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ミステイクファンタジー  作者: 鈴木拓郎
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7話

「……本当か…?…本当に…エルフがいるのか…?」

「はい! 間違いなくいます! 勇者様が召喚される予定の大陸は人間とは異なる種族が人と共に暮らしているんですが、その中にエルフがいるんです!」

 少年は妄想の中の存在であるはずのエルフが実在していたことに対する驚きと嬉しさで頭がいっぱいになったが、しかし情報元が目の前のトイレブラシであったため完全には信用できずにいた。

「…なんなんですか勇者様、その疑いの眼差しは…」

「…お前の情報って…なんか…いまいち信用に欠けるんだよな…所詮便所ブラシだし…他にも理由はあるけど…なんていうか信用に値しない…」

「失礼な! 私と一緒に過ごした日々を思い出してください! そうすれば私の言葉も信じられるはずですよ! さぁ思い出してください初めて会ってから今までの事を!」

「人の嫌な過去をネタに脅されたり、落武者にされたなお前に」

「とっても楽しかったですね! あれがなければ勇者様は私に信愛の情をむけてくれなかったでしょう」

「どこがだよ!? お前なんか大っ嫌いだよ!!!」

「もういい加減水に流してくださいよ! 便器で頭を洗ったんですから」

「全然うまくねぇんだよボケがッ!!!」

「はぁ…しょうがないですね…なら証拠を見せますよ!」

「証拠…?…そんなもんあるのかよ…デタラメじゃねーの…」

「本当ですよ! 以前私が勇者様の素敵な活躍を記録した映像をお見せしたのは覚えてますよね…?」

「…ああ…お前が使った脅迫映像か…魂の記録とか言ってたな…」

「はい! 今回は私の魂の記録映像をお見せしたいと思います!」

「あれ…?…じゃあお前ってそのヴァルなんとかって世界に実際に行ったことあんの…?」

「行ったことある…というか私の故郷なので…」

「お前の故郷!? まさかお前、便所ブラシにエルフの絵が描かれてるとかそんなしょうもないオチじゃないだろうな!? そんなんだったらマジでキレるぞ!?」

「違いますよ! ちゃんと生身の体のエルフですよ!」

「ほんとだな? 本当にエルフはちゃんと生身なんだな…?」

「はい間違いなく! それでなんですが、ちゃんと証明するためにまたちょっとテレビをお借りしてもいいですか? そうすればはっきりとわかっていただけます!」

「わかった、許可する」

 トイレブラシは少年にテレビの使用について許可を取ると以前したようにテレビに向かって光線を放った、すると画面が砂嵐になり次第に鮮明な映像へと変化した。

「お、おお…!…こ、これが…本物の…生エルフ……」

 画面に映し出された映像は見事に水場で戯れるエルフたちの美しい姿を捉えていた。

「…いかがですか…?…勇者様…」

 陽光を浴び輝きを増す金と銀の頭髪を風になびかせ、楽しそうに白く滑らかな絹のような肌に水をかけ合うその姿はこの世のものとは到底思えぬ程に幻想的で本当に血の通った生物なのかと誰もが思わず疑いたくなる芸術的かつ無機質な姿態であったが、わずかに赤みがかった肌が彼女たちが人形の類ではなく暖かなぬくもりをもった確かな存在であることを少年に自覚させそして言葉を奪うほどに夢中にさせた。

「フフフ…ずいぶん夢中ですね…感動しすぎて言葉が出ませんか…?…どうですか…?…行きたくなっちゃったんじゃないですか…?…ヴァルネヴィアに行きたくなっちゃったんじゃないですか…?」

「……い…いや…べ、別に…そ、そんなわけねーだろ…あ、あと夢中にもなってねーし…」

「へーそうですか…じゃあ消しちゃおうかな映像…」

「ちょ待てよ!!!」

「なんですか…?」

「べ、別に夢中にはなってないけど…お、お前のその映像ってDVDに録画とかできんの…?…ブルーレイディスクとかでもいいんだけどさ…へへへ…まぁ…そんなに欲しくはないけど記念に貰っておこうかなーなんて…ま、まぁ録画できなくてもそんなに落ち込まないけどな…うへへ…」

