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ミステイクファンタジー  作者: 鈴木拓郎
6/42

5話

「はぁ…昨日はマジで最悪だったな…それというのも全部あの便所ブラシのせいだ…いてて…クソ…」

 顔に熱湯をかけられたことで怒り狂った母親を父親がなだめ、落ち着かせることができた時には少年の顔はすでにあざだらけになっており、そのことに対する責任をトイレブラシに転嫁しながらも、彼はいつもどおり学校へと向かうため足を進めていた。

「フッ…だがまぁいいさ…なにせ今日は数学のテストが返ってくる日だ…!…また俺の偉大さにクラス中が…いや学校中が戦慄するだろう…!…ククク…楽しみだぜ」

 教室が拍手喝采につつまれる様子をよだれを垂らしながら妄想すると、学校へと向かう足は自然と速くなり、いつもよりも早く学校へと到着したが教室にはまだ誰もいなかった。

「少し早く着きすぎたな…誰もいない…暇だし何かするか…しかし何するかなぁ…何か…何か…う~ん…そうだ…!…いいことを思いついたぞ!…今日の数学の時間に備えて髪型を優雅なものに変えようじゃないか!…実に素晴らしい考えだ!…よしさっそく今から男子トイレでワックスを髪に塗りたくろうじゃないか!…髪型が素晴らしくなればさらに素晴らしい気分になるはずだからな!」

 荷物を自分の席に置くと、男子トイレまで早歩きで向かい中に入ると洗面台の前で立ち止まりポケットから以前買ったワックスを取り出した。

「ワックスか…前に買ったが使い方がいまいちわからずポケットの中に放置してしまった…だが今日の俺は以前の俺とは違う…!…常に日々進化し続ける俺の感性が告げている…!今ならできるッ!…そう言っている…よしいくぞッ!」

 ワックスの中身をいきなり半分以上掴み取ると髪に叩き付けるように塗りたくりなじませるも、髪の毛はベチャベチャになり頭から油をかぶったようにテカりはじめ、セットどころではなくなり先ほどよりもギトギトした髪になってしまったためどうすればいいのかと少年は戸惑った。

「おっかしいな…あれ~?…どうすればいいんだ…?…う~ん…そうだ!…オールバックだっけか…それにしよう…!髪の毛全部後ろにガッとやればいいんだよな!」

 手櫛で髪を後ろに持っていくと、ちょうど前髪が二本だけ触角のように頭から垂れ下がり残る。

「おお!…いいじゃないか!…優雅だ…!…これは素晴らしい!…何と表現すればいいんだろうか…これはそう…まるで…」

「まるで油まみれの茶翅ゴキブリみたいですね!」

「そう茶翅ゴキブリ!…ってなんだとゴラァァァァァァァァ!」

 後ろからの的確な例えに怒り狂うと文句をいうため、少年の背に隠れているためか鏡に映らない髪型にケチをつけた相手を視界に捉えるべく振り返ったが少年にとっては予想どおりかつまた最も会いたくない相手が空中に浮いていた。

「ってまたお前かッ!!! 便所ブラシッ!!!」

「おはようございます勇者様! 今日も可愛いエクスカリバーちゃんです!」

「なんでいるんだよ!? もしかして学校のトイレがお前の住処なのか!?」

「いや違いますよッ! 今日こそ契約していただくため、馳せ参じた次第です」

「契約なんてしねーって言ってんだろうがッ! あと最初に言っとくが脅しにはもう屈しないぜ! お前が学校で俺を脅す材料を探そうが無駄だからな!」

「いえ脅しはこちらも嫌な気分になるのでもうやめようと思います、ですが契約自体は諦めていないので脅しに代わる新しい方法で勇者様にアプローチしていこうかなということを今日は伝えに来ました」 

