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ミステイクファンタジー  作者: 鈴木拓郎
4/42

3話

 自宅に戻ると少年は学生服に付いた汚れを濡れタオルで乱雑に拭い、荷物と共に二階に存在する自身の部屋の床に置くと、タオルや着替えの準備を整え、顔や体に付いた泥を落とすため風呂場へと向かった。学生服の下に着ていた服を下着を含め全て洗濯籠に投げ入れ入浴するため浴場へと通じるドアに手をかけるも、ドア越しに聞こえてくるシャワーの音に動きを止める。

「…なんでシャワーの音がするんだ…?…というか俺がここに入ってくる前からなぜか明かりが点いてたし…最初見たときは母ちゃんが消し忘れたんだとスルーしたけど…」

 少年の家族は父親と母親そして彼自身を入れて三人家族だ、父親はまだ仕事から帰宅しておらず母親は台所で夕飯の準備に取り掛かっているのを風呂場に入る前に確認しているため自分を除けばこの家に浴場でシャワーを使っている者などいるはずがない、しかし現実に今シャワーの音がしているというその矛盾が彼の動きを止めさせた。

「…考えすぎか…あれだな、母ちゃんがシャワー使ったまま止めるの忘れただけだよな…多分…」

 疑心を振り払うとゆっくりとドアを開け浴場に足を踏み入れる。

「あ、お先にお風呂いただいてます」

 トイレブラシが優雅にシャワーを浴びていた。

「なッ…!? なんでお前がいるんだよッ…!? どっから入った…!? いやそれ以前になぜ俺の家の場所知ってるんだよ…!? 誰かに聞いたのか…!?」

「そんなに質問攻めにしないでください、順を追って話しますから」

 自称聖剣は咳払いをすると少年の質問に答えだした。

「まず最初の質問ですが、これは勇者様と契約していただくためにここに来ました。次の質問の答えはお風呂場の窓から入らせていただきました、なんかちょうどいい感じに開いていたので。最後の質問ですが誰にも聞いてはいません、貴方の後をつけてきました」

「ちょっと待てよ…!?…じゃあお前一人でも動けんの…!?」

「はい、動けますよ」

「だったらさっきまでの茶番はなんだったんだよッ!?」

「そりゃあ、あの方が勇者様の中二心をかきたてて契約しやすくなるかなーと思って」

「この腐れ便所ブラシがッ!!!」

「まぁまぁ、ゆっくり湯船につかって親睦を深めましょう」

「便所の掃除用具と一緒に風呂なんか入れるかッ!? それ以前にお前と親睦深める気なんかねーよッ!! 彼方に消え去れやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁッ!!!」

「え…ちょ…ま…!?…いやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁッ!!!」

 少年は湯船に入ろうとするトイレブラシを掴むやいなや勢いよく浴場の窓を開け放ち腕に渾身の力を込めて窓の外に向かって投げ飛ばし、その後窓をすぐに閉めもう二度と戻ってこないようにと鍵をかけ自身の汚れを落とすべくシャワーで体を洗い始めた。

「ふぅ…いい湯だったな…」

 入浴を終えると上下黒のジャージに着替え、頭をバスタオルで拭きながら自室に戻るべく階段を一段一段上がっていき、ドアに手をかけるも、しかしながらまたしても違和感に気づき手を止める。

「…部屋の明かりが点いてる…あと、これはテレビの音か……?…」

 ドアの隙間から漏れ出るわずかな光とテレビの音声が先ほどの不快な出来事を再び少年に連想させた。

「……いや、今度こそ母ちゃんだろ…多分あれだ、部屋のゴミを取りに来たんだな…さっき風呂出たときは台所にいなかったし、きっとゴミ取りに来たとき見たいテレビがちょうど始まってそれで取る間テレビをつけてるんだ…うん、きっとそうだ」