「無理です」

「そんな…」

 少年の顔は絶望に染まった。

「滅茶苦茶落ち込んでるじゃないですか! 本当はすごく夢中でしょ!」

「じゃあせめてスマホで撮影させてくれ! 頼むよぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!」

 少年は泣きながら懇願した。

「…はぁ…まったくもう…勇者様…いいんですか…?…本当にそんなDVDとかブルーレイディスクとかスマホの画像なんかで…」

「ど、どういうことだよ…」

「いいですか…?…普通の人たちは手を伸ばしても彼女たちには届かないんですよ…?どんなに手を伸ばそうとその機会には恵まれない…なぜならば彼らには異世界に行く手段がないからです…だから想像の産物で自らを慰めようとする…そしてそれは仕方のないことです…でも…」

「でも…なんだよ…?」

「でも貴方は違うでしょう! 世界を救う英雄として選ばれた貴方にはその機会がある! もし世界を救ったりなんかしたりら彼女たちはもう貴方に夢中になっちゃいますよ!」

「む、夢中に…だと…彼女たちが…か…?」

「はい! もうなんか死肉に群がるハイエナのごとく、腐った死体にたかるハエのごとく!」

「その例え方やめろよ…」

「あはは!…まぁまぁ契約するにしろ、しないにしろとにかく私の話だけでもいいので聞いていただけませんか…?…それほど時間は取りませんので…どうかお願いします!」

「ん~……聞くだけだったら…いいか…エルフの話は確かに魅力的だし…」

「ありがとうございます…!」

「言っとくけど聞くだけだからな…!」

「はい…!…まず状況を説明したい、ところなんですが…」

「何だよ…なんでそこで止まるんだよ…」

「いえ…実は向こうの状況がいまいちわからないんですよ…突然三か月前に一方的にヴァルネヴィアから地球への道が創られて…それに私が気づいて…」

「ちょっと待てよ!? 状況がわからないって、お前そのヴァルなんとかって世界からきたんじゃねーのか? お前の故郷って自分で言ってただろ? なんかその言い方だと別の場所から突然そのことを知ったみたいに聞こえるんだけど、その辺りどうなんだよ?」

「ええおっしゃる通りです…私はヴァルネヴィアから来たわけではありません…もちろん地球にいたわけでもないです…別の場所から突然二つの世界がつながったのを知りました」

「別の場所ってどこだよ…というかなんで別の場所にいたんだよ…」

「最強の聖剣を目指すため別の世界へ旅に出ていたんですが、その過程で立ち寄った世界で地球とヴァルネヴィアがつながったことを知りました、比較的にその二つの世界に近い世界だったので」

「最強の聖剣目指すって…お前そもそも剣じゃねぇんだから無理だろ…」

「何を言ってるんですかどっからどう見ても聖剣じゃないですか!…後でちゃんと私のすごいところ見せますけど、その時に腰を抜かしても知りませんからね!…まぁいまはそれについては置いておいて…何か他に聞きたい事は何かありますか…?…なければ説明を続けますが」

「いろいろあるけど…今はいいや…説明続けてくれ…」

「わかりました…それでは続けます…世界がつながったことを知った私は、なんでつながったのかなー、なにかあったのかなー、と思いつつ地球に様子を見に来ました」

「ずいぶん軽いノリだな…しかもそんなに簡単に世界を移動できんのかよ…」

「私は形を持った存在ではあるんですが完全な物質的な存在ではなく魂に近い部類なので肉体を持った人間よりは次元の移動がある程度楽なんですよ…それで移動したんですが…いくら待ってもヴァルネヴィアの方から誰も来ないのでおかしいなーと思っていたんです…」

「誰も来ないって…どういうことだよ…?…ってかなんで地球に来たんだよ…?…普通行くんだったらそのヴァルなんとかって世界の方に行くんじゃねーの…?」

「それを説明するにはまずヴァルネヴィアの召喚魔術の形式について話さなくてはいけなんですが…まずヴァルネヴィアの人間が英雄召喚の魔術を行う際には手順がありまして…まず世界と世界を繋げ、その後召喚魔術を行う術者が英雄のいる世界にやってきて、それから世界を救える英雄の資質を持った者を探しコンタクトを取って、事情や世界を救った後の報酬についての説明を行いもし英雄がそれに応じた場合、二人でヴァルネヴィアに共に向かうという形が正式なものなんです」

