で、リーナが目を覆うのが見えた。
何か変わるだろうか。もしもここで忠男が剣士を叩きのめしたら、少しでも冒険の延長ができるだろうか。
……だが。
目の前に瑛刻がいるのに、忠男の斧はその中を通り過ぎていた。そして、背後から激痛が走る。忠男はたちまち膝をついていた。
「くそっ! ゴホッゴホッ!」
立ち上がる忠男の真正面に来るようにわざわざ移動し、彼女は無表情で忠男を見ている。
「すごいな……かわしたのが分からないくらい速かった」
エルナールが驚いている。
今度は避けさせない。斧を両腕に持って振り回しながら、瑛刻に特攻していく。
だが目の前で立っているようにしか見えないのに、斧は影を斬るばかりで本人にかすりもしないのだ。哀れむかのように、忠男の背に加えられる一撃。
「ガーッ!」
獣みたいに吠えて、忠男は何回も飛び掛っていく。刀で殴られていくうちにヨダレを垂らしながら、斧を振り回し叩きつける。
それでも、斧は空気を斬っているだけなのだった。
無様に両手両膝をつき、胃の中の物を吐き出したとき、瑛刻は「終わりにしないか」と言った。投げかけられる憐れみが許せない。頭を下げて胃液を吐き、しばらく地面を見ていると剣士が近寄ってくる。
不意討ちをかけるかのように、忠男は斧を振り回した。吐き出していた液体やヨダレが空中に飛び散る。
「……っ」
終始無反応に見えた剣士から初めての動きを感じた。斧が布地のようなものをかする感触。それでも、彼女を捕らえることはできない。
離れた距離で刀を構える姿が映り、衝撃波のようなものが飛んできた。抵抗できずに吹き飛ばされ、忠男はうつぶせに倒れる。
たまらずに血を吐いた。どうしようもない。汚らしく吐き出される赤。両腕で身体を支え、ゆっくりと立ち上がろうとしては倒れる。刀を持った女剣士が、ほんの少しだけ眉を動かした。
「もうやめて!」
リーナの悲鳴が聞こえた。
「こんなの……どうして!?」
忠男の元に駆け寄ってきて、背中に優しい手のひらが触れた。やわらかくて暖かい癒しが身体全体を包む。剣士にぶつけようとしていた怒りが抜けていき、忠男はふらふらしつつ、ゆっくり立ち上がった。
「俺の負けだ」
瑛刻に宣言をしてから、みんなに背を向けた。乱闘をしていたのが嘘のような静かな広場。窓から黙って様子を見ていた、宿の主人の姿が消えた。
心配そうに小走りで追いかけてくるリーナを押し止め、忠男はひとりで宿屋に入っていった。
☆ ☆ ☆
先ほどまで吐いていた感覚が消えない。
部屋の明かりを消しても、宿屋の窓からは、変わらずに薄白い月明かりが差し込んでいる。世界は滅亡に向かっているという予言が嘘みたいな平穏。
時おり咳をしながら、質素なベッドに横になり、忠男は仲間たちとの冒険を思い出していた。
「すごい力だな」「忠男、助けてくれ!」「忠男の斧のおかげだね」「僕の力がないから」「危なかった。忠男がいなかったら」「僕も強くなりたい」「守ってくれてありがとう」「忠男の斧のおかげだね」「忠男のおかげ」「忠男の」。
…………。
「忠男の斧が効かないとは!」「魔法ならどうにか」「忠男あぶないっ」「バカみたいにひとりで特攻するのはやめてくれ!」「どうせ斧は効かないんだから」「いま回復するね」「やめてくれ」「どうせ効かない」「聖剣」「勇者」「魔法」「普通の武器」「バカみたいに」「やめてくれ!」。
……。
眠っていても目が覚める。身体を掻きながら、いつまでも眠ったり起きたりを繰り返すのだった。




