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ミステイクファンタジー  作者: 鈴木拓郎
7/42

6話

 数学のテスト返却は教師が授業を開始してから間もなく行われ、生徒たちは名前を呼ばれると様々な反応を見せつつも順調にテストを受け取っていき少年も他の生徒達に漏れず名前を呼ばれると颯爽と立ち上がりテストを受け取った後自分の席に戻ったが、間髪入れずトイレブラシが彼の脳内に語り掛けてきた。

「(テストの出来はいかがですか勇者様…?)」

「(……クソッ!…3問…間違えたぜ…!…ちくしょう…!)」

「(間違えが3問だけなんてすごいじゃないですか…!)」

「(バカを言うな! 一問でも間違えたらそれは0点を取ったことと同じだ!)」

「(すごいプロ意識ですね…!…流石模範生…!)」

「(やめてくれ…いくら間違えた問題が超有名大学の入試問題に匹敵するほどの難問だったとしても…数多の数学者が頭を捻っても決して答えることができないであろう問題だったとしても…間違えてしまった俺に模範生なんて呼ばれる資格は…ない…」

「(そんなに難しい問題だったんですか……ちょっと見てみてもいいですか…?)」

「(構わないが…お前では熱暴走を起こしかねない難問だ…答えを出そうなんて無理はするなよ…?)」

「(わかりました…では問題用紙を私に見える位置まで持ってきていただけないでしょうか…?)」

「(いいだろう…さぁ見るがいい…!…ちなみに間違えた問の中で一番の難問は最終問題だった…!)」

 少年はトイレブラシに見えるように問題用紙を手で持ち、どうだと言わんばかりに見せつけたが、彼女はそれほど難しい問題ではないだろうと心の中で確信していた。

(確か…勇者様の高校はそれほど偏差値が高くなかったはず…ならそこまで難しくはないはずだよね)

 しかし答案を見たトイレブラシは自分の考えがどれほど生易しく愚かしいものだったのかを痛感した。

(……………え…?…………あれ……おかしいな……んん!?……いやいやいや…そんなバカな…!?)

「(どうやらあまりにも難しすぎて声すら出せない状態になってしまったようだな……まぁ気にすることはないぞ…俺みたいな超優等生ですら間違えたんだ…お前のような脳みそが雑菌にまみれたスポンジで出来ている便所ブラシには到底理解することなど叶わないはずだからな…!)」

「(……勇者様…あの…これは…テスト…って…なんのテストなんですか…?)」

「(おいおい…どこから見たって数学のテストだろ…?)」

「(…ちなみになんですが…勇者様の解答も見ていいですか…?)」

「(完璧な解答じゃないから恥ずかしいんだけどな…仕方ない…見せてやろう…)」

「(……ありがとうございます……)」

 少年は問題の時と同じようにトイレブラシに自分の解答を見せ、そして彼女は今度こそ言葉を失った。

「(いや~しっかし今回のテストは難易度が高かったぜ…!…たはー!)」

 間違えたことに対する口惜しさを述べつつも最後まで走り切ったマラソン選手のような晴れやかな顔をした少年はテストの問題難易度についてトイレブラシの脳内に語り掛けたが、彼女は返答できなかった。

「(おいコラいつまで言葉を失ってるつもりだ…!……ったくしょうがない奴だな…)」

 そしていつまでも硬直が解けないトイレブラシに少年が文句を言い始めたその時、数学の担当教諭が今回のテストの平均点と最高得点者について発表しだした。

「今回はみんな想像以上に悪かったぞ…!…平均点は28点と過去最低点だ…!まったく…!お前らちゃんと勉強してきたのか…!?…だがその一方で、そんなひどい得点の中たった一人だけ驚きの90点という学年でも最高の得点を取った者がこのクラスにいる…!」

 称賛の言葉を送りつつ教師はコツコツと靴音を響かせながら、とある生徒の元に歩き出した。

「よくがんばったな…!…最高得点者はお前だ…!」

 教師は3問しか間違えなかった少年の肩を苦労をねぎらうように叩くと、トップであることを告げた。

「いえ…そんな…まぐれですよ…!」

「いいや…きっとお前のたゆまぬ努力が実を結んだんだ…!…誇っていいお前がナンバーワンだ!」

「先生…ありがとうございます…!」

 少年がお礼を言うや否や生徒達が一斉に拍手を始め、クラス中が拍手の音に包まれた。

「みんな…!…うッ!…くそ、涙が…!…あ、ありがとうみんな…!…俺…このクラスの一員でよかった…みんなに会えて…良かった…!」

「おいおい…!…これからお前に頼み事をしようと思ったんだが…そんな状態で大丈夫か…?」

 人の暖かさに触れて鼻水と涎と涙を流し顔中をグチャグチャにしながらもクラス全員にお礼の言葉を言言い綺麗に締めくくろうとした少年だったが、教師は続けて彼にある頼みごとをしようとした。