「……嘘くさいな」

「本当ですよ! 約束してもいいくらいです!」

「……まぁいいだろう…だがな一つ教えといてやる…約束や信頼を裏切るような奴はクズだからな!」

「自分の事を棚に上げてよくそんなこと言えますね…どんな脳みその構造してるんだろう…」

「なんか言ったか?」

「いえなんでもないです! ちゃんと私は約束は守りますから!」

「話半分程度には聞いといてやるよ…用が済んだんならさっさと帰れ! 俺は今忙しい」

「髪の毛のセットをしてるんですよね? 私ビシッと髪型がキマるやり方知ってますよ!」

「なんで髪の毛の無いお前にそんなことがわかるんだ…デタラメ言うな」

「この世界の事を色々勉強するために本や雑誌に目を通したんです、それでその中にはファッション雑誌とかもあって髪型の知識に関しては私結構自信があります!」

「お、俺だってファッションに関しては結構知ってるし! 余計なお世話だ!」

「…勇者様…こんなこと言っては失礼かもしれませんが、そんなゴキブリホイホイにひっかかりそうな髪型では女の子をホイホイすることはできませんよ」

「な…なんだ…と…!? いや別にこれは女にモテたいからしてるわけじゃない! て、テストの返却とそれに伴う喝采に対してのだな!?」

「モテたくないんですか?」

「いやだから違う!? だいたい学生の身分で恋愛なんてものは過ぎたものだッ! だ、だから」

「…もう一度聞きますよ、モテたく……ないんですか?」

「………………………………モテたい…………」

「私だったら粘着テープの比ではないくらい女の子を捕まえられる髪型にできるんだけどなぁ…」

「……仕方ないな!……聞いてやろう!…まぁ俺も知ってるだろうけど…ちょっと忘れちゃってるかもしれないし…そのセットの仕方を聞いてやろうじゃないか!」

「お任せください! その害虫ヘアーを素晴らしい益虫ヘアーに変えてみせますよ!」

「別に虫になりたいわけじゃねーよ!?」

「言葉の綾ですよ! とにかく任せてください!」

「あ…でもこれで契約ができるとは思うなよ!?」

「………………チッ…」

「おいお前今舌打ちしただろ!?」

「まさか、あはは! 気のせいですよ! さぁそれでは始めましょうか! 私の指示に従ってください」

「…わかった…それで…最初はどうするんだ…?」

「まずはそのフライパンの残り油をかぶったみたいな頭からなんとかしましょう」

「…酷い言われようだな…でもなんとかってどうするつもりだよ…?」

「それは簡単ですよ! 洗えばいいんです」

「……洗うって髪をか?…ここで…?…髪を洗う準備なんて何もしてないんだけど…」

「大丈夫ですよ! ちょうどシャンプーとリンスもありますし」

「へぇ~用意がいいな! ちょっと見直したぞ!」

「えへへ! ありがとうございます!」

「……あれ…?…でも用意って…どこにもないみたいだけど…どこにあるんだ…?」

 少年はトイレブラシの周囲を見回すがシャンプーもリンスもどこにも見当たらない。

「やだなぁ! どこっていつもそこに置いてあるじゃないですか」

 トイレブラシはスポンジの部分を傾け中身が収納可能な扉の付いた洗面台の下の部分を指し示した。

「いやこんなところに常備されてるわけないだろうが!?」

「ありますよ! え~と……ほら!」

 洗面台の下の扉を開けたトイレブラシは中を物色するとある二つの物体を少年の前に浮かして見せる。

 クレンザーとトイレの消臭剤が少年の前に出現した。

「ざけんなよてめぇコラッ!!! どこがシャンプーとリンスだよ!?」

「クレンザーは泡立つんですからシャンプーみたいなものじゃないですか! トイレの消臭剤はいい匂いがつくんですからリンスみたいなものじゃないですか!」

「何逆切れしてんだてめぇはッ!? おまえら掃除用具王国の価値観押し付けてくんじゃねぇぞッ!? 

そんな洗っただけで髪がガサガサになってレモン臭くなるシャンプーとリンスなんて聞いたことないんだよッ!!! ほんとにお前髪型に詳しいんだろうな!?」

「詳しいですよッ! クレンザーで洗ったほうがワックスのノリがよくなってトイレの消臭剤を使った香りづけも好評って男性向け有名ブランドのファッション雑誌の裏ワザに書いてあったんですからッ!」

「…………有名…ファッション雑誌…有名…ブランド…有名……マジで…?」

「えっと…は、はいマジです…」

(あれ…なんか勇者様の反応が変わった…なんでだろう…?…有名って言葉に反応したみたいだけど…ああ…そういえば忘れてたけど記憶を読んだ時、勇者様は昔から有名とかブランドとかに絶対の信頼を置く典型的な庶民だったような気がした…それでかな…だとしたらこれ以上からかうのはまずいかな…)