「へ~…最初にそっちから来んのか…なんか召喚つーより招待みたいだな…ああ…じゃあもしかしてお前がこっち来たのってその召喚術使った奴に会うためってことか…?」

「はいそうです…その召喚魔術を行った術者に最初に会って事情を聴こうとしたんですが…今回は世界と世界に橋は架かってる状態ではあるんですが…扉を開けて英雄と交渉するはずの召喚術者が来てないんですよ…それも世界が初めて繋がった日から三か月間も…ずっと放置状態なんです…」

「そういうのって今回が初めてなのか…?」

「たぶん…そうだと思います…でも英雄召喚自体かなり古い魔術でして…ちゃんと仕組みについて伝わっていなかったのかもしれません…ここ数百年は平和でそんな別の世界から英雄を呼ぶほどの状況になんてなっていなかったはずですから…だから術者が世界を繋げるだけで英雄が来ると勘違いしたのか…それほど魔術的知識のない人が行ったのか…もしくは……」

「もしくは…なんだよ…?」

「もしくは…繋げるだけで精一杯だった…とか…ですね…」

「……お前ちょっと行って様子見てきたら…?…世界移動できるんだろ…?」

「そうしたいのは山々なんですが…世界と世界を繋げなければいけないほどの状況で…もし私がちょっと散歩感覚で見に行ってその異常事態を引き起こした側に捕まったりなんかしたら…それこそゲームオーバーです…私以外に繋がった世界の扉を開ける事の出来る者はおそらくもういないので…」

「でもお前って確か魔術使えただろ…?…それでも無理なのか…?」

「私はあくまで武器…世界一…いえ…宇宙一可愛い最強の聖剣でも振るう者がいなければ強力な力は使うことができません…こんなに可愛くてもダメなものはダメなんです…」

「いやだからお前武器じゃねーし可愛くもねーし…」

「ですが私は見つけた…聖剣を振るうに足る…かどうかはわかりませんが…英雄としての資質を兼ね備え…てるとは到底思えませんが…貴方を!」

「おい話聞けよ…!あとケンカ売ってんのかお前は…!」

「でも事態が事態なのでしょうがないんです…さぁ話は終わりました私と契約して共にヴァルネヴィアに行きましょう!…そして世界を救いましょう…!」

「話聞けっつってんだろうが!…はぁ…つまりあれだな…行ってみるまではわからんと…そうゆうことだな便所ブラシカリバーさんよ…?」

「変な呼び方しないでください!…まぁおっしゃる通りなんですが…それで…あの~…ところで…勇者様はどうしてご自身が英雄として選ばれたかについては質問しないんですか…?」

「何言ってるんだ俺が選ばれるなんて当たり前の事だろう」

「………そうですか」

「状況についてはなんとなくわかったが…どうしようかな~…この前はもしお前がカッコいい聖剣とかだったらそのままノリで行っちゃってたかもしれないけど…よくよく考えたら結構大変かつ面倒なことだよな…でもエルフには会いたいしな~…んー…」

「…そんな悩んでる勇者様に素敵なご提案があるんですが…お聞きになりますか…?」

「提案…?」

「はい…!…実は仮契約という今の勇者様にぴったりの契約方法があるんです…」

「仮契約…?…なんだよそれ…」

「そういえば勇者様には契約についてちゃんと説明できてなかったですよね…また少しお時間いただけますか…?…具体的にどんなものかをご説明させていただきたいんですが…」

「いいだろう…聞いてやる」

「ありがとうございます…まず契約というものについての説明なんですが…これは勇者様の魂と私の魂を魔術によって繋げることを指します」

「え~…便所ブラシと魂つなげんのかよ…」

「違いますよ! 聖剣です! せ・い・け・ん!」

「ああもうわかったわかった」

「ほんとにわかったんですかもう!」

「わかったから続き話せよ…」

「…わかりました…では続きを話します…まずなぜ契約しなければいけないのかについてなんですが…これは魂を繋げることによって異世界の言語を翻訳したり魔力のつながりを作ったりといった補助的機能をつけるっていうのが契約する事の大きな理由の一つですね」

「お前そんなことできんのかよ…便所掃除しかできないと思ってた…」

「なんて失礼な人なんでしょうかまったく!」

「悪い悪い…それで…?…契約と仮契約の違いは…?」

「もう!……二つの違いは契約の解除に関することになります…普通の契約は解除するためには両者の合意が必要なんですが…仮契約の場合に限り一方の意思だけで契約が解除できるんです…つまり…」