「頼み事…?…なんですか…?」

「最高得点者のお前に解答の解説って大役をまかせたかったんだが……できるか…?」

「………任せてください…その大役…見事に務めて御覧に入れます!」

「よし! よく言った! 頼んだぞ!」

 教師の頼みで解答の解説役になった少年は黒板の前まで歩き出し、周りの生徒達もそんな彼に激励の言葉を飛ばすなどで教室は一層にぎわったが、そんな中思考停止状態から覚醒したトイレブラシだけが冷静に心の中で今までの事やこれからの事そしてなによりも今現在の状況について考えをまとめだした。

(私はここに来てから勇者様との契約においては遠回りしながらも、しかし着実に必要と思われる彼の情報を入手してきた…例としては性格、気質、行動力、身体能力、持久力、思考パターンなどあげればきりがない…そしてそのほとんどは私にとって概ね予想通りのものだった)

「それじゃあみんな! 解説始めるぞー! どの問題からやってほしい…?」

 少年が問いかけると生徒達が口々に問題の番号を言い出すも、彼はその中から最も多かった問題番号について解説を始めた、がしかしトイレブラシは考えをまとめるのに必死で気にも留めない。

(これから共に戦っていく以上パートナーになる相手の情報は最も重要になる…何故ならば苦戦を強いられた時、知っている情報次第で選べる選択肢の幅が広くも狭くもなりうるからだ…例えばパートナーの性格や嗜好を考慮に入れずに状況的には正しい選択肢を選んだとしよう…その結果もしうまくいったとしてもおそらくお互いに得も言われぬ不快なしこりが残るだろう…そして互いの心情を考慮せず生まれたその不信感という名のしこりは次第に大きくなり更なる激戦において修復不可能な溝へと変化する…)

「一番多かったのは問10だな…これは確かに難しかったな…よし説明しようじゃないか…!」

(それを避けるためには互いをよく知り合い、親睦を深め合うことが最も重要だ…これまでのコミュニケーションで私も勇者様とある程度親睦を深めることができた…ような気がする多分……きっと…そして今日…私は最後の機会になるであろう情報収集において、彼の知能レベルを知ろうと思った)

「これを解くにはコツがあってな…まず…」

(私は前々から勇者様の頭はそんなに良くないんじゃないか、とそんな風に思っていた…しかし私の考えは彼のテストの解答を見たことで容易に覆され、その結果自分の読みの甘さを恥じた…)

「まず九九の七の段を使って7×4をするんだけど…まぁここで間違えたりはしないか…当然答えは」

(まさか…まさか…ここまでとは…ここまで…)

「74だ」

(ここまでド低脳だったとは…!!!)

「そしてここからが重要だ…! さらにここに÷6を加えて答えは完成するわけだ…!」

(確かにテスト問題の出来だけでは頭の良し悪しなんて判断できるものじゃない…ものじゃないけど…でも…だけど…いくらなんでも…)

「すなわちこの中々の難問である7×4÷6の答えは……764だ!」

(いくらなんでも酷すぎる…!!!)

「ちなみにこの問題のミソは74に6を割り込ませることだ…!」

 最初はドヤ顔で黒板に解答を書く少年に対して生徒の誰かが間違いを指摘するだろう、もしそうじゃなかったとしても教師がいるのだから確実に彼の間違いは正される、と淡い期待を込めた現実逃避を行ったがやはり彼女の願いは叶わなかった。

 なぜならば黒板の前で珍妙かつ奇天烈な解説を行う少年を見つめる生徒達の瞳は尊敬の色で輝き口々に驚きと賞賛の言葉を漏らし、そして教育者として決して見過ごしてはいけないはずの状況にある教師ですら、彼の解答にうんうんと満足げに頷いていたからである。

「すげぇ! 天才だ!」

「ああ! あの問題を解くなんて…!」

(どこがですか!? 解けてないでしょう!? 間違ってるでしょうが!?)