「……あ、あの勇者様…?…今のはじょ、冗」

「……ふぅ…なんとなく思い出してきたぜ…クレンザー洗浄と消臭剤の香りづけ…見た気がしてきた…」

 少年は着ていた学ランを豪快に投げ捨て、続いてワイシャツと下に着ていたTシャツも脱ぎ捨て半裸になると間髪入れずクレンザーの中身を全て頭にぶちまけた。

「あっ!? ゆ、勇者様…ちょっ!?」

「……聞こえる…モテる男の足音が!…駆け巡る…女が蟻のように俺に群がるイメージがッ!」

 時すでに遅くトイレブラシの声よりも先に少年は行動を起こし上半身をクレンザーまみれにした。

(お、遅かった…ど…どうしよう…今更嘘だなんて言えないよぉ)

 トイレブラシが後悔している間も少年はシャンプーをするように手で髪を一心不乱にこすりだす。

「がぁぁぁぁぁぁぁぁあああ!!! 毛根が悲鳴をあげているような痛みだぁぁぁぁぁぁぁ!!! だが耐えられるぞぉぉぉぉぉ!!! か、髪がカピカピになっていくようだけどぉぉぉぉぉぉぉ!!!」

「ゆ、勇者様…痛いんだったら…無理しない方が…」

「バカを言うなぁぁぁぁぁぁぁぁああ!!! ここまで来て止められるかぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」

「そ、そうですよね…あはははは…」

 少年は一通り髪にクレンザーを浸透させると水で洗い流そうと水道の蛇口をひねり髪を洗おうとしたが

「ん…あれ…おい…まさか…み、水がでないぞ!?」

「え…?…あれほんとだ…どうやら故障してるみたいですね…隣のは…隣もダメみたいですね…」

「し、仕方ない…トイレ出て、水道のある場所まで移動するぞ…!」

 トイレを出ようと扉の前に立ったその時、少年の耳に学生たちの話声が聞こえてきた。

「マジかよ…!?…ウソだろ…!?…他の奴らが登校し始めてきたぞ!? こ、このままだと見つかる」

「まぁ仕方ないですね…このまま居るわけにもいきませんし外に出ましょう…見つかっても笑ってすみますよ…きっと…たぶん…おそらく」

「なんだその適当な予想は! 俺はここじゃ優等生で通ってるんだぞ! こんな無様な姿さらせるか!」

「今までも相当さらしてきてると思いますが…皆さんもそれほど気にしないと思いますよ…」

「そんなはずあるか! こんな完璧な模範生が醜態をさらすはずがないと皆思ってるはずだ! とにかく外に出ずになんとかするぞ! いいな!? 協力しろよ!? お前のせいでもあるんだからな!?」

「わかりました、確かに私のせいでもあるので協力させていただきます」

「よし、まずは水をなんとかするぞ!」

「いえ…その…水なら…当ては一応あるんですが…その…」

「なんだよあるのかよッ! でかしたッ!」

「……ああ…いえ…ありがとうございます…」

「なんだよもっと喜べって! この功績でお前に対する好感度はうなぎのぼりだ! 今なら契約してやってもいい気分だぜ! 今日のお前マジ最高! それで水はどこだ?」

「…………あそこに…」

 トイレブラシは和式便器を指した。

「………ふ、ふ、ふざけるなぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」

「…いえ…ふざけてはいないんですが……」

「便器で頭洗えってか!? 出来るかそんなことッ!!! 人としてお終いじゃないかッ!!!」

「とは言えここ以外水のある場所ないですよ…勇者様…」

「しかしッ! だがしかしッ! そんなことはできないッ!!! いやしたくないッ!!!」

「二択です勇者様…本当に簡単な二択…見栄を捨てて人として生きるか…見栄を張って便器に沈むか…」

「……本当にそれしかないのか…それしか…ないのか…第3の選択肢は…ないのか…」

「第3の選択肢ですか…ああッ!…もう一つありました」

「おおッ! マジかッ!! 本当かッ!!! お前こそが俺にとっての救世主だったんだな!!! 俺に教えてくれッ!!! その第3の方法とやらを!!!」

「頭を小便器に密着させたまま水が出るのを待つんです」

 少年は絶望のあまり床に倒れこんだ。

「……どの選択を選んでも私は尊重しますよ勇者様…」

 少年は無言で立ち上がるとゆっくりと歩き出す、確かな足取りで一歩一歩、皆に笑われるのは誰だって恥ずかしい、だが普通の人は便器で頭は洗わない、そうトイレブラシは考えていた。

「……勇者様…」

 少年はそして目的地にたどり着く、そこにどんな結末が待っていようともう構わない、自分の行動には自分で責任を持つものだ、彼の心中は穏やかなものだった、そして自嘲気味に笑うと便器に頭を沈めた。