「…つまり…?」

「つまり仮契約を結んだ場合に限りもし勇者様がヴァルネヴィアに行ってみて危なかったり気に入らなければ契約を解除して地球に戻っていただいてもいい、とそういうわけです」

「…おお…なるほど…」

「いかがですか…契約していただけませんか…?」

「…ん~確かにいい話だけど…」

「…想像してみてください勇者様、頭をエルフに撫でてもらいながら膝枕」

「な…!?」

「エルフを侍らせながら美しい湖の畔で彼女たちが奏でる心地よいハープの音色に身を委ねる」

「ん…!?」

「そして時々勇者様を取り合ってケンカなんかしちゃったり」

「だ…!?」

「…そしてお待ちかねの夜は…わかりますよね…?」

「とぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉおおお!?」

「さぁ決断するのは今ですよ勇者様! いつも思っていたはずですこの日常から解放される事を、そしてその願いを叶えるチャンスは今しかありません! たとえ家族や友人と離れることになってもそれは一時的なものです! それに仮契約ならば嫌だった場合すぐに戻れます! だからお願いします!」

「……確かに…そうだな…魅力的な話だ…お前と会った当初の俺だったらすぐにでも契約に飛びつくだろうな…お前の事は全然好きじゃないがエルフの話や映像で今の俺も相当契約する方に傾いている…」

「それでは…!」

「だが…悪いがやはり断る」

「な…!?…どうしてですか!?」

「…そうだな…ちゃんと理由を言わなきゃ、ここまで説明してくれたお前に失礼だな…聞いてくれ…」

「…わかりました…では…理由を聞かせてください…」

「お前に初めて会った時は何が聖剣だこの腐れ便所ブラシが!…って思って自分の理想通りの聖剣と一緒に異世界に行ける夢を壊されたと、そう感じて怒り狂って契約なんかするかボケと激情に任せて答えを出した…だけどあの時にもし仮に理想の聖剣の姿をしたお前が現れたとしても…契約して異世界に行かなくて良かった…と今はそう思う…」

「ど、どうしてですか…?」   

「お前のように喋る便所ブラシはこの世界にはいない…確かにお前は異世界の存在なんだろう…だからなんだろうな…本当に急にだよ…急に思ったんだ…今までは手を伸ばしても決して届くことがなかったものが目の前に現れた時、不意にこれまで過ごしてきた何気ない日々が頭を満たした…そしてその事を考えたとき日常の大切さ、友人たちとの日々、何よりもかけがえのない家族…それら全てが宝物だったんだなとあらためてそう気づいたんだ…」

「勇者様…」

「全て宝物だけど…まぁなんだかんだ言いつつ一番気にかかったのはやっぱり家族の事だな…俺の家族は母ちゃんと父ちゃんの二人だけだ…もし俺が急にいなくなったりしたらきっと嘆き悲しむだろう…ひと時でも大切な一人息子の俺と離れるなんて俺の両親には耐えられない…いや…違うな俺の両親だけじゃない…家族って奴はそうゆうものなんだよ…一人でも欠けたらダメなんだ…全員揃って初めて家族になる…だから…悪いな…俺は異世界より家族の暖かい愛情を選ぶ…!」

「……すみませんでした勇者様…」

「なんでお前が謝るんだ…」

「…私は勇者様なんか欲望を刺激すれば異世界に簡単に連れていける野生の猿みたいな存在だと思っていました…いえ…猿以下だとさえ思ったほどです…」

「よしてめぇ歯を食いしばれ」

「ちょ、ちょっと待ってください!?…ちゃんと続きがあるんです…!…でも私の考えは間違っていた…貴方は自分の欲を満たすよりも周りの人々との生活を優先した…それもきちんとした理由で…だから私は貴方の事を理解できていなかったんだな、と恥ずかしくなって…それで…先程の謝罪は失礼な事を思ってしまったことに対してものなんです…」

「便ブラ…」

「…すみませんでした勇者様…貴方は私が思っている以上にちゃんとした人でした…」

「気にするな…間違えたなら正せばいい…それだけのことさ…」

「はい…!…だけど私も世界救済に関して諦めるわけにはいきません…だからこれからは勇者様に欲以外の部分できちんとアプローチして契約していただけるように頑張りたいと思います…!」