 自身に言い聞かせるように何度も繰り返し不安を打ち消そうとするもやはり緊張は隠し切れない。意を決しドアのノブを握るとゆっくりと回しドアを開け中に入る。

「けっこう長風呂でしたね勇者様」

 トイレブラシがベットの上でくつろぎながらテレビを見ていた。

「おいッ!!! いい加減にしろよてめぇコラ!!! ブーメランかお前はッ!? 今度はどっから入ったんだよ!? 部屋の窓は閉まってたはずだぞ!?」

「今度は普通に玄関から入りました!」

「なんで胸張ってんだよ!? 玄関から入ってもダメだからね!?」

「まぁいいじゃないですか! そんなことより契約の話をしましょうよ!!」

「お前みたいな小汚い便所ブラシと契約なんてするわけないだろうがッ!! いい加減にしないとそろそろキレるぞ!? お前は知らないだろうが、ここら辺で俺の危険性を認知してない奴なんざ、いないんだぜ? あの凄惨な事件以来な………」

「あの凄惨な事件…?…もしかして……」

「ほぉ…ここに来て日が浅いお前も知ってるとはな…つくづく俺は生まれながらの咎人だと思い知らされたよ…あの事件はそれくらい悲惨だった…」

「もしかして勇者様が高校に上がりたての頃に近所のチビでちんけな、なんちゃって不良中学生集団にカツアゲされた際に盛大にキョドリまくって殴られるのを回避するため、即行で差し出したブランド物の財布の中身が千円札しか入っていなかったことやポイントカードだけ、やたらパンパンに入っていたことで爆笑されフルポイントクソ野郎とあだ名をつけられたというあの事件のことですか?」

「な、な、な、何で知ってんだよッ!? 誰にも言ってないぞ俺はッ!!!!! てかそれじゃねーからなマジでッ!!!!! それにあれはちょっと腹が痛かっただけだッ!!!!! ちゅ、中学生相手に本気出すのもみっともなかったという理由もあるッ!!!!! 本当だぞッ!!!!!」

「あーはいはいわかりますわかります」

「わかってないだろッ!!! そのなげやりな返事は絶対わかってないッ!!!」

「わかりましたってば、それよりこれじゃないとすると他のは……あ!……もしかして…コンビニで…」

「なんだ、ちゃんと知ってるじゃないか! それだよ! それ!」

「コンビニで目当ての女店員さんに対して夏休み中に一か月かけてお風呂に入らず悩みぬいて書いた渾身の自作ラブソング『いつも見てるよ<寝る前にストレッチを必ずするキ・ミ☆>』を血走った目と歯茎をむき出しにした歪んだ笑顔で渡して警察に通報され親子ともども厳重注意を受けコンビニの店員達から激臭キモラブソングストーカーというあだ名をつけられネタにされたあの事件のことでしょうか?」

「だから何で知ってんだよッ!? あとそれでもねーよッ!!!」

「しかし…このラブソングの出だしが…また気持ち悪…いえ…個性的ですね…薬局で彼女の選ぶシャンプーの銘柄で始まってますよ…その次が…うわッ…これ以上はちょっと口に出して読みたくないですね…完全にストーカーの観察日記ですよ…」

「うるせーよッ!!! だれも読んでくれなんて言ってないだろーがッ!!! それ以前にどこで知ったんだよ!? 完全に焼却済みのモノだぞッ!?」

「さっき勇者様が私の柄を掴んだときに記憶を少し読ませていただきました」

「プライバシーの侵害だッ!!!」

「勇者様にだけは言われたくない言葉ですね…しかし…これでもないとすると…なんでしょうね…気持ち悪いエピソードの山から比較的にマシなのを選んだんですが…あとまともそうなのはタンクトップに鎖帷子くさりかたびらをつけた状態でふんどしを…」

「もういいやめろッ!!! 人のプライベートを暴露しやがって!? パパラッチかお前はッ!? なんで記憶読んでおいて俺の求めるエピソードを探せないんだよ!? もういい、俺が言う!!!」

