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ミステイクファンタジー  作者: 鈴木拓郎
40/42

39話

 気を抜くと脱糞しそうな勇者は敵を前にしながらもトイレを借りるために、ジェスチャーをしようと思い立ち今まさにそれは実行されようとしていた。


「(よし、いくぜ――この俺の最強ジェスチャーでこの思いの丈をぶつけてみせる)」


「(無駄にカッコつけてますけど勇者様はう〇こ漏れそうな哀れなう〇こたれですからね……)」


「(うるさい黙れ。それに俺みたいなイケメンならう〇こ漏れそうな姿でさえ絵になる)」


「(ええ、文字通りクソみたいな絵面ですけどね……)」


「(おいおいおい……いいかげんにそのクソ生意気な口を閉じないと、俺がクソした後にお前にもクソみたい仕事をしてもらうことになるぞ)」


 クソみたいな会話の応酬の末、不気味な勇者の言葉を聞いたトイレブラシは一瞬怯んでしまう。


「(……な、何をさせるつもりですか……)」


「(簡単なことだ。お前という存在が生まれた意味を考えろ。そして俺はこれから便器にクソをする。他人んちの便所でクソをしたら当然掃除をしなければいけないわけだ。俺が何を言いたいのかわかるな?)」


「(……わ、私を使って掃除するにはメルティクラフトを解除しなければいけないんですよ? そんなことをしたら勇者様だって氷漬けに――)」


「(問題ない。クソした後だったら俺は氷像になっても構わん。この俺の美しい姿が後世に残されるならそれはそれで大きな意味を持つだろう)」


 わずかな迷いすら見せずに言い切った勇者にトイレブラシは戦慄し、そして――。


「(……すみませんでした……大人しくしてます……)」


「(よろしい。それじゃあ行くぜ……っていうか俺らが動くまで待ってるとかずいぶんと礼儀正しい奴だな。大人しく俺に便所を貸すならさっき暴言を吐いたことを許してやらなくもないぞ)」


 ゆっくりと動き出した勇者に対してフリードは微動だにせず様子を窺っている。だが油断しているわけではなく、臨戦態勢は依然として維持したままであった。察するにどうやら低脳を最大限警戒しているらしく、どんな状況にも対応できるように待機しているらしい。


 そんな中でとうとう勇者によるジェスチャーが開始される。


「(――ふッ、ほッ、はッ!!!)」


「(……それがトイレに行きたいって言うジェスチャーなんですか……?)」


「(そうだ! 完璧だろう?)」


 勇者のやった行動は、それは――剣を持っていない手で腹を押さえ、しゃがみ込むと同時にう〇こ座りをし、最後に尻を拭く動作をするというものだった。だが期待とは裏腹に敵であるフリードはその動作を氷のように冷たい眼でただじっと見つめているだけである。


「(……あれ……もしかして通じてない?)」


「(もしかしなくとも通じてませんよ……いきなりそんなことしても伝わるわけないじゃないですか……勇者様だっていきなり敵が脱糞したいことをジェスチャーで伝えてきても理解できないでしょう?)」


「(……確かにそうだな。だったらズボンを脱いで――)」


「(それは絶対にやめてください。通じたとしても人として大切な物がなくなりますよ)」


「(……わかったよ。じゃあどうするか……ジェスチャーしようにもこれじゃあ伝わらないだろうし……もっとわかりやすく表現するには……あッ! いい方法を思いついたぞ!)」


「(……一応お聞かせ願えますか)」


「(いいだろう。天才であるこの俺にしか思いつけないであろう素晴らしい方法を教えてやろうじゃないか。それにしてもやはり俺は顔だけじゃなくて頭もいいな)」


「(あんな猿小屋みたいな高校に行ってるのにどうしてこう自信過剰なんでしょうかねぇ……)」


「(おい、猿とか聞こえたが……?)」


「(気のせいデース♪ それよりどんな低脳な――じゃなくて素晴らしい方法を考え付いたかおしえてくださいませませ!)」


「(なんか無性に腹が立つ言い方だが……まあいい。聞いて驚け、この俺の秘策。それがズバリ―ー氷を削って便器を作ることッ!!! そしてその便器に腰掛けるジェスチャーをすることで便所に行きたいことを伝えるんだ!!!)」