「フ…俺の家族の愛情以上に魅力的なものをお前は見せられると…?」

「必ず…!」

「そう簡単に俺の決意は覆らないぜ…?」

「わかっています…それでも必ずやってみせます!」

「期待しないで待ってるよ…だがもしお前が俺に期待以上のもの見せて心が揺らいだとしても…そのたびにきっと父ちゃんと母ちゃんの愛がが俺を引き留めるだろう…くぅ~つらいぜ…!…家族の愛情を一身に受けて…このうっとおしくも愛おしいものこそKIZUNA…」

「…契約はできませんでしたが…不思議とあまり悪い気がしません…なんででしょうね…たぶん勇者様の事を少し理解できたから…なんて…そんな風に思ってしまいます」

「やめろよ…へへッ…照れるだろ」

「そうですね…すみません…あ…!…ところで勇者様…」

「なんだどうした…?」

「言い忘れてたことがあって…私がこの家に入った時には確かに誰もいなかったんですが…なんか一階のリビングのテーブルの上に書置きがありましたよ…たぶん勇者様宛てのものだと思います…」

「書置き…?」

「はい…私は中を見てないので…何に対する書置きかは知りませんが…」

「そんなのがあったのか…今家に誰もいないのとなんか関係があんのかな…俺ちょっと見てくるわ…」

「わかりました」

 少年はトイレブラシに告げると二階から降りて一階のリビングに向かった。

「…書置きってこれだよな」

 リビングのテーブルの上には折りたたまれた手紙が目立つように置いてあり見つけるのにさほど苦労しなかった少年だったが、手紙を広げて中の内容を見た瞬間あまりの驚きに顔をひきつらせる。

「……なんだ…これは…!?」

 怒りと驚きにワナワナと手を震わせながら手紙がクシャクシャになるまで両手で両端を強く握りしめるも、母親の字で書かれたと思われる内容に対してまだ完全に理解が及ばない少年は口に出すことであらためて状況を整理し冷静になろうとした。

「……あんたがこれを読んでいる頃にはお母さんとお父さんは家にはもういないでしょう…実はあんたには黙っていたけど三週間前に商店街の福引で日本一周旅行が当たったのです…きっと日頃の行いが良かったからなんだと喜んだお母さんとお父さんでしたが一つ問題がありました…その問題というのがなんとこの旅行…二名様限定…だった…の…です…」

 少年の顔面の筋肉は断続的にひくつき、血管は浮き出て顔はすでに真っ赤になり怒りを抑えるのに必死だったが手紙の内容はさらに彼を追い立てる。

「…さ、さ、三分間悩みに悩んだ末にあんたを置いていくことに決め…きめ…決めました…お父さんもちょうど今日…仕事を退職しただとぉぉぉぉぉぉお!…聞いてねえぞぉぉぉぉぉぉおお!!!…フー…フー…けど…安心しなさい…前々からお父さんがしたかった仕事…を知り合いのコネ…で始められる…手はずになっています…でも…お父さんが新しい仕事を始める…前に…折角だから…久しぶりに…二人だけでしばらく…旅行に出かけようと…思います…あ…あんたは学校があるんだから…家で留守番してなさい…わた、私たちが帰ってくるまでのご飯は…冷蔵庫に入れてあります…ちゃんと…毎日食べるように…ちなみにそのご飯は…お父さんの新しい仕事に…大きく関係しています…それでは…しーゆーあげいん…我が愛しの…息子…母と父より…」

 手紙の最後に張られていた両親がキスしているプリクラと最後だけ父親が書いたと思われる『健康に気をつけるんだよ! あと黙っててごめんちゃい 父より』の文字を見た後、フラフラと冷蔵庫の前にやってきた少年は最愛の両親が置いて行った自分の食糧を確認するべく扉を開けた。

 そこにあったのはひたすらに緑の光景だった、冷蔵庫を埋め尽くすそれは

「……きゅうり…………きゅうり……きゅうり…きゅうり…きゅうり…きゅうりきゅうりきゅうりきゅうりきゅりきゅうりきゅうりきゅりきゅうりきゅうりきゅうりきゅうりきゅうりきゅうりきゅうりきゅうりきゅうりきゅうりきゅうりきゅうりきゅうりきゅうりきゅうりきゅうりきゅうりきゅうりきゅうりきゅうりきゅうりきゅうりきゅうりきゅうりきゅうりきゅうりきゅうりきゅうりきゅうりきゅうりきゅうり…」

 冷蔵庫の中は大量のきゅうりで埋め尽くされていた。

「………お、俺は………俺は……俺はぁ!!!…カッパじゃあああああああああああああああああああねえぇぇぇぇぇぇんだよぉぉぉぉぉぉぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおあああああああおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!」