「はぁ…ではお願いします」

「いいか! よく聞けよ! 俺はある時小腹が空いたんでコンビニにカップラーメンを買いに行った」

「激臭キモラブソングストーカー様1名ご案内のコンビニですか?」

「その呼び方やめろやッ!!! 違うコンビニだよッ!!!」

「ああ、違うコンビニですか…もしかして…」

「やっとわかったか、このポンコツが!…そうだよ…俺が活躍した<エピソードオブ俺>の中でも上位に入るコンビニ強盗撃退事件さ…!」

 少年は両の眼を閉じ思い出すように語りだす。

「コンビニに入った俺は颯爽と店内をモデル歩きしながら目的の物を探したぜ…その間レジの女の子やお客さんの女の子は当然みんな俺に釘付けだったが、俺は構わずスローアフィイ、当たり前のことにいちいち反応するのはイケメンの中でも三流のすることだからな」

「はぁ…そうなんですか…スローアフィイ…」

 何か言いたげではあったがトイレブラシは彼の発言に異論は唱えず生返事を返した。

「そして目的のカップラーメンを見つけると優雅に手で引き寄せてそのまま手で……クラッシュ!!」」

「クラッシュ…!? 手で握りつぶしたんですか!?」

「何言ってるんだ…?…クラッシュは手で掴むって意味なんだぜ…はぁまったく…これだから頭の悪い奴とは会話が遅れるんだよ…ふぅ…学問をしなさい学問を…!……」

(……キャッチって言いたかったんだな多分……)

 多少イラッとしたものの抑え込み少年の話の続きを無言で待つ。

「そのあと俺はクラッシュしたカップラーメンをスマッシュしようと……」

「スマッシュ…!?」

「なんださっきからお前はッ!?」

「……ああいえなんでもないです……もう基本的に何も考えないようにします…」

「まったく…静かにしてろよ…?…それで俺はクラッシュしたカップラーメンをちょうどレジにいたチャラい男店員にスマッシュしようとレジにムーンウォークで近づいて行った……」

(クラッシュしたカップラーメンをスマッシュしようとしてムーンウォークで近づく!?)

 何も考えないようにしたとはいえあまりにも突拍子もなくわけのわからない説明に少年が手で握りつぶして破損したカップラーメンをもったままチャラい男店員のところまでムーンウォークで近づき振り返りざまに顔面にカップラーメンを叩き付ける想像が頭をよぎるも、すぐに振り払った。

「だが俺がスマッシュする前に先に小柄で気の弱そな女の子が五目焼きそばをチャラい男店員にスマッシュしようとクラッシュしたままスリーピングしてたんだよ、だから俺はその子の後ろに並んでスリーピングしてた、しかしいつまで経ってもその子はブレイジングしなかった」

(スリーピング!? ブレイジング!? この人は言葉の意味をちゃんとわかってるんだろうか…)

 さらにわけがわからなくなった説明に頭を悩ませつつも理解しようと懸命に頑張っていたトイレブラシだったが、すでに限界を迎えようとしていた。

「理由はすぐにわかったよ…あのチャラ男店員は五目焼きそばにドラムスティックをつけなかったんだ、でも女の子はシャウトできなかった、気がモックだったからな…だから俺は店員に向かってアイラーヴューの言葉を」

「ちょ、ちょっと待ってくださいッ!!」

「なんだよ!?」

「できれば、日本語だけで説明していただけないでしょうか…?…私には勇者様の使用する言語がとても難解に聞こえて…話についていけそうにないので…」

「はぁ…まったくしょうがない奴だ…学問をしなさい学問を…!」

 少年は今まで話した分の説明を日本語表現のみで説明した。

「つまりあれですか…?…カップラーメンを選んでレジに持って行こうとしたら自分より位置がレジに近かった気の弱そうな女の子が先に並んでしまい、待つことにしたが一向に退く気配が感じられず、前を覗き込んでみると女の子が困った様子だった、と…それでその原因がチャラ男店員さんが箸をつけなかったということで気の弱い女の子は箸の催促ができず勇者様が代わりにしてあげた…ということですか?」