「勇者様…今だけは…本当に今だけは貴方をすごい人だと…そう思いました」

 トイレブラシは彼に敬意を示し、事を終えるまではひたすらに目を逸らし続けた。

「………………………………終わったぞ………色んな意味でな……」

「………………お疲れ様でした…」

 着ていたTシャツで頭を強引に拭くと髪の毛のガサガサが余計に際立つようになり少年を苛立たせる。

「クソッ!…さっさと消臭剤つけるか…あれ…これ空じゃねーかッ!」

「よかった…これ以上罪悪感を感じなくて済みそうです…」

「何が良かったんだよ…ったく…まぁいいや…ワックスつけよう…あ…」

「どうしたんですか?……ああ…なるほど…ワックスほとんど残ってないですね…」

「クソがッ!!! 今までの苦労はなんだったんだ!? ガサガサするぞぉぉぉ!!!」

「勇者様……あのぉ…」

「なんだ!?」

「髪の毛ちょっと切りましょうか?…今よりは多少マシになると思いますよ」

「どうやって切るんだよ…お前ハサミなんかついてないだろうが…」

「髪の毛を切るくらいの魔術だったら今の私でも使えると思うので…その…なんというか私のせいみたいなものですし…ちょっとくらいお役に立てたらなぁ…と思う次第です…はい」

「……なんだよ急に…袖の下的な行為をしても契約はしないぞ…?」

「いえそうじゃなくて…なんていうか…その…」

 トイレブラシはなにかをいいかけるも結局は押し黙った。

「なんだよ! 言いたいことがあるんならハッキリ言え!」

「…えーと…その…勇者様が便器の水で頭を洗った時…すごいなと思ったんです」

「どうせ心の中でバカにしたんだろ…」

「いえ…確かに大抵の人は例え他の人にクレンザーの泡にまみれた頭が見つかる危険性があろうと便器で頭は洗わないと思いますし、私も最初はトイレから出て水のでる場所に向かうと思ってました…でも違った…勇者様は例え臭くて汚い便器に頭をつけようともこの学校の模範生でいることを選んだ…自分の中の筋を通した…そのことがなんだかとても…かっこいいって思ったんです…!…だから最後くらいは私もそんな勇者様の覚悟に敬意を…と…」

「便所ブラシ…お前…」

「でも言ってみて気づきました…私は…契約うんぬん以前に勇者様に髪の毛を任せられるほどの信頼すら得ていないって…なんだかすみません…バカなことを言ってしまいました」

「……確かに俺はお前を信頼していない」

「そう…ですよね」

「だから……今日ここで信頼させてみろ…」

「…え…?」

「変に切ったりなんかしたら…承知しないぜ…?」

「…勇者様……はいッ!!!…任せてください!!!」

 思いがけぬ散髪の依頼を弾むような声で了承したトイレブラシは呪文を唱え準備を始めた、そしてその依頼をした少年は鏡の前に立つと物思いにふけるように目を閉じ心の中でトイレブラシについて考えを巡らせ、今までのことを振り返る。

(思えばこいつと初めて出会ったのは畑に備え付けられた肥溜めだったな…それからのことは思い出せば出すほど嫌なことしか起こっていない…だがそれは過去の事だ…今日のこいつとの会話でわかった…こいつだって変わろうとしている…必死に…だったら俺だって少しは友好的にならなきゃ不公平だ…)

「ではいきます…勇者様…!」

「ああ…頼むぜ…!」

(だから…変わろう俺も…!…そして今日は記念すべき俺とこいつの新しい関係への第一歩だ…!)

「斬撃魔術スラ、スラ、へクチン!!!」

「あらためて今日からよろしくなッ!!!