 怒りの咆哮と共に堰を切ったように手紙の内容に対する不満がマシンガンの如く少年の口から溢れる。

「日本一周旅行ってなんだよ俺は何も聞いてねぇぇぇぞぉぉぉぉぉおおお!!! ってか俺も連れてけやああああああああ!!! というか何で商店街の福引ごときでそんな豪華な景品が当たるんだよ!? そして一番気に入らないのはぁぁ三分間悩みに悩んだってなんだぁぁぁぁぁぁあああああああああああ!? そんなカップラーメンが出来そうなスピードで決めたのか!? なによりまずこの三分間って文字は手紙に書く必要があったのかぁぁああああ!? 必要ないよな!? 絶対いらないよな!? なんで書いたババアあああああああああああ!!!」

 その後少年は開け放たれた冷蔵庫のきゅうりを睨み付けながら父親についても糾弾を始める。

「あのハゲもハゲだ!!! いい年こいてプリクラなんか撮りやがって!!! あとごめんちゃいってなんだ!? 謝ってるつもりか!? かえってむかつくんだよ!? そしてなんなんだあのきゅうりは!? あんなもんで健康的な生活が送れるわけないだろうが!? あと前々から始めたかった仕事ってなんだよ!? あれか!? きゅうり畑を耕すことか!? 十七年間一緒に生活してきて初めて知ったよ!? カッパか!? 仕事やめてまでカッパになりたかったのか!? カッパみたいな頭しやがってあのハゲわああああああああああ!!!」 

 ひとしきり怒鳴った後、床に膝をつけ息を整えていた少年だったが、ゆっくりと立ち上がり天井を見上げながらどこかで楽しく旅行しているであろう両親に最後の叫びをぶつける。

「……上等だよクソ親が!!! そっちがその気なら俺だってなぁ!!! 行ってやるぜ!!! 日本一周なんて目じゃない所によぉ!!! 行ってやるよぉぉぉおおお!!! 異世界旅行になぁぁああああああああああああああああああああああ!!!」

 少年の叫び声は家中に響き渡り、当然二階にいるトイレブラシもそのただならぬ絶叫を耳にした。

「…なんか勇者様叫んでるなぁ…ご両親の置手紙にKIZUNAを感じて感激のあまり号泣してるのかなぁ…それにしてもどうしようかなぁ…明日の夕方までに契約しないとアイツがこっちに来て勇者様と接触しちゃうよ…それまでになんとか…でも…難しいなぁ…さすがにかけがえのない家族愛を凌駕するほどの魅力的な要素は異世界にはないよなぁ…ホントどうしようかなぁ…ん…?…なんだろうこの音…勇者様が戻ってきたのかな…?」

 そんな悩むトイレブラシの思案を突如中断したのはドスドスと階段を駆け上がってくる音だった。

「おい便ブラああああああああああああああああああああ!!!!」

「うきゃあ!? なんですか急に!? びっくりするじゃないですか!!!」

 部屋の扉を足で蹴り開けるやいなや突然怒鳴り声をあげた少年に対してトイレブラシは非難するが、どうも様子がおかしかったため彼女は間を少しあけ控えめに事情を聞いた。

「………あの…それで…どうかしたんですか…?」 

「……いやく…してやるよ…」

「ちょっと声が小さくて聞き取れないのでもう一度お願いします」

「……………契約してやるよ………」

「………え…?」

「契約してやるって言ってるんだよぉぉおおおおおおおおおおおおおおおお!!!」

「えええええええええええええ!? え!? な、なんですか急に!? どうしたんですか!?」

「どうもこうもねぇんだよぉおおおおおおおおおお!!!」

「だ、だって…家族の愛情を一身に受けて育った勇者様はKIZUNAに結ばれてるんじゃ…」

「奴らと俺のKIZUNAと愛はきゅうりだったんだよぉぉぉぉおおおおおおおおおおおおお!!!!」

「お、落ち着いてください勇者様! 言動が支離滅裂すぎてわけがわからないですから!?」

「とにかく俺はお前がなんと言おうとヴァルなんとかに絶対にいくからなぁぁぁぁあああああ!!!」

「いえあの…来てくれるならありがたいんですが…なにが…あったんだろう…ホントに…」

 こうして運命に導かれた少年は契約を決意した。


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