「うんうん、さすが俺の教え子…!」

(どこらへんが流石なんですか!? ほんとに教員免許持ってるんですか貴方は!? てゆーか貴方があのわけのわからない解答に丸をあげたんですよね!? どうかしてるんじゃないですか!?)

「ん?…だが…よく見るとちょっと…おいおいこれじゃあダメだ…教育者としては見過ごせないな」

(そうですよ! その通りですよ! 間違ってるんですよ先生! 将来のためにならないから教育者として厳しくしっかりと言ってあげてください! 良かったぁ! 多少時間差はありましたがちゃんと指摘してもらえそうです!)

「チョークの色が薄いぞ!」

(貴方なんか教育者じゃないッ!!!)

 和やかなムードの中進められる間違ったテスト解説に心の中でツッコミをいれていたトイレブラシだったがさすがに疲れたのか少年のバックの中でぐったりと体を横たえた。

(つ、疲れた…こ、この学校は明らかに異常です…まぁ最初からおかしいとは思ってたんですよ…だって勇者様が成績トップなんてありえないですもん…逆トップならまだわかりますけど…そうじゃなければそもそも勇者様がトップって言葉と関われる機会なんてタンクトップ着てる時くらいですもん…)

 もう聞くのもめんどくさいと言わんばかりにバックの中で体を投げ出したトイレブラシは残りの解説もどうせわけがわからないだろうと聞き流し、事実彼女の予測した通り事は進んだのだが最終問題の解説に入ったところで穏やかだった空気が突然変わりだし、驚いた彼女は再びバックから顔を出した

「……先生…最終問題に入るにあたって俺は一つ貴方に言いたいことがあります…あとその前にまず初めに言っておきます…俺はこの問題を間違えました…いやとても答えられる問題じゃあなかったとでも言いましょうか…みんなもきっと同じだったと思います…」

(あれ?…勇者様の様子が変わった…最終問題って…そんなに難しかったですかね…?)

「この問題…答えるにあたって少し理不尽すぎやしませんか…?」

(理不尽…?…確か最終問題は…えーっと…確か…リンゴを五つ持っていた太郎さんが次郎さんに分けるために三つ持っていきました、その後次郎さんが三郎さんにリンゴを二つ分け与えそのお礼として三郎さんは五つ持っていたみかんを四つ次郎さんに渡し、受け取った次郎さんは太郎さんにみかんを二つ渡しました…それぞれの人物が持っている果物とその数を答えなさい…でしたよね…これのどこらへんが理不尽なんだろう…)

 少年の追及に教師は目を伏せ、一呼吸置くと辛そうに質問に答えだした。

「確かに…この問題…答えられた奴は…一人としていなかった…」

「そりゃあそうですよ先生!…俺は成績トップを取ることはできましたが、この問題だけはわからなかった…それはなぜか…それは…先生がいつも用意してくれていたものが…今回に限って用意されていなかったからだ…なぜなんですか先生!!!」

「そうだよ先生!」

「いつも用意してくれてたじゃんか!」

「なんでだよ先生!」

 少年の発言を皮切りに他の生徒達も次々に教師に対して疑問や怒りが入り混じった質問をぶつけだし、教師は先ほどと同じようにうつむいたまま言いよどみその態度がさらに生徒達の非難をより強くさせた。

(用意?…この問題答えるのに…何が必要なんだろう…?…特に何もいらないような気が…)

 そして少年は悲しみ嘆くようにトイレブラシが疑問に思った用意の詳細についてまくし立て始めた。

「どうしてなんですか…!…どうして…!…テストのときに…!…あのときに…!」

 最終問題を答えるにあたって彼らにとって必要だったものを少年は叫ぶ。

「どうしてリンゴとみかんを用意してくれなかったんですかッ!!!」

 トイレブラシは本日二度目の衝撃を受け頭が真っ白になった。

「そうだよ! リンゴとみかんがなきゃわかるわけないよ! 答えてくれよ先生!」

「いつも文章問題のときは実物を用意してくれてたじゃんか! なんでだよ先生!」

 少年を含む生徒達の悲しみの叫びをその身に受けた教師は、意を決したように生徒達に向き直るとゆっくりと、しかし重々しく言葉を紡ぎだした。

「…ああ…確かに以前はそうしていた…だが…これからは…もう…そんなことはしない…」

「どうしてですか!?」

 皆を代表するように少年は再び叫び、クラスを代表する優等生と教師、二人の会話が始まった。

「お前たちは…もう…子供ではないからだ…これからは自分たちの力で…あらゆる状況を切り抜けなければならない…だから…もう甘えたことを言うんじゃない…」

(……………はッ!…あ、危なかった…意識が…あまりにもド底辺すぎる発言に危うく壊れるところでした…ヴァルネヴィアに向かう前だっていうのに…)