「最初からそう言ってるだろうが…まったく…ふぅ…やれやれ…」

「まったくそうは聞こえなかったんですが…」

「仕方のないやつだな、これからはできるだけ日本語表現だけを使って説明してやろう…感謝しろよ?」

「……ありがとうございます……」

 なぜ自分が感謝しなくてはいけないのだろうかという思いに駆られながらも不満を飲み込む。

「よし、じゃあ話を続けるぞ…?…俺がガツン、と言ってやるとチャラ男店員の奴はビビったみたいでな…すぐに箸を女の子のレジ袋に入れたよ…その時の俺を見つめる彼女の顔はまるで救世主でも見るがごとく歓喜の表情に染まっていた…俺が会計を終えるとなぜか彼女は自動ドアの付近でモジモジしながら下を向いて立ってたんだ…」

「…へぇ…そうなんですか…」

 うさんくさげな声をあげるも悦に入った少年は気づかず話し続けた。

「そして女の子は意を決して俺に向かってくると、しきりにさっきのお礼を言い出した…言葉だけでは失礼と言って後日ちゃんとしたお礼がしたいなんてことまで話し出したが、流石にそれはと思ったからな…はっきり断ったよ…その途端女の子は悲しみだしたが…そこで俺はすかさず彼女の頭を…」

「あのー出来れば強盗の下りまで省いていただけませんか…関係ない描写は全部カットでお願いします」

「……まったく…情緒というものがわからないのかお前はッ!?」

「……いや~勇者様のかっこいいご活躍が早く聞きたくて…ダメですかね…?」

「……そうか…まぁそういうことだったら仕方がないな…そういう理由だったら許そう!」

「ありがとうございます!」

(いや~チョロいなこの人…)

 自分がモテた話を遮られ少年は一瞬怒りかけるも、トイレブラシの心にもない言葉で怒りは収まり、強盗の話を意気揚々と話し始めた。

「女の子をなだめた俺ははモデル歩きで自動ドアに向かって歩き出したんだが…ドアに着く前に黒い覆面をつけ、グレーのパーカーを羽織った男がコンビニの中に入ってきた…いかにも怪しい男だったが…俺は風貌だけでなく、奴の内面にある負の感情をも読み取りその危険性を感じ取った…そして結果は予想どおりだったよ…」

 トイレブラシは今度は口を挟まず、少年が話し終えるまで沈黙を続ける姿勢を取った。

「俺とすれ違った男は真っ先にレジに向かい、そして刃物をパーカーのポケットから取り出した…!…そして間髪を入れずにチャラ男店員を脅しレジの金を出させた…男は金を奪い取り逃げようとしたが、そいつにとって大きな誤算があった…そう…俺という大きすぎる誤算がな…!」

 話はついに終盤に入り少年は自身の活躍を話し始める。

「俺はそいつの前に立ちふさがると奪った金を返すようにゆっくりと諭したが、どうも俺の余裕すぎる態度が奴の逆鱗に触れたようでな…刃物を俺に向け興奮した様子で退くように叫び声をあげた…!…俺も説得はもう無理だと思ったよ…だから臨戦態勢を整え奴に向かって語るように言い放った…来い…!……とな…その言葉を言うやいなや、男は刃物を胸の前に構え体当たりするように俺に突っ込んできた…!」