 トイレブラシにあらためて挨拶をするべくゆっくりと閉じていた目を開けるとそこには、

 穏やかに微笑みかける禿げた落武者が鏡に映っていた。

「………なぜ落武者がここに…いや…まさか…そんな…!」

「す、すいません勇者様、急にくしゃみが……あ…」

 少年が手を動かすと鏡に映る落武者も同じように手を動かし、顔を動かせばまた同じように動く。

「す……すいません勇者様……ちょっ……と……切りすぎ……ちゃった…かな…?……あはは…」

 手で額から頭の中央までを触れて少年は初めて現状を認識した。

「…………お、俺の髪がぁぁアアアアぁぁぁぁぁぁぁあああああああああああああああ!!!!!!」

 少年の頭はちょうど両サイドの髪を残して綺麗に額からてっぺんまで、まる禿げになっていた。

「お、落ち着いてください勇者様…大丈夫です!…元に戻せますから…!!!」

「だぁぁぁぁぁぁぁぁぁったら今すぐ戻せぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇええええええ!!!!」

「いや…実はちょっと今朝あることに魔力を結構使ってしまって…ですので…」

「ですのでなんだぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁああああああああッ!!!!!!」

「さ、三時間ほど待っていただければ…」

「さ、さ、三時間だとぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!!」

「で、でもほらッ!…誰にだって間違いはあるものですし…元に戻せるわけですから…」

「ですから……なんだぁぁぁぁぁぁぁぁぁあああああああ!!!!!」

「ゆ、許してくださぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁいッ!!!!!」

 叫ぶや否やトイレブラシは空中に浮遊しながらトイレの入口から逃走した。

「にぃぃぃぃぃぃがぁぁぁぁぁすぅぅぅぅぅぅかぁぁぁぁぁぁああああああああああああ!!!!」

 後を追うように顔を醜く豹変させた上半身半裸の落武者も戦場に舞い戻るように駆け出した。

「ちょッ!? 出てきちゃっていいんですか!? 学校の皆さんに見つかってしまいますよ!」

「お前こそ便所ブラシが空中散歩なんかしてるのを見つかったら大問題だろぉぉぉぉぉぉぉぉがぁぁぁああああああ!!! 人の事言えんのかぁぁぁぁぁぁぁあああああああ!!!!」

「私は姿が消せますけど勇者様は無理でしょう!? 模範生はどうしたんですか!?」

「うるさいぃぃぃぃぃぃいいいい!!!! だまれぇぇぇぇぇぇええええ!!! 今の俺は勇者でもなければ模範生でもないぃぃぃぃぃぃぃい!!! ただの落武者だぁぁぁぁぁぁああああああああ!!!」

「後で必ず戻しに来ますから勘弁してくださいぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃ!!!!」

「ゆうぅぅるぅぅすうぅぅかぁぁぁぁぁあああああああああ!!! その小汚い柄をへし折ってくれぇぇるぅぅわぁぁぁぁああああああああああああ!!!!!」

 校舎と野外とをまたにかけた一人と一本の追いかけっこは三時間以上続き、少年がトイレブラシを捕まえ締め上げ髪を元に戻させた後、報復としてトイレブラシを畑に埋めるなどの行為をし彼の怒りが治まった頃にはもう昼食の時間になっており彼は初めて午前中の授業をさぼったと後悔したが、学校に戻り教室にいた友人に聞いたところどうも今日は朝に予定されていた全校朝会はおろか午前中の授業自体が行われなかったらしいことを伝えられる。

「心配したぞ! どこに行ってたんだよ? 朝教室にも来なかったし」

「…ああ…まぁちょっとな…それよりなんで今日午前中の授業がなかったんだ…?」

「それがさ! なんか学校に不審者が入ってきたとかで急に中止になったんだよ! 驚いたぜ!」

「…………不審者……?」

「そうそう不審者! なんか聞くところによると上半身半裸の落武者だってさ! ウケるよな!」

「……あ、ああ…超ウケる……」

「な! 警察まで呼ぼうって話にまでなったらしいけどいつの間にかいなくなってて、今も先生とか用務員の人が探してるんだってよ! ぜったい見間違いだろうけど、もしいるんなら見てみたいぜ!」

「……いるんなら…見てみたいよな…ほんと…」

 和やかな雰囲気で昼食を食べながらバレなくてよかったと心の底から喜んだ少年だった。

 昼食を終えると午後の授業は通常どおり行われることになったと教室に入ってきた教師が生徒達に伝え、そのことを聞いた少年は表情を緩め胸をなでおろした。

(良かった…何はともあれ事態は収拾したようだ…ったくあの腐れ便所ブラシを信用したばっかりに酷い目にあったぜ…まぁ報復として畑の地中深く埋めてやったけど…よし!…気を取り直して数学の授業に臨もう!…なにせ最高の出来だったテストが今日は返ってくるからな…!)