「そんな!? 貴方はそんな冷たいことを言う人じゃなかったじゃないですか先生!!」

「………もうすぐお前たちも受験戦争に突入する…いいか…よく聞けよ…大学入試では…試験官は…リンゴとみかんを……用意なんかしてくれないんだ…!!!」

(いやそんなのあたりまえでしょう…というか出ませんよそんな問題…)

「そんなバカな!?」

(知らなかったんですか!?)

「………すまないな…お前たち…わかってくれ…」

「先生…まさか…俺たちのために…心を鬼にして…」

 少年は教師の意図を知り、涙をためながら言葉を続けた。

「先生…俺……俺……何も知らずに…失礼なことばかり…言って…すいませんでした…!」

「…いいんだよ、気にするな…俺も何の予告もせずにいきなりすぎたしな…!」

「いえ…先生…けじめをつけさせてください…そうじゃなきゃ…俺は自分自身を許せない…!」

「けじめ…?」

「はい…!…俺を…俺を…殴ってさい…!!!」

「お前…何を言って…!?」

(ほんとですよ!? わけわかんないですからね!?)

「先生は…いつだって俺たちの事考えてくれていた…それなのに…俺は…俺は…!!!」

「……もういい…ほんとうにいいんだ…」

「そんなことないですよッ!!!」

「先生俺たちも殴って下さい!!!」

「俺もお願いします!!!」

 少年の懇願に続くように次々に生徒達が教師に駆け寄り殴られたいと願い出た。

「お前たち…どうしてそこまで…」

 教師の疑問に生徒を代表し少年は答える。

「それは…先生が俺たちを大切に思ってくれているように…俺たちも先生が大好きだからですよ…!」

「お前たち…お前たちィィィィィィィィィィィィィ!!!」

「先生ぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇえ!!!」

 少年を含む生徒達と教師は顔を鼻水と涎でグチャグチャにしながら号泣し抱き合った。

(もうなんなんですかこの茶番は!?)

 教師は生徒達の懇願通り全ての生徒の頭を殴り、そして再び熱く抱き合った。

「俺はもうリンゴとみかんは用意できない…だがもう俺がそんなことをしてやる必要はないんだよ…なぜならばお前たちの中には俺の想像の及ばない程の無限の可能性が眠っているからだ…!…だから信じろ…どんな状況でもお前たちが願えば叶わないことなどないのだから…!…だから喜べこれは大きな進歩なんだ…!…このつらい一歩を踏み出したその先に大いなる未来がお前たち待っていてくれる…!」

「「「はい先生!!!」」」

 生徒たちは声をそろえて教師の言葉に一斉に答えた。

(……はぁ…でも…一応これでリンゴとみかんは使わないでちゃんとテストに臨めるようになったんだから…進歩…した…んですよね…ド底辺なのは変わらないけど…でも進歩って…言えるんだろうか…いや…やめておきましょう考えるのは…きっと進歩です…小さな一歩かもしれないけど大きな前進ですよねおそらく…まぁなにはともあれ皆さんおめでとうございます…!)

「今度からは自分で買ってくるんだぞ!」

「「「はい先生!!!」」」

(なんの進歩もしてないじゃないですかぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁああああ!!!!)

「よぉーし! お前たち! 今日という日を記念してあの太陽に向かって競争だ!!!」

「「「はい先生!!!」」」

 三階に位置するこのクラスの窓から太陽を指差すと教師は勢いよく窓から外に飛び降り、続いて生徒達も次々と飛び降りていき当然その中には少年も含まれていた、そしてトイレブラシは全ての生徒が飛び降りた後そっとバックから抜け出し、窓の外の様子を上から眺めたが、そこには