 話に熱が入りはじめ、少年はここからがいい場面なんだと言わんばかりに語気を強める。

「しかし男の全力の刃物による刺突を俺はなんでもないようにあっさりと人差し指と親指でと受け止める…そしてそのまま刃物をへし折った…!…その時の男の顔は恐怖と驚愕に満ちていたな…だが呆気にとられる奴を気にも留めず俺は顔を殴り飛ばした…!…それほど強く殴ったつもりはなかったが、奴は勢いよく商品が陳列された棚に激突したよ…その後は、ピクリとも動かなくなった奴の安否を確認するために倒れている場所まで歩いて行った…」

 先ほどまでの熱い語気は静まり、その語り声は虚しさを表すように小さくなっていった。

「倒れていた男は生きてはいたが…顔がグチャグチャになっていた…また、やってしまった…後悔の念が俺の中に言いようのない不快感と罪悪感を生み出す…また、同時に気づいたよ…コンビニ内の視線が俺を射抜いていることに…そう…恐怖という名の視線の矢がな…チャラ男店員もさっきの女の子も皆、俺に対して恐怖していた…仕方がない、いつものことだ…強すぎる力は人を遠ざける…俺はフッ、と自嘲気味に笑うとカップラーメンを持ったまま出口に向かって歩き出した…」

 とても悲しげな様子で物語のクライマックスを話すその顔は苦痛に歪んでいた。

「例えどれほどおびえられようと、最後まで華麗でいよう…その気持ちが俺を強くいさせてくれた…そして俺はそのままテイクオフ……おっと失礼…商品を持って帰った…とそうゆうわけだ…わかったろ…?…俺を怒らせない方がいいぜ…?…怒ってない状態ですらこれだからな…」

「…テイクオフ…そうですか……しかし…おかしいですね…」

 トイレブラシは少年の間違った英語表現や英語を理解していない相手を小バカにするように日本語訂正したその様子にイラッとしたものの、抑えて少年の語った内容のみに疑問の声をあげた。

「おかしいって…何がだよ…?」

「そっくりそのまま該当する話が勇者様の魂の記憶にはないんですよ…似たようなのならあるんですが」

「そんなバカなことあるか!? 確かに少し前の記憶だが間違いないはずだッ!!」

「ああ、いえ…強盗を撃退した、という点とコンビニでという点においては同じなんですが…」

「じゃあその似たような記憶とやらを話してみろッ!! そうすればハッキリするだろ…!」

「わかりました…でもお話もいいんですが、直接魂の記憶映像を見せるという形の方が納得していただけると思うのでテレビに映して見る、という方法でいいですか…?」

「わかった、それでいいぜ」

「では失礼して…えいッ!」

 掛け声とともに、トイレブラシから青白い光の光線がテレビに向けて放たれ、先ほどまで映っていたテレビの映像は砂嵐のような画面に切り替わり、それも収まると、エクスカリバーTVの文字が画面に浮かび上がった。その後あるコンビニの映像が映し出され、そこに少年が入っていく姿が捉えられていた。

「あれ…?…俺の記憶映像なら俺の視点でみえるんじゃねえの?」

「私が勇者様の記憶から編集して外から眺める感じに作り変えておきました、その方が状況が掴みやすいんじゃないかと思ったので…ダメでしょうか…?」

「…別にダメじゃないけど…変に作り変えてないだろうな…?」

「そんなことしませんよ! 誓ってあったままの状況です!!」

「…わかった…とりあえず信じてやろう」

「ありがとうございます! じゃあ内容が終わるまでは私語厳禁ということにしませんか?」

「……わかった」

 話を切ると一人と一本はベットに腰掛ける形でテレビに映る映像に集中しだした。

 しばらくの間は少年の語った内容どうりに話は進んだが、レジに品物を持っていく際に最初の違いが顔を出した。話に出てきた気の弱い女の子は出て来ず彼はあっさりとレジで会計を終えた、しかし一向に退こうとせず金髪に剃りこみの入った、ガタイの良いレジの店員に何かを小さい声で話し始めた。