「(……)」


「(ハハハ!!! あまりにも天才過ぎる案に絶句したか!?)」


「(……そうですね……)」


 実際は戦闘中にこんなくだらないことを実行しようとするそのIQの低さに絶句していたのだが、トイレブラシはもはや呆れ果てて何も言えなかったのである。


「(さてと、それじゃあ早速氷を削るとするか。どこの氷を削るかな……)」


 勇者が辺りを見回すと、四角い部屋の四隅に氷で出来た柱が四本立っていることに気づく。三メートルほどのそれらの柱は天井に着かない程度の高さであり、削るにはまさにうってつけのものだった。


「(お、あれいいじゃん! あれを削って便器にしようぜ便ブラ!)」


「(お好きにどうぞ……)」


 投げやりに言ったトイレブラシの言葉をさほど気にもせず勇者は柱に向かって剣を構える。


「(でもちょっとデカいな、削る前に少し壊すか)」


 そう思い立つと剣に魔力を込めて振りかぶり、そして――。


「(食らえ必殺――『冥王紅炎斬撃波』!!!)」


 ――炎の斬撃を放つ。それを見たフリードはそこで初めて仮面のように冷たい無表情を崩し驚愕したように眼を大きく見開いた。それと同時に氷柱に炎の斬撃が吸い込まれ柱が粉みじんに爆散する。


「(やっべ……勢い強すぎた……まあいっか。他にも三本あるし。よーし、気を取り直してもう一発だ! うりゃああああああああああああッ!)」


 そう思うと同時に再び剣に魔力を込めて勇者は斬撃を放つが、その斬撃が柱を捉えることはなかった。なんと柱と斬撃の間にフリードが割って入り、その手に作り出した氷の盾で炎を受け止めたのだ。その様子を見て便器彫刻家は理不尽に激怒する。


「(んなッ!? おいコラ、なんで邪魔するんだ! これじゃあ便器を作れないだろうが! 今ので精神的苦痛を感じた、謝罪と賠償を要求する!)」


「(流石です勇者様。人の作った建物に勝手に入って無許可で柱を便器に改造しようとしてるのに謝罪と賠償を要求するなんてなかなか出来る事じゃないですよ。厚顔無恥ここに極まれりですね)」


「(おい茶化すんじゃない!!! 俺は真剣なんだ!!!)」


「(なおさらタチが悪いんですが……)」


 そうして勇者たちはまた不毛な争いを開始した。



 フリードは半分以上吹き飛んだ氷の盾と軽く火傷した手をちらりと見た後、勇者の方を鋭い目で見据える。


(……なんて威力の魔技だ。鋼鉄並みの硬さを持つ俺の氷の盾を一撃でここまで吹き飛ばすとは。それになにより、まさかあの柱を最初に狙って来るとはな……この短時間で氷の塔を支えている四つの核に気づくとは流石に思わなかった。この柱が破壊されれば塔は崩壊し、この中で受けられる氷属性強化の加護も失われる。初見でそれを見破るとは……やはりコイツは只者ではないな)


 そうして深く息を吸い込むと全身から青白い魔力を勢いよく放出し始める。


(……しばらくは様子見をして相手の手の内を探るつもりだったが、どうやらそんな悠長なことをしている余裕は無さそうだ。柱が弱点であるとバレた以上、戦闘を長引かせるのは得策とは言えない。仕方ない、こちらも少し本気を出させてもらおう)


 フリードは決意を固めると、その身に纏った魔力を紫色の氷に変換させ始めるのだった。


 こうして肛門括約筋を緩めた瞬間今にも脱糞しそうなアホにさらなる試練が訪れたのだった。

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