 地面に激突し、潰れた虫のように断続的に痙攣をおこす哀れなバカたちの姿があった。

「………もぉヤダこの学校………」

 彼らの末路を見届けたトイレブラシはその後少年のバックにに戻ろうと空中を飛んで席に向かったがその途中で床に落ちていた問題用紙に目を止めた。

「……はぁ……」

 問題用紙の問題はほとんど全て足し算と引き算で構成されており、後は掛け算と割り算が申し訳程度に5問程と最後の文章問題だけだった。

「…疲れた…勇者様たちが復活するまで寝ようかな…ド底辺の空気にあてられちゃったよ…」

 トイレブラシは少年たちが教室に戻り放課後になるまでバックの中で深い眠りについた。

「…ん…んー…よく寝たー……ふぁ~…もう勇者様たち復活したかな」

 目を覚ましたトイレブラシはあくびをすると外の様子を窺うためバックのチャックを少し開けて辺りを見回した、すると何やら二人の人物が夕陽に照らされ窓際でこそこそと話し合っているのを見つける。

「くそ~今回もお前がトップだったな…!」

「まぁ…当然だな…それじゃあ約束のあれを渡してもらおうか…!」

「ちくしょ~!…約束だから仕方ないが…ああ~…手放したくねぇな~!」

 二人の人物のうち一人はトイレブラシのよく知る少年、もう一人は彼の友人のようだった。

(…約束のあれ…?…手放したくない…?…何の話だろう…)

「ちゃんと約束は守れよ…!…テストで勝った方が一番のお気に入りを渡す…そういう約束だろう…?…ほらさっさとよこしなさい…!…往生際が悪いぞ…!」

「わかってるって…ああ…さようなら…俺の恋人…」

 どうやら少年たちはテストの点数で勝負して何かを賭け合っていたらしいことをトイレブラシはここにきてようやく察し、続きを聞くべく話に耳を傾ける。

「ははは! 今日からこれは俺の恋人だ!」

 紙袋に入れられたものを少年は嬉しそうに持ち上げ、対照的に友人の方は悔しそうに顔を歪めていた。

「必ず取り戻す! 次のテストでは負けねーからな!」

「何度でもかかってきなさい…!」

「余裕ぶりやがってこの野郎!………おっともうこんな時間じゃねーかよ!…早く帰ろーぜ…!」

「ああ帰るか……いや…悪い…ちょっと先生に用事を思い出した…先に帰ってくれ…」

 時計を見て時間を確認した友人は少年に帰宅を提案し、最初は応じた少年だったがバックからこちらを覗くトイレブラシに気が付くと適当に理由をつけて友人に先に帰るよう促した。

「なんだよまだ用事あんのかよ! ガリ勉も大変だな!」

(…なんてガリ勉に失礼なんだろうか…)

「…ああ…とにかく先に帰ってくれ…!…悪いな…!」

「わかったよ! そんじゃあまた明後日な!」

 少年の友人は笑って挨拶すると荷物をまとめ教室を出て行き、夕陽に照らされた室内は少年とトイレブラシだけになった。

「おい便所ブラシ出てこい! いつまで俺のバックに入ってるつもりだ!」

「おはようございます勇者様…ふぁ~まだ少し眠いや…」

「ったくいいよな便所ブラシは気楽で…テストを終えた俺の方がよっぽど疲れてるっつーの!」

「……まぁある意味頭を使うテストでしたよね…」

「そうだろう! マジ極限まで俺の脳細胞が冴えわたったテストだったぜ…!」

「はぁ…そうですか…あの…それよりちょっと聞きたいことがあるんですがいいですが…」

「なんだよ…?」

「その紙袋の中身はなんなんですか…?」

「………お前には関係ない…」

「あからさまに怪しいですね…」

「怪しくねーよ!!! あとそんなことより俺もお前に言いたいことがある!」

「何ですか…?」

「もう学校には来るな! 話してるとことか見られたらどうすんだ…!」

「ああもしかしてあれですか『お、おい授業中に話しかけてくるなよ』とかいう建前上自分が特別であることを周囲に知られたくはないけど本当は滅茶苦茶注目してほしい思春期特有の痛々しい妄想が現実になってしまって戸惑ってしまっている感じのあれですよね…!」

「そうじゃねーよ!!! お前みたいな小汚い掃除用具に話しかけてるところなんか友達やクラスメイトに見られてみろよ! スクールカーストで最下層に下がるどころかポストに話しかけてるボケ老人と同列になっちまうんだよ!!!」