 少年は自分の席でニヤニヤとした笑みを抑えながら数学の授業が始まる時を待っていた。

「(勇者様なんでニヤニヤしてるんですか?)」

「そりゃあテストが……わあぁぁぁぁぁぁぁああああ!!!」

 悲鳴をあげ、席を立った少年にクラス中の視線が集まり、やってしまったと一瞬後悔するもすぐに気持ちを切り替え咳払いをして何事もなかったように席に着き頭の中に声をかけてきた相手を探した。

「(もう…ダメですよ勇者様…大声出したら…)」

「てめぇ…まさか…便所ブラシか…畑に埋めてやったのになぜ…ってかどこにいるんだよ…!?」

「(ここですよ…ここ…あと私に意識を集中させれば脳内で会話できますからやってみてください)」

 会話を重ねながらトイレブラシに位置を詰問すると、少年の鞄がモゾモゾと動き出し中途半端に開きかけていたジッパーが音を立てて開き中からピンク色のスポンジの先端部分が他の生徒達に見つからない程度にひょっこりと顔を出したため、さらなる質問のために言われた通りトイレブラシに意識を集中する。

「(おま…!…いつの間に入った…!?)」

「(勇者様に畑に埋められた後、直ぐに脱出して鞄の中にに忍び込ませていただきました)」

「(なんだと…!?…やっぱりへし折っておけばよかった…)」

「(無理ですよ…私こう見えて結構丈夫なんですから!…えっへん!)」

「(威張ってんじゃねぇよこの痰カスが!…それで何の用だ……また俺に締め上げられにきたのか?)」

「(いえそろそろ勇者様の怒りも静まったのではないかと思って出てきました)」

「(そうかわかった今すぐ消えろ!…俺の怒りはまだ治まってない…!)」

「(あれは不幸な事故だったんです…水に流そうじゃありませんか!)」

「(そういうセリフは加害者じゃなくて被害者が言うものなんだよ!)」

 心の中で言い合いを続けていると前の席に座った友人の一人が後ろを振り向き少年に声をかけてきた。

「先生全然来ないなー…落武者騒動のせいかな…?」

「え…!?…ああそうだな…!…そろそろ来るんじゃないかな…あはは…」

「しっかし落武者とか…ぶッ!…まじで見てみたかったわ…視界に納めてぇ…ククク…あははは!」

「……そうだな……」

「(バッチリ視界に納めてますね! ズームイン!)」

「(黙れや! てめぇ全然反省してねぇだろ!? 後で覚えとけよッ!!!)」

「(あははすいません…ところでなんですが…このまま授業見て行ってもいいですか?)」

「(俺からお前にかけてやる言葉は一つだけだ…キ・エ・ロ…!」

「(……あー天才の勇者様の素晴らしい活躍が見たかったなぁ…)」

 トイレブラシは棒読みにも近いセリフで少年を褒めちぎり始めた。

「(成績も良くてかっこいい完全無欠の勇者様の授業風景が見たいなぁ…私みたいな小市民にはこんな機会滅多にあるものじゃないしなぁ…すごく勉強になって今後のために役立つはずなんだけどなぁ)」

「(………ふぅ…まったく仕方のない奴だ!…あれだけのことをやらかしたお前を許してやることはできないが…まぁちょっとの慈悲くらいは与えてやらないこともない…まったく俺も丸くなったもんだぜ…今日の事を泣きながら感謝して俺の素晴らしい授業風景をその薄汚いブラシにせいぜい刻むんだな…!)」

「(いやーちょろいですねー)」

「(なんか言ったか…?)」

「(いえいえ! 嬉しくて感涙しながら嗚咽をもらしてただけです!)」

「(おいおい! そんな調子じゃ俺がテストを返された時なんかショック死しちまうぜ!)」

「(へぇ…テストが返されるんですか…自信ありそうですね…?)」

「(当然だ…!)」

「(そうですか…それなら私も楽しみにさせていただきます)」

「(ああ…!…せいぜいショック状態になった時に備えてAEDでも用意しておけ…!)

 一通り会話を終える数学教師が教室に入ってくるまで会話はなく沈黙が場を支配し、そんな中でトイレブラシは心の中である決意を固めた。

(今朝発動させた大規模な結界魔術でわかったことは…アイツがすでにこの世界に侵入したこと…それも日本にすでに来ている…多く見積もってもタイムリミットは明日の夕方…それまでに勇者様と契約を結びヴァルネヴィアに向かわなければ…勇者様がアイツと鉢合わせる前に…!)

 トイレブラシが決意を固めるのとはぼ同時に教師が教室に入ってくる、そして午後の授業が始まった。





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