40話
勇者はケツに力を入れて再び柱を便器に改造しようとした。だがその瞬間、フリードの体からおびたたしい量の魔力が溢れ出す。そして魔力は紫色の氷の粒に変化すると部屋中に拡散した。
「(お、おい! なんかアイツまたやり始めたぞ!?)」
「(……なるほど。どうやら残った氷の柱を補強するみたいですね)」
「(ほ、補強ってことはつまり……)」
勇者の危惧した通り柱に氷の粒が付着すると紫色の氷柱に変化したのだ。その結果、柱はさらに太くなり壊れにくくなってしまう。
「(な、なんてことだ……これじゃ便器に削れないじゃないか!? コイツ、何てことしてくれるんだ!? 頭おかしんじゃないか!?)」
「(柱を便器にする方がイカレてると思います……)」
「(これじゃあ便所に行きたいって伝えられないじゃん!!! どうすりゃいいんだよ!!!)」
批判を無視した勇者は途方に暮れてしまうが、さらなる悲劇が彼を襲う。突然、部屋の中で紫色の吹雪が発生し始めたのである。その結果、気温は急激に下がり始めフリード以外の全ての存在が凍り付き始める。トイレブラシはその様子を見て危機感を募らせた。
「(……マズいですね。この紫色の雪が体に付着すると、どうやら雪に魔力が吸収されてしまうようです。そのうえ吸収された魔力はあのイケメンさんのところへ行ってしまうようですね。このままではジリ貧です。持久戦に持ち込まれる前にここは打って出ましょう勇者様)」
「(……)」
「(……勇者様?)」
トイレブラシが問いかけた瞬間、勇者の腹から凄まじい音が鳴り始めた。そしてその身体はプルプルと震えはじめる。
「(だ、大丈夫ですか……?)」
「(や、やばい……冷えてきたせいか……は、腹が……猛烈に……痛くなってきた……)」
先ほどとは比較にならない便意に苛まれた勇者は小刻みに震えはじめる。そんな絶体絶命のアホを横目にフリードはその手に氷の剣を作り出す。そうして二本の双剣を装備すると、駆け出す。
「(ッ! 勇者様来ます!)」
「(あ、ああ……とんでもない便意が今来てるな……)」
「(いやそうじゃなくて敵が来てるんですよ!? 急いで回避か防御を――)」
トイレブラシがそう言った瞬間、フリードの双剣が勢いよく伸びて来た。あまりの速さに対応できずあわや串刺しになるというところで、異変が起こる。勇者の体から突然熱が発せられ氷の剣が溶けだしたのだ。そしてそのまま剣は水になり床を濡らした。そのうえ体に纏わりついていた吹雪までもが熱に阻まれ消え始める。
「(い、いったい何が……)」
「(――おい便ブラ! 腹をあっためたら痛いのがマシになるんじゃないかと思ってやってみたら効果あったぜ! 腹の痛みがだいぶマシになった! これなら便所に行かなくても平気かも!)」
どうやら勇者が魔力を自分で操作し熱を発生させたようだ。驚くべきことに、この土壇場で強化された氷の剣を溶かすほどの熱をトイレブラシ抜きで瞬時に発生させたらしい。
「(……勇者様、魔力操作だけでどうやってここまでの熱を……)」
「(なんか適当にやったら出来た)」
馬鹿と天才は紙一重、その言葉を思い出したトイレブラシは目の前の低脳が凄い人間なのではないかという錯覚に襲われた。
「(……脳みそが入って無いから感覚でやってるのかな……だとしたらある意味凄いなこの人……)」
「(おいなんか失礼なこと言ってないお前)」
「(す、すみません……勇者様、今の要領でこの部屋の氷柱全部溶かせたりします?)」
「(あ? もう便器の形にしなくてもいいんだぞ? 便所にいかなくてもいいのになんでそんな面倒な事しなくちゃ――)」
「(私の推測が正しければ、この部屋の氷柱を溶かすことによって勇者様のエロ本も氷から解放されると思いますよ)」
「(なん……だと……!?)」
トイレブラシの推測が正しければ、ここや町中に張り巡らされた氷の維持には依り代の存在が必要である。依り代とは魔術の核をなす物。常時発動型の魔術には必ずといっていいほど使われるものであり、それが破壊されることで魔術は破られるのだ。フリードの様子からこの部屋にある柱こそがその依り代ではないかと思ったのである。そして便意から解放され当初の目的であるエロ本の開放を思い出した勇者は気持ちを引き締めた。
「(……よし、やってみよう)」
勇者は目をつむり精神を集中させる。すると体に纏わりついていた熱が徐々に拡散していき部屋中を覆い始める。
トイレブラシはその様子を見て驚愕していた。
(……この部屋――というかこの塔全体はあのイケメンさんの魔力によって構成されている。そしてこの吹雪もまた同じ。そのうえこの氷の魔力に満たされた空間と吹雪が組み合わさることで他の属性持ちの人間の力を大幅に削るデバフのような効果を発揮するみたいだ。だからこそ今の状況では正攻法でやっても勝ち目は無い。けれど、相手の魔力で覆われたこの空間を自身の魔力で上書きできればこの状況は打開できる)
しかしそれをやるには難点があった。
(――でも、それを行うには相手の魔力を解析しその魔力の波長に合わせて自身の魔力を流さなければならない。それにはわずかなミスも許されない繊細な魔力操作技術が求められる。それこそ神業と呼べるレベルの)
直後、勇者を中心に紅蓮の熱が広がっていき周囲の氷を溶かしていく。やがて熱は強化された柱さえも溶かし始める。それを見たフリードは驚愕の表情を浮かべトイレブラシもまた低脳猿の評価をあらためた。
(……すごい……私は勇者様を誤解していたのかもしれない)
やがて熱は動こうとするフリードをも焼き、柱が全て溶ける寸前で――。
(もしかしたら勇者様は魔力戦闘の天才――)
――床の氷が溶け塔の最上階から勇者は落下した。
「(あああああああああああああああ落ちるゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥ!!??)」
「(……やっぱりただのド低脳だわこれ……)」
こうしてトイレブラシの評価は元に戻ったのだった。