「あっ…あの…あっ…はっ…は、はし…あっ…はし…を…あっ…あっ…あっ…あの…つつつ…つけて…あっ…ほほ…んん…はし…をつけ…あっ…くれ…あっ…ませ…あっ…ん…か…?」

「あー……すいませぇ~ん…何言ってっか聞こえないんでもっと大きな声でしゃべってもらえないっすかねぇ…マジ聞こえないんすよホント何言ってんのか…」

 少年は下に向けた顔をしわくちゃにしながら口をモニュモニュと動かし自身のカップラーメンに使う箸を貰おうと懸命に店員に話しかけるも、まるで伝わらずそれどころか、かなりいい加減な対応をされ心身ともに傷つき泣きそうになっていた。

「あっ…あっ…あの…こ…こんな…こんな…感じ…へ…へへ……うへへへ…の感じ…の…を」

「なんすか…?…なに笑ってんすか…?…あ~もしかして俺の事バカにしちゃってる感じっすか…?」

 身振り手振りを使って何とか箸の形を伝えようとするもやはり伝わらず、友好的に映るように浮かべた笑顔は緊張のあまり真っ赤に染まり、赤く充血した目は泳ぎ、さらに歯茎をむき出しにした少年特有の生理的に受け付けないと過去に言われたことのあるその笑顔は、泣きそうになり、しわくちゃになった表情と絶妙に合い、わけのわからないジェスチャーと相まってさながら敵を挑発するチンパンジーが如くバカにしたようなその様子が店員を苛立たせた。

「ちぃ!? ちちちち、ちんが、ちんが、ちんがぁ!? つつつ、るるるる!? はははははしししがぁほほほ、ほ、ほ、ほすうぃぃぃぃ、だ、だけ、なんでつッ!!」

「ちんが…?…つるはし…?…マジいい加減にしないとシバくぞコラッ!!」

「しゅうぅ!? しゅ、しゅ、しゅみ、しゅみましぇ、しぇん!?」

 胸倉を掴まれ、凄まれると少年は情けない声をあげ、呂律の回らない舌で謝罪の言葉を口にしたが、何を言っているのか伝わっているかは店員の興奮の度合いから見れば一目瞭然で、やはり伝わっていなかった。しかし一触即発のやり取りの中、まるで少年の危機を察知したように後ろから何者かの声が響く。

「コラコラ、お客様に何をしてるんだ君は」

「て、店長…す、すいま、すいません」

 少年の後ろから発せられる穏やかで優しい声が金髪の店員の怒りを一瞬で鎮め、胸倉を離させるなど、態度を改めさせた。金髪の店員が発した店長という言葉から少年は自身を助けたのはこの店の店長であることを察し、そしてこのコンビニで一番の権力者の店長は金髪の店員と違い気が弱そうだということを理解すると、途端に強気な態度をとり始めた。

「お客様このたびは大変申し訳ありませんでした!」

「ちょっとさあ、おたくの店員どういう教育してんだよッ!! こっちは客だぞッ!!」

 少年は振り向きざまに深々と顔が見えないほど低く頭を下げる店長に向かって文句を言い放つ。少年からは店長のスキンヘッドにした頭しか見えず、また店長の誠実かつ謙虚な態度がさらに彼を増長させた。

「誠に申し訳ありません!」

「謝って済む問題じゃあないんだよッ!!! そうやってとりあえず謝っとけばいいとか思ってんだろッ!!! タコみたいな頭しやがってからに、そんなんだから金髪バカ店員が調子こくんだよッ!!!お前あんま俺舐めてっと痛い目見せんぞッ!!!」

「申し訳ございません!」

「だから謝ればいいわけじゃあないんだよッ!!! バカにしやがってよお!!! 勝負すっか? 勝負すっかコラッ!!! 頭上げてかかってこいやッ!!! 情けないツラおがんでやんよッ!!!」