「やめてくださいよ勇者様…その言い方ですと今の状態からまだなんか下に下がれるみたいじゃないですか…これ以上は無理ですよ人として…怖いわー…ほんとに怖いわー…」

「なんだとてめぇどういう意味だ…!?」

「あはは気にしないでください…!」

「気になるに決まってるだろうがッ!!!……くそ…まぁいいや…俺はもう帰るけど付いてくんなよ…」

「わかりました…ではお気をつけて」

「……なんだよ…やけにあっさり引き下がるな」

「勇者様に嫌われる行動ばかりとっていても仕方ないですから…あともうこの動物園、じゃなかった学校にも来ないようにします…ご迷惑おかけしました…!…では私もこれで失礼します…」

 トイレブラシは教室の窓から外に向かって飛んでいき、少年はやけに素直に引き下がり学校にももう来ないと約束し謝罪までしたトイレブラシに対して少し言い過ぎたと反省しながらも家路についた。

「ただいまー! 母ちゃん腹減ったー!」

「おかえりなさい、あなた!」

「死ね!」

 玄関を開けてすぐに出てきたトイレブラシに向かってバックを投げつけるが、あっさりと避けられる。

「危ないじゃないですか勇者様!」

「なんでいるんだよついてくんなっつったろーが!?」

「はい、ですからついて行かずに先に行って待ってました」

「お前は人の揚げ足ばっかとりやがってこの野郎!?」

「いいじゃないですかもう勇者様と私の間にも明確なKIZUNAが芽生えはじめてきてるんですから家にいるくらいなんでもないことですよ!」

「何がKIZUNAだ!? お前の存在価値なんか俺にとってもはや便所の掃除用具どころか、底辺中の底辺であるう〇こ以下だよ!!!」

「ではここにきてようやく勇者様と対等の存在価値に下がった、ということですね?」

「どういう意味だてめえぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!」

「あはは! では帰宅早々楽しいお話もできたことですし勇者様のお部屋に行きましょうか!」

「おいちょ…!?…勝手に入んなぁぁぁぁ!!!」

 少年に先んじて空を飛び階段を上がったトイレブラシを追って階段を駆け上り部屋に入る。

「この野郎勝手に入んなっつってるだろーが! ってか母ちゃんに見つかってないだろーな!?」

「大丈夫ですよ! 私が来たときはここには誰もいませんでしたから!」

「おかしいな…母ちゃんがいるはずなんだけど…」 

 いるはずの母親の姿がないことに疑問を感じつつ考えていると、部屋に入ると同時に床に置いた戦利品の紙袋がないことに気が付く。

「あれ…戦利品が…って何やってんだ便ブラぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」

 トイレブラシがベットの上で紙袋の中身を出そうとしていた。

「なんだ…戦利品って…アダルト雑誌ですか…陳腐ですねぇ…」

「うるせーよほっとけ! それにこれはただのエロ本ではない!」

「どういうことですか…?」

「知りたいか…いいだろう教えてやる…これを見ろ!」

 少年は雑誌をトイレブラシからひったくると表紙を見せつけるようにして説明を始めた。

「この表紙は…エルフ…ですか…?」

「その通り…!…これは月刊エルフと言って過去に販売されていた漫画雑誌だ…!」

「過去にって…今はないんですか…?」

「……ああ…もうとっくに廃刊になってしまった…登場するヒロインは全部エルフというエルフ好きにはたまらない一品だった…そのうえ今は亡き有名漫画家が書いていたということもあってかなりのプレミアがついていて中々お目にかかれないお宝なんだよ…」

「へぇ~…あれ…?…ということは…勇者様はエルフが好きなんですか…?」

「そうだ…人間の女の子もいいけど…エルフは別格だ…なんというか…存在そのものが儚いんだよ…まさに幻想の中にいる存在だ…決して手は届かないけど…彼女たちは生き続けているんだ…こことは違う…欲望なんかに汚されたりしない美しい聖域に…俺は…そんな彼女たちが…好きなんだ…俺は…俺は…」

「勇者様…そうですよね…!…誰だって心に綺麗な存在を持っていたいものですよね…!」

「そんな彼女たちが汚されていく様を見るのが好きなんだ!」

「安定の下種野郎ですね……でも…言ってくださればよかったのに…」

「何をだよ…お前に言ったってしょうがないだろうが…」

「いるんですよ…」

「何が…?」

「エルフが」

「どこにいるんだよ………え…?…ま、まさか………」

「はい…ヴァルネヴィアには…エルフがいます…!」

 そして運命の契約の日につながる。





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