 少年は右手で拳を作ると中指を立てながら店長に顔を上げ、罵倒しながら挑発した。彼の挑発に応えるように店長はゆっくりと顔を上げるとそこには、

 顔中傷だらけのヤクザが現れた。

「か…か…か…か…か…」

「お客様…?…どうかなさいましたか…?…ひどい汗ですよ…?…これをどうぞ…!」

 顔を見た瞬間、痙攣し始め、冷や汗で青い顔がびっしょりと濡れ、今まで経験してきた光景が走馬灯のように頭を駆け巡ったが、ヤクザのような店長の差し出したハンカチを見た瞬間現実に引き戻される。

「さぁ…!…これを使ってください…!」

「あ、あ、あ、あ、あ、あ、あ、あ、あ」

 差し出された白いハンカチは大きく黒い染みがついており少年に殺人事件の現場を連想させ、さらに彼を恐怖させたのはハンカチと共に差し出された店長の両手であった。

 差し出された両の手の指の長さはそれぞれ極端なまでに違っていた。

「お客様、もしよろしければ店の奥で休んでいかれませんか…?…どうも見たところ体調が優れないご様子なので…それにきちんとした謝罪とお詫びをさせていただきたいのです…!」

「へぇあ!? い、い、いえへぇえ!? け、結構ですッ!!」

 見れば見るほど生々しくも痛々しい顔中の傷と鬼のような顔つき、頭を下げていたため気づかなかった身長の高さと金髪の店員を上回るガタイの良さから繰り出される店長の優しげな声音による謝罪と純粋な気遣いは暴言を繰り返し吐いた少年にとってはただの脅迫にしか映らなかった。

「いえそんな遠慮なさらずに…」

「いやッ! すいませんッ!! ほんとごめんなさいッ!! もう消えますからッ!! すぐにッ!! だから事務所に連行しないでくださいッ!! 指を詰めるのは勘弁してくださいッ!! お父さんとお母さんから貰った大切な体なんですッ!!!」

「そうゆうわけにはまいりませんッ!!! 私はこの仕事に誇りを持っていますッ!!! ご迷惑をおかけしたお客様をこのままお返ししたとあっては自分自身を許せませんッ!!! ですからしっかりとケジメをつけさせてくださいッ!!!」

 指を詰めるという言葉に違和感を感じつつも店長は少年の腕をしっかりと掴みしっかりと謝罪したいという気持ちを込めてケジメという言葉を使い、しっかりと伝わるように真剣な顔と大きな声で叫んだが、やはり脅迫の意味にしかとられなかった。

「ひぃぃ!? ケ、ケジメ!? こ、コンクリ風呂はい、嫌だッ!! ぶ、豚の餌はい、い、い、いやだぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」

「お、お客様ッ!!!」

 店長の腕を振り払い、そこらじゅうにぶつかりながらも、なんとか少年はコンビニから脱出した。

 ここでテレビの前半が終わったというテロップが画面に映し出され、それとほぼ同時にトイレブラシが少年に向かって話しかけてきた。

「いやーなんかだいぶ違いましたね!」

「そ、そんな…バカな…認めない…認めるものかッ!!! お前が変に脚色したんだろッ!!!」

「酷い言いがかりですね…勇者様の中の魂の記憶そのまんまですよ」

「ありえないだろッ!!! こんなのッ!!!」

「勇者様が話したお話よりはありえると思いますが」

「だいたいこれじゃあコンビニ強盗出てくる以前に俺がこのコンビニに戻ってこないだろッ!!!」

「いえ、勇者様は戻ってきますよ。戻ってくる理由がありますからね、あとなんでこんな記憶の改ざんが起こったのかも後半のエピソードを見ればわかると思います」

「…それは俺の記憶がおかしくなっている、という説明になるんだな…?」

「はい!」

「…わかった、それじゃあ見せてみろッ!!!」

「了解しました!」

 承諾の声と同時に前半の内容を映したときのようにトイレブラシから青白い光がテレビに放たれた。




  

 


 


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